第11話

「か、会長! お疲れ様です!」

「うん。青山さんもお疲れ様。今日も元気そうだね」

「はい! 会長のお声が聞けたので、元気もりもりです!」


 お姉ちゃんがなぜここに。

 前、学食はあんまり美味しくないから行かないって言っていたのに。

 当惑する私をよそに、お姉ちゃんは静玖と話をしていた。


「今度の土曜、地域の施設でボランティアするんだけど、青山さんも来る?」

「もちろんです! どこへでも駆けつけて応援します!」

「ふふ、ありがとう。いつも元気もらってるよ」


 ……会長を応援する会、お姉ちゃんの公認だったんだ。

 いや、公認じゃなかったらそれはそれで問題なんだけど。


「黒見さん」


 一瞬、反応が遅れる。

 そういえば、この前私はお姉ちゃんと姉妹だとバレないように、そんな苗字を名乗っていたのだったか。


 嘘が嫌いなお姉ちゃんに嘘をつかせるのはやっぱり、良くないとは思うけれど。


 私みたいな普通極まりない一般人が妹だと、イメージが崩れる。

 前に「会長はさる有名企業の御令嬢らしい」などという噂を聞いたとき、私はイメージというものの恐ろしさを知った。


 実際のお姉ちゃん……というか私たちは、ごくごく普通の一般家庭生まれである。


「元気?」

「は、はい」

「そっか。それは重畳だね。……私も一緒にお昼、食べていいかな?」


 ちら、と静玖の方を見る。

 彼女は首が取れそうな勢いで首を縦に振っていた。


 私は思わず笑って、お姉ちゃんの方を見た。

 瞳の色が、いつもと違うような。……気のせいかな?


「はい、ぜひ」

「ありがとう。じゃあ、ちょっと買ってくるね」


 お姉ちゃんはそう言って、券売機の方に歩いて行く。


「やっぱり乃愛さんは、すごいです。乃愛さんには会長を引き寄せる力があるんですね……」

「いやいや、そんなことしみじみ言わないで? 違うからね?」


 何か、私のイメージがおかしなことになっている気がする。

 いや、私はお姉ちゃんと違って一般生徒だから、イメージとかそういうのはどうでもいいんだけど。


 もはや苦笑することしかできず、私は結局、静玖とお姉ちゃんと三人で食事をすることになった。





 今に始まったことではないけれど。

 最近お姉ちゃんに色々と振り回されている気がする。


 私は別に、難しいことを言ってはいないと思うのだ。ただ、身の回りのことは自分でやろうねって言っているだけで。


 このままだとお姉ちゃんは堕落しきって、私生活ダメダメお化けになってしまう!

 ……片足突っ込んでるかもだけど。


「お姉ちゃーん」


 放課後。

 今日のお姉ちゃんはまっすぐ家に帰る気分じゃないらしく、私を公園に誘ってきた。子供みたいに遊ぶとは思っていなかったけれど、まさかベンチでお昼寝をするとも思っていなかった。


 お姉ちゃんは私の膝枕で、猫みたいに丸まって眠っている。

 なんだかなぁ、と思う。


 こういう時こそ駄目っ! て強く言うべきなのかもだけど、いつも生徒会長として頑張っているお姉ちゃんを見ていると、それも悪い気がして。


 私だって、頑張っているお姉ちゃんのことはたくさん褒めたいと思っている。

 でもなぁ。


「……髪、サラサラだ」


 なんとなく、彼女の髪に触れた。

 暇だな、と思う。


 スマホで時間を潰してもいいんだろうけど、お姉ちゃんが膝で寝ているから、スマホに気を取られるのも悪い気がしてくる。


 ううむ……むむむ……うーん。

 でも、暇だ。こうなったらお姉ちゃんの枝毛見つけゲームでもするか。

 そう思っていると。


「いたっ!」


 すぐ近くで、声がした。

 見れば、さっきまで走っていたらしい小さな女の子が、盛大に転んでしまっていた。私はバッグからポーチを取り出して、女の子の方に駆け寄った。


「大丈夫?」

「だ、大丈夫……」


 今にも泣きそうな顔をしているけれど、ちょっと強がっている。私はしゃがみ込んで、彼女と目線を合わせた。


「そっか、えらいね。……お姉さんね、こう見えて魔法使いなんだ」

「ま、ほうつかい?」

「そ。痛いのとか、怖いのを追い払える、すごい魔法使いだよ」


 私は話をしながら、手早く擦りむいた膝を手当てしていく。

 それから、女の子の両手を握った。

 にこりと笑いかけると、彼女は段々と落ち着いてきたようだった。


「どう? 魔法、効いた?」

「うん……ありがと……」


 私にお礼を言って、女の子は走り去っていく。今度は転ばないといいな、と思っていると、背後から気配を感じた。


「乃愛」

「……あっ」


 振り返ると、お姉ちゃんが後頭部を押さえて、私の傍に立っている。

 ……そういえば、慌てて駆け寄ったせいで、お姉ちゃんのこと放り出しちゃったかも。


「痛いなー。お姉ちゃん、頭がとっても痛いなー」

「ご、ごめん。その……」

「……ふふ、冗談。わかってるよ、怪我した子のためだもんね?」

「……うん」


 立ち上がると、お姉ちゃんに頭を撫でられる。

 私から撫でることはあっても、お姉ちゃんに撫でられることはあんまりないから、少し新鮮だ。

 私は思わず、お姉ちゃんを見上げた。


「お姉ちゃん?」

「偉いね、乃愛。すごいよ」


 いつも私が口にしている言葉。言うときは褒めたいって気持ちが強いから何も思わないけれど、人にこうして偉いと言われると、気恥ずかしい。


 そんな大層なことじゃないのに。

 私はどんな些細なことでも、お姉ちゃんをたくさん褒めたいと思っているから、なんだかちぐはぐな気もするけど。


「お姉ちゃんだって、同じ立場だったら同じことするでしょ?」

「そうかもねー。でも、偉いものは偉いから」

「……う」


 恥ずかしいからやめて、なんて。余計に恥ずかしくなるような気がして、言えない。だけど、優しく撫でられているとどんどん恥ずかしさゲージ的なのが溜まっていって、爆発しそうになる。

 ……むむむ。


「昔は転んで泣く方だった乃愛ちゃんが成長したねー、うんうん」

「……お姉ちゃんがいつも助けてくれたから」

「うん?」


 私は小さく息を吐いた。


「これまでお姉ちゃんに、たくさん助けてもらってきたから。……だから大きくなったら、私が困ってる人とか泣いてる人を助けたいって思うようになったの」

「……私、そんなに乃愛のこと助けてた?」

「うん。いつも助けてもらってた。……お姉ちゃんは今も昔も、私の憧れだよ」


 家族皆で過ごしていた頃も、二人きりになることが多くなった今も、お姉ちゃんは私にとって憧れで、大好きな家族だというのは確かだ。


 きっとそれは、明日も明後日も、その先もずっと変わらない。

 私ももっとすごい人になれれば、お姉ちゃんの妹だって隠さなくていいのかもだけど。


「甘えんぼさんなのが、玉に瑕だけどね」

「でも、そんな私でも乃愛ちゃんは好きでしょ?」

「そうだね。……大好きだよ、お姉ちゃん」


 にこりと笑って言う。

 甘えんぼで、面倒臭がりで、貴族みたいにお世話されるのが大好きで。色々と改善した方がいいじゃないかな、ってことはあるけれど。


 嫌いなわけではない。

 というより、好きだ。家族として当然、私はお姉ちゃんのことを愛している。


「うん。私も、大好き」


 外で見せる笑顔と、家で見せる笑顔。表面上は同じように見えても、同じではない。


 今お姉ちゃんが浮かべている笑顔は、後者だ。

 だから私も、少しだけ。外ではあまり見せない、妹としての顔を彼女に見せた。


「……今日はお姉ちゃん、シチューが食べたいなー」

「……はい?」

「なんか、乃愛ちゃんと話してたらお腹空いてきちゃった。早くお買い物して帰ろー」

「えぇ……? 私、そんなお腹空く顔してる?」

「んー。どっちかっていうと、美味しそうな顔?」

「どんな顔なのそれ……?」


 ちょっと、お姉ちゃんっぽいなって感じの顔をしていたのに。

 今はいつも通り、私に甘えたがる私生活ダメダメお化けとしてのお姉ちゃんが顔を出している。


 嫌いじゃない。

 決して、嫌いじゃないんだけど。


 今日のご飯をシチューでなくカレーに変えるくらいはしないと、いつまでもお姉ちゃんを甘やかしてしまうのでは?


「乃愛ちゃんのお料理楽しみだなー」


 駄目だ。

 こんなにこにこの笑顔を崩すなんて、私にはできない……!


 今日のご飯は、シチューに決定です。

 ……はぁ。

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