第8話 獣人との遭遇

 スターティアの市場で適当に食べ物や日用品を物色していたある日。


 ふと気づくと、俺は誰かに尾行されている気配を感じた。

 白昼堂々とシーフの俺相手にストーキングとは舐められたものだ。

 誰だか知らないが、遊びに付き合ってやろう。


 俺はそう考えると、表通りから走る速度を速め、わざと袋小路になっている裏路地に誘い込んだ。  

 物陰に隠れ、そこから誰が嗅ぎまわっているのか特定することにする。


 しばらくして姿を現したのは狐の獣人だった。

 郊外の森でゴブリンに囲まれていたあの獣人である。

 なんであのときの獣人がここにいるんだ?


 獣人は裏路地の入口できょろきょろと周りを見渡すと、誰かを探しているようで、袋小路のなかへと進んでいく。

 俺は静かに表通りを背にして背後を取った。


「獣人がなんで俺を見張っている?やっぱり俺とハートフルストーリーをやりに来たのか?」


 俺の声に獣人は驚き、姿を認めると舌打ちをした。

 その獣人は俺を見上げると忌々しいものを見るような顔をした。


「人間ごときが、意味の分からない言葉で私を愚弄しおって」


 獣人は狐のような耳と尻尾を携えている。

 しかし、その見た目に反して低く鬱屈とした声をしていた。

 こいつ、あの時と若干雰囲気が違うな。


「まあいい、分かりやすく率直に用件を言おう」


 獣人は口元を歪め邪悪な笑顔を見せる。


「この世界にはある秘密がある。それをお前に教えようかと思っていたのだ」


 この世界には秘密がある?

 変な薬でもやって頭がおかしくなってしまったのだろうか。


「昼から酒を飲んで酔ってるのかよ?」

「おかしいと思わないか?お前らはこの世界に来て、いきなり魔女をうち倒し、英雄になった。こんなにもうまくいったのはなぜだと思う?」


 獣人はにやけ面のまま、俺に問いかける。

 この獣人は俺たちの事を良く知っているような口ぶりだった。


「魔女を倒せたのは俺たちの努力の結果だろう。俺たちが有名になったからって嫉妬かよ?」


 俺の言葉にクククと独特な笑いが獣人から漏れてきた。


「何がおかしい」

「この世界はあまりにも出来すぎだと思わんか?お前らにとって都合が良すぎる世界だと思ったことはないか?その原因は、あの女神風情なんだが」


 その一言に俺は興味をひかれた。


「女神?お前サキのことを知っているのか?」

「あいつは嘘をついている。お前ら全員を騙している。いや世界を騙していると言っても過言じゃない」


 俺の質問には答えず、獣人は断言した。


「あの女神はこの世界で自由気ままに過ごしすぎた、そろそろ潮時だ」

「お前の話、訳が分からなくてついていけないぞ」

「無理もない。今までお前たちは何も知らないまま、この世界で生きてきたのだから」


 獣人はギャギャギャと耳障りな笑い声をあげた。

 その笑い声は不愉快この上ない。


「眠りの森に隠しダンジョンがある。そこにお前が欲しいものがあるだろう。この話を生かすかどうかはお前次第だ」


 ダンジョン、という言葉を聞いて俺は一瞬ぴくり、と反応した。

 元々俺はダンジョン攻略が好きでパーティを組んで旅をしていたきらいがある。


「信用できないな。お前は何者なんだ。ただの獣人じゃないだろう」

「それもそのうち分かる」


 獣人はそれだけ言い残すと、詠唱を行った。

 やがて目の前に次元の狭間のようなものが現れ、そこへ体ごと入って消え去った。


「おい待て!」


 俺の張り上げた声も虚しく、獣人は転移魔法で別の場所へ移動したようだった。

 路地裏に静寂が戻り、俺は途方に暮れた。


「ただの頭がおかしくなった獣人、だよな?」


 俺はあの獣人が何者なのか真剣に考えていたが、答えは出なかった。

 やがて、ただのいたずらだと結論付けると考えるのをやめた。


 その後、市場に寄ってさっきの買い物の続きをすると、宿屋の自分の部屋に戻ったのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る