第34話

「智友! もう離してってば!」

「……無理」


 ショッピングモールの三階まで私を連れてきた智友は、手を離さずに私を引っ張り続ける。

 手首が少し、白くなっている。


「なんであんなに言ったの?」

「……誰かが言わないと、変わらないでしょ」


 智友はそう言って、歩き始める。彼女が歩いて行ったのは、ゲームセンターだった。騒がしい空気の中を、彼女は慣れたように歩いていく。


「このままだと二人とも、駄目になるから。……乃愛、叶恋さんに甘いとこあるしね」

「それは……」

「わかってるよ。乃愛ん家が色々複雑だってことは。乃愛が叶恋さんのこと、大好きだってことも。だけど、優しくするだけが正しいとは思えないから」


 智友はようやく私の手を離してくる。

 お姉ちゃんのところに戻らないといけない。だけど、今智友との話をやめたら、駄目な気がする。


「叶恋さんが望んだからでしょ。乃愛が、学校来なくなったの」

「……そうだけど」

「乃愛は、叶恋さんが望んだからどんなことも叶えようとするじゃん。それが、二人のためにならなくても」


 否定はできない。

 事実私は、お姉ちゃんと二人きりで生きていくのも悪くないかもしれない、なんて思ってもいたのだから。


 だけど、今は違う。

 お姉ちゃんとはずっと一緒にいたいけれど、私に縛り付けたいとは思っていない。


 たとえお姉ちゃんが、それを望んだとしても。お姉ちゃんの本心は、きっと別のところにあると思う。


「好きな人には、自分のほんとの心を言えなくなる。私の知ってる乃愛は、そういう人だから」


 喧騒の中でも通る、綺麗な声。

 私は、小さく息を吐いた。


「……私は、乃愛のことが好き」

「私も、智友のこと好きだよ。静玖のことも、他の友達のことも」

「……だよね」


 彼女はふっと笑った。


「こうやって、普通に自分の気持ちを言えるようになったの、乃愛のおかげ」

「え?」

「昔、乃愛が私のこと、褒めてくれたから。ほら、私、こんな感じじゃん? 見た目派手だし、色々言われてきたけど……乃愛が、そのままの私を褒めてくれたから。だから、自信ついた。私のままでいていいんだって」


 確かに、そんなこともあったっけ、と思う。

 智友はハーフということもあって、髪も金色だし、偏見を持たれることもあったけれど。私は単純に彼女のことを綺麗だと思っていたから、よく褒めていた。

 それが彼女に良い影響を与えていたとは、知らなかったが。


「……私は、私に元気をくれた乃愛に、元気でいてほしい。自分に嘘をつかないで、本当にしたいことをして、言いたいことを言ってほしい。それが、乃愛には難しいことでも」


 私の本当にしたいこと。

 本当に、言いたいこと。

 それは。


「……私、お姉ちゃんが好き」

「うん」

「かっこいいとこも、甘えたなとこも、ちょっと独占欲が強いとこも、全部。……でも、何より。どんな人にも優しいお姉ちゃんが、大好き」

「……そっか」

「だからお姉ちゃんには、私以外の人も見てほしい。ちょっとだけ、もやもやするけど。お姉ちゃんはそんなの、望んでないのかもだけど。でも、きっと他の人に優しくするお姉ちゃんも、本当のお姉ちゃんだって思うから」

「……じゃあ、それを叶恋さんに言わないとね」

「……うん」


 ぽん、と背中を叩かれる。

 智友は笑った。


「乃愛。乃愛は私の、太陽だから。いつでもありのままでいて。他の人のことを考えるのはいいけど、考えすぎて、自分を見失っちゃ駄目だよ。太陽はそこにあるだけで、周りを照らすんだから。……ね?」


 いつかも言われたセリフ。でも、この前と違って演技って感じがしない。


 あるいはこの前も、本心でそう言ってくれていたのかもしれないけれど。

 私はそっと、智友の手を握った。


「ありがとう、智友」

「ううん。私も、したいことをしただけだから。……ああ、でも。叶恋さんには、一応乃愛からも謝っといて。色々言い過ぎたって」

「わかった。……行ってくるね」

「はいはい。流されちゃ駄目だからね」


 智友はひらひらと手を振って、近くのゲームに百円を投入した。

 手慣れてるなぁ、と思う。


 もしや、普段からこうして平日に学校から抜け出して、ゲーセンに行ってたり?

 いや、意外に真面目な智友のことだから、そんなことはしないかな。


「……乃愛! 実は叶恋さんのことわんこちゃんって呼んでる理由、さっき言ったやつだけじゃないんだ!」


 智友はアームを動かしながら、言った。


「いつも乃愛を守ってる様子が、番犬みたいだったから。……色々全部含めて、わんこちゃんってね!」

「結局お姉ちゃんは犬なの?」

「犬か猫かで言ったら、完全に犬でしょ。乃愛もね。じゃ、わんこちゃんによろしくね。あたしはちょっと遊んでくから。……あと、静玖にもちゃんと話しとくこと」

「うん。また、学校で!」

「……はいはい」


 お姉ちゃんの望みと、私の望み。もしかしたらそれは交わらないのかもしれない。ただ、私の本心をちゃんと話さないと、きっとお姉ちゃんの本心もわからない。


 なら、ちゃんと言わないと。

 お姉ちゃんに、自分の心に流されるばかりじゃなくて、全部言葉にしないと伝わらない。

 私は急いで、お姉ちゃんの元に向かった。





 お姉ちゃんは、見つからなかった。さっきの場所にはもういなくて、モール内をくまなく探しても見つからない。


 一度家に帰ってみたけれど、先に帰っているということもなかった。

 私はお姉ちゃんの部屋から自分のスマホを取り出して、電源をつけた。通知は恐ろしい数が溜まっていた。


 友達からかなりの数のメッセージが来ていて、静玖からも何件もメッセージが届いていた。


 探し回るうちに、いつの間にか学校が終わる時間になっている。

 私は通話ボタンをタップした。


「乃愛さん! ご無事でしたか!」


 スマホから大音量で静玖の声が聞こえてきて、私は思わずスマホを耳からちょっと離した。


「ご、ごめん。連絡できなくて……」

「いえ! こうして声が聞けただけで十分です! ところで、何かご用事ですか?」

「うん。心配させといて、悪いんだけど。ちょっとだけ頼みたいことがあって……」

「ふむふむ……」


 お姉ちゃんを探していることを静玖に明かす。彼女はちょっと考え込むように間を空けてから、やがて言った。


「そういうことなら、私たちにお任せください! 会長の行くところに、私たちありですから!」

「ありがとう。お礼は今度、心配かけたお詫びと一緒にするから」

「はい。……待ってます。また、一緒にお出かけできる日を」

「……うん。ほんと、ごめん」


 私は電話を一度切って、近所を探し回った。

 しばらくお姉ちゃんを探していると、スマホが震え出す。見れば、静玖からメッセージが来ていた。


 どうやら会長を応援する会の人がお姉ちゃんを見つけたらしく、場所が送信されてきていた。


「……ここって」


 お姉ちゃんが見つかった場所は、私もよく知っている場所だった。

 なぜそこにいるのかはわからないけれど、行かないと。

 私は急いで、駅に向かった。

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