第13話:蓮へのアプローチ
「じゃあ、行こうか」
「うん」
昼休みの13時になったので、
ガラス戸を施錠し、『午後は15時から』の札を下げる。
「休み時間が同じだと、会いたいときに便利よね。あれ、あの制服……エステの女の子たちじゃない?」
芙美が足を止めた。
クリニックの前に若い女の子が二人いて、そわそわと入り口を覗いていた。
二人とも淡いピンクの制服にカーディガンを羽織っている。
確かに芙美の言うとおり、同じフロアの一番奥にある、エステティックサロンの従業員のようだ。
「もしかして……」
芙美も同じことを思ったらしい。
クリニックから白衣を脱いだ
やはり患者としてではなく、蓮目当てだったらしい。
「
「今から昼休憩ですよね? ランチご一緒しません?」
白いワイシャツにグレーのスラックス姿の蓮が困惑したように彼女たちを見つめる。
「あらら。お邪魔かしら」
芙美は少し静観するようだ。
(すごいなあ……積極的……)
明日花はただただ見つめるしかできない。
エステの従業員だけあって、二人ともスタイル抜群だ。
メイクも髪型もバッチリ決まっていて、遠目にも華やかな雰囲気が伝わってくる。
彼女たちよりも頭一つ背が高い蓮が、二人の勢いにたじたじとしているのが見て取れた。
(やっぱりあれだけ目立つ長身のイケメンだもん、女性に囲まれるよね……)
あっという間に彼女たちが蓮を連れ去るのかと思いきや、蓮の顔は曇ったままだ。
「お気持ちはありがたいんですが、遠慮しておきます」
まさか断られると思っていなかったのだろう。
二人が虚を突かれたような表情になっている。
「えーーー、なんでダメなんですか?」
「いいじゃないですか、同じフロアで働く同僚同士、
「美味しいランチのお店、紹介しますよ!」
やんわりと断ろうとする蓮に、二人がぐいぐいと迫る。
押しに弱い明日花なら、あっさり陥落してしまうだろう強きの誘いにも、蓮は決して頷かなかった。
だが、エステの二人も引き下がる気配を見せない。
「助け船が必要そうね」
蓮の苦境を見守っていた芙美が歩み寄る。
「蓮くん! ちょっといいかしら!」
芙美の声かけに、蓮があからさまにホッとした表情になった。
(本当に困ってたんだな……)
慌てて芙美についていきながら、明日花は内心驚いていた。
(あんなに美人二人に熱心にアプローチされても落ちないんだなあ……)
(何か用事でもあるのかな?)
「芙美さん!」
蓮が二人の包囲網をかいくぐって、助けを求めるように芙美のそばに来た。
「……!!」
獲物をかっさわられた狩人のように、エステ店の二人の顔が露骨に曇る。
「ごめんなさいね。ちょっと彼に用事があるの」
「悪いけど、これで!」
蓮がこれ幸いと切り上げようとしたが、エステ店の二人は食い下がってきた。
「じゃあ、帰りにご飯でもどうですか?」
「19時上がりですよね? 私たちも同じなので」
さすが同じフロア同士、タイムスケジュールを完璧に把握している。
(すごいなあ……)
断られても引き下がらないのは、自分に絶対の自信があるからだろう。
そもそも、男性を誘ったことなどない明日花はただただ驚くばかりだ。
「あ……」
一瞬、蓮の顔から一切の表情が消えた。
あまりの冷ややかさに、傍から見守っていた明日花が凍りつきそうになる。
だが、蓮はすぐににこやかな笑みを浮かべた。
あからさまな営業スマイルだ。
「申し訳ないけど、引っ越したばかりで忙しいのでお誘いなどは控えてもらえると助かります。お受けできません」
言い方こそ柔らかく丁寧だったが、内容は完全な拒否だった。
(うわっ、そんなにはっきりとお断りを……)
(でも、そうしないといつまでも食い下がられるもんね……)
他人事だというのに、明日花はハラハラした。
「……わかりました。じゃあ、また落ち着いた頃に」
さすがにそれ以上は食い下がらなかったものの、エステ店の二人は諦めない意志を示したが――。
「一年以上はかかると思いますので、期待しないでください」
まったくかけらも希望を与えない対応に、さすがに二人は鼻白んだ表情になった。
「失礼します」
ムッとした表情で肩をいからせてエレベーターの方へと歩いていく。
(うう、怖い……。お断りするのって恨まれる可能性もあるし、モテるのも大変そう……)
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