第12話 ハジメのお楽しみ
静寂が街を支配するその夜、俺は誰にも気づかれないように宿屋を出た。
宿屋が面する表通りを足早に横切ると裏通りに抜ける。
時々振り返ってみたが、どうやら誰も追ってくる者や監視している者はいないらしい。
こんなところをパーティのメンバーに見られたら目も当てられない。
誰にもつけられていないことを確認すると、お目当ての場所まで道を急ぐ。
スターティアには昼に繁盛している店と夜に繁盛しているエリアの二つがある。
昼に繁盛しているエリアというのは飲食店や屋台での野菜売りが多い表通り。
夜に繁盛している店というのは酒場やその近くにある夜の店が多い裏通り。
俺はその裏通りの端にある、いかがわしい店を外から見つめた。
こういう店に行くのはいつ来ても緊張する。
意を決してその店に入る。店の名前はダンス・ホール。
健全な名前とはうってかわって、中身はいかがわしい店である。
店の扉を開けると布面積の少ない、かなり際どい衣装を着たエルフがこちらに気づき、明るく話しかけてくる。
「おにーさん、一人かな?」
「ああ、一人で」
しばらく、待合室でドキドキしながら待っていると奥から出てきたエルフに名前を呼ばれた。
「あら人間さん、奥でゆっくりと相手してあげる」
そのエルフはドレスで着飾り妖艶な雰囲気を醸し出し、ささやいてくる。
俺はカーテンで仕切られた、奥の部屋へと案内された。
ダンスホールの帰り道、俺はすっきりとした気持ちで自分の宿に向かっていた。
やっぱりエルフは良いよな、スタイルも良いし、何より見た目が美しい。
などと考えていると、いきなり後ろから声をかけられた。
「お、ハジメじゃねぇか」
その声に心臓が飛び跳ねそうになった。
「う、うわあ!ってなんだよ、ユウジか」
振り返ると短髪でガタイが良い、見知った顔があった。
赤ら顔であることを見ると、ユウジはどこかで酒を飲んできたのかもしれない。
「お前、驚きすぎだろ。ていうかこんな夜遅くに何やってんだ?」
「えーと、これはなんというか、どう説明すればいいかな」
俺は誤魔化そうとして、奇妙なジェスチャーを交えながら言い訳を考えていたが、めんどくさくなって正直に打ち明けた。
「お前、誰にも言わないか?」
「言わねぇよ。どうしたんだよ、そんな真剣な顔して」
「ちょっといかがわしい店に行っててな。ちょっとだけな」
ユウジはきょとんとした顔になった。
「ふふ、お前そんなことしてるんだな。おもしれえじゃねえか。今度アリスとサキに喋ってみようぜ」
そう言うと俺の肩を叩きながら笑い始めた。
「絶対やめろ。俺が社会的に死ぬような気がする。それはお前も見たくないだろ」
「うそうそ。言わねぇよ。でもこれだけは言っておくぞ。お前サキとかアリスはどうでもいいのか?」
「なんであいつらの話なんだ?」
こういったことをして後ろめたい気持ちが無いわけではない。
しかし、サキは俺と付き合ってるわけではないし、アリスは友達というか妹みたいなものだ。
サキは俺に対して恋愛感情とは別の感情がある気がするし、アリスも俺に対して好意というか尊敬の感情の方が近いのではないかと思っている。
「あいつらの態度見てれば分かるじゃねぇか。あいつらはお前に惚れてるね。なんなら賭けてもいい」
「俺、好きとか嫌いとか分かんないんだよ。サキやアリスに万が一、そう言われても答えられない」
「かぁー、お前は難儀な奴だな。サキやアリスが可哀そうだ」
「そもそも、俺の事を好きになる理由が見当たらないんだけど」
「お前に心当たりが無くても周りの奴らにとっては重要なこともあるんじゃねぇか?」
「よくわかんないけど、例えば?」
「そうだなー、それこそ記憶でも取り戻せたら分かるかもな」
「そんな都合よく戻らないだろ。サキでも記憶を戻せないんだぞ?」
俺はユウジの発言の説得力の無さに脱力した。
「記憶と言えばお前さ。いや、この話はやめておくか」
「おいおい、話を途中でやめるな。どうしたんだよ?」
ユウジは視線を一瞬外すと、再度にやけ面に戻る。
「お前最近たるんでるしな、そろそろあいつらにも愛想つかされるんじゃねーか?サキやアリスは別の男ができて、案外幸せになったりしてな」
ニヤニヤしているユウジを見ながら、それは無いだろうと言おうとした。
でも、すぐにあり得るかもしれないと思い始めた。
確かに最近の俺は、惰性でクエストをやって自由気ままに生きている。
周りから見ると一時期に比べて怠けているように見えるだろう。
サキには無気力と言われるし、そろそろ本気で何かしないとこの世界で腐ってしまいそうだった。
みんなはそれぞれやることがありそうだが、自分は未だにこの世界で魔女討伐の旅以上の充実感を得られずにいた。
「なんてな、あいつら根は真面目だから大丈夫だよ。夜な夜ないかがわしい店に行ってる誰かさんと違ってな」
「うるせぇよ。飲んだくれがよ」
「気分がのってきたな、一軒どこかで引っ掛けるか?」
「勝手に気分のってくるな。あとお前酒くせぇぞ」
ケラケラと笑いながらユウジが俺と肩を組んできて一緒に歩く。
こいつはずっとこの世界で会って以来こんな調子だ。
ユウジのそういう性格がなんだか安心する。
しかし、ユウジを見ながら、いつものこんな日常も良いと思う反面、そろそろ自分がどうしたいか決めないといけないんじゃないかと悩んでいた。
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