第22話 サキとハジメの恒例行事1
俺たちが拠点としている始まりの街スターティアには、多くの種族と職業が集まり比較的平和に暮らしている。
元々種族間の争いが少なく安定しており、その上魔物が少なくなった影響で多種多様な商品が行き交っており商業が発達した。
特に各地から取り寄せられた食材を元にして作られる料理や珍しい種類の酒などを振舞うレストランが多く街中に構えている。
サキと俺は珍しい料理を出すレストランを二人で巡ることを恒例行事としていた。
この恒例行事の時はお互いそれなりの恰好をしてくるのが暗黙の了解だった。
「このお肉悪くないわね、なんていうお肉かしら」
サキはナイフとフォークを器用に使いこなしながら上品に肉料理を口に運んでいて、その姿だけ見るといつも酒場でしょうもない話をしている奴と同じ人物とは思えないほどだった。
「ん?何考えてるの?」
「いや、なんでもない」
「でもこの肉噛みにくいし、これだったら宿屋の近くのソテーの方がイケるわね」
忖度なしの意見を言いながら食事するサキに軽く吹き出してしまう。
「何笑ってるのよ、私なんかおかしいこと言った?」
「大したことじゃないんだけどちょっと面白くて。なんだかこう見ると性格が悪いお嬢様みたいだなって思って」
「なにが極悪非道の悪役令嬢よ、単にここの食べ物が私の味覚に合わないだけです」
「極悪非道とまでは言ってないんだけどな」
口では怒ってるが、心なしかサキは俺の発言に喜んでいるように見えた。
俺の言葉も冗談ではなく、今日はサキが黒いドレスで着飾っているせいか本当にどこかのお嬢様のようだったのだ。
他の人間だったらそのドレスは大げさで、着せられている感が出てしまうだろう。
しかし、サキはそれを普段の装いのように難なく着こなしていた。それどころか白い髪とコントラストを醸し出して似合っている。
「それと私はお嬢様じゃなくて、青春大好きサキちゃんです」
お分かり?とでも言うように首を少し傾けると、満足したのか、ゆっくりと食事に戻った。
「ずっと思ってたんだけどさ、その青春大好きってなんなんだよ」
「あーこれには、深い理由がありまして」
「いちいち付け加えるってことは、明確な理由があるんだろうな?」
「広報活動もといアイドル活動の決め台詞みたいなもんよ」
「理由しょうもねぇな、真面目に聞いて損した」
「しょうもないって何よ。なんか、そういうのっていいじゃん」
「そういうのって?」
「青春よ、青春」
「青春ねえ」
その単語を聞くと先日、教会の前で待っていたアルフォンソに言われたことを思い出した。
『ここにいるサキ様はハジメ殿の事が好きなんですぞ』
それを思い出すと俺は頭を抱え始める。
思い出したくないことを思い出してしまった。
「何その顔」
「いや、そういえば、この前アルフォンソにお前の事で説教されたなって思って」
俺の言葉が言い終わらないうちにサキは立ち上がり、顔を赤くしながら食事用のナイフをこちらに向けた。
「あの話をするなら刺す。確実にね」
その行動に周りの客は驚き、好奇の視線を向けた。サキはそんな客を横目にため息をつく。
「あの件について私は悪くないの。アルフォンソが勝手にそう勘違いしただけであって」
「いやいや、聞かされる身にもなってみろ。俺はあの教会の人間が全員いかれてるのかと思ったぞ」
「仕方ないでしょ、みんな私の発言を勘違いして盛り上がっちゃったのよ。とてもじゃないけど違うとは言えないでしょ」
「こんなときでも信者の事を考えてくださるとは、さすが我らが女神様だ。思慮深い」
俺はサキに向かって両手を合わせてお祈りをする仕草をすると、殺気とともにサキが持っていたナイフが顔面の数センチ先まで伸びてくる。
俺が震えているとサキは座りなおした。
「黙って私の話を聞いてくれる?」
俺はサキの手元のナイフに恐怖しながら無言で頷いた。
「アルフォンソと騎士団は古くからミスラ教の信者なのよ。だから女神である私の話は絶対聞くの」
サキはしたり顔で話を続ける。
「それで、なんであんな風に勘違いして説教したかって言うと、この世界において転移者は基本、前の世界の記憶が無くなることになっているのよ。だからこの世界に来た転移者は哀れみや軽蔑の対象になる。そこを救うのが女神や教会側ってわけよ」
「なるほどな、だから”欠けの転移パーティ”とか言って軽蔑する人間がいるのか」
「そう、それで私にとっては転移してきたハジメやユウジ、アリスちゃんは守るべき大事な仲間なのって説明したら、アルフォンソが勘違いして」
「それで、大事な仲間っていうところを好きだとアルフォンソに勘違いされたのか?」
「ご名答。だからあんたは勘違いしないでね、ダンジョン狂いの中二病シーフ君」
最後の一言は余計だが、話自体に一応理屈は通ってる。
「まあ女神兼アイドルが冒険者と恋愛してましたって言われても、バッシングされるだけだしな」
「その軽口も減らないわね。でも最近あんたがマシな顔に戻ってきたし一回だったら許してあげるわ」
「俺、最近そんなにひどい顔してたかな」
「もう魂の抜け殻っていうか燃え尽きた顔してたわね」
サキがまともな顔に戻ったというのは多分、俺がダンジョン攻略に向けて訓練をしているからだろう。
しかし、あのダンジョンはただの隠しダンジョンではないと俺は思っていた。
あのダンジョンの魔法石を壊すと何故か生々しい夢をみたことを思い出す。
不可解なのは俺以外の人間にも同じような夢を見ている可能性があることだった。
アリスは中学校でうまくいかなかったときに、俺とオンラインゲームをして救われたという話をしていたし、ユウジは4人でゲームをしていたという夢を見ている。
いい機会だしサキにそれについて聞いておくか。
「なあサキ。お前は本当に転移前の世界の事を知らないんだよな?知ってるとしたら、俺たちは前の世界ではどういう関係だったんだ?」
「それは前にも言ったけど知らないのよ。転移している人間がどこに住んでいて、どういう関係だったか、なんていちいち見てないのよ。女神なんて転移者の事を一人一人覚えているわけではないんだし」
この話になるとサキは気のせいか、若干冷たい言い方になる。
俺は何かサキが隠しているのではないかと疑い始めていた。
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