科学で幻想を超越せよ!~空想科学ファンタジア~

kuro

第1話、序

 ~1~

 3XXX年、初夏しょか。僕は当時、中学二年生だった。

「ああ、どうして。どうしてこんな事に……」

 からない。どうしてこんな事になってしまったんだ。どうして……

 場所は家の近くにある小さな公園こうえん。そこで、僕は弟と一緒にあそんでいた。ただ、それだけだったはずなのに。

 僕の足元には、血だまりにしずんだ死体がころがっている。それは、弟だったもの。

 そう、これは僕の弟だったものだ。弟だったものが、足元に転がっている。既に、弟はこの世にない。もう、死んでいる。

 そう、理解りかいした瞬間。胸のおくにこみあげてくる何かがあった。

「うっ、うううおえええええええええええええええええっっ」

 いた。僕は、その場にひざを着いて吐くだけ吐いた。ああ、どうしてこんな事になってしまったのだろうか?からない。分かりたくもなかった。弟だったもの。この惨状は僕がつくり上げたものだ。

 頭のなかには、相変わらずこえが鳴り響いている。この声は、先ほどからずっと鳴り響いていたものだ。

 この声は、かみを名乗っていた。

 人類に自由意志じゆういしを与えたのは間違まちがいだった。故に、私は全ての人類からそれを取り上げると言っている。そう、言っていた。

 そうこえた瞬間、弟は急に表情をして僕に襲い掛かってきた。当然、僕はそれに抵抗した。僕の身体からだは、既に傷だらけだった。今も、夥しい血が流れている。

 殺したくなんてなかった。けど、死にたくもなかった。ただ、それだけだった筈なのに。僕は弟を殺してしまった。そう、弟を殺したのは僕だ。

 こんな事、僕達にはえんの遠い話だと思っていた。僕達が経験けいけんする事なんて無いと思っていた筈なのに。

 その筈だったのに……

 いまだに、声は鳴り響いている。脳内あたまに、直接響くような声が聞こえてくる。

 この声が、この声のぬしが、僕の弟をこんなにしたのだろうか?

 この声の主が、僕達の人生すべてを滅茶苦茶にしたのだろうか?

 だとしたら。ああ、だとしたら、こんな事は到底許せないだろう。そう、僕は天高くをにらみ付ける。

「神を、たおす……」

 僕達の人生せいを滅茶苦茶にした。僕の弟をこんなにしたかみという奴は到底許す事が出来ないだろう。だったら、僕は……

 神を、絶対にゆるさない。神は必ず、この手で殺してみせる……

 そう、心の奥底でちかい。僕は意識を静かに手放てばなした。

 ~2~

 これは二年ほど前の話。僕がまだ、小学六年生になったばかりのはる。僕は、弟をいじめていた生徒と喧嘩けんかをした。もちろん、この喧嘩は大問題だいもんだいとなり、互いの親が呼び出された上で急遽面談がひらかれた。

 相手の子供こどもは、僕が一方的に喧嘩を吹っかけてきてなぐり掛かってきたと主張。けどもちろん、そんな事実など無い。元々の原因げんいんは、僕の弟をこの生徒がいじめていたのが原因だったのだから。

 僕はそれを主張した。そして、再び取っ組み合いの喧嘩に発展はってんしかけたが、それはギリギリの所で互いの親と教師によってめられた。

 最終的さいしゅうてきに喧嘩両成敗という事にち着き、僕とその生徒が互いに頭を下げて謝る事で決着した。もちろん、僕は納得なっとく出来てはいなかったけど。

 それでも、相手が真っ先に謝った事で多少の溜飲りゅういんが下がったのか僕は素直に謝る事が出来た。

 ……その日の帰り道、母さんがそっと僕を優しくきしめた。母さんの肩が小刻みに震えている。いているのだろう。

「イブキ、すこしだけお母さんと約束やくそくをしてくれる?」

「……どうして、母さんがいているのさ?」

 不覚ふかくにも、僕は母さんが泣いているこの状況に深く動揺どうようしてしまった。

 母さんはとてもやさしい。弟が生まれて、同時に事故じこで亡くなった父さん。その父さんの代わりに母さんはずっとははの手一つで僕達兄弟を育ててくれた。

 とてもやさしかった母さん。自分の息子をなぐりつける事もしかりつける事も全く出来ない、とてもなみだもろい母さん。

 そんな母さんの事を、僕も弟も感謝かんしゃしていたし尊敬そんけいもしていた。だからこそ、僕はそんな母さんを泣かせてしまった事に不覚にも動揺どうようしてしまっていたんだ。

「イブキ、今後一切。無闇むやみに人を殴らないと約束やくそくしてくれるかしら?」

「…………だから、どうして母さんが泣いているんだよ?母さんは全くわるくない筈なのにどうして?」

「母さんね、イブキがほかの子どもをなぐったと聞いてとても気が気ではなかったわ。それが自分本位のものではない事は分かっていた。イブキはやさしいものね。でも、それでもイブキが他の子どもを殴ったといて、母さんはとても心配していたわ。だからね、約束出来る?もう無闇むやみに人を殴らないって」

「……分かったよ、母さん」

 本当は、あまり納得なっとく出来てはいなかった。母さんがわるいとも思っていなかった。

 けど、それでも僕は約束をした。その約束が、僕を縛り付けるかせになるという事はきっとこの時既に理解していただろう。けど、それでも僕はかまわないと思った。

 僕は、きっと母さんの事が大好だいすきだったから。弟は、母さんと僕の姿すがたを見てきょとんとして見ている。きっと、状況じょうきょうを理解出来ていないのだろう。

 けど、それでも弟だって母さんの事が大好きなんだろう。

 僕は家族かぞくが大好きだ。弟だって、そうだろう。僕達は全員、たがいに家族を愛しているのだから。

 だからこそ、僕は弟がいじめを受けている事を知ってゆるせないと思った。だからこそ喧嘩をした僕を、母さんは心配しんぱいした。

 きっと、それだけの話だったんだろう。そう、思うから……

「ごめんなさい、母さん……」

 そう言って、僕は母さんの背中せなかに腕をまわした。泣いている母さんを、これ以上見たくはなかったから。

 ああ、だからこそ……

 ~3~

 こえが、響く。僕のこころの中に、声が響いている。声が鳴り止まない。何時までも何時までも声だけが響いてくる。

 声は言っている。心を殺せ。我に身をゆだねよと。我が意思いしに全てを委ねよと。

 嫌だ。お前はてきだ。お前がすべてを滅茶苦茶にしたんだ。お前こそ、僕の敵だ。僕達にとっての敵なんだ。そう、僕は抵抗する。

 そんな僕の抵抗を、かみを名乗るそいつは嘲笑あざわらう。

 おろかな。その抵抗こそが、無意味むいみと知るが良い。そう、神は声高々に嘲笑する。

 その感情かんじょうこそが、人類の最たるごうであると、人類の最たるつみであると。

 人類は何時だって感情それに振り回されてきた。その感情によって、人類は間違いを犯しながらも此処まで存続そんぞくしてきたのだ。その矛盾むじゅんこそが、人類にとっての最大級の業なのだと神は嘲笑あざわらう。

 ふざけるなっ!

 僕は、声の限りさけんだ。もし、それが本当ほんとうだとしても。いや、例え本当の事だったとしてもだ。僕達の人生を滅茶苦茶にする権利けんりなんて誰にだってありはしない。

 例え、神にだってい筈だ。それなのに、神は僕達からそれをうばおうというのか!

 神は敵だ。僕にとって、敵なんだ。僕達にとって敵なんだ。どれだけ詭弁きべんを述べようと絶対に許せないんだ。

 こいつは殺す。絶対に殺す。こいつは僕の敵なんだ。僕達にとっての敵なんだ。こいつだけは、絶対にゆるしてはならないんだ。

 そんな、僕のこころからの叫びを、神は尚も嘲笑う。

 愚かな。尚も感情に振り回されてあらがう道を選ぶか。それが、どれほど愚かな事かも知らずに、どれほどくるしい事かも理解りかいせずに。

 いやだ!これ以上僕から何もうばうな。これ以上、僕から全てを奪うな。

 お前の事は絶対ぜったいに許さない。お前だけは、絶対に許さない。許してはならない。お前は僕のてきだ。お前だけは、絶対に許してはならないんだ。お前は僕が殺すんだ。僕がこの手で殺さなければならないんだ。絶対に……

 そう、僕は深いやみの中で叫び続けた。深い深い、意識いしきの闇の中で一人叫び続けた。

 ~4~

「う、んんっ……?此処ここ、は……」

 目をますと、目の前にはしろい部屋があった。白いベッドに白いカーテン。そして窓の外には常緑樹じょうりょくじゅが生えた中庭が見えている。

 此処は、病室びょうしつだろうか?じゃあ、えっと?僕はどうして此処に居るんだ?

 しばらく考えて、思い出す。

「……っ、そうだ!弟は!シブキは!……っ、ぐぅっ……⁉」

 勢いよくき上がり、思わぬ痛みに悶絶もんぜつする。それもそうだろう。僕の身体には、現在包帯が巻かれている。巻かれた包帯には、が僅かににじみ出ていた。恐らくは今起き上がった事で、傷口がひらいたのだろう。

 だけど、そんな事を言っている場合ではない。記憶きおくが確かなら、僕の弟は、叢雲シブキは僕の手で。僕自身が殺し……

「っ‼」

 あまりにもおぞましい記憶に、僕は痛みも忘れてき出しそうになった。しかし、泣いている場合ではない。まだ、弟が生きている可能性かのうせいはある筈だ。此処が病院なら、僕と一緒に弟も運ばれた筈。なら、まだ希望をててはいけない。

 そう、半ば現実から目をらしていたら。病室のとびらが開いた。其処には、驚いた表情の看護婦が手に持っていたタオルを床にとしていた。

「い、いけません!今起き上がっては……ほら、傷口きずぐちが開いて血がにじみ出ているではありませんか!」

「で、でも……弟は?僕の弟、シブキは⁉」

「っ⁉と、とにかく……今はち着いてベッドにていて下さい。今から先生を呼びますから。どうか大人おとなしくして下さい……」

 その反応はんのうに、僕は半ば意気消沈してしまった。この反応では、やはり弟は生きてはいないのだろう。そう考えると、涙をめる事が出来なかった。

 僕のほおを涙が次々と伝い、こぼれ落ちてゆく。そんな僕を、すっかり困り果てた表情で看護婦はナースコールを押す。別の看護婦の声がこえてきた。

「……はい、私です。患者が目をまされました。……はい、少し錯乱さくらんしている様子ですが、どうやら自分の身に起きた事ははっきりとおぼえている様子です。……はい、はい。分かりました。フブキ先生をんで下さい」

 そう言って、看護婦は僕に向き直った。その表情かおは、やはり少しだけこまったような表情だった。

 僕は、すっかり意気消沈してしまっていたらしい。自分自身、それが理解出来るくらいに希望というものがいてこない。

「……やはり、僕の弟は……僕が、」

「申し訳ありません。私自身からは何とも。ですが、その……」

「いえ、すいません。言いにくい事を……。その、此処は病室びょうしつですよね?」

「……はい、県立の総合病院です」

「そう、ですか……」

 そう言って、それっきり会話かいわは無くなった。やはり、弟は僕が殺してしまったのだろう。

 それを自覚じかくして、もうすっかり気力きりょくが無くなってしまった。

 ……どうして、こんな事になってしまったのだろうか?分からない。

 分からないけど、これだけは分かる。

 きっと、これも神の仕業しわざなのだろうと。そして、僕達は神によって滅茶苦茶にされたのだろうと。

 ~5~

 それから、少しして一人の男性医師が病室にはいってきた。何処か、知っているような顔だと思ったけど。恐らくのせいだろう。とても温和おんわそうな、白髪に垂れ目の男性医師だった。

「初めまして、僕の名前は叢雲むらくもフブキと申します。よろしくお願いします。叢雲むらくもイブキ君」

「……叢雲、フブキ?」

 その苗字に、僕は思わず反応はんのうしてしまった。僕と同じ苗字みょうじだ。フブキ先生は、とても穏やかな表情で僕の身体からだの様子を見ている。その顔を見て、思い出した。

 そうだ、誰かにていると思ったら僕の父さんだ。彼は、幼い頃にくなった僕達の父さんに似ているんだ。

 そう思っていたら、フブキ先生は僕の傷口の処置しょちをしながら微笑みかけた。

「はい、僕の名前なまえは叢雲フブキと言います。一応は君のお父さんの弟になります。よろしくおねがいしますね」

「あ、は……はい。よろしく、お願いします?」

 そう言って、僕は頭を下げる。イブキ先生は、やはり穏やかな表情をしている。

 だが、そんな表情をほんの僅かにくもらせるとフブキ先生は僕に質問しつもんをした。

「それで、えっと。イブキ君は自分のに起きた事を自覚じかくしていると聞きましたが具体的な事を聞いても問題もんだいはないでしょうか?」

「……はい、僕が弟を殺しました。突然、表情をして襲い掛かってきた弟に抵抗していたら、そのいきおいで僕は……」

「すいません。そのような事を聞いてしまって。おつらいでしょう?」

「いえ、ではやはりあの時聞いたこえは……」

「はい、あの時世界中にむ人類全てがあのこえを聞いていたようです。そして、世界人口の約三割が自由意志を失った神のあやつり人形になってしまった」

「……………………」

 やはり、あの時の事は全て現実げんじつだったらしい。僕と僕の弟が体験たいけんした事は、世界中で起きた事だったのだろう。僕の弟は、かみによって自由意志というものを失って神の操り人形になってしまったのだろう。

 そして、世界中の人達が、あの時の僕とおなじような目にあった。そういう事なのだろう。

 そして、其処そこまで考えて。僕は一つの事実に気が付いた。

「……えっと、フブキ先生。母さんは?叢雲むらくもユリはどうしていますか?」

 その言葉をいて、どうしてかフブキ先生と看護婦の人はとてもかなしそうな表情で顔を曇らせた。その表情に、僕は思わずいやな予感がした。

 母さんはとてもやさしい。それこそ、息子をつよくしかりつける事も出来ない程に。とても優しく穏やかな性格せいかくをしている人だ。

 だからこそ、僕と弟が殺し合いをしたと知ったらどうなるのか?

 ……そんな事、火を見るよりあきらかじゃないか。

 だけど、フブキ先生から聞いた話は僕が予想していたよりも遥かに壮絶そうぜつでとても直視出来ないような事実じじつだった。

 ~6~

 僕は、病院の廊下を必死によろけながらあるいていた。身体がとてもおもい。当然だろうと思う。僕は、三日間もねむっていたらしいから。人間は三日もベッドで寝ていたら体力がかなりちるらしいしな。だけど、そんな事は一切関係がない。

 今、気にすべき事はこんな事ではないだろう。

 病院の廊下ろうかには、恐らく今回の事件の被害者ひがいしゃなのだろう怪我人たちでごった返しているのが理解出来た。これほどまでに、被害ひがいは大きいんだ。

 神を名乗る者によりこされた世界的大事件、天罰てんばつ。それにより、世界中に住む人類の約三割が自由意志を失った神の下僕げぼくと化したという。それは、病院内にあるテレビのニュース番組で知る事が出来た。

 今、この病院に居る患者かんじゃだけではない。今、全ての病院が飽和状態となっている。この病院もすぐに飽和状態になるだろう。

 それくらいに、ひどい状況だった。手足に包帯ほうたいを巻いている人が居るのはまだ比較的にマシな方だと思う。中には、手足を欠損けっそんしている人も居る。中には、片目を失った人や大切な人を今回の事件で失い生きる意味いみを失った人も居るくらいだ。

 そうだ、大切な人や家族をうしなった人だって居る。恐らく、僕のははもその内の一人だったのだろう。

 事実じじつとして、病院の一室でたきりになっているそうだ。そう、この三日間僕の母はずっと寝たきりだそうだ。

 起きる気配けはいは、今の所無いのだとか……

 ふがいない。そう、自分自身をめる気持ちは確かにある。だけど、そんな事をしている場合では当然無いだろう。

 事実、母は今寝たきりになっているんだ。僕達のせいで、僕達が殺し合いなんてしてしまったから。だから、

「っ、くそっ‼」

 ふがいない。自分自身がとてもふがいないとなげく。どうしてこんな事になってしまったのだろうか?分からない。分かりたくもない。

 殺したくなんてなかった。殺されたくもなかった。

 それは、たしてわがままなのだろうか?僕は、罪深つみぶかいのだろうか?

 けど、今はそんな事を考えているひまはない。今は、母のもとへ少しでも急ぐべきだ。

 そして、そうこうしている内に僕は病室の前にた。県立総合病院、203号室。

 僕は、少し荒くなった息をととのえて病室の扉をひらいた。

 ~7~

 病室の中に、母が居た。

 ベッドに寝ている。少しやせほそった母が、腕に点滴用のくだを付けて栄養剤の入ったパックから点滴を受けている。僕には、一切反応をしめさない。そう、この空間だけ世界から切り離されたかのようにしずかだった。

 だけど、ちがう。当然、此処ここも世界の一部だ。

 ずっと、母はこうして三日間もこの病室でねむり続けていたのだろう。この病室内でずっと、眠り続けていたのだろう。

 思わず、僕は涙をながした。

「ずっと、ユリさんはねむり続けていたんだ。きっと、今も尚ユリさんは悪夢あくむに囚われ続けているんだと思う。夢の中で、自分自身をめ続けているんだと思うよ」

「……っ‼」

 そう言うフブキ先生の声は、とてもしずんでいた。恐らく、彼自身にとっても母さんのこの状況は悲惨ひさんに思っているのだろう。そして、ぼくにとっても。

 くやしい。あまりにも悔しい。無力な自分自身がなさけない。ああ、どうして……

 僕は、よわい。

 そうだ、僕は弱い。あまりにも弱すぎる。誰も、まもれない。

 大切たいせつなものも。自分自身の何も、まもれない。それが、悔しい。これ以上、奪われるのはどうしても我慢がまんが出来ない。

 そうだ、僕はこれ以上奪われたくないんだ。強く、なりたい。

「……ユリさんから、以前頼まれたんだ。もし、自分自身のに何かあったらどうか息子たちの事をよろしく頼むって。まさか、こんな事になるなんて予想よそうだにしてはいなかったけれど、それでも……」

「……………………」

「どうか、僕の事は義父ちちとでもおもってはくれないだろうか?」

 そう、フブキ先生は言った。

 恐らく、フブキ先生なりに僕の事を気遣きづかってくれているのだろう。そう思う。

 きっと、フブキ先生は優しいのだろう。とても、優しいのだろうと思う。だから、こうして僕の事を気遣ってくれているのだろう。

「フブキ先生……いえ、義父とうさん」

「はい、何でしょうか?イブキ君」

「僕は、くやしいです。何も出来なくて、無力むりょくで、弱い自分がなさけないです」

「……………………」

 義父さんの表情がくもる。きっと、僕の心情しんじょうを察したのだろう。

 けど、もう僕は自分のおもいを止める事が出来できない。一度吐き出した気持ちを抑える事がどうしても出来ない。ああ、どうして僕はこんなにも……

 弱いんだ。

「強くなりたいです。どうしようもないくらい、弱い自分が許せないです」

「イブキ君は、つよくなりたいですか?」

「はい」

「……君の気持きもちも理解出来ます。けど、このまま平穏へいおんな日々を過ごす事だってきっと罪ではない筈です。それでも、つよくなりたいですか?」

「はいっ」

「そう、ですか……」

 フブキ先生は、義父さんはとても悲しそうな表情かおをしていた。それは、どこか子供の将来をうれう父親のようなそんな雰囲気ふんいきがした。

 だけど、それでも僕は……

「付いて、来て欲しい……」

 そう言って、義父さんは部屋の扉を開いて病室をた。

 ~8~

 僕をれて、義父さんは病院の地下ちかへと下りてゆく。地下へ地下へと、どんどんと下ってゆく。総合病院に、こんな地下空間があったなんて。僕はおもってもいなかったけど。

「義父さん、何処どこへ行くんですか?」

「僕の個人的な研究室けんきゅうしつです。僕はね、医者であると同時どうじに研究者でもあるんです」

「研究者……」

 研究者。つまり、科学者という事か……

 でも、どうしてそんな事を?そうかんがえていたのを読んだのか、義父さんは苦笑気味にその疑問ぎもんに答えた。

「僕はね、元々研究者をしていたんだ。僕自身、人をすくう仕事にきたいと幼い頃から考えていてね。でも、人を救いたいだけならきっと研究者よりも医者の方が良いって考えて。僕は医者も同時どうじにやっていたんです」

「じゃあ、義父さんの研究内容けんきゅうないようって……」

「はい、人をすくう為の研究けんきゅうですね」

 そう言って、義父さんは地下室をすすんでいく。

 其処は、もうすでに人の気配のしない未知みちの空間だった。その空間が、何処か寂しくて。そして同時に恐ろしくもあって。思わず僕は、義父さんの服のすそをぎゅっと握り締めた。

 そんな僕に、義父さんは苦笑くしょうを浮かべる。

「大丈夫ですよ、大丈夫……」

「うん」

 そう言って、僕と義父さんは手をつないでそのまま地下室をすすんでゆく。

 やがて、僕と義父さんは一つのとびらの前にいた。義父さんはその扉の横にある操作盤にパスコードを入力してゆく。すると、扉が自動的にひらいた。どうやら、パスコードを入力する事によって扉が開く仕組しくみになっているようだ。

「最後に、僕から言っておくことがあります。本当に、イブキ君は後悔こうかいしませんね?此処で引き返したとしても、きっと誰もとがめはしませんよ?」

「……………………」

 恐らく、義父さんは此処ここで僕に引き返して欲しいのだろう。だからこそ、義父さんは此処で僕をためそうとしているんだ。

 でも、それでも僕は……

「義父さん、僕をあまりいかぶらないで下さい」

「……………………」

此処ここで、もし僕がき返したとしたらきっと僕は後悔します。絶対に後悔します。ですから、僕は絶対ぜったいに此処で引き返したりしません」

「そう、ですか……」

 分かりました。そう言って、義父さんはあきらめたように苦笑した。

 義父さんは、僕をれてそのまま部屋のなかへと入っていった。

 その部屋の中には……

 ~9~

 その部屋の中には、研究用の資材しざいと思われるものがそろっていた。研究用のパソコンが一式にその他データを保存ほぞんしてあるのだろう大量の記録媒体が大切に保管されていた。それ以外にも、恐らくは研究用けんきゅうようのサンプルだろうよく分からないものが多数置かれている。

 そして、何よりも目を強く引く物がおくに置かれていた。見た目で言えば、まるで、機械仕掛けの棺桶かんおけのような。そんなよく分からない装置そうちが置かれている。

此処ここが、僕の個人用研究室ですよ。此処にはいったのは、僕意外ではイブキ君が初めてです」

「そう、ですか……?」

「はい、僕個人の研究室なので、不用意に他人たにんを入れないようにしているんです」

 そう言って、義父さんは苦笑くしょうを浮かべた。

 まあ、たしかにそうなのかもしれない。個人用こじんようの研究室なのだから、実際問題他人を入れて研究成果を持ち出されてはこまるのだろう。子供の僕だって、そのくらいは理解出来る。事実、これだけの研究室なのだから重要じゅうような研究内容も多いだろう。

 だったら、不用意に研究成果をち出されないよう配慮はいりょすべきなのかもしれない。

「えっと、じゃあ僕が此処に入ったら本当は駄目だめなんじゃ?」

「いえ、まあ君なら大丈夫だいじょうぶでしょう。別に、イブキ君は此処ここの研究成果を外に持ち出す気はいでしょう?」

「いえ、まあそうですが……」

「大丈夫です、これでも僕はイブキ君の事をしんじていますから」

 そう、義父さんは言った。

 確かに、僕は義父さんの研究資料をぬすみ出すつもりは一切無い。其処は信じて貰っても構わないだろう。

 けど、これはっている以上に重要じゅうような事なのではないだろうか?僕は、どうしてもそう思えてならなかった。もしかしたら、これは僕が思っている以上に重大じゅうだいな事ではないかと、そう思えるのだ。

 けど、やっぱりそういうのは言うだけ無駄むだなのかもしれない。そう思い、僕はこれ以上言及するのをあきらめた。

「始める前に、この資料しりょうを読んで下さい」

「……これは?」

 義父さんにわたされたのは、研究資料の紙束かみたばだった。一枚目には「機械仕掛けの神威と人体のサイボーグ化技術について」と、題名タイトルが記されていた。

 でも、これは……

かっています。間違いなくこれは邪道じゃどうの技術でしょう。でも、恐らくは今のイブキ君にとっては必要ひつような技術でしょう」

「……………………」

 紙束を次々とめくって中身なかみを確認する。確かに、これは大多数の人間が邪道じゃどうだと批判するであろう技術だった。だが、それと同時に人類じんるいを飛躍的に先に進めるだろう技術でもあると僕は即座に理解りかいした。

 確かに、これは今の僕にとっては必要な技術なのだろう。

 問題もんだいなのは……

「義父さんは、どうしてこの技術を?」

「僕は、人類を救う技術を研究していました。更に言えば、人類を恒久的にやまいから救う技術を研究していました。その結果、まれたのがこの技術でした」

「……えっと?」

「この技術は、人の持つ精神こころを一種のエネルギーとして見做みなし引き出す技術です。そして、同時に人間という種を次のステージへと引き上げる役目をになっています」

「……えっと、それが人類のサイボーグ化技術?」

「はい、そうです。人類ヒトのサイボーグ化技術、そして精神こころのエネルギーは人類をより高次の生命体へとき上げるでしょう。そして、それにより人類は恒久的に病を克服する事になるでしょう」

「……よく分からないけど、それが義父さんの描く未来みらい?」

「はい」

「……そう、ですか」

 そう言って、僕はこれ以上言及するのをめた。義父さんの理想にこれ以上言及するのは流石に野暮やぼなのだろう。そうおもったから。

 だから、僕はこれ以上言及するのを止めて話題を元にもどす事にした。

 それをさっしたのだろう。義父さんは僅かに表情をくらくしてパソコンに向き直る。恐らくは、まだ納得出来ていないのだろう。けど、それ以上言うのは義父さんにとっても決意をくもらせる事になりかねない。

 だから、僕は敢えてだまっていた。

「では、その装置そうちを今からひらくので中に入って下さい」

 そう言って、義父さんはそばにあるパソコンを操作そうさした。すると、先ほど機械仕掛けの棺桶と表現していた装置のふたが開いた。その装置の中から、初夏だというのに凍えるような冷たい冷気がれ出てくる。

 その冷気が、僕には死者のくにへの手招きに思えて、思わず身震みぶるいしてしまった。

 だけど、僕は強くなるってめたんだ。もう、自分の弱さでうばわれるのは絶対に嫌だから。だから、僕はを決して装置の中へと入った。

 義父さんが、パソコンを操作そうさする。すると、ゆっくりと機械の蓋が閉まってやがて閉じていった。きっと、もう僕は後戻あともどりは出来ないだろう。

 それでも、僕はきっともうまよわない。もう、これ以上迷うのは無しだ。

 そう思い、僕は……

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