第19話:一緒に通勤

 翌日、れんは8時10分きっかりに、明日花あすかの部屋のインターホンを鳴らした。


「明日花さん、おはようございます!」

「ど、どうも……」


 そっとドアから顔を出す明日花は、巣穴から出てきたプレーリードッグのように可愛い。


「お、おはようございます……」

「昨日は楽しかったですか?」


 昨日の予定について尋ねた途端、明日花の肩がびくうっと跳ね上がる。

「あ、はい……」


 やっぱり反応が面白い。

 明日花が不安げにちらちらとこちらを見ている。


「いいですね。僕はスーパーでお弁当を買って帰りました」


 蓮の言葉に、明日花があからまにホッとした表情になる。


(めっちゃ顔に出てるな、この人。新宿に俺がいなかった、てわかって安堵してるのが丸わかり……)

 蓮は密かに笑いをこらえた。


 エレベーターで二人きりになると、途端に明日花の緊張が伝わってきた。


 蓮はリラックスさせようと、なるたけ明るい口調で話しかける。


「昨日会ったお友達って、東京の方なんですか?」

「……彼女は小学校からの幼馴染みで、今は都内で会社員をしています」


「そうですか!」

 声が自然と弾むのを蓮は自覚した。


(彼女、ということは女友達か……)

(って、なんで俺、こんなにはしゃいでるんだろ)


 エレベーターを降りて一緒に駅に向かう。

 明日花は無言だが、拒否されている感じはなぜか感じない。


「お友達もやっぱり明日花さんみたいな――」

 面白い、という言葉は飲み込む。

「お……大人しい方なんですか?」


「全然違います」

 明日花がきっぱり言い切る。


「私と違って、すごくしっかりしてて言いたいことが言えて、人気者で……」

「……」


 つまり明日花は、自分のことをその逆だと思っているようだ。


(俺から見ていると、すごくちゃんとしているし、人に好かれそうだけど……)


「男の人って、女性を見下しているタイプがいるじゃないですか」

「えっ、あっ、はい」


 蓮は唐突な話題の転換に戸惑いながらも頷く。


(やたら女性に対してだけ居丈高いたけだかに話す男性って、確かにいるな……)


「私は揉めたくなくて黙っちゃうんですけど、千珠ちずはびしっと言い返すんですよね。あ、千珠って友達の名前なんですけど」


 少し興奮気味に明日花が話すのを、蓮は興味津々で見つめた。


「千珠が言い返すとだいたい相手は狼狽するし、開き直った相手にもびしっとたしなめるし、見ていてスカッとするんです」


 明日花はどうやら千珠という友人に憧れを抱いているらしく、生き生きとした口調で語る。


「見た目はすごく可愛らしい感じなんですけど中身はかっこよくて。逆に私は顔立ちがキツいし、背も高めなのに全然意気地いくじなしで……」


 自分のことになった途端、明日花の声は小さくなっていく。


 蓮は内心驚いていた。

(なんでこんなに自己評価が低いんだ?)


(明日花さんは綺麗で可愛くてしっかりしていて、話していても見ていても楽しくて……なんて言ったらセクハラかな……)

 ぐるぐると悩みながら、駅の階段を下りてホームに向かう。


「あっ」

 混雑しているホームで、明日花がすれ違った人にぶつかった。


「大丈夫ですか?」

 蓮は慌てて人波からかばうように立った。


「すいません……。つい自分がたりをしてしまって……」

「えっ」

 明日花が落ち込んだように肩を落としている。


 そういえば、駅に入ってからずっと無言だったが、まさかそんなことで沈んでいるとは思わなかった。


「いえいえ、僕が聞いたんですから! いいご友人がいるんですね」

 無難ぶなんなことしか言えなかったが、明日花はホッとしたように顔を上げた。


「……彼女くらいです。なんでも話せるのって。私、友達少なくて」

「僕もですよ」

「はあ!?」


 周囲の人が振り返るような大きな声だった。

 明日花が慌てて口に手を当てる。


「す、すいません」

「いえ……」

 蓮も手に口を当てて笑いを堪えた。


(――嘘つきやがってこのやろう)

(絶対、そう思ってる)


 明日花は口にしなかったが、思い切り内心が顔に出ている。


「ほんとですよ。親友と呼べるのは一人くらいで。たまに飲みや食事に行ったりする学生時代の友人はいましたけど、働き出してからは疎遠そえんになって……」

「……」

 明日花の顔は不満げだ。


(こういう表情は覚えがある)

(そんなにモテないですよ、って言った時の先輩医師の顔にそっくりだな……)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る