第32話:オカルト学園はぐれ組

 明日花あすかは予想だにしない話題に、思わず声を上げてしまった。


 れんは少し驚いたようだったが、すぐ微笑んでくれる。


「最近よく、『オカルト学園はぐれ組』を目にするせいか気になって……」


(ううっ、すいません、でも嬉しい!!)


「あのっ、どうでした?」


「久々の少年漫画ですが、すごく面白いですね! 読み出したら止まらなくて。夜更よふかししそうになったんで、まだ8巻までですが……」


(8巻! ということは……)


刃也じんやくんも出てきましたよ。かっこいいですね。あの七枝刀ななつさやのたち、確かに欲しくなりますね」


「……っ!!」


 きっとリップサービスなのだろう。

 コミュ力の高いイケメンなのだから、真に受けては駄目だとわかっている。


 だが、明日花は涙ぐむほど嬉しかった。


(ああ、推しそっくりのイケメンが推しについて語ってくれている……)


「明日花さんは誰が好きなんですか?」


「やっぱり刃也くん……ですかね」


 推しそっくりの蓮に言うのは、まるで本人に告白しているようでドキドキする。


「かっこいいですもんね、彼。強いし確固たる信念があって揺るぎない感じがいいですね。表情を変えないし、クールな人だと思っていたのに、何気に面倒見がよくて情に厚いところも好きです」


 蓮が刃也を誉めてくれ、明日花は天にも昇る心地になった。

(よかった……推しを嫌いだと言われたらやっぱりつらいから)


「蓮さんは……何かスポーツとかやってるんですか?」


 刃也は剣術の達人なので、もし剣道や居合いをやってくれていたらと思ったのだがか、返ってきたのは意外な言葉だった。


「学生時代はサッカー部でした」

「……っ」


 明日花は思わず顔をひきつらせた。


 よりにもよって、一番苦手なスポーツになってしまっているサッカーとは。


(サッカー部男子って言うと、リア充で攻撃的で嫌な奴って連想してしまう)


 蓮は明日花の表情から、何か読み取ったようだ。


「サッカーお嫌いですか?」

「いえっ!!」


(サッカーに罪はない……。サッカー部にも……)

 ただ、大嫌いな幼馴染みの岳人がくとがサッカー部だっただけだ。


(感じ悪かったよね、自分が質問したくせに)


 何とか誤魔化そうと、明日花はサッカー漫画の知識を総動員させた。


「ポジションは……ミッドフィルダーですか?」

「よくわかりますね!」


「なんとなく司令塔ポジションのような気がして……」


 蓮の性格と資質から、まとめ役が向いていると思っただけだ。


「詳しいんですね! 試合とか観に行ったりするんですか?」

「いえっ! フィクションの知識なので! すいません! あのっ、け、剣道とかはっ……」


「小学生の頃、習ってました。でも、中学からはサッカーが忙しくて」

「剣道をなさってたんですか!?」


 思わずぐいっと身を乗り出してしまう。


「でも、子どもの手習い程度ですよ」


(うおおおおお、見てみたい)

(胴着姿で木刀を持っている姿を――)


「剣道に何か……」

「いえっ、特には!!」


 自分の話運びや話題選びが不審すぎて嫌になる。


「そうですか。あっ、もう90分になりますね!」

「えっ」


 明日花は驚いてスマホを見た。


(気まずかったら30分くらいで出るつもりだったのに……)

(あっという間に一時間半がたっていた……)


 すごく楽しく充実した時間だった。


 ぬいぐるみと蓮を写真に撮れて、カフェを堪能たんのうし、家族の話や漫画の話ができた。


 高揚感で足元がふわふわしている。


「90分制でしたよね。そろそろ行きますか」

 

 蓮が当然のように伝票を手にしたので、明日花は慌てた。


「お礼に誘ったので、私に払わせてください!!」


 明日花の必死の形相に、蓮がふっと笑った。


「そうですか。では遠慮なく。すごく楽しかったです。次は僕にご馳走させてください」

「えっ……」


(次って……)

(これは……お誘い?)


(本気かな?)

(ど、どうしよう)


 戸惑う明日花に、蓮がにこりと笑いかける。


「いいお店を探しておきますね」

「……はい」


 明日花は自然に頷いていた。

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