第5話
完璧超人。才色兼備。文武両道。
どれも学校でのお姉ちゃんを示す四字熟語だ。バレンタインには机の中をチョコが埋め尽くし、一週間に一度は誰かしらに告白されている。それこそが白水叶恋という、全校生徒の憧れの的なのである。
……なのである、が。
「白水さん! こっちもお願いします!」
「うん。すぐ行くね」
普段のお姉ちゃんを知っている私からすると、とても。
それはもうとてもとても違和感を感じまくりなわけで。いや、わかる。お姉ちゃんは容姿も優れているしなんでもできるしすごいと思う。憧れるのも無理はない。
しかし。
あの甘えんぼさんで面倒くさがり屋でポテチがお友達のお姉ちゃんが、ねえ?
「乃愛」
ぼんやりお姉ちゃんの仕事を眺めていると、不意に声をかけられる。
生徒会の仕事は夏休みの最中にもあるらしくて、今日も色々忙しそうだ。
今日は仕事が終わったら一緒に買い物に行く予定がある。終わった後に合流でもよかったんだけど、せっかくだし近くで応援しようかな、と思ってこうして学校に来ているのだ。
うーん、でも。
「ごめんね、すぐ終わらせるから」
「大丈夫だよ、そんな急がなくても。……に、しても。相変わらず、すごいね」
「……? 何が?」
「お姉ちゃんの仕事っぷりも、周りの人からの信頼されっぷりも」
「……ああ」
私は白水叶恋の妹だと誰かにバレたことがない。知っているのは幼馴染の智友くらいで、基本的には隠しているのだ。
学校でのお姉ちゃんの人気ぶりを見ると、とてもじゃないけど言えない。
私があの白水叶恋の妹です、なんて言ったら過激派に攻撃されそうだし。
妹にふさわしくない、的な感じで。
……考えすぎかな。
いや、しかし、私は知っている。
お姉ちゃんのファンにはガチ勢が多いことを。
隠しているのは、それだけが理由ではないけれど。
「私、頑張り屋さんだからね。頑張ってたら気づけばこうなってたんだよねー」
「……家事は頑張れないの?」
「……。あ、ごめん。仕事の続きがあるから」
「ちょっと、お姉ちゃん?」
家事の話をした瞬間、お姉ちゃんは疾風のように歩き去ってしまう。
学校でこれだけ頑張っているのに、家でも頑張って言うのは酷だと思うけど。
それはそれとして、人として最低限の自立というものは必要なわけで。
私だって、別にお姉ちゃんを甘やかしたくない、というわけでもないのだ。
……うーん。
「あの!」
「へ?」
ぼんやりお姉ちゃんを眺めていると、背後から声をかけられる。
振り返るとそこには、変質者……もとい私と同じ制服を着た女の子が立っていた。
しかも、一人や二人ではない。ざっと十人近くいる。
そして、彼女たちは皆、バッグに異様な数の缶バッチをつけていた。缶バッチには、お姉ちゃんの顔が印刷されている。
……えぇ?
「どうやって会長とお話を?」
「ど、どうって……」
「お名前は? 会長とどういうご関係ですか? 私もあなたみたいに会長とお話できますかね?」
マシンガントークである。
こ、この人、まさか。
「あ、あのー……あなたは?」
「あっ! これはこれはすみません! 申し遅れました! 私、一年の青山静玖と申します! 生徒会長を応援する会の会長を務めさせていただいています!」
「えぇ……? 応援する会って、どういう……?」
「それはもう! 会長の行く場所来る場所に先回りして、応援する会です!」
「それってスト……」
「そんなことより!」
「そんなこと!?」
そんなことで流せる範疇を超えているような気がするのは私だけでしょうか。
青山さんは私にぐいぐい迫ってくる。
「あなたのお名前をお聞かせいただけますか?」
白水乃愛、と名乗りそうになって、止める。
この状況で白水という苗字を名乗ったら、やばそうだ。
根掘り葉掘りお姉ちゃんとの関係を聞かれるに違いない。白水という苗字は、そんなに多い方ではないし。姉妹だとバレたらまずい。
「く、黒見乃愛です」
「乃愛さんですね! よろしくお願いします! あ、私のことは静玖と呼んでください!」
「う、うん。あの、静玖さん? 会長のことだけど……」
「静玖です!」
押しが強い。
あまりにも強すぎる。
私はさっきからずっと気圧されっぱなしだけど、彼女はお構いなしのようだった。
「……静玖」
「はい!」
「えっと、会長とのことだけど。私もちょっとしたファンみたいなもので、たまたま声をかけてもらっただけというか……」
この言い訳、苦しいかな。
ちらと静玖の方を見て、私は体を跳ねさせた。
だって、瞬きもせず、目を見開いて私のことをじっと見つめているから。
怖い、怖すぎる!
これがお姉ちゃんガチ勢なの……?
私は額に汗が滲むのを感じた。
「……乃愛さん」
「は、はい」
一体何を言われるんだろう。ドキドキしていると、手を握られた。
「……すごいです!」
「……はい?」
「会長から直接お声をかけていただけるなんて、乃愛さんはすごい人です! ぜひぜひお話を聞かせていただけませんか? 会長トークをしましょう!」
会長トーク、とは。
「この後お時間いただけますか? できれば——」
「青山さん」
静玖の声を遮って、お姉ちゃんの声が聞こえる。
どうやら、急ぎの仕事は終わったらしい。お姉ちゃんはいつもみたいに柔らかな笑みを浮かべながら、私の隣に立ってくる。
「ごめんね、黒見さんはこの後私と用事があるんだ。だから、申し訳ないけどまた今度にしてほしいな」
「……! は、はい! それはもう!」
お姉ちゃんに話しかけられた静玖は、飼い主が家に帰ってきた時の犬みたいに嬉しそうな様子を見せている。
後ろで応援する会の人たちが感嘆の声を上げていた。
お姉ちゃんに話しかけられるのって、そんなにすごいことなの……?
私は何が何やらという気分で、二人を交互に見るしかなかった。
「では、乃愛さん。連絡先だけでも交換しておきませんか?」
「あ、うん。いいけど……」
私はスマホを取り出して、彼女と連絡先を交換した。
正直ガチすぎてついていけない感じはするけれど、悪い人ってわけじゃない、のかなぁ。
私はなんとも言えない気持ちになりながら、お姉ちゃんの方を見た。
一瞬。
一瞬だけ、お姉ちゃんは嘘みたいに表情を失っていた。まるで、感情のない人形のように。
でも、瞬きしたら、いつも通りのお姉ちゃんに戻っていた。柔らかな笑みを浮かべた、私のよく知るお姉ちゃんに。
私は目を擦った。
見間違い、だったのかな。お姉ちゃんのあんな顔、今まで一度も見たことない。
……いやいや。さすがに気のせいだよね。きっと疲れてるんだろう。
私は目を休ませることを決意して、そのまましばらくの間、静玖と話をした。
そして、帰り道。
私はお姉ちゃんと肩を並べて歩いていた。
仕事の始まりが早かったから、まだ昼だ。私たちは学校から何駅か離れた場所で食事をとって、目的の場所に向かおうとした。
その途中。
お姉ちゃんは不意に、私の手を握ってきた。
「……どうしたの?」
「今日、たくさん頑張ったから。ご褒美欲しいなーって」
「いいよ。晩ごはん、何がいい?」
お姉ちゃんは首を横に振った。
「ううん。今日は、晩ごはんのリクエストじゃなくて」
お姉ちゃんの手が、私の頬に触れる。
外でこんなに触れられるのは、珍しいと思う。
私は目を瞬かせた。
「えっと、じゃあ、ご褒美は何がいいの?」
「んーとね。……姉妹、お休みしたいなーって」
「……え」
お姉ちゃんは、にこりと笑う。
……どういうこと?
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