第12話
押して駄目なら引いてみろ。引いて駄目なら、何もしなければいいのではなかろうか。
「乃愛さん乃愛さん! こっちです!」
ぶんぶんと、待ち合わせ場所で静玖が手を振る。
二学期に入ってから、私はこうして何度か静玖と遊びに来ている。それは、静玖の押しが強いせいっていのもある。でも、意外とこうして一緒に遊ぶ分には、普通に楽しいのだ。
お姉ちゃんの話にさえならなければ。
「遅いぞー、乃愛」
智友が手を挙げながら言う。
「ごめんごめん、待たせちゃって」
「またわんこちゃんのお世話?」
「お世話っていうか、朝ごはん用意して、昼と夜は適当に食べてってお願いして……」
「お世話じゃん」
智友はふっと笑う。
静玖が隣で首を傾げた。
「わんこちゃん?」
「ん? ああ、乃愛のお姉ちゃんのこと」
「乃愛さん、お姉さんがいるんですね!」
「いるってか、え。知らないの? 乃愛のお姉ちゃんって——」
「二人とも! 早く行かないと遊ぶ時間がございませんよ!」
私はそう言って、二人の背中を押す。
智友は訝しげに私を見ていた。
その耳元に、そっと顔を寄せる。
「姉妹だってこと隠してるって、知ってるでしょ……!」
「青山とは友達なんでしょ? あんま隠すのもどうかと思うけど」
「そ、それはそうだけど……! お姉ちゃんが私と姉妹なんて周りにバレたら、失望の嵐が……!」
「自己評価低すぎじゃない? 堂々としてればいいのに」
「いいから!」
私の自己評価が低いのではなく、お姉ちゃんが強すぎるのだ。
胸を張ってお姉ちゃんの妹だって言えるように、昔から頑張ってはいるのだけど。私が一歩進むごとにお姉ちゃんは何十歩も先に進んでしまうわけで。
いつかはお姉ちゃんを守れるような私になりたいとは思うものの、うまくいかないのが現状だ。
「……いいけどさぁ。じゃ、隠しといてあげるから、今日は奢りね」
「え。そ、そげな殺生な……」
「何語なの、それ」
智友は優しくない。幼馴染のよしみで優しくしてくれたっていいのに、これである。
昔はもっと優しかった気がするのに。
……うぅ。
私は少し悲しい気分になりながら、二人と一緒に歩いた。
私の作戦は単純明快。
一緒にいると甘やかしてしまうなら、少し距離を置けばいい、というものだ。甘えん坊のお姉ちゃんを一人にするのは気が引けるが。
でも。でも、である。
これを機にお姉ちゃんも他の友達に甘えられるようになるかもしれないし、自分で身の回りのことをやれるようになるかもしれない。
そうは言っても、大丈夫かなって心配にはなるけれど。
鍋に火をかけっぱなしにしたり、ご飯食べないでお菓子ばっかり食べたり、髪乾かさずにお風呂から出て風邪引いたり……。
むむむ、駄目だ。
今日は距離を置くと決めた。決めたのだから、何も気にしない!
「乃愛さん、どうしました?」
隣から、静玖が声をかけてくる。私は、はっとした。
「う、ううん。なんでもない」
お姉ちゃんのことは、今は置いといて。せっかく三人でショッピングに来たのだから、そっちに集中しないと。
「……んー。乃愛さん乃愛さん」
「うん? なあに——」
「えいっ」
静玖は私の頭に、何かを乗せてくる。そして、そのまま鏡の前まで引っ張られて、私は自分の頭に帽子が乗っていることに気がついた。
思わず首を傾げる。
「……? 静玖?」
「うん、やっぱり。似合ってます」
にこりと、静玖は笑う。
私は一瞬目を丸くしたけれど、やがて、ふっと笑った。
「静玖には、こっちのが似合ってるかな?」
私は近くの棚から帽子を取って、静玖の頭に乗せた。
「ず、随分とカラフルですね……」
「静玖、カラフルっぽい感じするし」
「カラフルっぽい感じ、ですか……?」
「そ。いつも元気だし、いいと思うよ」
「……! だったら乃愛さんも、カラフルです!」
「わ、私が?」
「はい! なんていうか、うーんと……。とにかく、そんな感じです!」
「えぇ……?」
私はそんなに元気なつもりはないけれど。
静玖には果たして私がどういう風に見えているのだろう。考えようとしたけれど、すぐに現実に引き戻された。
後ろから、智友に肩を掴まれたからだ。
「カラフルなお二人さん。私のこと、忘れてないよね?」
低い声。
そういえば、さっき智友の帽子を選ぶって話、したっけ。
「……あ、あはは」
「あははじゃないし。ほら、こっち来な」
私は智友に引っ張られるまま、彼女にどれがいいかと何度も聞かれることになった。智友はこういう時、意外と優柔不断というか、色々考えるタイプだ。
結局彼女が帽子を選び終わる頃には、お昼時になっていた。
施設内のレストランで食事を済ませて、またぶらぶらと歩く。智友の分だけ奢るっていうのもあれだから静玖の分も奢ったせいで、財布が薄くなっている。
お小遣いは結構もらっている方だけど、バイトもした方がいいのかも。
私はため息をつきそうになった。
「……あの」
「ん?」
「本当に奢ってもらっちゃってよかったんですか?」
「あはは、大丈夫大丈夫。今日はそういう日ってことで」
「……何か奢ってもらったお礼、します」
「え、そんなのいいよ、ほんとに」
「いいえ! 礼には礼を! 歯には歯を! それが私の信条ですので!」
「そ、そうなんだ……」
相変わらずこういう時の押しは強いと思う。
初めて会った時にいきなり名前で呼んでほしいと言ってきたのもそうだけど。私はちょっとたじろいだけれど、すぐに平静を取り戻した。
「じゃあ。次に遊ぶときは、静玖が奢ってよ」
「はい!」
静玖はそう言ってから、私に耳打ちしてくる。
「次は、乃愛さんの調子がいい時にしましょうね」
「え」
「あ、智友さん! 私ちょっと寄りたいところが——」
やっぱり私、だいぶ上の空だったのかな。
私はそっと、自分のスマホに目を向ける。今日はお姉ちゃんに意識がいかないようにって、電源を切っておいたけれど。
私は智友と静玖が話しているのを一瞥してから、スマホの電源をつけた。
パスワードを入れて、ホーム画面へ。
アプリのアイコンを見ると、通知が溜まっていた。そのうちのいくつかは、友達からの連絡。
でも、そのほとんどは——
『暇だよー』
『乃愛、今日早く帰って来れない?』
『のあー』
お姉ちゃんからのものだった。
私は、顔を上げた。
「……ごめん!」
私は前を歩く二人に、声をかけた。
二人は驚いたような顔で、私の方を振り返る。
「どうしたの?」
「ちょっと、用事を思い出しちゃって……」
「ふーん……」
智友は目を細める。
多分、お姉ちゃん絡みのことだって彼女にはわかっているのだろう。
「ま、いいけど。先に帰るの?」
「うん、ほんとごめん」
「いいよいいよ。じゃあね、乃愛」
「お気をつけて!」
私は二人と別れて、駅までの道を歩き始める。
お姉ちゃんにはお姉ちゃんの生活があって、私には私の生活があって。でも、私たちの生活は根本的なところが交わっていて、私の生活はお姉ちゃんの生活で、その逆も同じで。
お姉ちゃんの顔が頭に浮かんでしまうともう、放っておくことなんてできない。
私は息を切らして、家に向かう。
やっぱり、お姉ちゃんを一人にはできない。
今回も、私の作戦は失敗だ。根負けしているというか、なんというか。
なんにしても、とにかく、今はお姉ちゃんの顔が見たい。そう、思った。
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