第34話:明日花の話

明日花あすかさんっていう、アロママッサージのお店で働いてる24歳の女性。偶然、叔父のクリニックの隣の店だったんだ」


「へ? マンションも職場も隣ってこと?」

「すごい偶然だろ」

「いや、マジで? またストーカーじゃなくて?」


 ズバズバ言いたいことを言うのが晴哉はるやらしい。


 れんは苦笑した。

 どちらかといえば、自分の方が尾行したりとストーカーっぽいことをしている。


「彼女の方が3ヶ月も先に上京しているんだ。それはないよ」

「へええええ、縁があるんだなあ?」


 ニヤニヤと晴哉が意味深に笑ってくる。


「まあ、縁はあるな……」


 蓮は強盗事件やゲームセンターのこと、落とした鍵を代わりに取りにいったことなど、これまでの明日花との出来事を話した。


「も、盛りだくさんだな……」

 さすがの晴哉も絶句している。


「そうなんだよ、たった一週間くらいの話なんだぜ、これ」


「でも、おまえが楽しそうに女性の話をするなんて珍しいな。もしかして好きになった?」

「そんなんじゃないから……」

「じゃあ、なんだよ」


「んー、おまえんちの猫みたいな感じ」

「スクリームのこと?」


「ほら、俺が来たら怯えてただろ?」

「あいつ、俺と親父のことも大嫌いだったからな。でかい男が苦手で。母親と姉ちゃんには甘えるくせに」


 父が早くに亡くなり、母は仕事に邁進まいしんしていたので、自然と蓮は晴哉の家にいることが増えた。


 晴哉の家は広く、いくらでも居場所があった。


 晴哉の父は政治家なので家人は来客に慣れており、蓮は当たり前のようにご飯も食べさせてもらっていた。


 蓮の家族は皆気さくで明るく、蓮は気兼ねなく甘えさせてもらった。


「似てるんだよ。ちょっとつり上がった大きな目とか、黒いカールした髪とか」


 蓮はスマホを取り出した。


「ほら」

 写真を見せると、晴哉が頷いた。


「お、本当だ。猫っぽい顔してるな。てか、おまえの母親に似てね?」

「は?」


 意外な言葉に蓮は驚いた。


「どこが? 全然似てないけど」


 母は切れ長の三白眼で、感情をほとんど表さないクールな女性だ。


 アーモンド型の目をくるくると動かす表情豊かな明日花とまったく繋がらない。


「んー、なんだろ。雰囲気が?」

「いや、似てないよ」


 息子の自分が言うのだ。間違いない。


「まあ、スクリームの方が似てるな」

「だろ?」


 蓮は同意してもらって嬉しくなった。


「見た目だけじゃなくて、挙動がそっくりなんだよな。俺を見るとびくっと怯えて逃げかけようとするし、でも、ちょっと興味があるようでチラチラ見てくるとこも」


「なるほど。で、そのスクリーム2号が気になるわけだ」

「明日花さんだよ」


「はいはい、その明日花ちゃんってさ、おまえが医者って知ってるんだろ? いろいろ聞かれない?」


「別に。全然興味がないみたいで」


 仕事に関して全然聞かれなかったのは初めてかもしれない。


 カフェで家族に話になったが、あれは先に連が話題を振ったので、明日花も聞いてきただけのようだ。


「本当に? おまえに興味ないの?」

「うーん……。一番食いついた話題は母の仕事だった」


「新鮮なタイプなんだな」

「え?」


「おまえの周囲って、肉食女子ばっかりだったじゃん? 学校一のイケメンを手に入れようと自分に自信のあるマウント女子」

「マウント女子……」


「トロフィーワイフ、ならぬトロフィー彼氏。連れて歩いて自慢したいタイプ。学生時代から将来性のあるイケメンをがっつりゲットしたい計算高い女ばっかり寄ってきてたよな」


「相変わらず辛辣しんらつだな」

「でも、俺のそういう所が好きなんだろ?」


 まるで心を読んだかのように言われ、連は苦笑するしかなかった。


 晴哉は人懐ひとなつっこく見えて、どこか斜に構えていて毒舌なところがある。


 誰とでも仲良くできる反面、シビアに人を選ぶ一面もある。


 そんな晴哉を苦手とする同級生も少なくなかった。


 だが、蓮は晴哉の取り繕わずにストレートに感情を示すところが居心地よかった。

 ついつい人の顔色を窺ってしまう自分と違って、嫌われることを恐れないのだ。


「や、おまえくらいだからさ。幼馴染みで今でも付き合いあるやつ」

「小学校からだから……もう20年以上か」

「だな」


 家族以外では一番長くいる相手かも知れない。


「だからさ、わかっちまったんだけど」

 晴哉が思わせぶりに見つめてくる。


「何が?」

「それって『初恋』じゃねえの?」

「は?」

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