第42話:思わぬ遭遇

「騒ぎ声がしたので……明日花あすかさん、大丈夫ですか?」


 れんがいたわるように言うと、一転して冷ややかに岳人がくとを見た。


「こちらの方は?」


 整った顔をした男性が怒るとこんなにも怖いのか。

 自分より背の高い蓮に気圧けおされたように、岳人が手を離した。


「……地元の知り合いです。急に押しかけてきて、迷惑してて……」

「おいおいつれないなあ! 15年来の幼馴染みだろ、俺ら」


 一瞬、長身で美形の蓮に圧倒された岳人だが、持ち前の図々しさを発揮し、明日花の肩に手を回してきた。


「ちょっと!!」


 振り払おうとしたが、ずしりと腕に体重をかけてくる。

 岳人も決して小柄な方ではない。

 明日花は動けなくなった。


「すっごいイケメンじゃん!! しかも医者? 何? 付き合ってるの?」

「そんなんじゃないから!!」


 明日花は身をよじって岳人の腕から逃れた。

 岳人から離れると、べしっと思い切り頭を平手で叩く。


「いてっ!!」

「あんたはいつもそうやってからかってばっかり!」


 ドン、と強めに胸を押して距離を取る。


「私のことは放っておいて!!」


 明日花が本気で凄んでも、岳人はへらへらした態度を崩さずまったく意に介さない。


「はいはい。じゃあ今日は退散するよ。あ、芙美さんに挨拶しとくわ。おまえの親から伝言頼まれてるし」


 ひらひらと手を振ると、岳人がサロンに入っていった。


「はあ……」


 明日花はぐったりと肩を落とした。


「明日花さん、大丈夫ですか?」

「お見苦しいところを……あいつ、近所の同級生で……。昔からずっとあんな感じで……」


 明日花はうんざりした気分を隠す気にもなれず、吐き捨てるように言った。


「あ、蓮さん、体調はどうですか?」

「大丈夫です。今朝は気分転換に早く家を出て、歩いて出社して」

「そうなんですか!」

「月曜日で患者さんが多くてクリニックにこもりっきりで……。まだ帰れないんです。お送りできなくてすいません」

「いえ、そんな! ……元気そうでよかったです」


 直接蓮から事情を聞けて、明日花はホッとした。

 今朝もランチも見かけなかったのは、単純に忙しかっただけらしい。


「じゃあ、お先に失礼しますね」


 岳人が出てくる前に退散したい。


「お疲れさまです。また明日」


 蓮は笑顔を見せてくれたが、どことなく覇気はきがない。


(何か私にできることあるかなあ……)

(……思いつかない)


 極端に男性との付き合いを避けてきたのがあだになった。


(やっぱり経験とか学びって大事よね)

(興味なかったから、友達の恋バナとかも全然覚えてない……)


 悶々としながらエレベーターに乗り込んだ明日花はハッとした。


(なんでこんなに気にしてるんだろ)

(蓮さんはただのお隣さんなのに)

(出しゃばったって迷惑なだけだよ……)


 ビルを出て地下鉄に向かおうとしたとき、一人の女性が近づいてきた。


(うわ、清楚な美人……)


 肩口で切りそろえた品の良いボブカットの華奢な女性だ。

 清楚なラベンダー色のワンピースがよく似合っていて、一目で育ちがいいとわかる。


「突然すみません。逢坂おうさか蓮の隣人の方ですよね」

「え?」

「私、黒岩くろいわ更紗さらさと言います。少しお話よろしいでしょうか?」

「えっ、あっ、はい。あの、黒岩さんは蓮さんのお知り合いですか?」

「婚約者です」

「は……?」


 明日花は一瞬言葉の意味が理解できなかった。


(婚約者……?)

(恋人はいないって言ってたけど……)

(あれはフリーって意味じゃなくて、婚約者がいる、ってこと?)


「そこのカフェでいいですか?」

「あ、はあ……」


 混乱してしまった明日花は誘われるまま、会社近くのビルに入っているカフェへとつれていかれた。


 飲み物を頼んで席に着くと、更紗が頭を下げた。


「突然お誘いして申し訳ございません」

「いえ……」


 突然の出来事に頭がついてけない。


「私は蓮が働いていた病院の院長の娘で、父の秘書をしていて知り合ったんです」

「病院長の娘さん……」


 更紗の上品で落ち着いた物腰から納得の出自だ。


「彼が研修プログラムを終えて一人前になったら結婚してもいいと、父からは許可をもらっていたんですけど……」


 ちら、と更紗が上目遣いで見てくる。


「彼が上京して働くことになって……二人で住むために広い部屋を借りてくれたんですが」

「……っ!!」


(何それ、全然聞いてない)

(更紗さんの名前なんて一回も出てなかったし)

(独身なのに2LDKなのは趣味部屋って言ってたのに……)


 胸に黒いドロドロした感情が渦巻く。


(もてあそばれたのかな)

(独身のフリをして、優しくして)

(あんなに構ってきて)

(私の反応を面白がってた?)

(蓮さんも地元にいた嫌な男たちと同類だったってこと?)


 なぜ自分がこんなにショックを受けているのか理解できないまま、明日花は更紗を見つめた。

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