第37話:恩返し

 『オカルト学園はぐれ組』が連載している週刊少年ハイタッチは、毎週月曜日発売だ。

 明日花あすかはだいたい待ちきれず、日曜の夜に早売りをしているコンビニに雑誌を買いにいく。


(徒歩圏内にコンビニが何軒もあるって便利……)


 ついでにお菓子も見繕みつくろってほくほくとマンションに帰ると、長身の男性がマンション前に立っていることに気づいた。


 一瞬警戒した明日花だったが、すぐにそれがれんであると気づいた。


「あれ? 蓮さん? どうしたんですか? 今帰りですか?」


 駆け寄った明日花はぎょっとした。


(ひどい顔色……)


「蓮さん、大丈夫ですか? 顔色が悪いですけど」

「平気です」


 連は笑顔を作ろうとしていたが明らかに失敗していた。

 顔が引きつり、苦痛がけて見える。


「ちょっと……飲み過ぎたみたいで」

「あっ、今日は高校時代のお友達と飲みって言ってましたよね」

「はい……」


(久しぶりに友達に会って羽目を外したんだろうか……)


 マンションの中に入るよううながそうか迷っていると、蓮が苦しげに口を手で押さえた。


「うっ……」

「大丈夫ですか!?」


 明日花は慌てて蓮の背中をさすった。


(あれ……?)


 近づいた明日花は違和感を覚えた。

 蓮からまったくお酒の匂いがしない。

 父や兄をはじめ周囲の男性は酒飲みが多かったから、酒の匂いには敏感だ。


(それに、全然身体が熱くないし、むしろひんやりしてる。顔も蒼白だ)

(よくわからないけど……やばいんじゃ!?)


「あの、救急車を呼びますか?」


 慌ててスマホを出そうとする明日花の手首が、がしっと握られた。


「……大丈夫です。お酒は……飲んでないので……」

「え……」

「……飲み会は楽しかったんですが、帰りにちょっと嫌なことがあって……」


 蓮がぶるっと大きく身体を震わせる。


(じゃあ、精神的なものってこと……?)


 蓮は見るからに苦しげで、見ているのもつらい。


「あ、すいません……思わず」


 蓮が明日花から手をそっと離す。


「とにかく、マンションに入りましょう。身体が冷えますよ」

「……はい」


 そっと背中を押すと、蓮は大人しくマンションに入ってくれた。

 エレベーターに乗ると、蓮は壁にもたれかかるようにして、ぎゅっと自分の身体を抱え込んでいる。


(かなりつらそう……)

(いったいどうしたんだろう)


 いつも元気でにこやかな蓮しか見たことがないので、どうしたらいいのかわからない。

 エレベーターを降りると、蓮がこちらを見た。


「すいません、気を遣わせて。おやすみなさい」

「……っ」


 よろよろと自分の部屋に向かう蓮に、明日花は思わず叫んでいた。


「あのっ……何か私にできることありますか?」


 明日花の言葉に、蓮が驚いたように振り返ってくる。

 そして、蓮は顔を歪めた。今にも泣きそうな表情に、明日花は密かに驚いた。


「……ひとりにしないでください」


 小さい声だったが、明日花に確かに届いた。

 蓮がパッと顔を伏せる。


「すいません、何でもないです」


 鈍い明日花にも、さすがにこれが蓮からのSOSだとわかった。


(えっと、ひとりでいたくない、一緒にいてほしいってことだよね。でも、今から24時間やってる店に行くとかしんどそうだし……)


 うつむいたまま、でも部屋に入らず廊下に留まる蓮を見つめた。

 正直、男性と二人きりになるのは避けたい。

 不用意に傷つけられる可能性が高い。

 だが、この一週間毎日会っているが、蓮に不快な思いをさせられたことは一度もない。


(この人は助けてくれた。まだ親しくない私を家に入れて、シャワーやソファを貸してくれた。今こそ――恩を返すときじゃないの?)


 明日花はそっと首元のペンダントに手を触れた。


刃也じんやくん、一歩を踏み出す勇気をちょうだい)


「私の部屋で少し休んでいきますか?」


 蓮が驚いたように顔を上げる。

 明日花は勇気を奮い立たせ、目をそらさないよう踏ん張った。


(そう私は一歩を踏み出した――)

(なら、もう前に進むしかない)

(そうでしょ、刃也くん)


「片付いていないので、あまりくつろげないかもですが……」

「……お願いします」


 すがるような弱々しい声だった。

 自分から言い出したとはいえ、やはり部屋に招くとなると焦る。


「ちょ、ちょっと待ってくださいね!」


 明日花は自分の部屋に入った。


(ええっと、まずここ!)


 リビングに駆け込むとグッズの山が目に入る。


(地獄の消防点検から学んだんだから!)


 点検の担当者が部屋の中に入るのはわかっていたので、リビングは片付けた。

 だが、他の部屋まで手が回らず、結果グッズの山を披露する羽目になったのだ。

 そのときに手早くグッズをおおう手段が必要だと痛感した。


(とにかく、布、布、布の力を借りる!)


明日花はグッズ部屋からさっと布を出した。そして、部屋のあちこちにそれをかぶせていく。


「よし!」


 部屋中布だらけで怪しいが、とにもかくにもグッズは隠せた。

 明日花は廊下を滑るようにして駆け抜け、ドアを開ける。


「どうぞ!」


 あとは野となれ山となれ――半ばやけくそだった。

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