第21話 騎士アルフォンソとサキ

 俺はサキと恒例行事の準備のために教会で待ち合わせる約束をしていた。


 教会のある丘へと登っていくと、馬に乗ってレイピアを持っている騎士のような集団が教会前に陣取っているのが見えた。


 あれは騎士団だろうか?

 教会にもそんな団体がいるのか、と思いながら教会の中に入ろうとするとその中の騎士の一人に呼び止められた。


「もしかして、ハジメ殿ですかな?」


 話しかけてきた男は、少しくたびれた顔の中に精悍さが残る中年の騎士だった。

 まわりの騎士集団は俺の事をじろじろと見ると、何やら小声で話をしている。


「ああ、そうだけど。あんたはどこのナイスミドルだよ?俺は急いでるんだけど」

「ナイスミドル?私はそんな名前ではないですぞ。私はミスラ教スターティア支部の騎士団長のアルフォンソという者です。以後お見知りおきを」


 俺がそのあいさつに困惑していると、アルフォンソは話を続けた。


「ハジメ殿は、わが主サキ様と仲睦まじくしていらっしゃる方と聞いております。それ自体は私も大変喜ばしいことです」

「わが主?いつからサキはお前らみたいな変な集団に守られる奴になったんだよ。類は友を呼ぶのかね」

「私たちと女神様の関係はこの世界が作られた時にさかのぼります。現在、サキ様も女神様と似たような扱いでして。私たちやサキ様を侮辱することはあまりお勧めはしませんぞ」


 そう言うとアルフォンソは馬から降りて話を続けた。


「話は変わりますが、貴殿はあの”欠けの転移パーティ”の一人なのでしょう?」

「ああそうだ、だからどうしたんだ?サキだってパーティの一人なんだけどな」


 俺は今まで”欠けのパーティ”と言われて良い思い出はない。

 自然ともやもやとした気分が募りアルフォンソを警戒するよう身構えた。


「左様でございます。しかし、サキ様はこの世界に転移されたあなたたちを憐れんで同じパーティに入ったのでしょう。しかも、例の魔女狩りが成功したのもサキ様のおかげ。実際、他のパーティメンバーはサキ様の足元にも及ばない能力と聞いております」


 アルフォンソは淡々とこちらが苛立つようなことを話してくる。


「それは、サキが言ってたのか?足元にも及ばないって?」

「いや、こちら側の分析です。サキ様は今や女神の生まれ変わりと称されるほどのお方。いくらご友人といえども私共を通さずに連れ回されるのは些かよろしくはないと考えております」


「勝手にお前らが決めることじゃないだろう、それはサキが決めることだ」

「ハジメ殿がそうおっしゃいましても、こちらはサキ様の身を案じているのです。サキ様に関しましては危ない目に合われぬよう、これから護衛を付けるという形にするか検討中でございます」


 話が通じない連中だ。

 こいつらもあの冒険者ギルドで絡んできた連中と種類の人間なのか?


 お前らはサキのことを何も知らない。

 負の感情がそこまで迫っていた。自然とダガーに手を掛ける。


「そして、いい加減ハジメ殿はサキさまのお気持ちに」


 言葉の途中でアルフォンソの背後から、サキが現れた。


「アルフォンソ?ハジメ?ここで一体何やってるの?」


 サキはこの状況に目を丸くすると、アルフォンソに近づいた。

 そして、何か思いついたように俺に視線を送りつつ、アルフォンソに耳打ちをする。

 いきなりなんだ?俺の目の前で内緒話とは失礼なやつだな。


 アルフォンソは神妙な顔つきで頷くとまた話始めた。


「ではハジメ殿、率直に話そう!貴殿はサキ様をどう思っておられるのかな?その答えを聞こうではないか!」


 アルフォンソは手を大きく掲げ、宣言する。

 何の話をしているかよくわからないが、俺はこいつらの芝居に付き合ってる暇はない。


「サキの事をどう思ってるって言われてもな。サキはミスラ教の女神であると嘘をつき、信者から金を奪っている自称アイドルだ」

「アイドルとは何ですかな?理解しかねますが、嘘をつき信者から金を奪っているとは、聞き捨てなりませんな。この世には言っていいことと悪いことがあることはご存じかな?」


 アルフォンソは腰のレイピアに手を掛ける。

 いや、だってそうじゃないか。

 あんたの主はアイドルとか女神とかいいつつ、信者から金を奪っていますよ?


 慌てたようにサキがもう一度アルフォンソと耳打ちをする。

 こいつはなんでそんな回りくどい方法を取るんだよ。


 アルフォンソは顔を輝かせると「青春ですなー」とニコニコし始めた。

 何だその単語。サキもたまに言ってるが、お前らの組織内で流行ってるのか?


「ハジメ殿。もう一度聞きますぞ。わが主、青春大好きサキ様の事をどう思っていらっしゃるのですかな?」


 アルフォンソはなぜか、わざわざ青春大好きという単語を強調してきた。

 中年が青春大好きって単語を口にしているのを見ると、かなりきついものがある。


「仲間というか、仲良くさせてもらってるけど」


 俺の言葉を聞くとサキはアルフォンソの横でうんうん、と頷いている。


 しかし、俺の言葉の何かが逆鱗に触れたのだろうか。

 アルフォンソは天に向かって吠え、手と足をジタバタさせた。


「うわあああああ!じれったあああああああああああい!」


 およそ大の男が出していい声と仕草ではなく、その雄叫びの大きさに俺は恐怖した。

 大の大人が目の前で全力の駄々をこねると、これほどまでに恐怖を引き起こすとは想像できなかった。

 アルフォンソは叫び終わると俺の肩を揺さぶり、こう言った。


「ハジメ殿、ここにいるサキ様はハジメ殿の事が好きなんですぞ!今まで分からなかったんですか?もしかして馬鹿なんですか!?」


 好きなんですぞ、好きなんですぞ、好きなんですぞ。

 衝撃の言葉が反響する。


 アルフォンソは俺の肩から手を離すと、手を器用に折り曲げてハートマークを作っている。その姿が気持ち悪くて、俺は失神しそうだった。

 そして、教会の入り口からはシスターや神父が行方を見守っている。


 そうか、この教会関係者は女神から信者まで全員頭がおかしいのだ。そうに違いない。



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