第20話:不可解なこころ

 来た電車に乗り込み、れん明日花あすかはなるべくスペースのある奥に進んだ。


「……っ」


 通勤電車は混み合っていて、どうしても密着してしまう。


(気持ち悪がられたらどうしよう……)

(もう一緒に出勤してくれないかもしれない)


 蓮が不安に感じていると、明日花がふっと顔を上げてきた。


「そういえば、蓮さんはどちらから引っ越されたんですか?」

「!」


 気まずい思いをしていた蓮の胸が弾んだ。


(いつもなら、プライベートに関する質問は不快になるのになんでだ……)

(僕に興味を持ってくれるのが嬉しいなんて……)


「つくばです」

「つくば……?」


 明日花が首をかしげる。


「茨城県です」

「茨城県……」


 明日花が考える素振りを見せた。


「あまり行く機会のない場所ですよね」

「すいません、西日本出身なのであまり関東の地理に詳しくなくて」


 明日花がひどく恐縮している。


 おそらく自分から質問したのに、うまく話を広げられなくて焦っているのだろう。


 明日花の反応が可愛らしく、蓮は唇をほころばせた。


「構いませんよ。僕だって西日本の地理にはうといですし」


 つくばは日本最大の学術都市で、筑波つくば大学や大きな病院などがあり、住人も博士号を取得している研究者が多いことで有名だ。


 つくばエクスプレスに乗れば東京まで直通で行けるし、駅周りには便利なショッピングビルがあり、道はゆったりと整備されて暮らしやすい場所だ。


(少し離れたら、畑が広がる長閑のどかな風景になるけど……)

(そのぶん、ゆったりした気分で暮らせた)


 とはいえ、有名な観光地というわけではない。

 西日本出身の人には、馴染なじみが薄いようだ。


「蓮さんはどうして上京されたんですか?」

 何気ない質問だった。


 だが、連は氷を飲み込んだような気分になった。

 うまく声が出ない。


「……っ、研修期間が終わって……叔父に誘ってもらって……」

「そうなんですか」


 単なる素朴な質問だったようで、明日花はあっさりと頷いた。


(嘘じゃない……)

 ちょうと研修期間が終わったのも、叔父が誘ってくれたのも。


 だが、本当の理由は明日花に言えなかった。


 ようやく最寄り駅につき、二人は混雑した電車から解放された。


 明日花が特に深掘りしてこなかったことに、ホッとしながら出口に向かう。


「はー、満員電車って慣れないですねえ……」


 心底うんざりしたように、明日花が息を吐く。

 蓮はその横顔に密かに見とれていた。


(20代の美人さん。恋人がいても全然おかしくないけど……)


 初対面のとき、大荷物を持ってつらそうだった。


(休日にデートしたなら、あんな荷物持ってる彼女を一人にせずに家まで送るよな)


(それに彼氏がいる気配が微塵みじんもないんだよな……)


 指輪もしていないし、会話にもまったく出てこない。


(また嬉しくなってる)

(なんだ、これ)


 自分の心の不可解さにまだ蓮は戸惑った。


 ビルに着き、二人は8階のフロアに降り立った。


「今日は付き添いありがとうございました」

 明日花がぺこりと頭を下げる。


「でも、もう大丈夫です」

「そうですか? 帰りも送りますよ」


「いえっ、一人で帰れます!!」

 ブンブンと大きく手を振って、明日花がはっきりと断りをいれてくる。


「でも――」


「今日は芙美ちゃんが大学の同窓会で、サロンを早めに閉めるので!! 17時上がりなので!! 一人で帰ります!!」


 明日花がやけに力強く主張するのが引っかかった。


(なんだろう……気になる……)

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