「ひどい雨。」

 宮本くんが、窓から外を眺めて言った。雨はさっきよりひどくなっていて、大粒の雨が窓を斜めに叩きつけている。

 「今日はもう、商売にならないな。」

 からりと乾いた口調だった。俺はどきりとして宮本くんを見た。

 こういうのは得意だと言った男の子。セックスを売り物にする子。さっきのセックスも、値段をつけるに十分なホスピタリティにあふれていた。多分、常連のお客さんなんかがたくさんいるのだろう。

 「……あそこに、いつも立ってるの?」

 うちの近くではあるけれど、通勤経路と反対なので普段は通らない道だった。俺はつまらない人間なので、職場と家の往復以外、ほとんど家を出ない。

 「あそこか、公園か。」

 「公園?」

 「あっちの繁華街の方に、池のある公園あるの、分かる?」

 「ああ。」

 「あそこ、ウリ専スポット。」

 中村さんも行ってみるといいよ、と、宮本くんは首を斜めにして俺の顔を覗き込んだ。

 「今日はこんな天気だから俺くらいしかいなかったけど、天気良くて、もうちょっと時間早ければ結構選べるよ。」

 選べる、と言われても、俺には俺の好みが分からなかった。あまりに、恋愛経験が薄いせいだろうか。それを恥ずかしながら宮本くんに伝えると、彼は仏壇の写真を目を細めて眺めた。

 「あの写真に似てるタイプもいるよ。……がたい良くて、ワイルド系のイケメンでしょ?」

 言われた俺は、戸惑った。あの男の容姿について、好みだどうだと考えたこと自体がなかった。恵まれた容貌をしているな、と思ったことくらいはあるけれど、だからと言ってそれが俺の好みかときかれれば、そういうわけでもない気はする。

 「……好みとか、考えたことなかったな。」

 あの男は、ただいただけだ。突然現れて、俺を抱いて、そのまま居座って、一か月半の間。

 宮本くんが写真から俺に目を写し、肩をすくめた。

 「随分惚れてたんだね。」

 惚れる?

 俺は、虚を突かれて宮本くんを見返した。とっさに否定する言葉も出ないくらいだった。だって、惚れるなんて言葉、俺とあの男の間には入り込みようがない。あの男だって、俺のことはていのいい宿代わりだとしか思っていなかったはずだ。

 あの男の葬式会場で、白い整った顔をくしゃくしゃにして泣いていた女性の華奢な体躯を思い出す。

 婚約者だったと、俺はそのときはじめて知った。

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