第11話 サキと教会にて

「はーい、おはよー。青春大好きサキちゃんだよー」


 上から声が降ってくる。

 瞼を開けると、目の前にはやたらと顔の整った少女がいた。


 白い髪が垂れ落ちてきて、ぱっちりとした目と視線が合い、一瞬息が止まる。

 うわぁと、情けない悲鳴が出た。


「なんだサキかよ。心臓止まるかと思った」

 心臓がバクンバクンと高鳴っている。


「そんなに驚かなくてもいいじゃない」と文句を垂れるサキ。

 周りを確認すると、その部屋には女神の肖像画が飾られていてサキ以外誰もいない。


 察するに、ここは教会にある一室なのだろう。

 俺は教会のベッドに横になっていたらしい。


「目覚めは悪そうね。無気力な顔がさらに台無しだわ」

 俺の顔を覗き込んでそう言うと、近くの机から椅子を引いて座り込む。


「ところで、あそこで一体何してたの?」

「あそこって?俺はどうなったんだ?何も覚えてないぞ」

「あんたさ、スターティアから眠りの森へ続く道の途中で倒れてたのよ。それを通りすがりに発見されて、ここに運び込まれたの」


 サキの言葉を聞いて、徐々に自分の行動を思い出した。

 俺が教会にいるのは隠しダンジョンの帰りで気を失っていたからか。


「そんなことになってたのか。なるほどな」

 事態を飲み込むといったん落ち着きを取り戻した。


「なるほどな、じゃないのよ。なんであんな所にいたのって聞いてるんだけど」

「なんというか、そのあれだよ」


 そのとき、眠りの森ダンジョンに行く前に獣人と会ったことを思い出した。

 不用意なことを言ったらどうなるか分からない。


「いや、別になんでもない。ただ、眠りの森で訓練してて、帰ろうと思ったら倒れただけだよ。最近、眠りの森で訓練するのにハマっててさ」

「絶対それは嘘。あんたにそんな殊勝な趣味ないでしょ。正直に言わないと無理やり魔法でぶっ飛ばして聞き出してもいいのよ?」

「それは勘弁してほしい。これは本当なんだ」


 あのダンジョンで起きたことを全て洗いざらい説明するのは、まずい気がして口ごもっていた。

 そうだ、あのダンジョンで起こったことを正直に言う必要はない。

 全てサキに伝える必要もないし、本当のことをちょっと言えばごまかせるだろう。


「あそこで今まで見たことのない新しいダンジョンを見つけたんだ」

「新しいダンジョン?あそこらへんは探索されつくしてるはずなんだけど」

「俺もそう思ってたんだよ。だけど、昨日森の方へ行ってみたら偶然見つけてな。好奇心に負けて入ってみたって訳だ」

「ふーん、眠りの森で新しいダンジョンか。聞いたことないけどなぁ」


 サキは疑ってかかるような顔をしており、なにやら考え事をしているようだ。

 頼むから何も思いつかないでくれ。

 これ以上お前と会話すると、お前は何か嫌なことを思いつきそうな予感がする。


「そのダンジョンおもしろそうじゃない。私も行ってみたいんだけど」


 良いことを思いついたと言わんばかりに、サキは笑顔を見せる。


「あ、そうだ。みんな忙しいわけじゃないんだし、みんなで行ってみましょうよ」


 何も思いつかないでくれ。

 そんな俺のささやかな願いとは逆に提案をするサキ。

 みるみる話が大事になっていく。


「いやいや、パーティで攻略するような大したダンジョンじゃないというか、一人で攻略したいというか」

「一人で何でもかんでも解決しようってするのはあんたの悪い癖よ、今回みたいなことがあったらいつも助けてくれるとは限らないのよ?」

「それはそうだけど」

「じゃあ決まりね。みんなでダンジョンに行くこと。久しぶりにみんなで行くから楽しみだなぁ」


 完全にサキはみんなであのダンジョンに行く気でいる。

 一度決めたらこいつは俺の話など聞かないのだった。


 俺は距離を詰めてサキの両肩をつかんだ。

 肩を強めに掴んだせいか、勢いで鮮やかな白い髪と整った顔が揺れる。

 サキは俺と正面から顔を合わせることになって困惑していた。


「えっと、何?」

「本当に危険なダンジョンなんだ。もっとよく考えた方が良いと思う」

「普通のダンジョンなんでしょ?魔物が強いとか?」

「そういうわけじゃないんだけど」

「私が協力するんだからさ、一緒に行こうよ。一緒に行けばダンジョンなんてすぐ攻略できるでしょ?」


 サキはいつも自信ありげに言葉を吐く。

 実際こいつはどの場面でも自分の能力の高さと機転の良さで、どうにかしてきた。


「今まで通り私の魔法でなんとかなるでしょ、アンタはそれを見てればいいのよ」

 俺の真剣さをからかっているのか、冗談めかして言いながら俺の手を解いた。


「サキ、よく聞いてくれ」

「今度は何?」

「あのダンジョン、魔法石が設置してあるんだ」

「魔法石があるから何なの。あんなのただ魔力が蓄積されている石ころじゃない」

「いや、あれは」


 一瞬考えたことをそのまま言おうとしたが、やめた。

 あの魔法石を壊した時に見た内容はただの夢のなのか、または別の何かなのか。それは俺には分からなかった。


「あの付近を歩いてるとノイズが聞こえるんだよ」

「あんた、なんか変なものでも食べたんじゃない?それともあんた中二病なの?」

「本当に聞こえるんだよ、信じてくれ」

「それが魔法石と何の関係があるの?」


 サキの疑問に当たり障りのない程度に答える。


「そのダンジョンの魔法石を壊すとなぜかノイズが消えるんだ」

「断言できないけど、偶然じゃない?」

「そうだといいんだけど、なんか嫌な予感がするんだよ」

「危険だって言う理由はそれだけ?そのダンジョンにみんなで行けば楽しく暇つぶし出来てちょうどいいじゃない」


 ぶっきらぼうにサキは言う。


「いや、そうだけどさ」


 俺はいまいち納得しきれていなかった。

 サキは「ただし」と念押しをする。


「絶対に一人でそのダンジョンに行かないこと。行くならまず私に相談すること。できればユウジやアリスちゃんにもちゃんと相談しなさい」

「ああ、分かったよ」


 みんなで眠りの森の隠しダンジョンを攻略する。

 災厄の魔女を倒した俺たちだし、それができればダンジョン攻略は楽にできるのは間違いない。


 それは百歩譲って良いとしよう。

 しかし、本当にあのダンジョンに危険はないのだろうか。

 魔法石を壊して見た、あの夢みたいなものは何だったのか。


「お前はみんなと行きたいかもしれないけど、もうちょっと考えさせてくれないか?」

「それは任せるわ」

 ただ、と前置きをしてサキは俺の発言に付け加える。


「あんたの性格上、新しいダンジョンがあったら攻略せずにはいられないでしょ?」

「それはそうかもしれないな」

「ダンジョンにあんたが行くなら、みんなも行く。行くかどうかはあんたが決めとく。これで話は以上、ね」


 ひとしきり喋るとサキは立ち上がった。


「あんたは黙って私の言うとおりにすればいいの」

 いつもの言葉をまた、耳元で囁く。


 サキと初めてこの世界で出会って以来、俺はずっとその言葉を聞かされてきた。

 気づけばいつも俺はサキに流されているような気がする。

 何か違和感はあったが、うまく言葉にはならなかった。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る