第10話

「肩凝ってるねー。夏休み、大変だった?」


 二学期が始まったからといって、何かが変わるってことはない。

 私は一学期同様に、疲れ果てた智友の肩をマッサージしていた。


 智友の綺麗な金色の髪が、私の動きに合わせて揺れる。

 ハーフということもあってか、智友は綺麗な髪をしている。つい目で追ってしまうくらいには。

 あんまり見ているのもアレだから、私はちょっと視線を逸らした。


 教室の雰囲気は、一学期と大体同じだ。思わぬ組み合わせのカップルが誕生していたりもするけれど、それくらい。


「まあねー。演技は楽しいけど、色々疲れんのよ。人間関係とかね」

「はー……。でもすごいね、智友。いつも頑張ってて」

「それは乃愛もでしょ? 夏休み中、わんこちゃんの世話してたんでしょ」


 理由は知らないけれど、智友は昔からお姉ちゃんのことをわんこちゃんと呼ぶ。


 あだ名って変な由来だったりすることが多いけど、わんこちゃんはどうなんだろう。


 私からすれば、智友の方がよっぽど……。

 いや、やめよう。うん。


「世話って言ったらあれかもだけど……。いつも通り?」

「相変わらずだねー、あんたたち姉妹は。……ほんと、学校の様子からは想像もできないよね」

「あはは……。まあ、誰でも裏表はあるよ」

「乃愛はないでしょ」

「あ、あるよ? 私にも裏の顔とか……」

「乃愛に? ……ウケる」

「ウケないで?」


 智友と話をしていると、不意に教室の扉が勢いよく開け放たれた。

 びっくりして扉の方を見ると、そこには静玖が立っていた。


 凄まじく嫌な予感がして目を逸らそうとするけれど、その前に静玖とばっちり目が合う。


「乃愛さん! トークをしに来ました!」

「……なんで英語?」


 智友が呆れたように言う。

 私は苦笑する他なかった。

 逃げちゃ駄目ですか?


「てか、あれ青山じゃん」

「え、知ってるの?」

「有名だしね。会長の卵って言われてるくらい、色々手広くやってみたいだし」

「へー……」


 単なるお姉ちゃんガチ勢の人ってわけではなかったのか。

 いや、それはいいんだけど!


「乃愛さん、お昼休み空いてますか? ぜひぜひトークしたいです! かいちょ——」

「わ、わかったわかった! お昼ね! オッケーオッケー!」

「では、お昼休みになったらお迎えにあがりますね!」

「あ、うん……」


 静玖は台風のようにやってきて、そのまま去っていく。

 私はもう何も言うことができなかった。


 ちら、と助けを求めるように智友を見る。

 彼女はにこりと笑った。


「相変わらず変人に好かれるみたいだね」

「す、好かれてるっていうか……変人扱いは失礼じゃない?」

「まあま、それは置いといて。噂を聞く限りだと、悪い奴じゃないみたいだし。いいんじゃない? トークしてきなよ」

「他人事だと思って……」

「骨は拾ってあげる。……ってのは冗談。今度何か奢ったげるから、元気出しなよ」

「……はぁ」


 お姉ちゃんのイメージのためにも、私が妹だと人に知られるわけにはいかない。


 ボロを出さないように気をつけないと。

 いや、ほんと、どうしてこんなことになったんだろう。

 私はため息をついたけれど、智友はにこにこ私を見るばかりだった。





 昼休み。

 迎えに来ると言っていたから静玖を待っていたのだが、どれだけ待っても静玖が来る様子はなかった。


 何かあったのかと心配になって廊下に出ると、大量のノートを運ぶ静玖の姿があった。

 私は彼女に駆け寄る。


「それ、どうしたの?」

「あ、乃愛さん。すみません、ちょっと職員室にノートを運ぶことになって」

「係とかなの?」

「いえ。係の子は別にいるんですが、一人だと大変そうだったので手伝いしてます」

「……そっか。じゃ、私も手伝うよ」

「え? でも……」

「いいから。会長トーク、したいんでしょ? 私も手伝えば、もっと早く終わるよ」

「……! ありがとうございます! では、お願いします!」


 私は静玖からノートを受け取って、係の子と三人で職員室に運んだ。

 静玖にももう一人の子にもお礼を言われて、その後解散になる。悪い奴じゃないって智友は言っていたけれど、本当かも。

 押しが強すぎるのと、お姉ちゃんガチ勢すぎるのがちょっと怖いけど。


「ところで、どこで話すの?」

「学食にしましょう」

「ん、わかった」


 学食に行くのは、かなり久しぶりだ。

 基本的にはお弁当を作って持ってきているのだが、時々パンや学食で済ます日もある。私は静玖と一緒に学食に行き、料理を頼んでから席に座った。

 静玖はラーメンで、私はそば。

 静玖はなぜか、ラーメンに大量の七味をかけている。

 ……えぇ?


「……そういえば。静玖はどうして、会長のファンになったの?」

「魂の導きです!」

「そ、そうなんだ……」

「……というのは冗談で、格好よかったからですかね」

「うん?」

「勉強にスポーツに、生徒会の活動。全部こなしている姿が、とても格好良かったから、私もああなりたいと思うようになって」

「あー……」


 お姉ちゃんに憧れる人は多い。確かに文武両道で、しかも生徒会長として生徒たちの模範になるような行動をいつもとっているのだから、憧れるのも無理はないと思う。


 家でのお姉ちゃんを知ったら、静玖はどう思うだろう。

 あの姿を知っているのは私と智友くらいだけど。


 ああいうだらけているところを見ても、やっぱりお姉ちゃんはいつも頑張っていてすごいと私は思う。

 ……身内の贔屓目、なのかなぁ。


「今もそのために、邁進している最中です! ……乃愛さんは、どうしてですか?」


 む、と思う。

 姉妹ということを隠し、お姉ちゃんのファンだということにしてしまった以上、その理由を話さないのは不自然だ。

 適当なことを言ってもバレてしまいそうだし、ここは。


「……頑張ってたから、かな」


 私はぽつりと呟いた。

 家族だから、理由なんてなくたってお姉ちゃんのことは好きだ。頑張っていようとだらけていようと、お姉ちゃんはお姉ちゃんなわけで。


 どんな彼女も、私は嫌いじゃない。

 ……でも。


「いつも、なりたい自分のために頑張ってて。弱音一つ吐かないところがすごくて、でも、やっぱり少しくらい、弱いところを見せてほしいって気持ちもあって……。ごめん、わけわかんないよね」

「……そんなことないです!」


 静玖は私の手を強く握ってくる。

 距離感が、距離感が近い……!

 よほど同じファンを見つけたことが嬉しいのだろうか。


 いや、でも、会長を応援する会にも当然お姉ちゃんファンがいる……というかファンしかいないわけで。

 こういう押しの強さがあるのはすごいと思うけど。色んな意味で。


「会長への思い、伝わってきました! 乃愛さんも会長のこと、大好きなんですね!」


 大好きという言葉は、単純すぎてちょっと笑いそうになってしまうけれど。

 でも、確かにその通りかもしれない。

 私はにこりと笑った。


「そうだね。静玖と同じで、私も会長のこと、大好きだよ」

「……では、お近づきの印にこれをどうぞ!」

「……こ、これは」


 差し出されたのは、お姉ちゃんの写真がプリントされた缶バッチ。

 この前も思ったけど、一体どこからこんなものを入手しているのだろう。


「会長缶バッチです。どうぞ!」

「え、えっと……」

「もしかして、もう持ってましたか? 一応、春季限定品なんですけど……」


 限定とか通常とか、そういうシステムなんだ。

 え、ていうかそもそも、売られてるの?

 どこで?


「これ、どこで手に入れたの?」

「え? 売店ですよ?」

「……学校の?」

「はい! 生徒会の方で生産してるみたいです!」


 お姉ちゃん。

 あなたは一体何をしているのですか。


 戦慄していると、不意に横から手が伸びてきて、缶バッチが奪われる。まさか第三のガチ勢の方がやってきたのだろうか。


 そう思って顔を上げる。

 そこにいたのは——


「わ、春に売ってたバッチだ。買ってくれたんだね」


 にこにこ笑う、お姉ちゃんだった。

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