かぞくの、ゆくえ①

「乃愛から離れてくれるかな、智友ちゃん」

「無理。離したら、持ってくつもりでしょ」

「……私はものじゃないんだけど」

「静かに、乃愛」


 なんで智友が、ここに。

 彼女は乃愛をぎゅっと抱きしめて、私に渡さないようにしている。


 前々から、近すぎるとは思っていた。幼馴染なんて結局は赤の他人に過ぎないのに、智友は家族みたいな顔で乃愛の隣にいた。


 何度引き離さなきゃ、と思ったかわからないほどに。

 だから連絡手段も封じたというのに、まさかここで出会うことになるとは。わざわざ平日の昼間を選んで来たのだが、智友を甘く見ていたのかもしれない。


「駄目だよ、わんこちゃん。乃愛を閉じ込めとくなら、一人暮らしするようになってからにするべきだったね。地元なら、あたしがいるから」

「……なんで」

「そのなんでは、あたしがここにいることに対して? それとも、乃愛を閉じ込めとこうとすることが、バレたことに対して?」

「……」


 私の本性に、智友が薄々勘づいていたことは知っている。だからこそ私は、智友との関わりをできるだけ避けてきたのだ。


 関われば関わるほど、心を見抜かれ、乃愛によからぬことを吹き込まれる可能性が高くなるから。


 しかし、確かに、私の計画が彼女に露呈したのは驚きだ。予想外、というほどでもないが。


「いつかこういう日が、来ると思ってた。わんこちゃん、乃愛を見る目が怪し過ぎたしね」

「……そう。言っておくけど、智友ちゃんに乃愛は渡さない」

「もう渡してるじゃん」


 そう言って、彼女は乃愛をぎゅっと抱きしめる。

 ぎり、と奥歯が音を立てるのを感じた。


「乃愛と私の問題に、智友ちゃんが口を挟まないで」

「挟むよ。あたしは乃愛の親友で、幼馴染で、家族みたいなものだから」

「他人が、家族なんて軽々しく言わないで」

「なんで言っちゃ駄目なの? 血の繋がりがないから? でも、血の繋がりがなくたって家族になることだってあるよ。それこそ、結婚とかね。なら、他人でも家族だって言う権利くらいあるんじゃない?」

「乃愛と智友ちゃんは、結婚してないでしょ」

「そうだね。でも、深い繋がりはある。血の繋がりだけが、家族の絶対的条件ってわけじゃないよ」


 違う。

 血の繋がりだけが、家族の絶対的条件だ。血が繋がっているからこそ、乃愛と私は心も深いところで繋がっている。


 同じ血を分けて生まれてきたのが私たちだけだからこそ、誰にも侵されない繋がりがあるのだ。

 他人の智友がそこに介在する余地など、あるはずがない。


「それにさ。血の繋がりがあったって、必ず深い繋がりがあるってわけじゃないでしょ? 家族だって、離れ離れになることはある」

「智友! 言い過ぎだよ!」

「いいんだよ、言い過ぎなくらいで。これくらい言わないと、何も変わらないでしょ」

「でも……!」


 知っている。家族が離れ離れになることなんて、私が一番。

 だから私は嘘を嫌い、乃愛に約束を求めたのだ。決して嘘をつかないように。そして、乃愛が私だけに目を向けるように、彼女に甘えた。


 それが間違いだったとは思わない。

 乃愛さえいれば、私は。


「乃愛の翼をもぐつもりなら、私は許さない。……確かに、乃愛には叶恋さんが必要だと思う。それは間違いない。だけど、乃愛を支配はさせないから」

「……それの何が悪いの?」


 ヒトが往来している。

 幸せそうな顔をしたカップルだとか、ベビーカーを押している夫婦だとか、小さな子供を連れた家族だとか。

 全てが遠い。


「私たちの世界に、私たち以外の存在なんていらない。乃愛は私だけを、私は乃愛だけを見る。それ以上の幸せなんて、ないんだから」

「……本当にそう思ってるなら、私の目を見て言いなよ」


 智友はまっすぐに言葉をぶつけてくる。

 私は彼女に目を向けた。

 その瞳は、私を射抜くように見つめていた。


 言えないはずがない。ただ彼女の目を見つめて、私の本当の望みを口にすればいいだけだ。それができない道理なんて、どこにも。


「……私は」


 なぜ、声が出ないのか。

 乃愛と二人きりで生きていくのが唯一の幸せのはずなのに、それを口にすることができない。


 智友と目を合わせているせいなのか、なんなのか。

 私は、一体。


「叶恋さんは、本当に乃愛のこと好きなの?」

「……は?」

「ただ、心の傷を埋めるためだけに乃愛を使ってるんじゃないの?」

「それ、は」

「叶恋さんは昔から、そうだった。余裕そうな顔して、いつだって、捨てられることに怯えていた。……だから叶恋さんは、わんこちゃんなんだよ」

「……っ!」

「私は。私なら、乃愛のことを幸せにできる。叶恋さんは、どうなの? 本当に、乃愛を幸せにできるの? 他の人との交流を奪った分だけ、乃愛を幸せにできる?」


 できる、はずだ。

 私以上に乃愛を愛している人間なんて、どこにもいない。乃愛だって、私のことが好きだと言っていた。


 なら、私が一番乃愛を幸せにできるはずなのに。

 口にするのは簡単なはずの、幸せにするという言葉を口にできないのは。私自身が、乃愛を本当は幸せにすることができないと思っているからなのか。


「……できないよね。だって、叶恋さん自身が、迷ってるんだもん。自分にすら嘘をついてるのに、人のことを幸せにするなんてできるわけない」


 頭が揺れる。

 私が、迷っている?

 一体何に?


 いや、智友の言っていることはでたらめだ。私を動揺させて、乃愛から切り離すためだけの。


 そう思うのに。

 鼓動がどうしようもなく速くなっている。でたらめのはずの言葉は、その実私の本心を言い当てているのかもしれない。


 ……本当は、私はただ家族を繋ぎ止めたいだけで、それが乃愛でなくても構わない?


 違う。そんなはずはない。乃愛のことが好きだというこの気持ちに、間違いない。なら、どうして彼女を幸せにすると言えないのか。


「来て、乃愛。……ていうか、もう強制的に連れてくから」

「ちょっと、智友! ……お姉ちゃん!」


 乃愛の声が聞こえる。

 聞こえるけれど、遠い。


 智友から乃愛を奪い返さないといけないのに、手を伸ばすこともできない。私は乃愛が智友に手を引かれていく様を、見ていることしかできなかった。


 乃愛の姿が消えると、胸に穴が空いたような感じがする。

 私は、これからどうすればいいのだろう。

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