第33話:親友と食事

 翌日の日曜、れん神谷町かみやちょうに向かった。


 幼馴染みの内藤ないとう晴哉はるやと久々に会う約束をしているのだ。


 新しいもの好きでフットワークの軽い晴哉が指定してきたのは、最近できたばかりの港区にある複合商業施設、麻布あざぶヒルズタウンだ。


「おっ、こっちこっち!」


 開業したての休日とあって人で賑わっていたが、ひときわ長身の晴哉はすぐ見つかった。


 晴哉は相変わらず派手で個性的な服装をしていた。


 ワインレッドのジャケットを羽織はおり、中のシャツはクジャクの羽模様だ。


 少しクセのある茶髪の下で、親しみやすい垂れ目が笑っている。


「相変わらず個性的な組み合わせだな」


「おまえが服に興味なさすぎなんだよ。じゅんさん見習いな?」

「おまえらがお洒落すぎるんだよ、俺は普通」


 もう二十年以上の付き合いになるので、晴哉の前では一瞬で屈託のない子どもの自分に戻れる。


 晴哉は大学から東京に出てしまったが、つくばとは近いのでたまに飲みに行ったり、旅行に出かけたりと、社会人になっても付き合いは変わらず続いていた。


「ん……?」

 蓮はハッとして晴哉を見た。


「どうかしたか?」

「いや、なんでも」


 『オカルト学園はぐれ組』に出てくるキャラが、一瞬晴哉とかぶったのだ。


三峯みつみね耀ように似てる……)


 耀は明日花のお気に入りの刃也じんやのパートーナー的存在で、魔道書マニアの魔道士だ。


一癖あるタイプでいつもヘラヘラしているのに、本気になると強くて頼りになる。


(ひょろっと背が高くて)

(本が好きで、ちょっと皮肉屋なとこが似てるんだよな……)


 蓮は笑いそうになり、「なんだよ変なやつ」と晴哉に肘でつつかれながら、予約しているカフェバーに入った。


 テーブルにつくと、晴哉がメニューを渡してきた。


「何飲む?」

「俺はミネラルウォーターにしとく。ガス入り」

「まだ薬飲んでるのか」

「まあね」


 まだ気分が不安定なので、精神安定剤を飲んでいる。最低量だが、酒は控えている。


 注文を終えると晴哉がぐっと前のめりになってきた。


「東京暮らしはどうだ?」

「快適だよ。あ、でも、ちょっとした事件が」


 宅配を装った強盗を取り押さえた話をすると、晴哉が大笑いした。


「強盗!! 上京して2日目で? さすがだな!」

「おまえなー、ちょっとは心配をしろよ」


「いや、だって元気そうだし。身長184㎝の体育会系医師だし」

「格闘家みたいに言うなよ。相手はナイフを持ってたんだぞ」


「怖っ!! 俺なんて上京して10年以上たつけど、暴力的なトラブルなんて一切ないぞ。呼び込みのお兄さんにも声かけられないし」


「188㎝の柄シャツ大好き男に誰も声かけないだろ。おまえ、どうみてもヤクザの下っ端だよ」


「ひでえな! 若頭わかがしらくらい言ってくれよ」


 満更まんざらでもなさそうに晴哉が笑う。


 晴哉は派手な色味や柄の服が好きだ

 花柄の服を着こなす男を晴哉以外知らない。


 シンプルに無地の服ばかりの蓮は、晴哉のお洒落っぷりに目を見張るばかりだ。


「とにかく元気そうでよかった」

 運ばれてきたワインと炭酸水で乾杯する。


「一ヶ月前はげっそりしてたよなー」

「……事件直後だったからな」


 上京を決意し、物件を内見するために晴哉の部屋に泊めてもらったことを思い出す。

 なかなか寝付けない蓮に気づいても、晴哉は放っておいてくれた。


「怖いよな、思い詰めた女って。強盗の方がよっぽどマシだろ」

「ああ……」


 明日花に上京理由を聞かれたとき、どうしても言えなかった。


(働いていた病院の院長の娘にストーキングされて、逃げてきたとは……)


「こっちで知り合いはできた?」

「ん? ああ……」


 明日花の顔が浮かぶ。


「さっきの強盗事件のお隣さんと仲良くしてもらってる」

「へえ」


 晴哉が少し驚いたように目を見張ってくる。


「なんだよ」

「いや、絶対『いない』って返事がくると思ってさ」


「そうか?」

「で、どんな子?」


 晴哉が興味津々に体を乗り出してくる。


「えーーっと……」


 初対面のときの明日花を思い出す。

 山ごもりから帰ってきたような大荷物を抱えた姿はインパクトがあった。


「おいおい、思い出し笑いかよ」

「いや、ちょっとね……」


 堪えようと思うと、更に笑いが込み上げる。


「もったいぶるなって!」

 晴哉が肩を乱暴に揺すってくる。


「わかったわかった」


 少し明日花のことを話したいという気持ちもあった蓮は口を開いた。



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