第14話

 この前の失敗の原因は、多分お姉ちゃんを家に置いてきてしまったことだ。

 私が予定を入れて、お姉ちゃんを放置する。そういう状況をきっと、私の心は好ましく思っていない。


 つまり。

 つまり、である!


 私ではなく、お姉ちゃんに予定が入ればいいのだ。お姉ちゃんではなく私が放置されるシチュエーション。これこそお姉ちゃんの自立に必要なこと!

 ……の、はずだったんだけど。


「さあ、皆で会長の応援と手伝いをしましょう!」

『おおー!』


 どうしてこうなったんだろう。

 右を見ても左を見てもお姉ちゃんTシャツを着た人しかいない。


 さながら私はライオンに囲まれた子猫、とでも言えばいいのか。

 ……いや、それはちょっと自分を可愛く見積もりすぎかも。

 というのは、ともかく。


「乃愛さん? 大丈夫ですか?」


 静玖に声をかけられる。

 私をここに連れてきた元凶こと青山静玖は、今日も元気そうだった。


「大丈夫、だけど。……会長を応援する会って、具体的には何をする会なの?」

「会長のお仕事に同行して、応援したりお手伝いしたりするのが主な活動ですね。今日みたいに一般の生徒も参加するようなボランティアでは、応援よりお手伝いが優先です」

「へー……」


 つまり、応援する会という名前ではあるけれど、実質生徒会の助っ人みたいなものってことなのだろうか。


 だからお姉ちゃんにも公認されているのかな。

 ちょっと見た目が怖いけれど、皆悪い人じゃないのかも。


「今日はたくさん頑張って、会長に褒められるぞー!」

「おー!」


 ……悪い人じゃ、ないんだよね?

 熱意が凄すぎてちょっとビビるってだけで。


「とりあえず乃愛さんは、私と一緒に来てください。色々お教えしますので!」

「あ、うん。他の会員の人たちは……?」

「それぞれ動いてもらいます。精鋭なので!」

「そ、そうなんだ……」


 私は静玖に先導されるままに歩き出した。

 今日、私はお姉ちゃん自立作戦βを実行する予定だった。


 作戦内容はこうである。お姉ちゃんがお仕事をする。私からは連絡を断つ。私放置される。これを機にお姉ちゃんが徐々に私から離れていく。


 ……完璧な作戦だ、と我ながら惚れ惚れしていた。していたのだけど。

 つい昨日、静玖に「一緒に会長を応援しませんか?」と誘われたのだ。


 この前先に帰ってしまったこともあって、誘いを断るのも悪いかな、と思ってしまうのが私の弱いところだ。


 毅然と断らなければ作戦は実行できない。

 でも、それはそれとして友達も大事なわけで。結局私は静玖の誘いに乗って、今日こうして会員の皆様と一緒に活動をしているのである。


「……いきなり誘ってしまって、ご迷惑ではなかったですか?」


 静玖は、ぽつりと言う。


「私、仲良くしたいと思ったら結構猪突猛進というか、ぐいぐい行ってしまう癖がありまして……」

「あー……」


 わかる。

 初めて会った時から凄まじく押しが強かったし。

 でも。


「迷惑なんて思わないよ。むしろ嬉しい」

「嬉しい、ですか?」

「私を誘ってくれるのは、仲良くしたいってことでしょ? 静玖のその気持ちは、ほんとに嬉しいよ」


 多少強引にせよ、人の好意を迷惑と思う気持ちは私にはない。

 別に、変なことをされているってわけでもないし。


「の、乃愛さん……! ありがとうございます! さすが私の目標です!」

「え?」

「……あ」


 静玖は何かに気づいたように声を上げる。

 私は首を傾げた。


「目標って?」

「な、なんでもないです。聞き間違いじゃないですか?」

「……静玖?」

「……そ、その」


 静玖はゴミ袋で顔を隠す。


「い、以前に、何度か。乃愛さんのお姿を拝見してまして。……なんというか、ですね。とても自然に困っている人を助けている姿が、すごかったと言いますか」

「……私、そんなことしてたっけ?」

「覚えていないのは、きっと。乃愛さんにとってそれが日常で、当たり前のことだからだと思います」

「そ、そうかなぁ」


 こう正面から褒められると、さすがに照れる。私はただ、お姉ちゃんにこれまでもらってきた優しさを、他の人にも分けたいと思っているだけで。


 それがお姉ちゃん以外の誰かから褒められるなんて、思っていなかった。


「……はい。それで、乃愛さんが会長と話しているのを見て。共通の話題が見つかって、嬉しかったんです」


 顔は見えないけれど、声色で恥ずかしそうにしているのがわかる。

 器用とか不器用とか、そういうのを超越したところにいると思っていたけれど。意外に静玖は不器用なのかもしれない。

 思わず笑った。


「な、なんで笑うんですか?」

「ご、ごめん。なんか、可愛いなって思って」

「かわっ……!?」

「静玖の新しい一面が知れて、よかったよ。……ほら、私たちも会長にたくさん褒められるように、頑張ろう?」

「は、はい!」


 初対面の時は、やばいストーカーの人かと思っていたけれど、静玖は思っていたより普通の人だ。


 ……お姉ちゃんガチ勢なのは確かだろうけど。

 私はくすりと笑って、彼女と一緒にゴミ拾いを始めた。





 街の清掃ボランティアというのも、どうやら生徒会の仕事の一つらしく。


 お姉ちゃんがいつも忙しそうにしているのは、生徒会の仕事が多岐に渡るせいなんだろうな、と思う。


 私は静玖と二人でゴミを拾いながら、お姉ちゃんは今どうしているかと考える。


 お姉ちゃんがいる場所はわかりやすい。

 周りにいつもファンの人たちが集まっているから。だけど、今はファンの人たちの姿もないから、遠くにいるのかな、と思う。


「乃愛さんは、何か趣味とかあるんですか?」


 不意に、静玖が言う。


「んー……。趣味ってほどじゃないけど、料理は好きだよ。たまに智友にお弁当とか作るし」

「すごいです! 私、お料理はほとんどしなくて……」

「あ、じゃあ今度お料理教室でも開こうか? 簡単な料理くらいなら教えられるよ」

「ぜひ! 楽しみにしてます!」


 お姉ちゃんのことさえなければ、静玖は常識的というか、普通だ。

 智友とも割とすぐに仲良くなったし、すごいと思う。智友はあれで結構警戒心が強くて、人と仲良くするのに時間がかかるタイプなのだ。

 智友の警戒心が強いのは、昔色々あったせいなんだろうけど。


 やっぱり静玖は、次期生徒会長の器なのかもしれない。

 そうなったら、会長を応援する会は静玖を応援する会になるんだろうか。だとしたらちょっと、おかしい。


「そろそろ、集合場所に一旦戻りましょうか」


 いっぱいになったゴミ袋を見て、静玖が言う。

 私は頷いた。


「……そういえば。静玖って、いつも今日みたいに会長のこと応援してるの?」

「はい! それはもう、朝も昼も夜も!」

「す、すごい熱意だね……」


 静玖と肩を並べて歩いていると、ふと、辺りが騒がしいことに気が付く。


 声がする方を見ると、人だかりができていた。

 お姉ちゃんは身長が高いから、人がたくさん集まっていても埋もれない。いつもと同じように、にこやかな笑みでファンと交流をしているようだった。


「……でも、会長も嬉しいだろうね。静玖に応援されたら、きっと頑張ろうって気持ちになると思うよ」

「そ、そうですかね……?」

「うん。いいと思うよ、そういうの」

「乃愛さんって……」


 その時、お姉ちゃんと目が合う。

 かなり離れているのに、よく私に気づいたな、と思っていると、右足が浮くのを感じた。


「危ない!」


 静玖の声が聞こえる。

 どうやら、側溝の蓋が壊れていたらしい。バランスを崩した私は、衝撃に備えて目を瞑る。


 しかし、待っても体に衝撃が走ることはなかった。

 何か、柔らかいものが私を止めたからだ。

 見れば、静玖が私を抱き止めていた。

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