第43話:ストーカーが多すぎる

 れんは大きく伸びをした。

 ようやくすべての診察を終えると20時を過ぎていた。


「はあ……」


 月曜日だというのに異様に疲れているのは、忙しかっただけではない。

 更紗さらさの待ち伏せが怖くて一時間も早く家を出たり、昼もクリニックにもりきりだった。


(精神面でかなり削られているな……)


 更紗の父である黒岩すぐるに連絡を取ろうと試みたが、不在で折り返すと言われたまま進展がない。


(参ったな……)

(とはいえ、警察に連絡するのは避けたい)


 だが、更紗は完全にストーカーのままだ。

 一番の対処法は無視することだが、自宅で待ち伏せられてはそれも難しい。


 あの事件のあと、第三者を交えて説得したが無駄だったということだろう。

 徒労感が込み上げてくる。

 のろのろと着替えていると、じゅんが声をかけてきた。


「蓮、お疲れ。……顔色が悪いな。黒岩院長から連絡は?」

「まだないんだ」


「そうか……。今日は俺のところに泊まりにくるか? 更紗さんにマンションはバレていんるんだろ?」


 事情を話した淳はさすがに心配そうだ。


「うん、でも大丈夫」

「そうか。何かあったらすぐ連絡しろよ」

「ありがとう」


 叔父には心配ばかりかけてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 クリニックを出ると、さっき明日花と一緒にいた岳人がくとという男の顔が浮かんだ。

 幼馴染みと言っていたが、馴れ馴れしく肩に手を回したりとかなり親しそうだった。


 明日花もガンガン言い返したり、頭を叩いたりと初めて見る姿ばかりだった。

 明日花は迷惑がっている素振りだったが、二人の距離の近さが引っかかった。


(俺には関係ないのに、なんでこんなにモヤモヤするんだろう)


 蓮はビルを出ると慎重に辺りを見回した。

 更紗の姿がないのを確認し、地下鉄の入り口に向かおうとしたが足が止まった。


(このまま帰りたくない……)


 無性に飲みたい気分だった。

 斜め前にそびえたつ日本橋エンパイアビルが目に入る。

 最近、横丁風の飲食フロアの『日本橋エンバイア横丁』ができて話題になっていた。


 寿司、中華、アジアン、スペイン料理などの都内の名店を呼んだらしく、気軽に美味しいものが食べられると人気を博している。


(行ってみるか)


 もし雰囲気が良ければ明日花を誘って――と思ったものの、自分が抱えているトラブルを思い出した。


(明日花さんを巻き込めない。ちゃんとケリをつけてからだな)


 ビルの三階にある日本橋エンパイア横丁は仕事帰りの人々でごった返していた。


(活気があるなあ)


 通路の両脇にずらりと店舗が並び、ゆったりした通路に設けられたオープン席で食べられるらしい。


 蓮は焼き鳥の店を選び、ビールと串の盛り合わせを購入し、空いている席を探した。


(一人だし立ち飲みでいいか)


 蓮はテーブルだけ置かれている席についた。


「ふう……」


 口にしたビールがやけに苦く感じられる。


(疲れたな……)

(今日はちょっとしか明日花さんに会えなかった)


 毎日、頻繁に交流しているせいか、寂しく感じている。


(まだ会って一週間ほどなのに……)


 明日花を見ていると飽きない。

 昨日は部屋にもいれてくれ、落ち込んでいる自分の面倒を見てくれた。

 おかげでどん底から浮上できた。


(でも、問題は解決してない……)


「あ、どうも! さっきお会いしましたよね?」


 声をかけてきたスーツ姿の男が岳人だと、蓮はすぐに気づいた。


「ああ、明日花さんの――知り合いの方ですよね」


松岡まつおか岳人です」


 岳人がにこりと屈託のない笑みを浮かべる。


「ご一緒していいですか?」


 彼の手にはビールと餃子の皿がある。


「……どうぞ」


 明らかに偶然ではなさそうだ。後をつけてきたのか、見張っていたのか。


(俺に話がありそうだな)


 どうやら今日はストーカーに縁がある厄日やくびらしい。


(さしずめストーカー日和びよりってとこか)


 蓮は苦笑し、意味深な笑みを浮かべる岳人を静かに見返した。

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