第2話
休みの朝のルーティーンといえば。
まずお姉ちゃんを起こさないように布団から抜け出して、歯を磨いて顔を洗って。それから朝ごはんの準備。お姉ちゃんはご飯とパンどっちでも美味しく食べてくれるけれど、どっちかといえばご飯の方が好きだ。
でも、昨日はご飯だったから今日はパン。
お姉ちゃん、朝はあんまり強くないし、食べやすいメニューがいいよね。
うーん。
そんなこんなで毎日悩みながら献立を考えて、作って、それからお姉ちゃんを起こして——
「……待って?」
そもそもこのルーティーンそのものがおかしくない?
この歳にもなってお姉ちゃんと寝てるのがまずおかしい。朝なんてトースト一枚で済ませる子も多いのに、せっせと献立を考えているのもなんか、こう、おかしい。
そして!
「なんで私がお姉ちゃんのこと起こさないといけないの?」
そこが一番おかしいのである。
そもそものそもそも。
いくら二人でいることが多いからって、私がお姉ちゃんを起こさなきゃいけないなんてルールはない。
こういうところから変えていかないと、またずるずるとお姉ちゃんを甘やかしてしまうではないか。
私はスマホを持って立ち上がった。
今日からお姉ちゃんには目覚ましの音で目覚めてもらうことにした。
私はスマホを持って、ベッドの近くにある椅子に座った。あと数分で目覚ましが鳴るように設定しているから、その間に私はお皿をテーブルに並べておくとしよう。
そう思って立ち上がろうとした瞬間、にゅっと布団から手が伸びてくる。
「……!?」
そのままお姉ちゃんは、私の手首を掴んでくる。
びっくりした。
ホラー映画か何かかと思うくらいには。
私はばくばくうるさい心臓の音を静めるように、そっとお姉ちゃんの顔を覗き込んだ。
「お、お姉ちゃん? 起きてるの……?」
「んん……乃愛が、うさぎに……」
「なんの夢ですか……?」
お姉ちゃんは奇妙な夢を見ているらしく、謎の寝言を発していた。
どうやらまだ目覚めていないらしい。
私はふっと息を吐いて、彼女の寝顔を見つめる。
「まつ毛、長いよなぁ」
姉妹とは思えないくらい、私たちは似ていない。
お姉ちゃんはすごく綺麗な美人って感じで、顔もしゅっとしているし背も高いし、声も綺麗だし、髪もさらさらだ。
一方私は全然である。
廊下を歩いていてもキャーキャー言われることはないし、お姉ちゃんの妹だってバレたことなんて一度もない。
お姉ちゃんが羨ましいと思ったことは何度もあるけれど、お姉ちゃんみたいになりたいかと言われると、微妙かも。
私はさらりと、お姉ちゃんの髪を指で梳かした。
「お姉ちゃん」
「乃愛……」
お姉ちゃんは眠っているのに、返事をしてくれる。
いや、きっと、返事をしているわけではないんだろうけれど。それでもお姉ちゃんの声を聞いていると、なんだか穏やかな心地になって、眠くなってくるような。
顔は美人さんって感じなのに、こういうところは可愛い。
人って不思議だなぁ。
なんて思っていると、目覚ましの音が部屋に鳴り響いた。
「ん……うるさい……」
お姉ちゃんは手をバタバタさせて、目覚ましを切ろうとする。そんなことをしても、私がスマホを持っているから無駄である。
これでお姉ちゃんにはスマホの目覚ましの音に慣れてもらって、ゆくゆくは一人で起きられるようになってもらう!
完璧なプランである。
千里の道も一歩から。ここからお姉ちゃん自立ロードが始まるのである。
お姉ちゃんはしばらくバタバタしていたが、やがて諦めたのか、今度は私の手首をぐいと引っ張ってきた。
予想外の動きに、体が引っ張られる。
視線と視線がぶつかる音がした。
「おはよう、乃愛」
「お、おはよう」
近い。
お姉ちゃんの顔が、あまりにも。
いや、いつも寝る時もっと近くにいるんだから、今更ドキドキするとかはないんだけど。
でも、お姉ちゃんの顔がいつもより甘いというか、とろけている感じがするから。
ちょっとだけ気圧されるというかなんというか。
ていうか。
「ご飯準備するから、手離して?」
「え。やーだ」
「ちょ……」
文句を言おうとした瞬間、お姉ちゃんに抱き寄せられる。
スマホが床に落ちて、じりじり音を立てる。
むぎゅ、と強く抱きしめられると、目覚ましの音が遠のいていく。
柔らかな感触に、お姉ちゃんの匂い。甘いような、頭がくらくらするような。私はバタバタ暴れてみたけれど、強く抱きしめられているせいで逃げられない。
うむむ、どうしてこんなことに。
「お姉ちゃん。……お姉ちゃんってば! 起きて!」
「……やだ。今日、ちゃんと乃愛が起こしてくれなかったから。起きないよ」
子供みたいなことを。
「今ちゃんと起こしてるでしょ!」
「でも、スマホで起こそうとしたよね?」
「……どうすれば起きてくれるの?」
「んー……乃愛がおはようのキス、してくれたら」
「え」
私が困惑していると、お姉ちゃんは少しだけ力を緩めて、私のことを見つめてくる。
綺麗な黒の瞳。
え、いや、おはようのキスって。
そんなの小さい頃にしかしていなかったと思うんだけど、お姉ちゃんはまるでするのが当然みたいな顔で私を見ていた。
いや。いやいや。いやいやいや。
しないよ?
そんな期待されても、絶対しないからね?
「乃愛、まだ?」
「いや、なんでするのが当然みたいになってるの? しないよ? しないからね?」
「じゃあ、今日はずっとこのまま。二人で寝てようね」
「寝てようね、じゃないよ! ちゃんと起きてご飯食べて!」
「おやすみ……」
「ちょっと、お姉ちゃん! お姉ちゃんってば!」
もはや聞く耳持たずである。
お姉ちゃんはそのまま寝る体勢になろうとする。どうやら本気で、私がおはようのキスするまで起きないつもりでいるらしい。
うむむ。
むむ、むむむ……。
お姉ちゃんの望みを叶えてばかりいたら、自立は遠のいていく。でも、ちゃんと起きてもらわないと生活習慣的に色々とまずいわけで。
……仕方ない、のかなぁ。
「……わかった。するから。すれば起きるんだよね?」
「うん」
「……もう、ほんと。お姉ちゃんはしょうがないんだから」
私は小さく息を吐いて、彼女の前髪を少し上げた。
そして、かつてのように、そっとそのおでこにキスをする。
唇を離すと、お姉ちゃんはにこりと笑った。
呆れるほどに、綺麗な笑み。私は一瞬、言葉を失った。
「……はい、したよ。したんだから、ちゃんと起きてよ?」
「まだ、だめ」
「うん?」
「私からもしないと、したってことにならないと思うなー。……ちょっと、そのままでいてね」
「え、ちょちょちょっと?」
私をじっと見つめてきたかと思えば、お姉ちゃんは顔を近づけてくる。
少しだけ面食らうけれど、別に。ちょっとおでこにキスされるくらいなら、どうってことはない。昔は毎日していたわけですし。
あの頃よりお姉ちゃんは綺麗になったけれど、だからなんだって話だ。
静かにお姉ちゃんのキスを待っていると、彼女の唇はおでこではなく、私の唇に近づいてきた。
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