第34話 最後の話し合い

 俺たちは3人はダンジョンの攻略について再度話し合うため、オールドアロウに集まっていた。


 しかし、なかなか誰も喋ろうとしなかった。

 いつもなら適当に酒を飲んでたわいのない話に花を咲かせるのだが今日は静かだ。

 このテーブルだけは神妙な空気が流れており周りの喧騒から切り離されている。


 サキはどこを探してもいなかった。

 教会にも何度も足を運んだが、サキはあれ以来戻っていないらしく教会の連中も騎士団を中心に捜索をしているらしい。


 騎士団長のアルフォンソは「サキ様がいなくなったことについてハジメ殿は何か知っていますかな?」と聞いてきたが俺は何も答えられなかった。


 とりあえずこの場は自分から話を切り出すべきだろう。

 そもそもこんな状態になった原因は自分にある。


「みんなに隠してたことがある。俺はあのダンジョンに偵察に行ったときから魔法石を壊せば記憶が戻ってくることを知っていた。しかも自分だけじゃなくてアリスとユウジの記憶が戻ってきているのも後から気付いてたんだ」


 二人に向かって話を切り出した。

 ユウジは腕を組んで黙っており、アリスは不安そうな顔をしている。


「あそこは前の世界の記憶が戻ってくるダンジョンなんだと思う。その話をするのが遅くなった。こんなことになっているのもそれが発端なんだ」


「そのお話はサキさんに言ったんですか?」

 アリスがおずおずと口を挟む。


「この前言ったんだがその件で軽い喧嘩しちゃってさ」

「じゃあサキさんが見つからないのってそれが原因ですよね?」

「こいつ、その話の最中にサキに嫌いだって言ったらしいぞ。それでサキが泣いてたのを俺は見た」


 ユウジが余計なこと付け加えるとアリスは目を丸くした。


「えぇ!?そんなこと言ったらだめですよ」

「サキが何かを隠してたんだ。なんでちゃんと言わないんだろうって思ってムカついてさ」

「それにしてもそんな言い方ないじゃないですか。それでサキさんは何を隠してたんですか?」

「みんなの記憶の中で高校生の頃、サキは出てきていない。これがおかしいと思ったんだ。だから何か隠してるだろうって思って」


 アリスとユウジは黙って聞いている。


「みんなは高校生の頃の記憶が戻ってるはずだ。なのにアリスもユウジも高校生の頃の記憶の話をするときにサキは出てこない。これは明らかにおかしいと思わないか?なぜ高校生活を境にサキの名前が出てこないんだ?」


「お前はサキが何を隠してるって言うんだよ?」

「分からないけど何か重要なことだと思う。俺はそれを言ってくれない限りサキを信用できない」


 嫌いだと言ってしまった理由はそれだけではない。

 しかし、サキが記憶の中から消えた理由が分かれば、話はもっと簡単でこんなことにはならなかったはずだ。


「私はサキさんが見つかるまでダンジョンに行きたくないです」

 アリスは硬い表情で断言する。


「記憶が戻るダンジョンも確かに大事ですけど、サキさんはそれ以上に私にとって大事なんです」


 アリスの気持ちは分かる。

 だけど過去に何があったか分からないとこれ以上サキと話をしても空回りするだけのような気がしていた。


「アリス聞いてくれ。なるべく早くあのダンジョンを攻略してサキと俺たちの記憶を取り戻すんだ。そうすればサキが何を望んでいたか、何を悩んでいるか分かるはずだ。そうすれば自然とどこにいるかも分かるんじゃないか?」


 そう語りかけるがアリスはそれでも納得していない様子だった。


「ハジメさんは約束できますか?絶対サキさんと仲直りするって。絶対また4人で一緒に仲良くできるって約束できるんですか?」

「約束する。俺たち4人はずっと一緒だ。この世界でも、元の世界に戻ったとしても」


 みんなで仲良くできるか保証は無いがアリスを不安にさせたくはない。

 アリスは俺の言葉を聞くと渋々納得したようだった。


「まぁ、みんながダンジョンを攻略したくないって言うなら、行かないのも選択肢だ。みんながあのダンジョンはもう辛いって言うんだったら俺も諦めるし」


 俺はまだこの期に及んであのダンジョンに行くか決めかねていた。

 自分がダンジョンに行きたくてもユウジやアリスはどう考えているのかも重要だった。

 ユウジやアリスがその記憶に耐えきれないんだったら行かないという選択肢もあるんじゃないか。


 これ以上みんなを巻き込みたくないという思い。そして、一抹の不安。

 またあのダンジョンで予期しないことが起きるかもしれない。

 だからそんな言葉を口にしたのだった。


「なぁお前、本気でそれ言ってるのか?これはお前が始めたことだろう。お前が決着をつけるべきじゃねぇのかよ?」


 さっきまでほとんど黙っていたユウジが苛立ちまじりに声をあげた。


「お前が元の世界の記憶を取り戻したいなんて言わなければ、こんなことにはなってなかったんだ。それに巻き込まれてみんな苦しい思いをしてるだろ」

「だから諦めてもいいって言ってるんだ。それにその話はもう過去の話だろ」

「何だてめぇ。今の言い草はよ」


 ユウジは俺と距離を詰めて胸倉を掴んだ。

 周りの客が何事かと、どよめいている。


「二人ともやめてください」


 アリスは間に入って止めに入る。


「みんなで決めたことでしょう、ユウジさんだって言ってたじゃないですか。ダンジョン攻略が終わったら元の世界に戻る手段を探そうって」


「確かにそうだけどよ。こいつの態度見てるとムカつくんだよ。自分でこんなになるまでひっかきまわしやがって、重要なところは人に決めさせようって魂胆がよ。結局、サキが正しかったんだよ。ずっとあいつの言う事を聞いてたら何も問題は起きないで済んだんだ」


「でもそれじゃあ何も変わらない」


 その言葉は自然と自分の口から出ていた。

 そうだよ。ずっとこの世界に留まれば良いと考えてしまったらサキと同じだ。

 苦しくてもいいから前に進みたいんだ。そして、真実が知りたい。


「けっ、引きこもりがよくいうぜ」

 ユウジはそう言うと手を放し、鼻で笑った。


「ハジメ、お前あんま言いたくないけどよ。そこまで言うならもうちょっと現実の世界でも頑張っていいんじゃねぇか?」

「頑張るって具体的になんだよ?」

「アリスの話を聞いてやるとか、お前の身の回りにケリをつけるとか、いろいろあるじゃねーかよ。引きこもってゲームにハマるのはわかるけどよ」


 ユウジが頭を掻きながら吐き捨てる。


「私はハジメさんが昔のまま、皆さんと元の世界に戻って仲良く出来ればそれでいいです。できればサキさんも一緒に。私も頑張るのでちょっとずつ前を向ければいいんじゃないでしょうか」


 俺とユウジの会話を黙って聞き、思案顔だったアリスが優しく微笑んだ。


「かぁー、アリスはハジメにいつもめちゃくちゃ甘いよな?こいつのどこがそんなに好きなんだよ?」


「い、いや好きとか好きじゃないとかじゃなくて、あ、あの尊敬はしてますけど。例えば、あの、いつもさりげなく助けてくれるところとか、いつも何気なく視線が合うところとか」


 ユウジのいきなりの問いかけにアリスはしどろもどろだ。


「アリス、もういいよ。俺も聞いてて恥ずかしくなってきた」


 俺がアリスの話を止めに入ると、さっきまで怒ってたユウジはケラケラと笑っていた。

 感情の起伏が激しい奴である。

 しかし、このままだと話が前に進まないので俺は要点をまとめた。


「あーもう分かった。まずあのダンジョンを攻略して全ての記憶を戻す。それでその後にサキの事を探し出して、元の世界に戻る方法を探す。これでいいだろ」


 そこで言葉を切ると、一息置いて言葉を継いだ。


「あと、このパーティで勝手に悩んだり隠しごとは無しにしよう。悩むなら全員で悩む。何事も出来るだけ全員で決めよう」


 確認するようにアリスとユウジの方を見る。


「はい!もう隠しごとは無しです。皆さん、ありとあらゆる隠しごとを私に共有してくださいね」


 アリスは元気よく返事をした。なんだか怖いことを言っているが、まあいいだろう。


「今のところ隠しごとが多いのはサキとハジメなんだけどな。よくお前、自分の事棚に上げて今の言葉言えたな」

「それは俺が一番分かってるからもうやめてくれ。あと胸倉いきなり掴むのやめろ。お前、力が強いから怖いんだよ」


 俺が服の襟を整えながら悲しい顔をすると「す、すまん」とユウジが小声で謝った。


 話が一段落すると、俺たちは3人でダンジョンを攻略するべく計画を立てた。

 あのダンジョンはなるべく早く攻略して、その後にサキの捜索もしなければならない。

 そこまで話し合うと、急いで準備を整えることにして、近日中にダンジョンに行くことにした。


 酒場での話し合いが終わり、いつもの宿屋に帰ってくる。

 宿屋の1階を通って自分の部屋に戻ろうと思った矢先、視線を感じて振り返ると宿屋の入り口に白い髪の少女がいた。

 それは正真正銘サキだった。


「サキ!お前どこに行ってたんだよ。みんな探してるんだぞ」

「ハジメ、あなたはアリスちゃんを選ぶんだね」

「何の話だよ?選ぶとか選ばないとかそういう話じゃないだろ?」

 サキは無表情と相まって、凍り付くような声色だった。


「私は一緒になりたかっただけなのに。もう会うこともないでしょう。さようなら」

 一方的に会話を終えると、サキは宿屋の入り口から外に出た。


「お、おい」

 走って追いかけたが、サキは真っ暗闇の路地裏の奥で音もなく消え去った。


「サキ?どこに行ったんだよサキ!」

 何度呼びかけても、サキは戻ってこなかった。






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