第14話 作戦会議という名の飲み会1

 話したいことがある、とみんなに呼びかけるとパーティメンバーは瞬く間に酒場オールドアロウに集結した。

 俺から呼びかけることは大変珍しく、みんなは驚いているらしい。


 アリスとサキを待っているとオールドアロウの前でユウジが変なことを言い始めた。


「俺、最近思ったんだけどよ」

「何だよ急に、良い夜の店でも見つけたか?」

「違うわい。何つーか俺たちってずっと前から一緒だった感じしないか?」

「そりゃあ、ずっと1ヵ月くらい一緒に旅してたからな」

「いや、俺たちってそれ以上前から一緒にいなかったか?」

「は?それってどういうことだよ」


 言葉を続けようとしたその矢先、アリスとサキが一緒に現れ、ユウジとの会話を遮られた。


「あんたら何してんの?とりあえず中入るわよ」


 仕方なく会話を終わらせると俺たちはオールドアロウの店内に入った。


「それで今日はなんの集まりなんだよ?ハジメが呼びかけたらしいけど」

「そうですよ。ハジメさんがみなさんに声を掛けるって珍しいですよね。雪でも降るんでしょうか」


 そう言うとアリスは小首を傾げた。

 アリスにそう言われると地味に傷つく。


「まさか、このパーティーを抜けたいとかじゃないですよね?」


 あらぬ方向へと妄想を広げ、素っ頓狂な声を上げるとアリスは俺の腕を引っ張ってくる。


「今更抜けるとかありえないですよね、ここまで一緒にやってきたんですから。不満があったら聞くので言ってください」


 パーティから抜けるのだと勘違いしたアリスは千切れんばかりに俺の服の袖を引っ張る。


「あーあ、ハジメがパーティから抜けちゃうのかー。ハジメ最近顔死んでたもんねー。私たちといるの嫌になっちゃったのかなー?」


 アリスの妄想に合わせ、わざとらしくケラケラと笑うサキ。


 俺がなかなか喋らないからといって勝手に話を進めて盛り上がっているが、断じて俺はパーティを抜けたいなどと言った覚えはない。


 そもそもアリスやユウジはともかく、サキは俺が今日みんなに言いたいことを分かっているはずだ。

 わざとこいつは俺の事をからかっているんだ。本当にめでたい性格をしている。


「なんか言いたいなら、私らにさっさと話しなさいよ」


 言葉に詰まってると、サキが圧をかけて催促してくる。


「いや、特に重大なことでもないんだよ。本当に」

「あ、ハジメが話したいことってあれじゃないか?」


 ユウジがニヤニヤしながら割り込んでくる。嫌な予感がする。


「あれってなんですか?」

「こいつ、お前らに内緒で夜のいかがわしい店に行ってるんだぜ。その件だろ?」


 ユウジが一石を投じると場は完全に凍り付いた。

 サキとアリスは怪訝な目をこっちによこす。


「あんたさぁ」

「ハジメさん、嘘ですよね?」


 先ほどまで妄想全開で話していた二人がげんなりとした表情になっていた。

 二人の視線を俺は受け止めきれず目を逸らした。


「あの、夜の店と言っても別に卑猥なことはしてなくて、ほら、経験っていうか、その、社会見学というか」

「へー、じゃあ本当に行ってるんだ」


 必死に弁明しようとしたが、喋れば喋るほど逆効果みたいだった。

 サキは俺の話を死んだ目で聞いているし、アリスは無言で俯いてしまった。


「な?こういうことになるから早く言っちまえよ」


 冷え切った場を横目に満足そうなユウジ。


 考えうる限り最悪な形での催促だった。

 シンプルに俺が恥ずかしいだけの暴露だ。


「そんなくだらないことじゃなくて、俺はちゃんと話したいことがあったんだよ」


 場はしらけ切っているが、俺はそれに構わず話をつづけた。


「先日、たまたま散歩してたら隠しダンジョンを見つけたんだ」

「隠しダンジョン?そんなのどこにあったんだ?」


 酒をあおろうとしたユウジが手を止めて興味を示す。

 俺は一通り、あの隠しダンジョンを見つけた経緯を話した。

 ただ、獣人のことは伏せておいた。


「簡単に言うと眠りの森を探索してたら、偶然隠しダンジョンを見つけたんだ。ダンジョンは何層あるか分からないが、地下5層までは俺が偵察してある」


 そこまで話すとサキが茶々を入れてくる。


「この話、私に先日言ってきたのよ。一人で勝手に隠しダンジョンに行ってきたって。どれだけダンジョン攻略に飢えてたんだって話でさ」


「そんな重要なことを誰にも言わずにダンジョンに潜ったのかよ」

「事後報告で悪いけど、そうなんだよ。俺はその隠しダンジョンを見た時に、テンションが上がってそのまま探索したんだ」

「ハジメさんはダンジョンと聞くと目が無いですからね」


 アリスが含み笑いをする。


「魔女討伐の旅でもダンジョン攻略のときだけ一人で盛り上がってたもんね」

 サキが昔のことを懐かしむ。


「俺らの事置いて一人でダンジョンに行ったこともあったよな」

 ユウジもそれに乗ってきた。


「でも、ハジメさんは1人でダンジョンに行っちゃうくらい、情熱がすごいってことですよ!」

 アリスは何かを思い出したように、興奮気味に話し始める。


 俺がアリスの手元を見ると酒が入った酒樽が既に複数並んでいた。

 こいつ、これ全部飲んだのか?

 まずい、こうなるとアリスの話が止まらなくなる。


「ところでみなさんはこの世界に転移する前の世界って覚えてますか?」


 俺も含めて全員が、その話をし始めたアリスに驚いた。

 アリスは前の世界の話を自分からは今までほとんどしてこなかった。

 そのアリスがいきなり前の世界の事を話し始めたので、一瞬聞き間違いかと思ったのだ。


「転移する前の世界?アリスちゃん、どういうこと?」


 サキも驚いたようで上擦った声で聞きかえした。


「私は全然覚えていないんですが、最近とある夢を見たんですよ。この世界とは全く別の世界で、私が中学生くらいの夢だったんです。そこでハジメさんとダンジョン攻略をするオンラインゲームをやってたんです」


 アリスの長い前髪の隙間から赤ら顔が見える。


「前の世界で、私はおどおどした性格で、声も小さく内気で、周りから少し疎まれてたみたいだったんですよ。でもハジメさんはこう言ってくれたんです。うまくいかないことがあったって俺たちとダンジョン攻略すれば楽しいだろ、って」


 突然語られるアリスの夢の話を俺たちは黙って聞いていた。


「お前にはみんなのために出来ることが必ずある、ってそう言ってくれて。私はなんだか幸せな気持ちになって、その夢は終わりました」


 アリスの話が終わるとみんなはしばらく無言だった。


「それって夢の話なんだよな?」


 やけにリアリティのある夢の話に俺は思わず問いかける。

 アリスは俺に向かって優しく微笑んでくる。


「そうなんです、これは夢の話なんです。でも私たちがどこかの世界から転移してこの世界にいるのだとしたら、さっき言ったような夢の話もあり得るのかなって思ったんです。それって何だかロマンチックじゃないですか?」


 普通、他人の夢の話はとりとめもないし、大半の人間は興味の湧かない話題だ。

 ただ、今回のアリスが見た夢の内容は、俺がダンジョンで見た生々しい夢と合致していた。


「何が言いたいかというと、ハジメさんは、ただダンジョンが好きなだけじゃなくて、他の人を巻き込む情熱があるんですよ。私はその夢を見て気づいたんです」


 アリスは鼻を鳴らすと、俺の腕を持ち上げて一緒に手を掲げた。


「アリス、何だこのポーズ。恥ずかしいんだけど」


 俺は苦笑いしながら、酔っているアリスの対応をした。


 その合間、サキやユウジの表情を伺ってみたところ、二人とも困惑した表情を浮かべていた。

 しばらくしてアリスが酒を飲みすぎて、またしても眠り始めた。

 サキはそんな様子のアリスを介抱している。


「ちょっといいか、ハジメ」


 突然ユウジが俺に耳打ちをしてきた。


「急になんだよ」

「ちょっと、外出てもらっていいか?話がしたいんだよ」


そういうや否やさっさと店を出ていくユウジ。


「ちょっとユウジと話してくる」

「え?いいけど・・・」


 サキはなぜか不安そうな顔をして、何かを言いかけた。

 しかし、俺を引き留めることはしなかった。


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