第29話:突発的撮影会

 明日花あすかたちは蔵前のカフェに10分前に到着した。


 明日花は初めての場所に当然のように道に迷いかけたが、れんのおかげで事なきを得た。


 カフェはシックな洋館風で、その優雅なたたずまいに思わず嘆息する。


「すごくお洒落ですね!!」

「素敵なお店ですね。一階はテイクアウト、二階がカフェになっているんですね」

 

 二人はわくわくしながら店のドアを開けた。


 案内された二階は、アンティーク調の壁紙やソファなどはもちろん、吊されたランプも優美で明日花は息を呑んだ。


「写真を撮りたくなりますね」


 実際、客の女性たちはスマホで写真を撮りまくっている。

 他人を映さなければ撮影OKのようだ。


「すごいですね。洋館に来たみたいで……」

 蓮の反応もかんばしく、明日花はホッとした。

 

 通された席に腰掛けると、バッグからころりと何かが落ちた。


「あっ……!!」

 ソファに転がったのは、刃也のちびぬいだった。


「はあっ!」

 慌ててつかんで隠そうとするも、声を上げたせいで蓮に気づかれてしまった。


「あ、それ……例のぬいぐるみですか?」

「はあああああ」


(ぬいぐるみを持ち歩いているのがバレだ!!)

(休日デビューさせようとあらかじめ入れておいたんだった!!)

(忘れてた!!)


「嬉しいなあ。気に入ってくれたんですね」


 だが、蓮はさげすみの目を送ることなく、普通に微笑んでいる。


 パニック状態でろくに受け答えもできなかった明日花はようやく落ち着いてきた。


「あ、はい、とてもすごく、大好き、ええ、はい」

「よかった」


 にこり、と神々しいばかりの笑みを浮かべる蓮は、あまりに美しすぎて直視できない。


 蓮がウェイトレスに深煎りのアイスコーヒーを頼み、明日花はホットのカフェラテにした。


 気まずくてうつむいた明日花は、テーブルの中央に花が飾られたガラスの花瓶が置かれていることに気づいた。


(ふああああ素敵!)

(クリーム色のバラと、くすんだピンクの薔薇!)


(クラシックな色味が刃也じんやくんに合う!)

(これ……写真撮りたい……)


 明日花はちら、と上目遣いに蓮の様子を窺った。


「あのですね。記念にちょっと写真とか……ぬいぐるみの……変かもしれませんが……」


「いえ、全然!! せっかく持ってきているんですから」


 蓮の鷹揚おうような態度は演技には見えない。


(内心、変な女って思っているかもしれないけど……)

(出会いがアレだし、気にしない!)


(ぬいと写真を撮りたい! 撮りたいんだあああああ!!)


 オタクとしての欲望が、せきを切ったようにあふれだす。


 明日花は花瓶のそばに、ちびぬいをそっと置いた。


(ふおおおおおお!!)

 組み合わせのあまりの素晴らしさに、心の中で雄叫おたけびを上げる。


(これは良き!!)

(このカフェにしてよかった!)


 蓮のお礼のために訪れたカフェだったが、明日花自身もすっかり気に入ってしまった。


 スマホを構えて「ああでもないこうでもない」と写真を撮っていると、背景に笑顔で自分を見ている蓮の姿が入った。


「うぉ……」


(待って待って)

(刃也のぬいと刃也に激似のイケメンの2ショットじゃないの、これ!!)

絵面えづら最強じゃない!?)


 気づくと明日花はスマホのシャッターボタンを連打していた。


(いい……これはいい……)

(そうだ! 千珠ちずに送ろう!)


 良い写真が取れたら、同志と分かち合いたいものだ。


 ラインの画面を立ち上げかけて――指が止まった。


(すっごいかっこいい蓮さん……カメラ映りも最高……)

(こんなの全人類が夢中になってしまう)


(千珠が蓮さんを好きになったら……困る……)


 明日花はすっとスマホをテーブルに置いた。


「あのう……」

「はいっ!!」

 蓮に声をかけられ、すっかり個人の楽しみに夢中になっていた明日花は慌てた。


(私ってば! 今日はお礼の来たのに、自分だけ楽しんで……馬鹿!!)


「す、すいません、写真を撮りまくってしまって」

「いえ。よかったら写真撮りましょうか?」


「は?」

薔薇ばらがすごく素敵なので、明日花さんも記念にどうかと思って」


「ええっ、そんな……っ!!」

(ああああああ、でも撮ってほしい……)


 明日花はしと一緒に写真を撮りたいタイプなのだが、一人だとうまく撮るのは難しい。


(撮ってもらえるなら……)

(でも、甘えすぎ……?)

(あ、それに壁紙を刃也くんにしてしまっている!!)


 スマホを渡そうか逡巡しゅんじゅんしていると、蓮がさっと自分のスマホを構えた。


「はい、こっち見てください」


 明日花は反射的にちびぬいを手に取ってポーズをとっていた。

(うあああ、本当に撮ってくれている!)


「撮った写真、送りますね。どうですかね?」

 連絡先を交換しているので、写真を送ってもらうのもスムーズだ。


「ああっ、ありがとうございます!」

 少し表情が固いが、ぬいと素敵なカフェの写真が撮れている。


「気に入ってもらえましたか。よかった」

「あの……」

 じわり、と欲が出た。


(いけない、それだけは)

(厚かましすぎる!!)

(でも、こんなチャンスは二度とないかもしれないっ……!!)


 明日花は胸の高鳴りを抑えきれず、ぽろりと本音をもらしてしまった。


「ご迷惑でなければ、ぬいぐるいみをもった写真を撮らせてもらってもいいですか!?」


「え? ……僕がぬいぐるみを?」

「はい……!!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る