第4話、サイドオブアサヒ

 ~1~

 思い出すのは、あの日の光景こうけい

 頭に鳴り響くのは、かみを名乗る知らない男のこえだった。そして、目の前に広がる鮮血の赤。家のゆかに横たわっている、父と母と妹だったもの。そしてそして、家に押し入ってきた暴徒ぼうとだったもの。

 暴徒だったそいつは父だったそれとからみ合うように息絶いきたえていた。暴れる暴徒を父が抑え込んでいる内に、互いに致命傷ちめいしょうを負ったのである。

 母も妹も息絶えていた。暴徒によって、真っ先にころされてしまった。私一人、母に庇われて生き残ったんだ。

 其処は地獄じごくだった。一面が血の赤にいろどられた、血の池地獄だった。

 母だったそれにかれながら、私はおもった。

 どうして、こんな事になったのか?私はどうしてきているのか?この光景は一体何なのか?今、此処ここに広がる地獄あくむは一体何だ?

 父は、母は、妹はどうしてこんな場所にころがっているんだ?このむせかえるような生臭い臭いは一体何の臭いだ?

 いやだ、何も理解したくない。何もかりたくない。こんな、こんな光景、視界にすら入れたくない。これはきっと、何かの間違まちがいだ。間違いに違いないんだ。

 そうでなければ、こんな光景などとても容認ようにん出来ないではないか。出来る筈がないではないか。

 駄目だめだ、考えるな。何もかんがえてはいけない。

 そう思い、私はそのまま思考しこうを閉ざしてゆく。

 ……ああ、あの全てがやさしかったあの日にもどれたら。どれほど良かったか。

 そう、最後に思考しこうして。次に目を覚ました時、私は全てをうしなっていた。

 ・・・ ・・・ ・・・

 其処で、私は目をました。息が荒い。汗でぐっしょりとれた寝間着が肌に張り付いて気持ちがわるい。

 どうやら、私は少しばかり悪夢あくむにうなされていたらしい。

「くっ…………どうして何時いつも」

「んっ……んんぅっ?どうしたの?アサヒちゃん」

 ルームメイトの有栖ユキが、目元をこすりながら目を覚ました。どうやら起こしてしまったらしい。少しねむたげだった。

 彼女は私のルームメイトであり、私に気兼きがねなく話し掛けてくる数少かずすくない人だ。

 何故か、入隊以来よく私にかまってくる。と、言うよりも一人になりたい私に対してずっと話し掛けて一人にしてくれない。

 流石さすがに、うっとうしい。

「……何でもない。少し、一人にしてくれないかしら?というか、一人にして」

「え、いやだよ。友達が何かこまっているなら放っておかないのが私の信条だよ?」

「……何時いつ、私と貴女が友達になったのよ」

「え?そんなの入隊にゅうたいしたその日にまっているじゃない。嫌だ、そんな恥ずかしい事を言わせないでよ」

「……………………」

 流石にイラっと来た。だまって睨み付ける。けど、どうやらさしてこたえていないらしくにへらっとだらしない笑顔でわらい掛けてくる。

 それがまた、腹が立った。

「ほら、寝汗にまみれた服なんてさっさと着替えて。せっかく早起きしたんだし一緒にコイバナでもしましょう。確か、アサヒちゃんのきなタイプってあのイブキ君だったっけ?」

ちがう、断じて」

 そんな事を言いだすユキに、私は即答そくとうした。

 そうだった。この子は大のコイバナきだった。昨夜もトイレからかえった私の様子を見て問い詰めてきたんだった。

 あの時の、ユキの非常に興奮こうふんした姿と来たら。黄色い歓声かんせいを上げて。

 本当にもう……

 何故、あの話を聞いて黄色い歓声こえを上げられるのかしら?心底分からない。

「言っておくけど、私はだんじてあの男がきな訳ではないから。むしろ、あの男なんて大嫌いな男の代表例だいひょうれいよ」

「でも、昨日の夜に告白こくはくされたんでしょう?満更まんざらでもなかったんでしょう?むしろ嬉しかったんでしょう?」

「されてないし満更でもない。嬉しくなんてまったくないから。あれはきっと、友達として好きって意味いみだと思うし」

「もう、素直すなおじゃないなぁ」

「余計なお世話せわよ……はぁっ」

 本当に、どうしてこうなったのかしら?本当に、全く。ちがうから、あれはそういう意味じゃ断じてないから。

 断じて私はアイツの事なんかきじゃないから。

 其処そこ、絶対に勘違かんちがいしないで。

 ・・・ ・・・ ・・・

 朝、7時10分。私とユキは朝食ちょうしょくをとる為に食堂しょくどうに向かった。食堂はそこそこ混雑していて、隊員達がそれぞれ朝食をとっている。もちろん、新人だけではない。先輩隊員達も混ざって談笑だんしょうしながら食べている。私達は空いている席をさがす。

 残念ながら、今の時間帯はかなり混雑しているらしい。空席くうせきがほぼ無い。少しだけ困った。果たしてどうするべきだろうか?

 私は今、丁度お腹がいている。流石に、席が空くのを待っていられるほどの余裕はそれほどさそうだ。

 と、ユキが空いている席を見つけたらしく私のうでを引っ張った。しかし、其処に居た二人の男に私は思わず苦虫にがむしを噛み潰したような表情かおをしてしまう。それもその筈だろう、彼等は……

「……叢雲、イブキ」

 そう、叢雲イブキと獅子堂ギンガの二人が椅子いすに座っていた。丁度その二人の席の向かいが空いていた。どうやら、ユキは相席あいせきをしようというつもりらしい。

 けど、私としてはあまり気がすすまない。というか、絶対にいやだ。

 けど、それでも空いている席は他に無さそうだったし。そろそろ空腹くうふくもほぼほぼ限界だったし。それにユキがもうすわってしまっている。私が反対はんたいを言う前に座ったあたりその辺を分かっていてやっているのだと思う。何てぬかりのない。

 そう思うけど、やっぱり空腹がそろそろ限界だった。

 くっ、められた。けど、この際仕方がない。

 獅子堂ギンガは私の顔を見てうげっと顔をしかめていた。どうも、あの日以来私と叢雲イブキが再び喧嘩けんかをするのではないかと警戒けいかいしているらしい。私としてはあまり構ってこなければ相手あいてをするつもりなんて欠片程も無いのだけれど。

 けど、ユキの方はどうもイブキに対して興味津々らしい。早速話し掛けている。

「ねえ、イブキ君はアサヒちゃんの事をどうおもっているの?」

「え?どうおもっているって言われてもな。まあ、正直しょうじき仲良くしたいとは思っているけどさ。でも、アサヒの方が僕の事をきらっているみたいだし。どうした物かとは思っているけど……」

「えー?でも、アサヒちゃんも満更まんざらじゃないと思うよ?昨日きのう、アサヒちゃんの事が好きって言ったんでしょう?アサヒちゃん、すこし嬉しそうだったよ?」

「ああ、うん。言ったな。その後、凄い顔でにらまれたけど」

「何だそれ?お前、そんな事を言っていたのか?」

 どうやらギンガの方はそれをらなかったらしい。まあ、別に言う程の事じゃなかったんだとは思うけれど。けど、ギンガのこの心底驚いた表情かおを見る限り、やはり其処までは知らなかったようだ。

 そして、イブキの方は少し照れ臭そうに頬をいている。その表情を見て、更に興奮したのかユキがきゃーっと黄色い歓声を上げていた。

 その声に、周囲しゅういが何だ何だとびっくりしてこちらを見ていた。いや、本当に勘弁して欲しいものだった。いている私の方がよっぽどずかしい。本当に、どうしてこの子はこんなにコイバナが好きなのかしら?しかも、かなり的外まとはずれだし。

「じゃあじゃあ、イブキ君はアサヒちゃんの何処どこが好きなの?やっぱりアサヒちゃんは可愛いし一目惚ひとめぼれだったのかな?」

「いや、何処が好きって言われてもこまるけど。一目惚れ?それに、正直初めて会った時は変に強く印象に残った程度で特に好きとか嫌いとかそんな感情かんじょうなんて全く無かったと思うぞ?」

「あら?そうなの?」

「うん、でも正直彼女の事をまもりたいとは思っていたかな?一人にしたくないってそう思っていたのは覚えているけど」

かる。分かるよそれ!」

「……………………」

 正直、今すぐに此処からげ出したい気分だった。もう、本当に勘弁して欲しいんだけど。本当に、全く……

 そうして、私は興奮気味にイブキと会話かいわしているユキに辟易へきえきしながら、素うどんを注文するのだった。何だか、ギンガがあわれみの視線を向けている気がする。

 正直、余計なお世話せわだった。

 ~2~

 全く、ユキとたら。そんな事を思いながら、私はようやく朝食ちょうしょくを食べ終え、そのまま一度自室へと戻った。あわててユキが付いてくる。帰り際に、どうやらイブキとギンガの二人と携帯電話のアドレスを交換こうかんしたらしい。その辺は実に抜け目ないと私は思っている。

 本当ほんとうに、この子は一体何なのだろうか?しかも、事もあろうかイブキに私をよろしくと余計よけいな言葉まで残していく始末しまつだった。

 もう、私は羞恥しゅうちで顔が赤くなるのを抑えきれなかった。何て醜態しゅうたいだ。

「付いてないで欲しいのだけど?」

「えー?別にいじゃない、一緒に行こうよ!アリカ教官、とってもこわいんだってアサヒちゃんだって分かっているでしょう?」

「それとこれと、私とは全く関係かんけいが無いでしょう?私をさらっと巻き込まないで欲しいのだけど」

「良いじゃない良いじゃない!もっと一緒いっしょに居ようよ!」

「私が一緒に居たくないのよ」

「ぶー‼」

 不平ふへいを言いながらも、結局最後まで私にいてくるユキだった。本当に、この子はもう何なのよ。どうしてどいつもこいつも私を一人ひとりにしようとしないの?

 そう思いながら、私はユキをにらみ付ける。

 けど、ユキはそんな私にふっと不敵ふてきな笑みを向けてきた。何よ?

「何よ、まだ何かあるの?」

「もう、二度とはなさないぜ。ベイビー……」

「……そういうセリフ、本気でさむいのだけど?」

「あはは、私もそうおもう。そもそも、そういうのは私とかの役目やくめじゃなくてイブキ君の役目だろうと思うしね~♪」

「何で、あいつの名前なまえが出てくるのよ?」

「…………鈍感どんかん?」

 はぁ、全く……

「私、そういう変な勘繰かんぐりをする人はきらい」

「ぶーぶー‼」

 全く、本当に……

 どうしてこうも、私のまわりには色々と残念ざんねんな人しか居ないのかしら?正直、私を一人にして欲しいと思う。どうして、皆揃ってこうもほうっておいてくれないのか。

 そう、本気で思う。決して強がりなどではない。本気でいやだった。

 ・・・ ・・・ ・・・

 そして、部屋で着替えを済ませて私達は演習場えんしゅうじょうに向かった。ユキの着替えに思った以上の時間じかんが掛かり、私達は少しおくれる事になった。演習場には既に、他の新人達があつまっている。やはり、少し出遅れたようだ。

 まあ、予定時間より三分程早かったのでまだ問題もんだいはないだろう。そう、思っていた時期が私にもありました。はい……

おそいぞ!他の奴らは全員揃っているのに、少しゆるんでいるのではないか?」

「……えっと、予定時刻の三分前さんぷんまえですが?」

文句もんくは結構!最初の訓練くんれんはランニング百周にしようかと思っていたが、貴様等だけ倍の二百週に変更へんこうする‼」

「っ、イ、イエスマム‼」

 くそっ、結局訓練内容がきびしくなった!

 それに対し、ユキがあわあわと慌てながら教官に進言する。

「え、えっと……教官きょうかん!その、アサヒちゃんがおくれたのはその、私を待っていてくれたからでして!」

「ほほう?そうか、じゃあ有栖ユキ!貴様はさらに五十週追加で二百五十週だ‼」

「あ、あうぅ……」

 悲しそうにうめき、ユキが涙目なみだめになる。

 理不尽だったけど、それでも教官にさからえるわけもなかった。

 ぐぬぬっと歯を強く食い縛る私に、あわみの視線を向ける他の新人達。それが何処となく悔しくて、私は呪詛じゅその籠った視線をその新人達に向ける。

 その視線に、新人達はさっと視線をらした。本当に、こいつ等と来たら。そう悔しい気持ちに歯噛はがみしていた。そんな時、ふいに教官にこえを掛ける者が居た。

 叢雲イブキだ。

「えっと、教官!すこしよろしいでしょうか?」

「何だ、叢雲イブキ!」

「僕もランニングを二百週に追加してもらってもいでしょうか?」

 その発言はつげんに、新人達はかなり動揺どうようしたらしい。少しざわついている。それは当然私だってそうだ。何故、自らきびしいトレーニングを課そうとするのだろうか?

 本気で分からない。理解不能りかいふのうだった。

 それは、アリカ教官もおなじらしい。少し困惑気味に怪訝けげんな目を向けている。

「む?どういう事だ?自ら訓練くんれんを厳しくするなど。まあ、私としてはむしろ好都合なのだが……」

「いえ、他にも理由りゆうはありますが。自分としてはもっとつよくなりたいので!」

 一瞬、私の方をちらりと見てわらった気がしたけど。しかし、まあ恐らく気のせいだろう。まさか、私の為なんてそんな筈がない。

 わざわざ、他人の為に自分からくるしい目に会おうとするなど正気の沙汰さたでは無いだろうから。

 けど、それでも。イブキの発言に何を思ったのかアリカ教官はにやりととても面白そうに笑った。とても面白そうな、心底愉快そうな笑みだった。

「そう、か。ならし!では、貴様のきにすると良い!」

「ありがとうございますっ‼」

 そうして、話はわり私達は最初さいしょにランニングをする事になった。もちろん、言われた通り私とイブキとユキの三人は他の新人達のばいは走る事になったけど。

 悔しい。気に食わない。どうして、この男は。

 そう、憤る気持ちも当然とうぜんある。けど、それ以上に不思議ふしぎに思う気持ちが強かったのは確かだった。困惑こんわくだってしていた。どうして、この男はわざわざ自分から厳しくしたのだろうか?

 まさか、本当に強くなりたいという理由りゆうだけで厳しくした訳でもあるまい。ましてや他人の為にわざわざ一緒にき添えをらおうなどと正気ではない。

 そう、思っていたら……

「ふふっ」

「何よ、ユキ。どうして笑っているのよ?」

「いえ、イブキ君はきっとアサヒちゃんの為に自分から率先そっせんして訓練内容を厳しくしたんだと思うよ」

「何を言っているのよ、貴女は。そんな事、絶対ぜったいにありえないわ」

「だって、イブキ君はアリカ教官に理由を説明せつめいする時に、一瞬だけアサヒちゃんの方を見て笑っていたわよ?」

「……………………」

 うそだ、そんなはずがない。

 と、一瞬だけ反射的に反論はんろんしそうになった。けど、残念ざんねんな事に否定するだけの材料が私には無かった。

「それって、きっとアサヒちゃんのためだと私は思うなぁ」

「……馬鹿馬鹿しい、それは貴女の思いちがいじゃないかしら?」

「そうかな?だって、さっきからイブキ君は私達の後ろで速度そくどを合わせて走ってくれているよ?それってアサヒちゃんの事をにしてくれているからじゃない?」

「っ、何ですって?」

 り返る。そう言えば、さっきからイブキは私を一向にい越してこなかったような気がする。果たして、其処そこには叢雲イブキが速度を合わせるように付いてきているのが見えた。その姿に、私は無性に腹立はらだたしい気持ちに襲われた。

 少し、ペースをはやめる。けど、それに合わせてイブキもそのペースを上げた。

 ……何だろうか、この気持きもちは?ものすごくむかむかしてくる。

 思えば、あの公園でった時からそうだった。

 叢雲イブキ。彼が私にかまってくる度に私は、無性むしょうにむかむかしていた。どうしようもなく心がかきみだされるような気分だった。本当に、どうしてこうも。どうしようもなくこいつだけは、はらが立ってしょうがない。

 けど、ペースを無理矢理速めたのがいけなかったのだろう。五十週もした所で私は走れなくなってきて、そのまま私は無様に地面にたおれてしまった。

 其処に、アリカ教官の罵声ばせいが飛んでくる。

「どうした!自分のペース配分はいぶんもまともに出来ないで、なさけないぞ‼さっさと起きてランニングの続行ぞっこうをしろ‼」

「くっ……い、イエスマムっ」

返事へんじが小さい!もっと大きなこえで‼」

「イエス!マム‼」

 そうして、私は無理矢理身体をこして走ろうとする。だが、それでも身体を上手く起こす事すら出来ない。

 くそっ、ペース配分を見失うとは。自分自身がなさけない。

 そう、悔しさに歯噛はがみしていた。その時……

「教官!自分じぶんも後でアサヒと処罰しょばつは受けますので、どうかアサヒを一度休ませる許可を貰えないでしょうか?」

「む、貴様。叢雲イブキ!一体どういうつもりだ、花咲アサヒをかばうとは!」

「いえ、とくにどうというつもりもありませんっ‼ただ、アサヒは僕にとっても皆にとっても大切な同胞どうほうですので、此処でほんのすこしだけでも休ませて欲しいと思っただけであります‼」

「……………………」

 イブキが走りながら、教官に進言しんげんする。それがかなり意外いがいどころか恐るべき話だったので、他の新人達はみな思わずぎょっとしてしまった。

 それも当然だろう。イブキは今、アリカ教官の意向いこうに反論したも同然だから。その恐るべき事態に、流石のギンガも困惑こんわくしているようだった。

 何をかんがえているんだ、あの馬鹿ばかは!そう、私自身だって困惑していた。あのアリカ教官に逆らおうだなんて正気の沙汰さたではない。どういう意図があって、あのような愚行をおかしたというのだろうか?そんな事を、思わず考えてしまう程に、私も困惑してしまっていた。

 まさか、本当にそんな理由であのアリカ教官を納得なっとくさせられるとは思ってもいないだろうに。事実、他にはしっている新人達もギンガもユキも。皆、冷や冷やしたような視線でイブキとアリカ教官を見ている。

 もちろん、走りながらだけど。

 やがて、アリカ教官はとても面白そうにふっと不敵ふてきに笑った。

「面白い。いや、本当に面白いぞ叢雲イブキ。久々に私に反抗はんこうするような気骨を持った奴が現れるとはな。だが!それでもアサヒをゆるす事は出来ん!三十分の休憩の後に五十週の追加ついかだ!」

「イエスマムっ‼」

「い、イエスマム……」

 そうして、私は最終的に二百五十週ははしる事になった。結果的に余計な距離を走る事にはなったけど、それでも走り切る事が出来たのはってみればイブキのお陰だっただろう。それを認めるのは、いささか業腹ごうはらではあったけれど。

 それでも、アリカ教官からかばってくれたのは不服だけどみとめないでもない。それは決して私の強がりなどではない。つもりだ。

 そんな私を、ユキはずっと微笑ほほえましげに笑って見ていた。この子は前回のフルランニングで途中脱落したものの、今は二百五十週きっちりと走り切ったようだ。

 何、この順応性じゅんのうせいは?

 そして、ランニングの後はつぎの訓練に向けてたっぷりと五十分の休憩きゅうけいをした。

 ~3~

 そして、次の訓練がはじまる。そう、思っていたのだけど……

「さて、次の訓練へと移行いこうしたいところだが。その前に、貴様等にまず紹介しょうかいしておきたい人物が居る。貴様等が知っての通り、いずれ神との戦いへ移行する為には機械仕掛けの神威が必須ひっすになってくるだろう。それ故、研究職の人間を一人連れてきた。神田クロハ!」

「うーいっ、紹介にあずかりました神殺し部隊研究部署の神田かんだクロハです。どうもよろしくおねがいします~」

 そう言って、現れたのは如何いかにもやる気が無さそうな白衣はくいの女性だった。果たしてこのクロハと名乗なのる女性は就寝時間はきっちりと取れているのだろうか?目元に深く刻まれたくまと、眠たげな目が特徴的ないかにもけだるげな女性だった。

 そんなとてもやる気があるとは思えない言動に、アリカ教官はこめかみに青筋あおすじを立てて怒りをあらわにしていた。

 早速罵声が飛んだ。

「貴様、部隊の研究部署所長をまかされる身でありながらその態度たいどは一体何だ‼」

「いやいや、そんなにおこらないでよ。本当にこわいなあ~。全く、別に良いんじゃないかな?ほら、私だって研究にいそがしい訳だし?これでもねむいって訳よ~」

「そんなもの、言い訳になるかっ!自分の体調管理くらいしっかりとしろ‼」

「はいはい、余計なお世話せわですよ~」

貴様きさま……」

 アリカ教官のいかりのボルテージが徐々じょじょに上がっていき、今や爆発寸前だった。しかしその時、流石にていられなくなったのだろう、リーダーのジンが慌てて間に割って入り止めた。

 今にも噛み付きそうな剣幕けんまくのアリカ教官に対し、ジンリーダーは必死になだめているのが分かる。

 ……それはともかく、正直な話さっさと先にすすめて欲しいと思う。

「あー、其処そこまでにしていただけないでしょうか?このままでは、新人達の訓練にも支障が出ますし。クロハさんの説教せっきょうは後でも出来るじゃないですか」

「む、それもそうだな。仕方がない、クロハの説教は一先ずあとだ」

「おー、ジン君ありがとうね~。助かったよ~、あいしているぜ~?」

 その一切悪びれもしない反応はんのうに、ジンリーダーもアリカ教官も思わず溜息を吐いて呆れ返った。

 まあ、正直その気持ちは理解出来るけどね……

 わないけれど。

「はぁ、そう言うならもっと自分の体調管理くらいしっかりしてくださいよ」

「あー、はいはい。分かりましたよ~」

 そう言って、クロハは私達のもとへと歩み寄ってきた。そのはいかにも気だるげだったけれど、それでもじつに興味深そうに私達を見ていた。その目はまるで、獲物を見つけた肉食獣のような剣呑けんのんさがあった。

 へ~?ふ~ん?っと、そんな風に私達をまるでめ回すかのようにじっくりと見詰めていた。

 正直、少しだけこわいと思った。それも内緒ないしょだけれど。

 けど、それでも私はぐっとそれをこらえてクロハをにらみ返した。しかし、どうやらそれはクロハには通じなかったらしい。どころか逆効果で、非常に面白おもしろそうな笑みを返されてしまった。

 くっ……

「中々、面白そうな人材があつまったものだね?な~る、じゃあずは少し、機械仕掛けの神威に関する事前知識として専門用語から説明せつめいしておこうかな~?」

「専門用語、ですか?」

 その言葉に、イブキが疑問ぎもんを口にした。

 対するクロハは、にんまりと嫌なみを浮かべてイブキを見る。

「そうだよ~、えっと?叢雲イブキ君だったっけ?確か、今期の主席しゅせきの。まあ、簡単に話すけどさ。とりあえず先ずは、精神こころの持つエネルギーについてのおさらいから説明しようかな~」

 そう言って、クロハは精神エネルギーについて説明を始めるのだった。

 概要がいようを説明しよう。

 精神エネルギーとは、云わば物質界ぶっしつかいとらわれない感情由来の次世代エネルギーの事を差している。云わば、潜在的せんざいてきな感情の強さに比例して増減する超高エネルギー体の事である。

 それ故に、非常にムラがあり個々人によってその上限下限がわってくる。しかしその代わり、ある一つの特殊性というか超常性が存在している。

 先ず、一つはのうという一種の生体量子コンピュータともべる演算装置から生成されるという事。十一次元もの高次元構造を有する脳とは、一種の量子コンピュータであり更に言えば高度な認知能力に特化とっかした演算装置とも呼べる。

 それにより、人類は高度な自我じがを獲得している。云わば、魂の器であり一つの宇宙とも呼べる高スペックな演算処理えんざんしょりにより、超高速並列演算を行うという訳だ。

 そして、何よりも驚異的きょういてきなのはその演算能力にくらべてコストパフォーマンスが非常に優れているてんが挙げられるだろう。

 何がいたいのか?つまり、脳が演算処理するのに必要なエネルギー量。云わば消費カロリーがその演算性能と比べて非常にすくなくて済むのだという。

 そしてそして、それにより生成せいせいされる精神エネルギーは非常に高エネルギーを誇っている。つまり何が言いたいのかというと、演算機えんざんきとしては非常に理想的と言えるだろう。どころか、驚異的とすら言えるのだろう。

 更に、もう一つの特殊性。それは、精神のエネルギーは観測かんそくによって様々な奇跡すら引き起こす事が可能であるという点だ。

 先ほどべた通り、人類は脳という高度な演算装置をゆうする事により、高度な自我と認知能力を有している。その高度な自我と認知能力により、観測という行為を挟み込む事で様々な事象じしょうを引き起こす事が可能だという。

 量子力学によれば、この世の全ては観測かんそくという行為によって事象の存在が確定するという。というより、観測しなければそれまで事象は曖昧あいまいな状態で確定しないのだという。量子力学、観測効果。あるいは不確定性原理という。

 つまり、その精神エネルギーの操作をきわめれば思っただけで事象を選び取り様々な奇跡を現実に出力可能なのだと。そういう事らしい。

 人間には、そもそも様々な物事を想定そうていするだけの高度な自我が存在している。例えばIFの世界を仮定して脳内におもい浮かべるだけの思考能力が最たるものだ。

 つまり、もしもこのような行動をっていれば。それを想定そうていするだけの思考能力こそ人間の脳に備わった生来せいらいの能力であり、超越性だ。

 機械仕掛けの神威とは、その精神エネルギーを制御せいぎょする為の云わば補助装置と呼ぶ事が出来るのだろう。

 その精神エネルギー操作の極致きょくちこそが、固有武具こゆうぶぐの生成能力なのだろう。

「あ~、つまりだね。その精神エネルギーの操作をきわめれば、自身が思い描いただけで固有の武具を生成する事もかみにも対抗可能な奇跡きせきを起こす事も可能だって事だよ理解出来たかな~?」

「えっと、つまりその精神エネルギー操作の基礎きそを今からおしえてくれるという認識で大丈夫でしょうか?」

「そうだよ~。けど、その前に君達には精神エネルギーの指標しひょうである数値を測ってもらおうと思っているんだ~」

「精神エネルギーの、数値?」

 イブキが疑問の声をらした。まあ、最初はその反応はんのうも仕方ないのでしょう。実際に私もそうだった訳だし。

 まあ、けどその数値というものは言う程難しい概念がいねんではない。というより、熟練したらそこまで重要な概念でもないだろう。

「そう、潜在精神力値と精神変換数値ね~。まあ、簡単かんたんに言ってしまえば潜在エネルギーの総量と一度に引き出せる出力とおぼえて貰えればいよ~」

 そう、潜在精神力値と精神変換数値。それは簡単かんたんに説明すればエネルギーの総量と引き出せる出力を差している。

 要するに、潜在精神力値が潜在エネルギー総量を。エネルギー出力が精神変換数値を差している。

 個々人ここじんによって、精神エネルギーの総量と出力にはムラがある。それは先程説明した通りだけど、実際その量は数値化可能だという。

 恐らく、その数値を今から測ろうと、そういう事だと思う。

 さて、少しれるかもしれないわね。そう思い、私は気をき締め直した。

 まあ、その意味いみはじきに分かるでしょう。

 ・・・ ・・・ ・・・

 そして、それは現実げんじつとなった。エネルギー数値の測定そくていは中々に荒れた。

 というより、地獄じごくの様相をていした。

 まあ、それも当然とうぜんの話でしょう。それはつまり、簡単に説明すれば個人の資質ししつを生成されるエネルギー量の単位たんいで推し量るような物だし?

 言ってみれば、それぞれの内に秘めたエネルギー量にが出てくるに等しい。

 それは荒れるのも無理むりはないだろう。

 まあ、それはともかくとして……

 精神エネルギーの数値測定。それは特殊な機材きざいを用いて測定される。その機材が運び込まれてそれぞれ新人達の数値が測られる。

 その数値は、低い者も居ればかなり高い数値をたたき出す者も居た。

 ちなみに、私の潜在精神力値は約五十万程度。精神変換数値は八千と至って平均的数値だった。むしろ、私よりもユキの方が数値が高い方だろう。

 ユキの潜在精神力値は六十五万三千。精神変換数値は一万二千八百だった。

 しかし、別にそのてんを私は気にしない。必要なのは数値すうちではなく精神エネルギーを効率的に運用する技量ぎりょうなのだから。その技量を以って、私はエネルギー総量を大きく超える相手にだってけない戦力を有していると自負している。

 簡単かんたんに言えば、精神エネルギーを運用うんようした戦闘において重要視されるのは精神エネルギーの総量と出力。そして、それをより効率的こうりつてきに運用する技量だ。

 まあ、とりあえず私の測定はさっさとえて別の人の測定を横目よこめで盗み見る。

 どうやら、獅子堂ギンガの潜在精神力値は七百万に上り、精神変換数値は一万五千にも上るようだ。中々に高数値だった。

 しかし、次の瞬間に高い歓声かんせいが上がる。何事かと思って見てみれば、其処には叢雲イブキの姿があった。どうやら、彼の数値が予想外よそうがいの高数値だったらしい。

 ためしに見てみる。

 思わず、私は目を大きく見開みひらいてしまった。潜在精神力値が五億オーバー。精神変換数値も百八十万五千八百にも上る大台おおだいたたき出している。

 これは、簡単に言えば世界全体で見て第三位にものぼる高数値だった。

「…………っ‼」

 思わず、くやしくなってくる。けど、その感情を私は何とかおさえ込む。さっきも言った通り、精神エネルギーを用いた戦闘で重要じゅうようになってくるのは運用するエネルギー量の他にも技量が必須ひっすになってくる。

 ただ、エネルギーが多いだけでは宝の持ち腐れでしかないのだから。

 だけど、それでも……

 私は思わず、歯を食い縛ってイブキをにらみ付ける。自分には無い強みをあの男が持っているのがどうしようもなくくやしい。それを、まざまざと見せつけられたようだったから。

「アサヒちゃん……」

 ユキが、私のランニングウェアのすそを握り締める。どうやら、嫉妬しっとをしていたのがバレていたらしい。すこし、みっともなかったかもしれない。

 そう思い、私は何とか嫉妬する心をおさえ込んだ。

 全く、本当に私もまだまだ未熟みじゅくだと思い知らされたような気分だった。

 ・・・ ・・・ ・・・

 そうして、全員の精神エネルギーの数値を測定そくていし終えた。それにより、精神エネルギーを用いた訓練へと本格的に移行いこうする事になった。

 つまり、精神エネルギーの操作訓練だ。

「さ~て、肝心かんじんの精神エネルギーの訓練ですが、コツさえつかめれば其処からは意外と簡単かんたんな話で~」

 言いたい事は大体理解出来る。まあ、ようするに精神エネルギーの訓練とは自分自身の身体を機械仕掛けの神威によって循環じゅんかんしている精神エネルギーを知覚ちかくするところから始まるのである。

 要するに、身体の内をめぐる精神エネルギーを知覚してそのながれを意識的に操作するところからはじめるのである。

 其処からは簡単な話だ。徐々じょじょに操作にれていき、やがて応用へと移行していけば良いだけの話だった。

 けど、それは言う程簡単な話ではない。最初さいしょの段階で、かなりの高難度を誇る訓練なのは言うまでもない。文字通り、そのまま普通ふつうにいけば二~三年くらいは掛かるだろう高度なテクニックだ。

 けど、もちろん私はすでにその方法は完璧かんぺきにマスターしており、固有武具の生成まで可能なレベルにまで熟達じゅくたつしている。

 それ故に、私はすぐにその訓練を終える事が出来た。今はゆっくりと休憩きゅうけいがてら生成した固有武具を用いて自主練習じしゅれんしゅうをしている所だった。

 のだけど、再び周囲で歓声が上がる。今度は一体何なのかと思い、そちらへと目を向けたら其処には更におどろくべき光景がひろがっていた。

 というのも、イブキが精神エネルギーの操作はおろか、固有武具らしき日本刀の生成にも成功していたのである。これには流石の私も呆然ぼうぜんとしてしまった。えっと、これは果たして一体どういう事なのだろうか?私には全くからないのだけど。一体どういう事なの?

 そう思っていると、イブキが私の方にけ寄ってきて言った。

「ありがとう、アサヒのお陰で精神エネルギー操作のコツがつかめたよ!」

「……えっと、それはどういう事?」

「以前、アサヒが僕のまえで固有武具を生成していたけれど。その時に精神エネルギーが体内を流れる感覚は何となくだけどつかめていたんだ。だから、その流れを意識的に動かしてみたら意外いがいといけた」

「ええ~っ……」

 それは、明らかに天才てんさいだとかそんなレベルではまない才能だろう。どう考えてもおかしいと思う。私でさえ、機械仕掛けの神威を移植いしょくされてからほぼ一年くらい掛けて習得した技術なのに。あんまりにも理不尽りふじんだ。

 そもそも、自分の体内を流れるエネルギーを知覚するのと他人の体内を流れるエネルギーを知覚するのとでは色々と勝手かってが違うだろう。単純たんじゅんに考えてもそれは異常でしかない筈だ。

 そう思うけど、イブキの心底嬉しそうな顔を見たら、何だか毒気どくけを抜かれたような妙な気分になってくる。

 いや、それよりも色々いろいろとおかしいのではないだろうか?そもそも、こんな早期かつ一目見ただけで精神エネルギー操作のコツを掴み、その上固有武具の生成とか応用技術まで再現さいげんしてしまうのは明らかに異常いじょうだろう。

 どう考えても、おかしいとしか思えない。

 イブキは、すでに他の新人達に精神エネルギー操作のコツをつたえに向かったようで他の新人達と話していた。なら、もう一人詳しい事情じじょうを知っているであろう人物に話を聞くしかないだろうと、私は獅子堂ギンガにめ寄った。

「ねえ、少しだけ話をかせて貰っても良い?」

「な、何だよ。カツアゲか?」

ちがうわよ、それよりも聞きたい事があるの。すこしばかり付き合ってもらうわよ」

「え、ええ~っ……」

 そう、ギンガは心底辟易したような表情で溜息を吐いた。

 何よ、溜息を吐きたいのはむしろ私の方よ。そう思うけど、私はぐっと我慢がまんをする事にした。此処でもめても仕方しかたがない。

 こんな場所で無駄な労力ろうりょくを割くほどの余裕なんて、そもそも無いし。だから、私は単刀直入に話題を切り出す事にした。

「あの男、叢雲イブキだけど……」

「ああ、えっと……もしかして、イブキに興味きょうみがあるのか?もしかして、今朝有栖ユキの言っていたとおりイブキの事を……」

ちがうわよ。其処から思考しこうを切り離しなさい!私はただ、叢雲イブキのあの異常な才能の正体しょうたいが気になるだけよ」

「えっと、異常な才能って?」

「本来、精神エネルギーの操作はどう頑張がんばったとしても一時間や二時間で習得出来るような技術ではないわ。私だって、我流がりゅうで死ぬほど頑張ったとしてもほぼ一年近くは掛かったような高度なテクニックだもの。それを、一目見ただけでコツを掴むなんて明らかにおかしいというより異常いじょうだわ。何か、秘密がある筈……」

「う~ん、秘密って言われてもなあ?えっと…………あっ」

 どうやら、何か思い当たるふしがあったらしい。一体何なのだろうか?

 そう思い、詰め寄ってい詰める。

「何か、思い当たる事でも?良いから正直にきなさい」

「え~?それ、普通人にものを聞く態度たいどなのか?まあ、別にいけどよ。イブキは確か機械仕掛けの神威を移植いしょくされた後だったか。あの頃から急激に頭が良くなったんだっけか。そもそも、イブキが機械仕掛けの神威を移植されたのって確か機械仕掛けの紛争より更にまえだったような?」

「……何ですって?」

「あ、これはあんまり口外しないでくれってたのまれてたんだっけ?まあ良いや。ともかくこれはくれぐれも内密ないみつにしてくれ」

「…………いえ、まあ良いわ。それで、頭がくなったって?」

「いや、頭が良くなったというよりも頭の回転かいてんが急にはやくなったんだ。どういう訳かは厳密には説明がむずかしいんだけど、以前よりも記憶力が急激に良くなったり後は計算の速度そくどがやたら速くなったり。本人はそこら辺、自覚が無いだろうけどな」

「……………………」

 つまり、脳の処理能力が機械仕掛けの神威を移植した時から格段かくだんに上がったという事になるのか。だが、どうして?

 或いは、さきほど言っていた機械仕掛けの神威を移植する時期じきが関わっているのだろうか?それとも……

 分からないけど、ともかくイブキの機械仕掛けの神威には私達に搭載とうさいされたものとは明らかに異なる何かべつの機能が搭載とうさいされているのかもしれない。

 そうでなければ、色々と説明がかないではないか。何か、まだまだ叢雲イブキには秘密がある筈。その秘密が何なのか、それは流石さすがに分からないけど。

 けど、それでも。だとしたら。私は到底それをゆるす事は出来ないだろう。

 そう、おもった。

 ~4~

 もう、本当にあいつはなんなのよ!訳がからない!

 そう、荒れそうになる心を必死でおさえ込む。そうでもしないと、私の気がどうかなりそうだったから。

 あの後も、イブキが新人達に精神エネルギー操作のコツをおしえる事で他の新人達はまたたく間にエネルギー操作を会得えとくした。その光景に、アリカ教官は驚きに目を丸くしジンリーダーは呆れ果てて思考を放棄ほうきしているようだった。

 そして、クロハに至ってはイブキに深い興味きょうみを示して今にもイブキを解剖かいぼうしようと言い出しかねない状況だった。あ、クロハの熱烈な視線にイブキがおびえている。

 正直しょうじき、私には全く理解出来ないし納得なっとくも出来ない状況だった。けど、事実としてイブキは精神エネルギーをしっかりと制御せいぎょ出来ているようで。その操作を完璧に熟して固有武具の生成まで可能かのうとしていた。

 イブキにコツをいたギンガも、結果的に固有武具の生成にまでぎつけていたようだったし。ギンガの生成した固有武具は下方に刃物が付属した大盾おおたてだった。ギンガが固有武具を生成出来た事にとてもよろこんでいる。イブキも隣で喜んでいた。

 いや、まあその事自体はどうでも良い。ただ、私はどうしても納得出来ない。私でもほぼ一年近く掛かった操作技術そうさぎじゅつなのに。それにもかかわらず、イブキが一目見ただけであっさりと習得しゅうとく出来てしまった事に。

 あまりにも理不尽りふじん過ぎるし、私の今までの努力どりょくが何だったのか分からなくなってしまうようだったから。それが、少しだけこわかった。

 それは、決して嘘偽うそいつわりのない事実だろう。私はこわいのだ。叢雲イブキという存在がどうしようもなく、怖いのだ。それをみとめるのは、流石に少しだけ癪だけど。まあそれは、別にどうでも良いだろうと最終的さいしゅうてきに思う事にする。

 結局、その後は簡単かんたんな訓練しか行われなかった。イブキにコツをいた新人達はすぐに全員が精神エネルギー操作が可能かのうになった。それ故に、訓練は次の段階へとシフトする事になったのである。

 要するに、精神エネルギー操作の応用編おうようへんだった。精神エネルギーを含めた戦闘術の訓練だった。

 今回、おもに行ったのは武器に精神エネルギーを流し強化きょうかするという基礎的な技術の訓練だった。その訓練を一通り行った後、時間じかんが来たので訓練が終了した。

 ・・・ ・・・ ・・・

 そして、私とユキはそのまま宿舎の自室へともどっていく。

 その後、自室で私とユキはたがいのマッサージをしながら軽い会話かいわをしていた。

 ユキは、少しだけ興奮気味こうふんぎみに話し掛けてきた。ちなみに、現在私はユキのマッサージをしている最中さいちゅうだ。先程まで私がマッサージをけていたけど、その間もユキの口は止まっていなかった。

 もう、一体どれくらいの時間ユキの話をいていただろうか?

すごいね、イブキ君って!ほんの僅かな時間で精神エネルギーの操作そうさをあそこまで完璧におぼえてしまっていたよ!」

「……………………」

「それに、他の人達にコツをおしえるのもとても上手じょうずだったし!私も途中で教えて貰ったけど、まさかあそこまで短時間のうちに操作技術を覚えられるなんて思ってもいなかったよ!」

「……………………」

「ああいうのを、いわゆる天才てんさいって言うんだろうね!本当にすごいね!」

「……えっと、ユキ?もう少しだけテンションをとしてくれないかしら?」

「うん、なあに?アサヒちゃんってばもしかして嫉妬しっとしてるの?私にジェラシーを覚えたのかな?もう、素直すなおじゃないんだから~」

「良いから、もうすこしテンションを落としなさい。ていうかだまれ」

「……はい、ごめんなさい」

 はぁっと、私は思わず溜息ためいきを吐いた。本当、私は此処までイブキの一件でなやんでいるというのに、ユキは実に単純たんじゅんだ。というか、本当にこの子のこの元気過ぎる性格は本気で何とかしてしい。

 もう、うらやましいとか全く思わない。自分じぶんもそうなりたいとか、そんな事は欠片も思わない。というか、絶対ぜったいにごめんだった。でも、それでもその元気一杯で能天気な性格は素直に称賛しょうさんしたい気分だった。

 めてないわよ?これは皮肉ひにくだから。其処、決して勘違いしないように。貴女の事を言っているのよ?ユキ?

 全く、

「本当に、自分が此処までなやんでいるのが馬鹿馬鹿ばかばかしくなるじゃない。どうしてユキはこうも能天気のうてんきなのかしら?」

「うーん、別にそういう訳でもないよ?私だって、あの天罰事件てんばつじけんでおじいちゃんとおばあちゃんをくしているし……」

「えっと?確か、自分自身が自由意志をうしなっていく事を自覚じかくして、二人揃って自害を選んだんだったっけ?自由意志を失って周囲の人をおそうだけのバケモノに成り果てるくらいなら、人様に迷惑めいわくをかけるだけのバケモノに成り果てるくらいなら、自ら自害した方が遥かにマシだって」

「そうそう、夫婦仲良く首を短刀たんとうでばっさりと。仲の良い夫婦ふうふだったけど、その最期までお互いの事を信じてともに死んでいったんだろうね。その表情はとても穏やかなものだったよ」

「……そんな壮絶な過去かこを持っていながら、どうして貴女は其処そこまで能天気でいられるのかしら?私にはそのへんが分からないのだけど」

 そう、私の心からの疑問ぎもんにユキはうーんと少しだけかんがえ込むような仕種をした。

 そして、やがて答えがまとまったのか、とびっきりの笑顔えがおでのそりと起き上がってから私にばっと抱き着いて頬擦ほおずりまでしてきたのだった。

「何をするのよ、はなしてよ」

いやだ、私はアサヒちゃんが大好だいすきだもん。放さないよ」

「訳が分からないわよ。放して」

「いーや、放さないよ。よしよし、アサヒちゃんは本当にい子だよね。私はちゃんと分かっているよ。アサヒちゃんがとてもやさしくて、良い子だって」

「何よ、本当に」

「アサヒちゃんは本当に良い子だよ。だって、人のいたみやくるしみをきちんと理解しようとしてくれるもの。それはきっと、心からやさしいからこそ出来る事だよね」

「……勘違かんちがいよ。私は、そんなんじゃない」

「いーや、ちがわないよ。アサヒちゃんはやさしくて良い子だよ。とっても良い子。私が保証します、アサヒちゃんはとっても優しくて、とっても良い子だって」

 …………っ。

 本当に、どうして。どうして、こんなにも私のまわりにはこうも人の心の中にずかずかと土足どそくで入り込むような人ばかりなのか。容易たやすく、人の心の内まで入り込んでくるような人ばかりなのか。

 一人になりたい。私は、もう二度とあんな思いをしたくない。理不尽りふじんな目に会うのはごめんだから。もう、二度と失うつらさは味わいたくないから。もう、二度とあんな光景は見たくないから。

 もう、何もうしないたくないから。だから、最初さいしょから何も持たない。そう、私自身心に決めたはずだったのに。その、筈なのに。

 どうして、こうも……

 涙がまらないの?どうして、こんなにけてくるの?

 分からない。理解出来ない。理解したくない。

 くやしい。

 ・・・ ・・・ ・・・

 気付きづけば、私は自室を飛び出して宿舎のそとに出ていた。どうやら、ユキの優しさに私自身の心がえきれなかったらしい。気付けば、私は宿舎の外で膝を抱えて蹲っていた。涙が、頬をつたっている。

 どうやら、少し泣いていたらしい。涙を服のすそで強引にぬぐう。

 ……うん、やっぱり私もまだまだ未熟みじゅくだと思う。あの程度で心がえきれないなんて本当に私って奴は。そう、自身で納得なっとくし立ち上がろうとした。その瞬間。

 宿舎の入り口ドアをけて誰かが二人、出てきた。

 こんな時間に、だれだろうか?

「あれ?アサヒ?」

「何?げっ……」

 宿舎を出てきたのは、何の因果いんがかイブキとギンガの二人だった。ギンガは訓練の時に絡まれたのを根に持っているらしくすごくいやな顔をしていた。

 まあ、私だってこれ以上この二人にかかわるつもりは全く無い。だから、私は黙ってその場を立ち去ろうとする。のだけど……

「あ、ってくれ!」

「何よ」

 思わず、殺気のこもった声が出てしまった。その声に、ギンガが僅かにひるむ。どれだけ私の事を恐れているのよ、とそうおもわなくもないけど。実際に私がやった事が原因なのでまあ気にしない事にする。

 けど、どうやらイブキの方はちがうらしい。私の事を心底から心配しているような表情で真っ直ぐ私の事を見ている。

 その表情に、私の心の奥底で妙な反発心はんぱつしんが湧いてくる。

「何よ、また私にかまってくるつもり?なら、今度こそ一切の容赦ようしゃもせずに首を切り落とすわよ」

「いや、別にアサヒが本心からかまって欲しくないならそうするけど……」

「……私が、本心からそうおもっていないとでも思っているの?本気でそう思っているのなら、私は今度こそ貴方を切るわよ?今度こんどこそ、一切の容赦なんてしない」

 私が本気の殺気を籠めて、にらみ付ける。もし、本気ほんきでそう思っているなら今度こそ私はこいつを殺そうと思った。何故なぜなら、それは私にとってこれ以上のない侮辱発言に等しかったから。

 もし、本気でそう思っているのなら。私は決して叢雲イブキをゆるす訳にはいかないだろう。けど、イブキはそれをいやと否定ひていした。

「いや、別にかまって欲しくないっていうのは本心だろうけど。それとはべつの感情も同時に持っているんじゃないかって。そう思って」

「……それは、どういう事よ。私が半端者はんぱものだって言いたいの?」

ちがうよ、全く違う。別に、アサヒが半端者だってけなしたい訳じゃないんだ。もし勘違いさせたなら素直にあやまるよ。ただ、アサヒの本心では構って欲しくない気持ちとは別に誰かに理解りかいして欲しいって思っているんじゃないか?」

「……そんな事、」

「だって、君はいているじゃないか。その目に残った涙のあと。さっきまで一人で泣いていたんだろ?それに、あの時だって君はきちんと理解りかいして欲しいからこそ僕に自分の過去をち明けたんだろ?」

「……………………」

 真っ直ぐと私をながら、イブキがそんな事を言ってくる。

 一体何を言っているのだろうか?私が、本心では誰かに理解りかいして欲しいって?まさかそんな妄言もうげんで私をまどわそうとでも、本気で思っているのか?

 そうなのだとしたら、私は断じてこの男をゆるす訳にはいかないだろう。

 けど、イブキのは何処までも真っ直ぐで。その瞳に私は、なにも言い返す事が出来なくて。思わずだまり込んでしまう。それが、その事実が非常に悔しくて。同時に悲しくなって。私は涙を目元ににじませながらその場を走り去る。

「あ、アサヒ!ってくれ‼」

 そう、呼び止める声も無視むしして。私はそのまま宿舎のうらへと走り去ってゆく。

 悔しい。本当に、自分自身がなさけない。

 そう思うけど、自分自身どうしようもなくて。自分自身が情けなくて。私は宿舎の裏で一人、声を上げていた。

 ……自分自身が、情けない。

 そう、思った。

 ~5~

 その後、一通り泣いた私は自室にもどった。目元に涙のあとを残して帰って来た私にユキは、酷く驚いてあわてふためいていた。

「ど、どど、どうしたのアサヒちゃん!まさか、私の言葉が不快ふかいだったの?私がまた何か、悪い事でもしたの?えっと、えっと、ごめんなさいっ‼」

 何故か、ユキは動転どうてんしたまま頭を下げてあやまった。全く持って勘違いだった。

 けど、私はそんなユキに一切構う事なくベッドによこになり、そのまま眠った。

 ……そして、私はそのまま意識をやみの中へと沈めていく。

 ・・・ ・・・ ・・・

 此処は、何処どこだろうか?暗い。寒い。此処はさみしい。何処かに行きたい。此処ではない何処かに、ってしまいたい。

 けど、それでももう私は何処にも行く事は出来できないのだろう。此処ここに居ると、そんな風に思えてきて。ああ、もうどうでもいや。何もかもが、もうどうでも良い。

 だから、もう此処でえてしまいたい。けて無くなりたい。

 そう、思っていたら……

駄目だめだよ、おねえちゃん。まだ、お姉ちゃんが此処に来るのは早いよ」

「…………っ」

 そのこえは……

 目を見開みひらく。其処そこに居たのは、死んだ筈の私の妹だった。なんで?どうして此処に私の妹が居るの?いや、それよりも此処は何処どこなの?

 そう、思っていると。

「お姉ちゃんにはまだ、もどるべき場所があるでしょ?だったら、まだ此処に来るのはずっと後だよ」

 って!それはどういう事?おねがい、私を一人にしないで!私を此処に置いていかないで!もう、さみしいのは嫌!かなしいのは嫌!私も貴女と一緒に!もう一度、家族皆で一緒にごしましょう!お願い、待って!

「ごめんね、お姉ちゃん。今はかなしいだろうけど。それでもお姉ちゃんはもう、決して一人なんかじゃないでしょう?だったら、きっと大丈夫だいじょうぶだよ。だから、もう私の事は気にしないで。どうか生きて」

 そんな私の懇願こんがんに、妹は。ユウは苦笑くしょうを浮かべてそのまま背中を向けて去る。

 待って!お願い、待ってよ!私を置いていかないで!私を一人にしないで!

 もう、孤独こどくは嫌なの!独りぼっちで、さみしいのは嫌なの!もう一度、家族と過ごした優しい日々に戻りたいの!あのあたたかかった毎日が恋しいの!お願い、待って!

 ユウっ‼

 ・・・ ・・・ ・・・

「……………………っ⁉」

 気付けば、私はベッドで目をました。私は、腕をこれでもかと天井へ伸ばしてまるで何かをもとめるかのように、むなしく腕を宙にさまよわせている。

 ああ、そうだった。私はていたんだった。

 くそっ、こんな夢を見るなんて。何て厄日やくびだ。そう、思わず愚痴ぐちりたくなった。

 枕元に置いてある時計とけいを見る。時刻は朝の五時半をしている。どうも、早く起き過ぎたらしい。仕方がない、今から再び寝直ねなおすのも何だしさっさと起きよう。そう思い私はベッドから起き上がった。

 そして、そのまま衣服を着替きがえて部屋から出ようとして……

 今日は、訓練はやすみだ。だから、本当はこんなにはやい時間に起きても意味など無いのだけれど。それも仕方しかたがないでしょう。

 そう思って、思って……

「…………………………」

 たして、私は一体この時になにを思ったのだろう?自分でも自分が理解出来ないけれど。それでも私は一枚のメモ用紙を手にり、机の上にあるボールペンでメッセージをく。

 ユキに対するメッセージでは、断じてない。そのメモ用紙を半分にり畳み、そのまま私は部屋を出ていく。

 こんな事に、何の意味いみもない。それは理解りかいしている。そもそも、自分自身何がしたいのかなんて理解出来ていないけど。それでも私は自分自身を止める事が出来なかったのだ。ただ、それだけのはなしだ。

 私がかったのは、一つの部屋だった。その部屋のドアをノックする事もなくドアの隙間からメモ用紙を差し込んだ。

 これで良い。これで、中に居る人が目をませばメッセージを読んでくれる筈。

 これは一つのけではあった。もし、叢雲イブキではなく獅子堂ギンガが読んでいれば。そして、そのままメッセージの内容ないようを教官にげていれば。この行為は無駄に終わるだろう。

 けど、それでも私は行動こうどうを起こした。

 そのまま、私はその場をっていった。

 そう、私がメモ用紙を差し込んだ部屋は叢雲イブキと獅子堂ギンガの部屋だ。

 そして、私はそのまま朝食ちょうしょくも取らずにある場所にかう。

 宿舎の二階、三階へと上がっていき。そのまま更にうえの階に上がる。宿舎の四階はつまるところ屋上おくじょうだった。本来、無断むだんで宿舎の屋上に入るのは禁止されている。

 けど、それでも私は罰則覚悟でやぶった。

 その理由は、簡単かんたんだ。しばらっくその場で私はある人物がるのを待つ。

 ……それから十数分後。慌てて階段をけ上がってくる音がこえてきた。どうやら来たらしい。屋上のドアをけてその人物は私を真っ直ぐ見る。

 その人物は、私ののぞんだ通り叢雲イブキだった。どうやら、私の残したメモ用紙はきっちりイブキが受け取ってくれたらしい。一先ず安心する。

 心配は、杞憂きゆうに終わったようだ。

 まあ、それだけの覚悟かくごを持って私はあのメモをのこしたのだけど。それは別に良いだろうと判断した。そして、そのまま叢雲イブキをにらみ付ける。

 イブキは困惑こんわくしたような表情で私を見ている。どうやら、状況が上手く呑み込めていないらしい。それもそうだろう。

 私がイブキに残したメッセージ。それは、決闘状けっとうじょうだった。

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