第30話:家族について
一般男性にお願いする内容ではないかもしれないが、明日花の欲望はもはや暴走列車と化していた。
(
「いいですよ。僕でよければ」
蓮が困惑しつつも、大人しくちびぬいを受け取ってくれる。
(いい人だなあ……ほんと)
「こんな感じでいいですか?」
蓮が胸元に両手でちびぬいを抱えるように構えてくれる。
(うっ……すごく可愛い……)
(心臓がぎゅっとつかまれたように苦しい……)
ハアハアと息も荒く写真を撮りながらも、明日花は必死でポーカーフェイスをキープした。
「バッチリです!!」
「すごく連打されてましたけど……」
「ベストショットを選びたいので! じゃあ、写真を送りますね!」
一番よく撮れた写真を蓮に送る。
スマホを見た蓮がぱっと笑顔になった。
「おっ、これはいい記念になりますね! カフェで写真を撮ったことないんですけど、いいものですね」
(ううっ、
明日花はドキドキしながら蓮を見つめた。
「あのう……写真を見て何か思うことありません?」
「……? どういう意味ですか?」
「その……ぬいぐるみと蓮さんって似てません?」
「え!?」
意外な言葉だったのか、蓮がちびぬいをまじまじと見つめる。
「どうでしょう……雰囲気は似ているような? でも、僕は銀髪じゃないですし」
「すいません、変なことを言ってしまって!!」
(あーーーやらかした)
(一般の人に変な質問を……っ)
明日花はいそいそとぬいぐるみをバッグに戻す。
「あ、来ましたよ」
タイミングよく頼んだ品が運ばれてきた。
「おっ、すごく香りがいいですね。口当たりもさっぱりしてすごく好みです」
アイスコーヒーを飲んだ
カフェラテを口にした明日花は驚いた。
「すごく濃厚でコクがあって美味しいです!」
「そうなんですか。次は僕もカフェラテにしようかな」
蓮が笑いかけてきたので、明日花はどきりとした。
(やばい……デートっぽい!!)
(蓮さんの笑顔は破壊力がありすぎる……)
改めて、蓮と二人きりということを意識してしまう。
(なのに、ぬいぐるみの撮影会から始めてしまった……)
(痛恨!!)
(でも、
(楽しんだもの勝ち。相手の反応が思わしくなかったら、合わないってだけって言ってたなあ)
それにしても、オタクとバレかねない行動を自分がとったのが驚きだった。
(
きっと周囲に聞こえるような声で馬鹿にされたことだろう。
不快な思い出が蘇り、明日花はぞっとした。
(蓮さんだから頼めたんだ……)
目が合うと、蓮がにこりと笑いかけてくる。
(これまで会った男性たちと全然違う……)
(だからつい気を許しちゃったけど、気をつけないと……)
「あの奥にあるのはアップライトピアノかな。素敵ですね」
蓮の言葉に明日花は頷いた。カフェについてはちゃんと調べてある。
「店のオーナーが音楽が好きで、コレクションを店内に飾っているらしいです」
「道理で! 何気に楽譜とか飾ってありますね。楽器もいろいろ……あれは確かによっぽど広い家じゃないと置けないな……」
楽しげに店内を見回す蓮を、周囲の女性客がちらちらと見ていることに気づいた。
(めっちゃ注目浴びてる)
(イケメンってすごいな……)
(しかも長身でスタイルがいいもんね……)
品良く微笑む蓮は、ただ椅子に腰掛けているだけなのに美しい肖像画のようだ。
(ああ、たくさん写真撮れてよかった……)
(幸せ……)
明日花はまったりとした気分で、カフェラテを口にした。
くつろげる店内で美味しい飲み物があって、推しそっくりのイケメンが目の前にいる。
(至福のひととき、って感じ……)
心地のいい空気に
(何か話さないとーーーーー!!)
(カフェを堪能している場合じゃない)
(今日はお礼に来たんだから、気まずくならないよう頑張らないと!)
(ええっと……話題話題……共通の話題はなさそうだから)
(そうだ! 仕事の話……幸い、医療マンガはいくつも読んでいる!)
ブラックジャック、医龍、K2、フラジャイル、ラジエーションハウスなどなど、
(……●●のドラマ化は大失敗でしたね! 原作を改悪しすぎ!)
(あの大事なキャラの性別を変えちゃうとかあり得ない!)
(――みたいなオタクっぽい話題しか思いつかない……)
うぬう、と小さく唸っていると、蓮から声をかけてくれた。
「明日花さん」
「はいっ!!」
「お兄さんがいらっしゃるんですよね。おいくつなんですか?」
「五つ上で……29歳です!」
「僕と同い年なんですね。甥御さんのお年は?」
「ふぇっ!?」
そうだ、甥がいると嘘をついているのだ。
兄は独身でもちろん子どもなどいない。
(ああああ安易な嘘をついてしまったツケが……)
挙動不審になった明日花に、蓮はすぐまずい話題だと気づいたらしい。
「すいません、立ち入ったことをお聞きして」
「いえっ!! そんな!!」
元はといえば、自分が甥っ子を
(なるほどね、家族の話か!!)
(乗っからせてもらおう!)
(共通の話題!)
「蓮さんはご兄弟は?」
「僕は一人っ子なんですよ。だから、兄弟がいる人が羨ましくて」
「……兄弟も合わない相手だと苦痛ですよ」
思わず本音がぽろりとこぼれてしまって明日花は焦った。
適当に流しておけばいいのに、家族とまったく関係のない相手という気楽さからか、口から出てしまった。
「お兄さんとはあまりうまくいってないんですか?」
蓮は意外そうだ。
「ええ、まあ……」
兄はいわゆるリア充アウトドア系だ。
友達と集まってBBQやキャンプするのが大好きで、インドア派な明日花とは真逆のタイプだ。
「年が離れているせいか、すごく高圧的で口うるさくて。父親が二人いるみたいな感じで早く家を出たいなーって思ってて……」
口に出してハッとする。
(そうだ、私、家が嫌でずっと一人暮らししたくて)
(でも反対されて、大学も会社も家から通って)
(不満ばっかりなのに、家を出る勇気がなかった……)
(あんなひどいトラブルがなければきっと地元でずっと……)
口をつけたカフェラテが、急に苦く感じた。
「……血の繋がった家族でも、合わないってありますよね」
蓮が静かに言う。
「僕も母とあまり合わなくて。といっても、こちらが避けられているだけなんですけど」
「避けられている……?」
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