第30話
こうして改めてお姉ちゃんの胸に触れると、普段とは違う感情が湧いてくるから不思議だと思う。
私よりも柔らかい感触。
でも、自分の体と同じくらい、よく知っている感触だった。
お姉ちゃんの体で知らないところなんて、ほとんどない。だけど、今、私は初めて彼女に触れたような気持ちになっている。
柔らかな感触の向こうに、確かな鼓動を感じる。
どくん、どくん。
私とはまた違った鼓動を感じていると、私の鼓動まで速くなる。何か、ずっと探し続けていた大事なものをようやく手に入れたような、そんな感じがした。
「……どきどき、してる」
「でしょ? 乃愛のこと、好きだから。裸を見たらどきどきするし、触りたいって思うよ。……乃愛も、どきどきしてるね?」
「う、ん……」
お姉ちゃんの手が、下着越しに私の胸に触れる。
びくりと、体が跳ねた。
前に体を洗われた時とは全然違う。確かめるように、刻むように触れられると、どうにかなってしまいそうだった。
「……これも、外しちゃおうね」
そう言って、彼女は私の下着を外してくる。
慣れた手つきだった。普段から人の下着、つけたり外したりしてるのかなって思ってしまうくらいに。
ちらとお姉ちゃんの方を見ると、目が合った。
「……なんか、慣れてない?」
「そりゃ、付け方とか色々、昔乃愛に教えたの、私だしねー」
「そうだっけ?」
「忘れちゃったんだ。悲しいなー」
「えっと、ごめ——」
「はい、どーん」
お姉ちゃんに胸を押されて、ベッドに倒れ込む。
見上げる彼女の顔は、いつになく楽しそうだった。
昔、クリスマスプレゼントの包装を開ける時、似た表情をしていた気がする。
こういうのは思い出せるのに、お姉ちゃんにお世話されていた頃のことを思い出せないのは。
やっぱり、私に頼り切りのお姉ちゃんがいいって、心のどこかでずっと思ってきたせいなのかもしれない。
そんなことを考えていると、お姉ちゃんの唇が、私の耳たぶに触れた。
「……ひっ!?」
「あはは、すごい反応」
「い、いきなり何!?」
「だって、よそ見してるんだもん」
「よそ見って……お姉ちゃんのこと、ちゃんと見てるでしょ?」
「目ではね。でも、心がよそ見してるよ。何考えてたの?」
「……昔のお姉ちゃんのこと」
「へー?」
耳に舌が触れる。
その湿った感触に驚いていると、今度は髪に触れられる。
「髪は、やめて」
「どうして?」
「……お姉ちゃんみたいに、綺麗じゃないから」
「綺麗だよ。乃愛は、全部綺麗」
綺麗な黒でもないし、サラサラでもないのに。
お姉ちゃんは本気で、私の髪を綺麗と言っているようだった。お姉ちゃんが相手なら、嘘で綺麗と言われても嬉しかっただろうけれど。
こうして本気で言われると、やっぱり嬉しくて。
「……過去も未来も、他の人のことも。今は考えちゃ駄目だよ。ここにいる私にだけ、集中して」
そう言われると、余計に考えてしまう。
昔のこととか、お姉ちゃんとのこれからのこととか、友達のこととか。鮮明に描けていたはずの未来は、今ではもう霧の向こうにあるみたいに輪郭がぼやけていて、数歩先すら想像できない。
「私だけを見て。私のことだけ、考えて。ね?」
お姉ちゃんは私のズボンと下着を一緒に脱がせると、今度は自分の服に手をかけた。
たったそれだけのことで、お姉ちゃんしか目に入らなくなる。私の前で全てを脱ぎ去ったお姉ちゃんは見たことがないくらい綺麗で、何も言えなくなる。
ずっと、お姉ちゃんに追い付きたかった。
いつも何かに怯えていたお姉ちゃん。なんでもできるお姉ちゃん。私に甘えてばかりだけど、外では完璧だったお姉ちゃん。
どんな歳の、どんなお姉ちゃんも。
私にとってはずっと大切で、少しでも近づきたくて仕方がなかった。
でも、そんな彼女は今、手を伸ばせば触れられる距離にいる。
「……お姉ちゃん」
今になって、お姉ちゃんに言われた好きという言葉に実感が湧く。
彼女に誇れる自分になりたくて、少しでも彼女の役に立ちたくて、ただそのためだけに今まで頑張ってきた。
でも、もうそんな必要はないのかも。
何も頑張らなくても、何も考えなくても。彼女が私のことを好きと言って、私の傍にいてくれるのなら。
望みなんて、きっともうなくて。
ここが全部の終着点なら、それでもいいのかも、と思う。
手を伸ばしたら、彼女の肩に触れた。私よりもしっかりしているその肩を、そっとこちらに引き寄せる。
抱き寄せた感触は、やっぱりお姉ちゃんだった。
でも、普段よりずっと、深く感じる。熱とか、柔らかさとか、その奥にある硬い感触とか。
どきどきする。
落ち着く。
眠たくなる。
心は想像以上に騒々しくて、でも、深いところに誘われていく。これが、好きって気持ちなのかな。
「大好きだよ、乃愛」
「……私もお姉ちゃんのこと、大好き」
昔から言い合ってきた好きという言葉は、今、昔とは全く違う響きで私たちの鼓膜を震わせる。
私たちはそのまま電気を消して、一緒に布団の中に入った。
暗闇の中で、脚を絡ませる。
闇の中ではその姿は不明瞭だけど、確かに彼女を感じた。
「乃愛の脚、サラサラしてるね」
「そ、そう? お姉ちゃんもだと思うけど……」
「触り心地がいいと思う。……他の誰かに触らせたり、してないよね?」
「してないよ、さすがに」
くすくす笑うと、お姉ちゃんの手が私の腕に触れる。
くすぐったいけれど、心地いい。
「……ねえ、お姉ちゃん。明日のごはんは、私が作っていい?」
「もちろん。乃愛ちゃんのごはん、楽しみだなー」
「お姉ちゃんの方がうまく作れるのに?」
「私なんて全然だよ。乃愛ちゃんの作るお料理の方が、ずーっと美味しい。……ほんとだよ?」
「あはは、ありがと」
日常と非日常の境界線が、ひどく曖昧だ。今もずっと、姉妹ではしないような触れ合いをしているのに、会話だけが今までの姉妹然とした私たちのものになっている。
どっちが間違っているとか、どっちが正しいとか、きっとないんだろうけど。
会話が止まると、姉妹じゃない私たちが濃くなっていく。
微かな光の差し込む部屋の中で、私は静かにお姉ちゃんの瞳を見つめた。まだ、眠る気がないようだった。
私もそうだ。
眠る前に何かをお姉ちゃんに求めていて、彼女も多分、それを待っている。
私は彼女の背中に手をやって、ゆっくりと顔を近づけた。
唇と唇が、触れる。
「……おやすみ、お姉ちゃん」
「……おやすみ、乃愛」
私たちはそうして、ようやく騒がしい一日を終えた。
目を瞑っても、お姉ちゃんを感じる。
それは、胸の微かな痛みを誤魔化してしまえるくらいに、幸せなことだった。
「ふいー、美味しかったー。やっぱ乃愛ちゃんのごはんは最高だー。恐悦至極……」
「もー、大袈裟だよ」
「ほんとだってばー。もうぽんぽんがぱんぱん……」
お姉ちゃんはソファでごろごろしている。
相変わらずだなぁ。
もうかれこれ、二人きりで数日は過ごしているけれど。いつもとあんまり、変わっていない気がする。
私はちょっと呆れながら、お皿を洗っていく。全部の皿を洗い終わる頃には、お姉ちゃんの姿はなくなっていた。
お手洗いかな。
そう思って手を拭いていると、不意に後ろから抱きしめられた。
「……!? お、お姉ちゃん? いつの間に」
「あはは、驚いた? びくってなっちゃって、可愛いなー」
「包丁使ってる時とかにやらないでね?」
「やらないよー。可愛い乃愛ちゃんの指に傷がついたら大変だもんねー」
彼女はそう言って、私から少し離れる。
なぜかお姉ちゃんは、両手をぎゅっと握っていた。おにぎりでも作っているかのような、手の重なり方。私は首を傾げた。
「……お姉ちゃん?」
「さてここでクイズです! 私の手の中には、何があるでしょーか!」
「えぇ……」
唐突だ。正直見当もつかない。
こういう時のお姉ちゃんは、私には想像もできないような奇妙なものを用意していたりするのだ。
「触ってみてもいいよー。制限時間は三十秒!」
「え、ちょ……もう!」
私はお姉ちゃんの手に触れる。ぎゅっと握られているから、中にあるものを目視することはできない。
一本一本なぞるように指に触れていると、お姉ちゃんと視線がぶつかる。
彼女は柔らかな微笑みを湛えながら、私を見つめている。
鼓動が跳ねて、お姉ちゃんから目が離せなくなった。その瞬間、彼女の手の中からヒモのようなものが伸びてきて、私の腕に巻きつく。
そのまま腕を引っ張られて、そして。
お姉ちゃんに抱き止められて、キスをされた。
貪るような、舌を絡ませたキス。まだ不慣れなそのキスに戸惑っていると、彼女は満足したのか、顔を離してくる。
「……正解は、メジャーでした」
唇を舌で舐めてから、彼女は言う。
……確かに、メジャーだ。
お姉ちゃんの動きが素早すぎて、何がなんだかよくわからなかってけれど。
いや、それはいいとして。
「……なんで急にメジャーを?」
「ふっふっふ。それはねー……」
彼女はそっと、私の左手に触れてくる。
「乃愛ちゃんの指のサイズ、測らせてもらおうと思って」
「……へ?」
私が首を傾げると、お姉ちゃんは笑った。
……どういうこと?
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