6
がちゃん、と玄関のドアが開閉する音がして、宮本くんが戻ってきた。彼は、素手に線香の箱とワンカップを一本抱えていた。
「お帰り。」
反射で出た言葉だった。あの男と暮らしていた半年前、俺はいつもあの男の帰りを待つ立場だった。朝遅く、夜も遅い職業の男だったのだ。そして帰宅したときに、お帰りの一言がないと、妙に拗ねる男だった。いい年をした男が二人暮らしている部屋で、お帰りにただいまもないものだと思うのだけれど。
宮本くんは、ちょっと驚いたように俺を見た。俺も、自分が場にそぐわないことを言った自覚はあったので、ちょっと焦って今の台詞を取り消そうとした。けれどそれより少し早く、宮本くんがにこりと笑った。
「ただいま。……そういうこと言われんの、はじめてかも。実家はそういうの一切なかったし、中学でてからはずっと一人だし。」
俺はどきりとして宮本くんを見た。俺も、全く同じ状況にいたからだ。実家には父と母がいたことにはいたが、俺に目を向けるのは俺を殴るときだけだったし、中学を卒業してなんとか独り暮らしをはじめてからは、誰も挨拶をするような相手がいなかった。
「……そっか。俺もだよ。」
「写真の人と住んでたんじゃないの?」
「一か月半だけ。」
口にして、その短さに改めてめまいがしそうになった。俺があの男と暮らしたのは、半年前のほんの一か月半だけ。それだけが、俺の『お帰り。』の全てだった。
宮本くんはスニーカーを脱いで部屋へあがり、仏壇の前に正座をすると、ワンカップを供え、線香の先をライターの赤い火で直に炙りながら俺の方に首を向けた。
「長さって、多分そこまで重要ではないでしょ。」
俺は曖昧に首を振った。一か月半で消えて行ったあの男。今では、あの日々がただの夢に思われるときもあった。寂しかった俺が見た、ただの短い夢。
宮本くんは灰の入っていない線香立てにそっと線香と入れると、俺はよく分からないけど、と言った。
「俺はよく分からないけど、あなた、この人にずいぶん義理立てしてるみたいだね。さっき、寝たとき分かったよ。ずっと、仏壇見ながら俺に抱かれてたね。」
仏壇を見ながら抱かれていた?
自覚は全くなかった。
あの男以外と関係を持ったことはなかったし、それももう半年前の話だ。自分の身体がどう扱われ、どう反応するのか、怖れるような気持で抱かれていた。その感覚は、男にはじめて抱かれたときに似ているのかもしれなかった。
仏壇では、男がこちらを見て、眩しそうに目を細めていた。
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