第2話、神殺し部隊

 ~1~

 僕が機械仕掛けの神威を移植いしょくされてから、数か月がぎ去った。季節は秋。事件は起きた。

 義父さんの個人研究施設が襲撃しゅうげきを受け、研究資料がぬすみ出された。盗まれた研究資料はもちろん「機械仕掛けの神威と人体のサイボーグ化技術について」のあの論文ろんぶんとサンプル一式だった。

 それ以外には、興味きょうみも示さなかったらしく、それ以外は全く盗まれていない。計画的犯行なのは間違いないだろう。

 どうやら、何らかの手段しゅだんで義父さんの研究内容をったらしい。それを狙っての犯行だったようだ。油断ゆだんしていた。

 義父さんのない間に襲撃を受けたらしく、義父さんに怪我けがは無かった。けど、研究資料を奪われた義父さんは思った以上に意気消沈いきしょうちんしていた。少しばかり、僕も楽観視していた節があるのもたしかだっただろう。まさか、こんな事になるなんて。

 特に、今の時期じきは間が悪い。あの天罰事件てんばつじけんが尾を引いている数か月後の話だ。こんな時期に、義父さんの研究けんきゅうが知られれば間違いなく世間は良い顔をしない筈だ。もしかしたら強い批判ひはんを受ける可能性だって大いにある。

 流石に、研究内容はせておくべきだろう。

 結局、世間せけんには義父さんの個人研究室に泥棒どろぼうが入ったが、盗まれた物は一つも無かったという事で落ち着いた。はっきり言って、くやしいという気持ちが湧かない訳ではないのは確かだ。むしろ、かなり悔しいと思っていた。

 果たして、僕はどうすればかったのだろうか?

 それから数日後、全世界に匿名とくめいである論文がばら撒かれた。論文の内容は「機械仕掛けの神威と人体のサイボーグ化技術について」だった。

 ……そう、義父さんの研究内容が何者だれかの手によってばら撒かれたのだ。それも、傲慢なる神に対抗する為の決戦兵器けっせんへいきとして。

 当然、僕は憤りをおぼえた。しかし、義父さんはもはやいかりすら湧いてこないのか、世界中にばら撒かれたその論文を前にただ呆然ぼうぜんとしているしかなかったようだ。

 そして、当然世間はその技術に対して猛反発もうはんぱつした。あまりにも、非人道的に過ぎると事態は紛糾ふんきゅうして。自衛隊と警官隊の合同部隊が出動するまでに発展した。自衛隊も警官隊も、あの天罰事件により数を大きくらしている。もはや、単独では暴徒と化した民間人を押さえる事は不可能な程に。

 事実、その事件により警官隊と自衛隊の合同部隊と民間人の双方に大打撃だいだげきがあったのは間違いがない。後に、機械仕掛けの紛争ふんそうと呼ばれる事になる大事件だった。

 いや、そんな事はもはやどうでも良い。事態はこの後急展開を見せる。

 諸外国で、実際にその技術を運用うんようして神に対抗するという声明が発表される事になったのである。傲慢なる神に対抗たいこうする為には機械仕掛けの神威が必須ひっすであり、この状況下においては非人道的だとっている場合ではないとの事だった。

 その結果、この日本でも機械仕掛けの神威を運用せざるをえなくなったのは言うまでもないだろう。

 民間人の反発を他所よそに、着々とすすんでゆく計画。もはや、誰にも止める事は出来なかった。もちろん、最初の被検体である僕に止める資格しかくは無い。

 そして、その数か月後。機械仕掛けの神威により力をた一部の人間により構成された特殊部隊「神殺し部隊」が設立される事になった。

 ~2~

 そして、それから年月としつきが流れ。僕は17歳になった。季節は春。

 僕の目の前には、「神殺し部隊」と看板かんばんが掲げられた巨大なもんが。そう、僕はこれから神殺し部隊に入隊にゅうたいするのである。

 当然、義父さんからは反対はんたいされたし、今も納得なっとくしてはいないだろう。けど、僕にも一応言い分という物はあった。

 今後、神を相手にたたかうなら正式に「神殺し部隊」に入隊するのはむしろ最適解さいてきかいだろうとそう思ったのが一つ。それに、おそらくだけど部隊に入隊すれば義父さんの研究施設から資料を盗み出した犯人はんにんが分かるかもしれない。そういう打算ださんがあったのも確かだった。

 だから、自分は悪くないなんてそんな事を言うつもりは全くないけれど。少なくとも僕は今回の独断どくだんに関しては一切後悔していない。

 義父さんの反対をし切ってまで来たのは、流石にそだてて貰った身としては少しばかり心がいたむけど。それでも、僕はどうしても入隊する理由わけがあったから。

 とは言っても、まだ別に入隊がまった訳でもない。これから、入隊試験が開催される。試験内容は、筆記試験と実技試験と面接にわかれているらしい。その内、筆記試験と面接は特に大きな意味はないらしい。重要なのは、実技試験のみだ。

 なら、実技試験はそれ相応にきびしいものになるだろう。気を引き締めていかねばなるまいと、僕は改めて呼吸を整え直す。

 すると、そんな僕の背中せなかを強くたたいてくる者が居た。その男は、比較的がっしりとして体格に薄くげた肌色をしており、短髪の黒髪にさわやかな顔をした青年だ。

「なあにしけたつらをしてんだ。全く、そんな気を張る必要ひつようはねえって」

「いや、そうわれてもな。お前も少しは緊張きんちょうした方が良いんじゃないか?ギンガ」

 こいつの名前は獅子堂ししどうギンガ。僕がまだ小学生だった頃の、僕と弟の共通の親友だった男だ。僕の弟がくなった事をいた際は、真っ先に僕の許へと駆けつけてくれていたらしく、義父さんとも既に顔見知かおみしりだった。

 とても義理堅ぎりがたい性格をしており、友達思いの人情家にんじょうか。僕が「神殺し部隊」の入隊試験を受けると言ったら、自分も試験しけんを受けると言い出したくらいには友達思いだ。

 或いは、一人茨の道をえらぼうとする僕を心配しんぱいしていたのかもしれない。だから、こうして一緒に特殊部隊の入隊試験を受けてくれているんだろう。

 僕一人に重荷おもにを背負わせないよう、気を使つかってくれているんだ。

 そして、そんなギンガだったからこそ僕は誰よりも深い信頼しんらいを置いていた。

 そんなギンガだが、どうやら全く緊張とは無縁むえんらしい。少しも緊張している様子を見せず、むしろ堂々どうどうとした雰囲気ふんいきすら見せている。

 少しばかり、うらやましい気もするけど。

 分けて欲しいとは、欠片かけらも思わなかった。

「まあ、こういうのは行ってみれば気合きあいだよ気合。そりゃあ、もちろん勉強だって大事だろうけど。それでも、最後さいごに必要になってくるのは何時だって気合と根性こんじょうさ」

「……お前のその性格、つくづく羨ましくなってくるよ」

「そうか?なら、お前も真似まねすりゃいじゃねえか」

「…………いや、結構けっこうだ」

 こんなもの、僕には到底真似なんて出来ないだろう。そう思って、僕は早々に諦めギンガと一緒に門をくぐった。

 ・・・ ・・・ ・・・

 筆記試験は主に基礎学力きそがくりょくを試すもので、其処までむずかしいものでもなかった。一科目につきほぼ一時間程度の試験しけんだ。試験科目は国語、数学、理科、英語、時事問題の計五科目だ。

 その内、国語と理科と数学科目は昔から得意とくいだった。時事問題にかんしても特に問題はないだろう。問題は、英語だ。けど、まあ前日まで猛勉強もうべんきょうしたので後は運頼みという事にしておこう。これ以上心配するのは無意味むいみというものだ。

 まあ、其処はギンガとほぼ同意見どういけんだ。少しばかり不本意だったけど、まあ気にしない事にする。

 筆記試験はマークシート方式ほうしきだった為、ギンガは恐らく今頃山勘にたよっていることだろう。残念ながら、ギンガは筆記試験は苦手にがてだった。

 けど、まあギンガも問題もんだいはないだろう。あいつの山勘は大体当たる。

 ……続いて、僕達は実技試験の為の演習場えんしゅうじょうへと向かった。其処にはかなり体格の良い青年士官と思しき男性がた。この男性が、僕達の試験官しけんかんなのだろう。

「では、これより実技試験を行う!ばれた者は、其処そこに並べられている訓練用武器から一つを選び俺と模擬戦もぎせんをする事になる!先ずは試験番号一番の奴、来い!」

「はいっ‼」

 呼ばれた試験番号一番の少年が、並べてある武器ぶきの中からナイフをえらんで試験官の前へと向かった。少年は緊張した面持おももちで、行ってみればガチガチに身体が強張っているのが分かった。

 その手に持っている模擬戦用のナイフが、小刻みにふるえていた。

 あの少年、恐らくだけど実技試験はちるな。そう思っていたら、案の定試験官に叩きのめされて地面に這いつくばっていた。

 まあ、仕方しかたがないな。

 それから、しばらく実技試験はつづき。僕の順番が徐々じょじょに近づいてゆく。

「試験番号、25番!」

「はい」

 試験番号25番は女の子だった。かわいらしい見た目をしているけど、何処どこか表情にかげを感じさせる。言ってみれば、何処か精神的に余裕よゆうを感じない。そんなどことなく剣呑さすら感じさせるような女の子だった。

 そう思っていると……

 硬いもので肉を叩くような大きなおとが演習場にひびき渡った。演習場の地面に転がっていたのは、驚いた事に試験官しけんかんの方だった。

 どうやら、その手に持った模擬戦用の槍で試験官を全力でなぐりつけたらしい。

「っ、~~~~~っ‼お前、中々強つよいな。文句なしの合格ごうかくだ。だが、お前少しばかり余裕がさすぎないか?」

「……………………」

 何もこたえる事なく、少女はそのままもどっていった。どうやら、必要以上に話をするつもりは無いらしい。むしろ、必要以上のなれ合いは不要ふようだと言わんばかりだ。

 う~ん、やっぱり余裕を感じない。

 そう思っていたら、ギンガがこっそりと話し掛けてきた。

「あの女の子、なんだかこわくないか?」

「やっぱり?でも、このご時世じせいだったらそんな人もめずらしくないんじゃないか?」

「……まあ、そうだよなあ」

 そう言って、僕達は再び順番じゅんばんが来るのをつ。

 そうしている内に、僕の順番がまわってきた。

「試験番号、27番!」

「はいっ‼」

 僕は模擬戦用に刃引はびきされた剣を手に、試験官のまえに向かった。

 剣を正眼せいがんに構え、真っ直ぐ試験官にき直る。その構えを見て、試験官は僅かに関心したようにうなずく。

「お前、もしかして剣術けんじゅつでもやっていたのか?随分と構えにすきがないが」

「まあ、僕にも色々いろいろと事情があるので。其処はあまり深く詮索せんさくしないでくれると助かります」

「そうか、じゃあ始めるぞ。来い!」

 そうして、僕は試験官に向かってり掛かった。もちろん、真っ直ぐ振り下ろした剣は試験官に容易たやすく受け止められる。けど、僕はそのまま力づくで押し込む事はなく自分の身体を独楽こまのようにくるりと回し、試験官の背後はいごへ回りこんで切り掛かる。

 そのまま、試験官に一太刀ひとたち入れられたらそれでかったのだけど。まあ、当然そう上手くはいかないだろう。試験官は容易く僕の剣をけ止めた。

 だけど、何故か試験官はとても面白おもしろいものでも見るような目で僕を見ている。

「よし、お前も合格ごうかくだ。もどって良いぞ!」

「っ、はい‼」

 そうして、僕は戻っていった。次は確か、ギンガのばんだったか。

 ……そうして、ギンガもどうやら合格したようだ。中々力にものを言わせた危なっかしい剣捌けんさばきだったけど。それでも合格は合格だ。

 しばらくして、実技試験も終了した。

 続いては面接だ。まあ、面接とはいえ別に気負きおう必要もないだろう。そう思い、僕は緊張する心を何とか落ち着ける。

 流石に、面接官の前で緊張をさとらせるような無様ぶざまだけは晒したくない。そう思い、僕は待ち時間の間ひたすら素数そすうを数え続けていた。

 そうして、しばらく僕達は待合室まちあいしつで面接官にばれるのを待った。

「では、試験番号27番。どうぞ」

「はいっ‼」

 そうして、僕は部屋へやの中へと入っていった。部屋の中は個室こしつになっており、面接官が二人程椅子に座っていた。面接官にうながされ、僕は対面の椅子に座る。

「では、これから面接を始めます。面接とは言っても個々人の覚悟かくごの有無を確認する程度ですので別に其処まで気負きおう必要は無いですよ。もっと気楽きらくにしてくれて構いません」

「えっと、覚悟の有無ですか?」

「はい、今私達の手元には貴方の履歴書りれきしょがあります。其処に書かれている内容を確認しましたが、色々と詳細しょうさいを確認したい事も多々たたありますので。理解しましたか?」

「はい」

 そう言って、試験官は手元にある履歴書りれきしょに目をとおす。そして、再び僕に向き直る。

「では、まず失礼しつれいかとは思いますが、天罰事件に関する貴方自身の理解と神と戦うに当たっての貴方自身の理由りゆう、想いをかせて貰っても?」

「……はい」

 僕は覚悟かくごを決め、あの頃を思い出す。

 そして、しばらくして話し終えた。そんな僕にこまったような表情で面接官が言う。

「ありがとうございます。色々とおつらいでしょう?もし、ご気分きぶんがすぐれないなら少しだけやすみますか?」

「いえ、大丈夫だいじょうぶです。つづけて下さい」

「はい、では我々は神とたたかう為に組織そしきされた部隊です。ですので、命の危険も当然あるでしょう。ですので、貴方自身の覚悟のほどを聞きたいのです」

 その質問は、つまりこういう事なのだろう。

 死ぬ覚悟はあるのかと……

 僕は少しかんがえる。別に、命がしい訳ではない。だけど、昔小学生の頃に喧嘩をして母さんをかせた記憶が過っただけだ。きっと、もし今後僕が死ぬような事があれば今度こそ母さんは自殺する程にかなしむ事だろう。

 けど、

「はい、覚悟は出来ています。僕は神と戦う為に、この命をけます」

「そう、ですか……」

 面接官の人が少しだけかなしそうな顔をした。恐らく、僕の心情おもいでも考えたのだろうと思う。しかし、それでも僕は此処で覚悟を決める必要ひつようがあるのだろう。

 なら、其処で迷うのはしだ。

 それに、

「けど、」

「……はい、何でしょう?」

「出来る限りきようとは思っています。自分じぶんの為ではありません。もう二度と神に奪われるのはいやなんです。ですので、僕に出来る範囲で周囲を助けられる人間でありたいと、そう僕自身は思っています」

「…………………………」

 面接官が何を考えているのかはからない。けど、それでも僕の言葉に僅かながら苦々しい表情かおをしたのは理解出来た。もしかしたら、僕の事を神への復讐ふくしゅうに身をやつした鬼とでも感じたのかもしれない。

 まあ、其処は別に否定ひていする気はないけど。僕自身、神に人生を滅茶苦茶にされた自覚は十分以上にある。

 だから、これが僕の復讐だと言われても否定する気は一切無い。

 けど、同時どうじにこうも思っている。きっと、心配してくれる周囲しゅういが居るだけ僕はまだ幸せな部類ぶるいなのだろうと。

 ただ、それでも僕自身譲れない一線が存在するだけだ。

「それでは、面接はこれで終了です。ありがとうございました」

「はい、ありがとうございました」

 僕は頭を下げ、面接室をていった。

 ~3~

 しばらくして、試験が無事終了した。僕とギンガは一緒に試験会場の正門せいもんを出る。

 すると、ギンガが突然僕のかたに腕をまわして引き寄せてきた。にっこりと満面の笑みを僕へと向けてくる。一体何だ?

「なあ、今日はもうお前特に用事ようじとか無いんだろ?だったらすこし俺に付き合えよ」

「うん?ギンガは何か用事でもあったっけ?」

「いや、特にい。けどまあ別に良いじゃねえか。一緒いっしょにカラオケでも行こうぜ」

「……いや、まあ別にかまわないけど。残念ざんねんながら僕が歌える曲は少ないぞ?」

「おう、そう来なくっちゃな!」

 そう言って、とんとん拍子にこの後の予定よていが埋まった。

 ・・・ ・・・ ・・・

 新東京都。あの天罰事件で神の下僕とした人々があばれた影響により、東京都の大半が何も存在しない更地さらちと化した。それにより、比較的無事だった練馬区、杉並区、中野区、渋谷区、新宿区、世田谷区、目黒区、大田区が再開発され新東京都と呼ばれるようになった。後ののこりは旧東京都と呼ばれ、全くの更地で放置されている。

 ちなみに、僕が世話せわになった義父さんの経営している県立総合病院は神奈川県の神奈川区にある。少しばかり距離きょりはあるけど、それでも移動は特ににはならない。

 何故なら、あの事件以来精神のエネルギーが熱心に研究けんきゅうされ始め、それにより長距離転送装置が開発かいはつされたからだ。最低でも県外に移動可能であり、長距離になれば諸外国にも転送が可能という高性能ぶりだった。

 もちろん、運用うんようにはそれなりにコストがかかる為、一人あたりの費用が馬鹿ばかにならないのが問題ではある。けど、安全あんぜんに長距離を移動するのにかなり有用であるため大勢が利用しているのが現状げんじょうだった。

 そして、先ほどれていたあの事件じけん。それは言うまでもなく義父さんの研究施設から盗み出されたという研究資料だ。それが、世界各国にばら撒かれた。恐らく、それを世界中にばら撒いた犯人はそれすら予想した上で犯行におよんだのだろう。

 少なくとも、僕はそうかんがえている。

 ……と、其処まで考えた所で僕の背中が強く叩かれた。

「なあにしけた面で一人考え込んでいるんだよ!ほら、お前もうたえよ!」

「ああ、うん……」

 現在げんざいカラオケボックス内。小さな個室で僕達は二人で歌っていた。

 と、言うよりもギンガがひたすらノリノリで歌いまくっているんだけど。まあ、それは言わぬが花か。別に、言う必要性ひつようせいもないし。

 僕は黙ってマイクをギンガからけ取る。とりあえず適当てきとうな曲を選曲して、僕も歌を歌い始める。曲は昔、テレビで放送されていた時代劇じだいげきのOPだ。

 その曲がながれだした瞬間、ギンガはうげっと苦々しい表情かおをする。

「お前、相変わらず選曲がしぶいな」

仕方しかたないだろ?僕の歌える曲がそんなに無いんだから」

 後は、昭和に流行はやったとかいう名曲くらいしか歌える曲が存在そんざいしない。まあ、全部亡くなった父さんの趣味しゅみだったとかで、母さんが家に遺していたCDからおぼえたんだけどな。

 それを知っているから、ギンガはそれ以上文句は言わなかった。

 そして、しばらく僕達が歌を歌った後。ギンガは唐突に話し掛けてきた。

「で、だ。今日の試験しけんはどうだった?」

「どうとは?」

「いや、俺的には筆記試験がかなり難しかったんだがな?やっぱり俺は小難こむずかしい基礎学力試験とか苦手にがてかもしんねえ。特に数学すうがくが難しかったなありゃ」

「はあ、あれって其処そこまで難しい内容ないようでもなかったと思うんだけど。きちんと勉強していればしっかり分かる範囲はんいだったけど?」

嫌味いやみかよ。俺には苦手範囲なんだって」

「……はぁ、そうか」

「まあ、とにかくお前はどうだったんだよ?何か、試験で気になる事でも無かったのか?」

「気になる事、ねえ…………」

 気になる事、と言われても。とくに僕には……

「……………………」

「おっ、もしかしてあるのか?言ってみろよ」

 いや、別に気になるっていうよりはな?

 そう思ったけど、どうやらギンガは言うまでがしてはくれないようだ。仕方がないな、まあ其処そこは別にう程大した事でもないんだけど……

「いや、ほら。実技試験で試験官を一瞬でたおしてしまった女の子が居ただろ?」

「ああ、あの剣呑けんのんな美少女な?もしかして、れたとか?」

「剣呑な美少女って……。それに、別に惚れたとかそんな積極的せっきょくてきな感情でも無いからな?」

「じゃあ、なんだ?」

 何だと言われても。別に、本当に大したことでもないんだけど……

 まあ、別に良いか。言っても大してこまらないし。

「やっぱり、試験をける人の中にもああいう人がるんだなって。何か、何処となくかげを感じるっていうか。もしかしたら、僕も何かの間違まちがいでああなっていたんじゃないかってそう思ってな」

「はぁ、まあ確かにお前もかなりひどい目にはあったしな。そりゃそうなっても全く変じゃないけどさ。でも、俺から言わせればお前はお前だろ?気にする必要ひつようなんて全くねえって」

「そう、かな?」

「そうさ。さ、そろそろ時間じかんも少ないしようぜ!」

 そう言って、ギンガは身体の筋肉をほぐすようにびをした。

 本当に、そういう性格は素直にうらやましいと思う。思うだけだけど。

 僕にギンガの真似まねなんて出来ないし、しようとも思わない。きっと、僕はあくまでも僕でしかないんだろう。其処そこは確かにギンガの言うとおりだ。

 そう思い、僕も帰る準備じゅんびを進めるのだった。

 ~4~

「ああ、僕は少しり道をして帰るよ。だから、さきに帰ってくれないか?」

「うん?何か用事ようじでもあるのか?」

「いや、特に大した用事でもないからさ……」

 そう言って、僕は転送装置で移動してすぐ、ギンガとわかれた。向かう先は神奈川県鶴見区にある小さな児童公園。僕と弟が殺し合った、あの公園だ。

 しばらく、転送装置のある場所からあるく事になるけど、まあそれもいだろう。僕としてはしばらくかぜに当たっていたい気分だったから。それに、義父さんには少し帰りが遅くなるとあらかじめつたえてある。

 そうして、新しく作り直された神奈川のまちを歩いていく。神奈川は新東京と比べて比較的にマシだったのだろう。ほぼ都内とないの過半数が更地さらちになった東京都内に比べ、それでも酷い被害ではあるものの半分程の面積めんせきが無事だった。

 まあ、逆説的に言えば、県内の約半分が更地になった訳だけど。それでもまだ巻き返しは可能かのうな範囲だったのだろう。

 だから、今こうして何とかやっていけている。

「…………………………」

 けど、それでも……

 やっぱり、僕としてはどうしてもかなしい気持ちをぬぐい去る事は出来なかった。

 なかの良かった友達。良く口論こうろんをしていたクラスメイト。そして、大切だった筈の僕の弟。全て、あの事件じけんによって失った。全て、あの天罰事件によって奪われてしまったんだ。

 そう、全てはかつての天罰事件によって儚くも失われてしまった。もう、彼等に会う事は出来ないのだろう。もう、二度にどと。

 僕は、どうしても神をゆるす事が出来ないんだろう。だからこそ、僕は神殺し部隊への入隊にゅうたいを決めたのだから。もう、僕に後戻あともどりなんて出来ないだろう。

 けど、それでも僕は思う。

 あの時、何かの間違まちがいで何も起きなければ。もしかしたら、今も家族でしあわせに過ごせていたのではないか?もし、あの事件さえ起きなければ僕達は。そんな事を思うけれど、きっとそんなタラレバの話に意味いみなんて無いのだろう。

 事実、僕達兄弟は神によって滅茶苦茶めちゃくちゃにされた。事実じじつ、弟は死んで僕は生きているのだから。きっと、それこそがすべてなのだろう。

 そう、思う。

「……本当に、どうしてこんな事になってしまったんだろう」

 そう、ぽつりとつぶやいた言葉は風に乗ってえていった。

 そのいに答えてくれる人は、一人も居なかった。

 ・・・ ・・・ ・・・

 児童公園に着く前に、もはや常連じょうれんになった花屋はなやに立ち寄る。花屋の店主はあの事件で代替わりして、今はまごが店を切り盛りしているらしい。やはり、あの事件の影響えいきょうはかなり大きいようだった。

 小菊こぎくを一本購入して、おつりをけ取る。小菊一本で大体120円だ。

 あの天罰事件は物価ぶっかにも少なからず影響をあたえている。あの事件以来、生産ラインが壊滅的被害を出し、それにより物価が急上昇きゅうじょうしょうしていた。

 そんな中、この価格かかくで花を売ってくれるこの花屋はかなり良心的だった。

「それにしても、あの事件以降は本当に大変たいへんな世の中になったのね。つくづく私は思うんだけどね?もし、あの事件さえければって。まあ、そんな事を言ってもしょうがないんだけれどね。イブキちゃんはどう思うのかしら?」

「ええ、まあそれは僕も思うんですけどね。まあ、言っても仕方しかたがないですよ。本当に、こうして生きのこった以上は僕達もやるべき事を精一杯全力でやるしかないです」

「まあ、そうよねえ。本当、イブキちゃんはしっかりしてるわね」

「いえ、そんなものではないですよ……」

 そう言って、僕はみせを出る。僕は決してしっかりしている訳ではない。僕はそんなものなんかじゃ決してない。

 僕は、あの事件で弟をまもる事が出来なかったんだから……

 それだけが、ずっと僕の心の奥底おくそこで僕自身をさいなみ続けているのだから。

 僕は、何もできなかった。僕は無力むりょくだ。だからこそ、僕はきっと力をもとめたのだろうと思う。

 よわい自分は嫌だ。無力な自分は嫌だ。そんな自己嫌悪じこけんおが、僕をずっと責め続けているんだ。

 きっと、僕は何もわれない。変わらないのではなく、変われない。

 と、そうこうしている内に僕は児童公園に着いた。

 ・・・ ・・・ ・・・

 もう既に、時間は夕方ゆうがた。既に、日はしずみかけていた。

 公園には先客せんきゃくが居た。一人の少女しょうじょが、公園の中央でぽつんと立ち尽くしている。

 というより、あの試験会場にた少女だった。あの少女が、公園の中央で一人ぽつんと立って、いている。

「…………………………っ」

 思わず、その姿に僕はだまり込んでしまった。

 見惚みほれていた。と言ったら不謹慎ふきんしんになるだろうか?でも、一人静かに涙を流しているその姿に何も言えなかったのはきっと事実じじつなんだろう。

 僕は、思わず少女のその姿に黙り込んで見入みいってしまっていた。

 果たして、僕はこの少女に何を思っていたのだろうか?

「……………………あ」

「っ⁉」

 知らず、僕の口かられ出ていた声に少女が弾かれたように反応はんのうする。

 沈黙ちんもくが、公園内を満たす。その静寂せいじゃくが、少しだけ痛い。だけど、このまま黙っていても何もならないだろう。だから、僕は微妙びみょうな空気を察しながらも話をする。

 少女のにらみ付ける顔が、少し怖いけれど。

「あー、えっと?君は確か、試験会場に居たよね?」

「試験会場って言うと、貴方あなたも神殺し部隊に?」

「……うん、まあそうだね。僕もあの試験を受けていた一人だよ」

「……そう。ところで、さっき私のあれをた?」

「ごめんなさい」

 さっきのあれ。というのは、やっぱり彼女のなみだなのだろう。

 やっぱり、女の子でも不用意に自分のよわい部分を見せるのはいやなのかも。けど、まあ見てしまったものは仕方がない。素直にあやまる事にした。

 そんな僕の様子に、少女ははぁっと溜息ためいきを吐いた。

「私の名前は花咲はなさかアサヒ。貴方の名前は?」

「あー、えっと?僕の名前は叢雲イブキだよ」

「……そう、叢雲イブキ。名前はおぼえたから」

「……あ、はい」

 少し、こわい。僕は一体何をされるのだろうか?

 そんな風に、戦々恐々としていると再び彼女は。花咲アサヒははぁっとふかい溜息を吐いた。どうやら、僕はあきれられているらしい。えっと、僕は何か呆れられるような事でもしたのだろうか?そんな風に思うけど、まあ心当たりは大いにあった。

 まあ、でも何というか……

「ごめんなさい」

「……何で、あやまるのよ?」

「いや、不用意に泣いている姿すがたを見たから?」

「…………………………」

 アサヒの目線がジト目にわった。かなり呆れられているようだ。

 うん、まあでも。やっぱりこの状況下では僕はどうする事も出来ないよな?そう思っていると、アサヒが軽く手招てまねきをしてきた。

 えっと?

「……えっと、何か用事でも?」

べつに、少しだけ気がわっただけ。これはほんの気まぐれだから」

 そう言って、公園のベンチにアサヒはこしかける。

 よくからないけど、まあとりあえず。僕も黙ってベンチに向かって歩いていき、そのまま腰かける。

 思えば、アサヒはギンガからも美少女とひょうされるだけあってかなりの美人だ。そして今、僕の傍にはその美少女がすわっている訳で。ほんの少しだけ、心臓の鼓動こどうが脈打つのを感じ取る。

 けど、そんな事などお構いなしにアサヒは冷淡れいたんな声で話し掛ける。

「私にはね、家族かぞくが居たの。お母さんと、お父さんと、妹と。四人家族だったわ。でも、あの事件で私の人生じんせいは滅茶苦茶になった。神によって、私は家族をうしなったの」

「……………………」

 アサヒの家族は、とても心優しく穏やかで。アサヒはしあわせの中に居たらしい。心優しく穏やかな性格をした両親と、少しやんちゃな妹。そんな家族にかこまれて、アサヒは本当に幸せだった。

 けど、そんな日々も全てあの日にこわれてしまったのだとか。

 そう、神の天罰事件によって。

 アサヒの家族は、暴徒ぼうとと化した神の下僕によって全員殺されてしまった。アサヒ一人だけが、家族によってかばわれて生きびたらしい。

 気付けば、アサヒは病院のベッドで目をましたのだとか。家族はもう、誰も居ないという。生き延びたのは、アサヒ一人だけだったらしい。

 その後、全てを失ったアサヒのもとに親族を名乗る数名の人物が来たらしい。けど、その全員が偽物にせものだった。アサヒの家族はそこそこ裕福ゆうふくな家庭だったらしく、その遺産を狙ってアサヒの傍にって来たらしい。

「私はもう、誰もしんじない。私に味方みかたなんて要らない。ただ、目の前の敵はひたすらに殺すだけよ」

「…………そう、か」

「貴方に、私の気持きもちが分かるの?私の受けたいたみを理解出来るとでもいうの?」

「…………かるよ、僕には君の気持きもちが痛い程に理解出来る」

 その言葉に、アサヒはほんの少しだけ目を見開みひらいた。しかし、すぐに元の表情に戻るとふんっと鼻をらして僕をにらみ付けた。

 だけど、その視線しせんは最初程の力強さはく、何処か信じたくないものを必死に遠ざけるような。そんな弱々よわよわしさを感じた。

「安いなぐさめね。くだらないと言っても良いわ」

しんじて貰わなくても良いよ。別に、うたがってくれても構わない。でも、それでも僕には君の痛みが理解出来るんだ。いたいくらいに、理解出来るんだ。僕もきっと、君とおなじだから」

めて!」

 アサヒが耳をふさいでさけぶ。本当に嫌そうに、頭を左右にりながら、明確にアサヒは拒絶きょぜつを示す。

 僕は、思わずだまり込んでしまう。

「そんな安っぽい慰めなんてきたくもない!私に味方みかたなんて要らない!私はただ、私から全てを奪った敵を殺すだけ!それでいの!」

「…………ごめんなさい」

 結局、僕にはそれだけしか言えなかった。それしか、言う事が出来なかった。

 そんな僕に、アサヒはまるで親のかたきでも見るような目でにらみ付け。そのまま何も言わないで帰っていった。僕は、そんな彼女をめる事も出来なかった。

 本当に、どうしてこうも……

「本当に、僕は……」

 何も出来できないんだろうな。

 そう、思ったが僕はやはり黙り込んでしまった。

 もう何も、言える気がしなかった。すこしだけ、気分がち込んだようだった。

 とぼとぼと、手元の小菊だけをそなえて僕は公園から帰っていった。

 ~5~

 僕が家に帰ったのは、もう既に日がすっかりしずんでしまった後だった。空はもう、すっかりくらくなっている。

 家に入ると、其処に居たのは僕が入院にゅういんしていた頃に世話せわになった看護婦のカナデさんだった。叢雲カナデ、彼女はつい昨年義父さんと結婚けっこんしたのである。要するに、僕にとっての義母かあさんに当たるだろう。

「あら、おかえりなさいイブキ君。試験しけんはどうだったかしら?」

「はい、そこそこ良い点数はれたんじゃないかって思っています。多分ですが、このまま行けばギンガと一緒に合格ごうかくできるんじゃないでしょうか」

「ふふっ、それならかった。今日はお祝いに豪勢ごうせいな食事を用意しているわ。三人で一緒に食べましょう。それとも、お風呂ふろから先に済ませてしまう?」

「はい、そうさせていただきます」

 そう言って、僕は靴をいで自分の部屋に向かった。そして、衣装棚いしょうだなから部屋着を取り出しそのまま風呂場ふろばへと向かう。

 ……脱衣所でふくを脱ぐと、僕はそのまま風呂場に入った。この家の風呂は一般家庭と比べてとてもひろい。大人三人くらいなら余裕よゆうで入れる程度の広さはあった。

 まあ、その広さが有効活用された事は今まで一度もいけれど。そもそも、一般家庭で風呂場の広さが有効活用される状況って何だろうか?

 まあ、別に其処そこはどうでも良いか。

 そう思い、僕は風呂桶一杯のを身体に掛けてから身体をあらい始めた。すると、脱衣所から義父さんのこえが聞こえてくる。

「イブキ君。すこしだけ良いでしょうか?」

「はい、何ですか?」

 脱衣所と風呂場を仕切るとびらには、義父さんのかげが映っている。義父さんの影は少し困ったように頬をいていた。

 何か、言うのをためらうような事なのだろうか?

「いえ、このさいですのでイブキ君と一度ゆっくりはなしてこいとカナデさんに言われましてね。ですので、一緒いっしょに入っても良いでしょうか?」

「いえ、この家は元々義父さんの物ですし。別に了承りょうしょうなんて要らないですけど」

 そう言うと、扉の外で義父さんがこまったように笑った気がした。影しか見えないのであくまでも気がするだけだけど。

 そして、しばらくすると義父さんが扉をけて風呂場に入ってくる。そこそこ鍛え上げられた体格たいかくをしている非常に健康的けんこうてきな身体だった。

 とはいえ、大の大人の男性の身体をまじまじと見つめるものでもないだろう。そう思い、僕はそっと視線をもとに戻す。

 身体をボディソープであらっていると、となりで義父さんが同じように身体をボディソープで洗い始めた。

「ところで、今日の試験はどうでしたか?無事ぶじに合格できそうですか?」

「ええ、まあこのまま上手くいけば大丈夫だいじょうぶだと思います」

「そう、ですか……」

 義父さんは、そう言って少し表情をくらくする。

 義父さんの言いたい事は一応理解出来るつもりだ。義父さんとしては、僕が神殺し部隊に入るのは納得出来ないのだろう。実のかあさんから僕をたくされた側として、やはりそんな命の危険がある場所ばしょに入っては欲しくないのかもしれない。

 やはり、義父さんとしては色々いろいろとあるのかもしれないな。

 義父としての立場たちばとか。或いは責任感せきにんかんとか。

「やっぱり、納得出来ないですか?」

「そうですね、僕個人としてはやっぱり納得出来ないですね。ユリさんからたくされたというのももちろんありますが、やっぱり一人の人間にんげんとしては息子同然の子に危険な場所にってほしくはないです」

「そう、ですか……」

 確かに、義父さんからしたらそうなのかもしれない。或いは、僕が復讐ふくしゅうの道に走ったら全力で止めに入るのが義父としての役目やくめだというのもあるのだろうけど。

 けど、僕はやっぱりそれが無くても神殺し部隊に入っていただろう。そう、僕自身は心底から感じているから。

 まあ、やっぱり義母さんの言うとおり此処ここでゆっくりと義父さんと話しておくべきなのかもしれない。

「義父さん、僕はきっとどれほど反対はんたいされようと。それでも僕が意見いけんを変える事は絶対にいですよ」

「…………それは、どうしてですか?」

 心底不思議そうに、義父さんはう。こんなタラレバなんて、本当は何の意味もないだろうけど。それでも、僕はこの際だからそれをき合いに出す事にする。

 別に、義父さんを納得させたい訳ではないけど。きっと、義父さんの事だから最後まで納得出来ないだろうけど。それでも……

 僕はこの道に後悔こうかいだけはしないつもりだから。

「僕は、もう二度とうばわれない為に力を得たんです。もう、二度とまもれないと嘆きたくないからこうして力をもとめたんです。ですので、その力で何かを守れるなら、僕は絶対に後悔こうかいだけはしないつもりです」

「……それは、親をかなしませる事になってもですか?」

 義父さんは少しだけ語調をつよくする。やはり、義父さんからすればそれだけは到底見過ごす事が出来ないのだろう。

 母さんから託された身としても、そして一人の人間としても。やはり、我が子同然に育てている子供が自分の命をてるような真似まねは許容できないだろう。

 もちろん、それは僕だって十分に理解している。分かっている。

 けど、それでも……

「それは、確かにつらいですね。親をかなしませる事は絶対にしたくありません。けど、それでもきっと僕は選ばないで後悔するよりはまよわず選びます」

 そう、もう僕は何も守れないと後悔するのは絶対に嫌だ。だから、僕はもう絶対に迷わないんだ。

 迷わずに、僕は自分の選んだ道をすすむんだ。今度こそ、守り通す為に。

「そう、ですか……」

 やっぱり、義父さんは最後まで納得出来ないようだったけど。それでも僕の気持ちだけはんでくれたらしい。困ったように苦笑くしょうを浮かべていた。

 そして、しばらく風呂に入ってから僕達は風呂場を出た。少し、入り過ぎたのかもしれない。

 ~6~

 そうして、僕達は三人でテーブルをかこんで食事をした。先程義母さんが言っていた通りに今夜の夕食ゆうしょくはかなり豪勢ごうせいだった。

 少し、いや、かなりお腹がふくれた。

 僕は少しお腹を休めると言い、屋上おくじょうにある展望デッキへた。空には僅かに星々が見え、煌々こうこうと月が輝いている。季節は春、この時期の夜は風が冷たくて少しばかり身体が冷えた。

 けど、やっぱり夜空は綺麗きれいだ。そう、素直に思う。

 この夜空よぞらを、アサヒも見ているのだろうか?それとも、もうねむってしまったのだろうか?ふと、そんな事をかんがえる。

 あの悲しい過去かこを抱えた少女。果たして、僕は何が出来できるだろうか?それとも、何かをしたいというそんな思い自体が傲慢ごうまんだったのだろうか?それは、僕には分からないけれど。分からないけど、それでも。

 何かをしたいと思った。その想いは、きっと間違まちがいない。

 僕は、彼女に何かをしてやりたいと思ったんだ。果たして、そんな思い自体がアサヒにとっては要らぬお世話せわだったのだろうか?

 そう、思っていたら。

「どうしたの?そんな一人でなやんで」

「義母さん」

 展望デッキに、義母さんががってきた。どうやら、一人ひとりで悩んでいる事はとっくに見抜みぬかれていたらしい。

 少し、気恥きはずかしい。

「私にもかせないようななやみかしら?」

「別に、そういう訳じゃないですよ。ただ、少し思う事がありましてね」

「私にもかせて貰えないかしら?もしかしたら、少しくらいはらくになれるかもしれないわよ?」

「……そう、ですね。ありがとうございます」

 そう言って、僕は義母さんに今日試験会場と児童公園であった事を話した。

 試験会場で出会であった少女の話。その少女が、少し強く印象いんしょうに残っていた話。帰りに寄った公園こうえんでその少女と再び出会った話。その少女の過去を聞いた話。

 そして、その少女に拒絶きょぜつされた話。

 僕はそれらを義母さんに話した。義母さんは、一切茶々を入れずに真面目まじめに聞いてくれていた。だからだろう、僕は素直に淡々たんたんと話す事が出来た。

 話を聞き終えた義母さんは、少し納得なっとくしたように頷いた。

「一つだけ、いかしら?」

「はい、何でしょう」

「イブキ君は、その女の子になにをしてあげたいの?イブキ君は、その女の子にどうしてあげたいのかしら?」

「それは……」

「それが、ただの同情心どうじょうしんから来るのなら、確かにめた方が良いわね。その女の子はきっと、安っぽい同情心なんてもとめていないでしょうし」

「…………………………」

 確かに、そうかもしれない。アサヒはきっと、安っぽい同情心なんて全く求めてはいないだろう。むしろ、そんな同情心なんて真っ先にって捨てるだろう。

 けど、だからという訳ではないけれど。僕はそんな安っぽい感情をアサヒに抱いた訳ではきっと無い筈だ。

 そんな程度ていどの想いで、僕はアサヒに言葉こえを掛けた訳ではない。

「けど、イブキ君はそうじゃないんでしょう?すくなくとも、安っぽい同情心なんかでその女の子を気に掛けた訳じゃない。ちがうかしら?」

「いえ、確かにそうですね。僕はその女の子を、アサヒの事をたすけてやりたいとそう思ったんだ。きっと僕は、アサヒを心から助けてやりたいと思ったんだ。其処そこに間違いはない」

「そう、ならその女の子だって貴方のそのおもいはきっと分かってくれる筈よ」

「……そう、ですかね?」

 素直に、僕はうなずく事が出来できない。

 実際、僕はあの時アサヒに拒絶きょぜつされている。

 その拒絶された時のあの表情を忘れる事がどうしても出来ない。あの、親の仇でも見るような強い拒絶の表情を。

 僕は、きっとこわいのだろう。またあの表情で拒絶されるのを。

 でも、それでも義母さんは何か確信かくしんがあってそう言っているようだ。

「ええ、大丈夫だいじょうぶよ。イブキ君が諦めずにそばに歩み寄ってあげれば、きっとその子だって素直に心をひらいてくれる筈だわ」

「……………………そう、ですか。いえ、そうですね。僕も諦めずに頑張がんばってみる事にします」

「ええ、その意気いきよ。頑張がんばって」

「はい」

 そう言って、僕と義母さんが笑い合うと、丁度展望デッキへと義父さんが上がってきた所だった。

 そのには、マグカップに入ったホットミルクが湯気ゆげを立てている。

 きっと、義父さんが気をかせてくれたのだろう。そう、理解出来た。

「イブキ君。この時期じきの夜はとてもえるでしょう。ですので、一緒にホットミルクでもみませんか?」

「はい、そうですね。ありがとうございます」

 そう言って、僕は笑いながら義父さんの手からマグカップをけ取った。

 そして、その日の夜。明日またあの児童公園にこうと決めた。アサヒに再び会える事を期待きたいして……

 ~7~

 そして、次の日。僕は再びあの児童公園に行った。しかし、やはりアサヒは其処には居なかった。少し、僕は落胆らくたんする。

 やっぱり、そう簡単かんたんにはいかないか。そう思い、僕はそっとかたを落としてそのまま児童公園をち去った。

 その次の日も、そのまた次の日も、僕はアサヒと出会う事を期待きたいして児童公園に行った。しかし、やはり期待したとおりにはいかなかった。もしかしたら、僕はアサヒにけられているのかもしれない。そう思い始めた。次の日だった。

「……何をやっているのよ、貴方あなたは?」

「えっと、」

 まるで、不審者ふしんしゃでも見るような目で、アサヒは僕をていた。

 やはり、僕がアサヒをさがしている事はとっくにバレていたらしい。その目にはほんの僅かに敵意てきいが感じられる。

 もしかしたら、本格的に警戒けいかいさせてしまったかもしれない。

「安いなぐさめなら要らないって言った筈よ?それとも、貴方を此処でてきとして認識してもいのかしら?」

「いや、僕は君のてきじゃないよ。少なくとも、僕は君と敵対てきたいするつもりは無い」

 その言葉に、アサヒは興味きょうみなさそうにふんっと鼻を鳴らして僕をにらんだ。

「そう、でも少なくとも私は貴方の事はきらいよ。大嫌だいきらい」

「そうか、確かに僕も少ししつこかったかもしれない。でも、それでもこれだけはどうか分かって欲しいんだ。僕は、」

 言った瞬間、僕の首元をかすめる形で長槍ながやりが出現した。アサヒの手に握られたそれは曰く、方天戟ほうてんげきと呼ばれる類の形状をした槍だった。

 義父さんからいた事がある。機械仕掛けの神威により精神せいしんエネルギー操作を極めた者は、固有の武具を生成せいせいする事すら可能だって。

 恐らく、これがアサヒの固有武具こゆうぶぐなのだろう。

 そして、その固有武具を持つアサヒの目はまさしく、てきを見るような視線だった。

 もし、此処ここで逆らうなら容赦なく首をる。そう、その視線が告げていた。

「言ったでしょう?私は貴方の事が大嫌だいきらいだって。これから貴方は私の敵よ。これ以上私の後を付け回すような真似まねをすれば、本当に容赦ようしゃはしない」

「……………………」

 此処でうなずかなければ、本当に殺す。そう言いたげな殺意さついの籠った目だった。

 だけど、僕は素直に頷く事が出来できない。黙り込む僕を、アサヒは忌々いまいまし気に強く睨み付けるだけだった。

 さて、どうするか?そう思っていたら……

「ちょおっとったあああああああああああああああああああああああっ‼」

 僕とアサヒの間にって入るように、一人の男がびこんできた。その男の顔を、僕は良くっていた。

 というか、獅子堂ギンガだった。

「誰よ、貴方あなたは」

「いやいや、待てよ!お前らなにをしているんだ?流石にこんな街中まちなかで物騒過ぎるだろうが」

関係かんけいないわ。私は私のてきをただ殺すだけよ」

「こいつは敵じゃないだろ?少なくとも、こいつがお前に敵意てきいを見せるとは到底思えないんだけど」

「…………………………」

「なあ、せめてその物騒なやりを仕舞ってくれねえか?俺達はお前の敵じゃない」

「…………はぁっ」

 溜息をこぼすと、アサヒはそのまま長槍をしてその場を立ち去っていった。

 思わず苦笑を浮かべる僕に、ギンガはあきれたような視線を向けた。

「なあ、一体何があったのかはらないけど流石に物騒過ぎないか?」

「まあ、確かにそうだな」

「……何があったのかは、おしえてはくれないよな?」

「まあ、あいつにも色々と複雑な事情じじょうがあるみたいだしな。仕方しかたがない事だってあるんだよ」

「……そうか、深くは追及ついきゅうしないけど。でもなにかあったら俺に言えよな」

「ああ、ありがとう。感謝かんしゃするよ」

 そう言って、僕はギンガに頭をげた。やっぱり、持つべきは信頼出来る親友しんゆうだなとそう心のそこから思った。

 けど、ギンガはそんな僕に対して呆れ返ったような溜息を吐いていた。

「そう思うなら、あまり無茶むちゃはしないでくれ。心臓しんぞうに悪い」

「ごめんなさい」

 そう言って、僕達はそのまま家に帰った。

 そして、それから一か月後。合格発表ごうかくはっぴょうの日が来た。

 ~8~

 僕とギンガは、合格発表を見るために新東京都まで来ていた。場所はかつての新宿しんじゅく

 其処に「神殺し部隊」の本拠地ほんきょちが置かれている。合格発表の掲示板けいじばんは、門を潜った右隣りにある講堂入口に大きくられていた。

 合否ごうひを確認する為、掲示板のまえには人が大勢集まっていた。

 其処に、見知みしった顔があった。というか、花咲アサヒだ。

 アサヒは僕達に気付きづいたようだったけど、敢えて無視むしをしてそのままさっさと立ち去っていった。どうやら、もう自分じぶんの合否は確認したらしい。相変わらず、視線は鋭く冷たい。

 若干、ギンガは警戒けいかいしていたようだけど。それでもどうやら此処でさわぎを起こすつもりは無いらしい。その事に、僕は内心ないしんほっとすると同時に少しだけ寂しくなる。

 果たして、本当に今後彼女と仲良なかよくなれるのだろうか?

 ……なれる気がしてこないな。そう思い、僕はこっそりと溜息を吐いた。

「やれやれ、本当に剣呑けんのんな女だよな。全く、どうしてお前はそんな女と仲良くなりたいと思えるんだ?」

「いや、まあそれはほら、やっぱり今後同じ組織そしき活動かつどうしていく以上は出来る限り仲良くしたいのが本心ほんしんじゃないか?」

「…………相変わらずだな、お前」

 そんな僕に、再び溜息を吐くギンガだった。

 なんだかよく分からないけど、失敬しっけいだな。そう思うものの、今は真っ先に合否の確認をするべきだろう。

 というか、それが本題ほんだいじゃなかったっけ?

「まあ、ずは先に合否の確認をしよう。多分、かってはいるだろうとは思う。けど実際に見てみないとからないからな」

「あ、ああ。そうだな」

 そう言って、僕達は掲示板けいじばんを見る。掲示板の一番上には主席合格者の名前なまえが書かれていた。その主席合格者はどうやら叢雲むらくもイブキというらしい。

 ……うん?

 もう一度、目をこすって確認してみる。えっと、主席合格者の名前は叢雲イブキ。うん、僕の名前がかれているな?えっと、もう一度いちどだけ目を擦って確認する。

 主席合格者の項目こうもくには、僕の名前が。間違まちがいない、僕自身の名前だった。

 何の間違いだろう?首席合格者の項目に僕の名前が書かれている。

 はい?

「おお、お前の名前なまえが主席合格者の項目こうもくに入っているじゃないか。もちろん、俺も合格していたぞ。残念ざんねんながら、ギリギリの合格ラインだったけどな。はっはっは、まあでも無事俺達は合格出来た訳だ。これから何か、おいわいでもしねえか?」

「…………………………」

「……おい、イブキ?おーい」

「…………………………」

「……駄目だめだこりゃ、思考停止しこうていししてやがる。この、ていっ!」

「あいたっ!何をするんだよ、ギンガ!」

「いや、お前がぽかんとした顔で思考停止しているからだろうが」

「ぐぬぬっ」

「いや、現実リアルでぐぬぬって言う奴ははじめて見たぞ」

 そう言って、呆れた顔をするギンガ。まあ、確かにほうけた顔で思考停止していた事は否定ひていしないけどさ。でも、流石になぐる事まではないだろう?

 そう思うものの、これ以上の問答は無用むようらしい。何だかギンガから本格的にあきれられているようだったし。本当に、不本意ふほんいだけど。

 でもなあ、

「どうして、僕が主席合格なんだ?こう言っては何だけど、僕より他に適任てきにんが居るんじゃないか?」

「適任ってだれだよ?」

 例えば、アサヒとか?

 いや、本当にそんな心底呆れたような顔で溜息を吐かないでくれないか?くぞ本当に。

 全く、本当に……

「全く、まあいや。俺達も無事ぶじ合格出来た事だし、この後一緒に合格祝いでもしないか?」

「合格祝い、ねえ?」

「そう、これからぱあっと盛大せいだいに合格祝いをしようぜ!」

 そう言って、ギンガは僕の肩に腕をまわして引き寄せてくる。その表情かおは満面の笑みを浮かべているのがかった。

 本当に、全く。

 そうだった、ギンガは何時いつもこうだった。小学生の頃、はじめて会った頃に僕と弟はこうしてギンガにっ張りまわされていたんだった。

 最初こそ、迷惑めいわくに感じていたけど。後でギンガが学校に上手く馴染なじめなかった僕達に気を使ってくれていた事を理解して。僕達はこいつにふかく感謝したんだった。

 全く、本当にこいつは何時もわらないな。そう思って、僕は思わず笑った。

「全く、本当にギンガは相変あいかわらずだな」

なんだ?どういう意味いみだよ」

「いつもいつも、人を引っ張りまわしてって意味いみだよ」

 今日も、きっと合格祝いというのは建前たてまえで、アサヒとの一件でなやんでいる僕に気を紛らわせようとしていたんだろう。

 こいつはそういう奴だ。本当に、

「ありがとう」

 怪訝な表情をするギンガに対し、僕は満面の笑みでわらった。

 そして、その後僕達は一緒にカラオケでうたいまくった。

 まあ、れいによって僕の曲目きょくもくは昭和の曲ぞろいだったけれども。

 其処はまあ気にしない方向で。云わばご愛敬あいきょうという奴だ。

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