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あのとき泣いていたのは、もう一人の女性、あの男のお母さん。あの男が、婚約者と住んでいた部屋を出てから一か月半の間、俺の部屋にいたことを知って、彼女は俺の手を取って感謝の言葉を告げてくれた。毎日のようにあの男と寝ていた俺は、自分の手が真っ黒に染まっていて、誰が見ても性に溺れた様子に見えている気がして怖くなって、すぐに会場を後にした。葬式なんて、行くんじゃなかったと思った。男の死は、自死だったので、会場には男のごく近い親族と婚約者しかいなかった。そもそも俺は、浮いていたのだ。
「……惚れてなんか、ない。」
俺の声は、なぜだかぎすぎすと掠れていて、上手く言葉になってすらいなかった。
宮本くんは、静かに目を細め、服、着せてあげる、と言った。
俺は、自分が裸のまま煙草をくわえていることが、妙に滑稽に思われて、急いで自分で服を着た。
「惚れてなんか、なかったよ。」
ワイシャツのボタンを留める指が、なぜだか震えていた。
宮本くんは、そうだね、と頷いてくれた。
そうだね、ごめんね、と。
ごめん、と、最後にあの男は言った。今でもよく覚えている。真夏の一番暑い日だった。あの男は、仕事に出ていく俺を見送り、ごめん、と言った。
ごめん。半年経つまでには、新しい男見つけろよ。
俺はそれを、この部屋から出ていくという意味だと思った。だから、そうするよ、とだけ言って、そのまま部屋を出た。その日の昼、一番暑い時間帯、男は電車に飛び込んだ。それが、今から半年前の話だ。
新しい男は、見つからなかった。探し方も分からなくて、半年間ぼうっとしていた。
「また声かけてよ。俺、セックスは割と上手いでしょ?」
空気を変えてくれようとしたのだろう、宮本くんが声を明るくしていった。俺は、頷いて二本目の煙草をくわえた。
「セックスって、数こなせばうまくなる?」
「うまくなりたいの?」
「……まあ。」
あの男は、俺と寝るたび、俺に、下手くそ、と言って笑った。セックスをほとんどしたことがなかったから仕方がないと思っていたけれど、俺はセックス以外にもできないことが多い。料理をすれば火傷をするし、掃除をすれば逆にものを散らかすし、職場でもミスが多い。回数を重ねたくらいでは、セックスが上手くならないような気もした。
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