第24話:桜井さんがVTuberを始めた理由

「まぁそんなわけで、私のアイドル活動は高校生の時に卒業したんですけど……でもやっぱり私は昔から歌う事が昔から好きだったんです。だから大学生になってからもどうにかして誰かに歌を聞いてもらえる場所が作れないかなって考えてたんですけど……その時に偶然知ったのが“Vチューバー”と呼ばれる人達だったんです!」

「……あぁ、なるほど。それで桜井さんはVチューバーを?」


 俺がそう尋ねてみると、桜井さんは嬉しそうな表情をしながら顔を頷いてきた。


「はい、そうなんです! Vチューバーになれば私は“桜井涼葉”としてではなく、全く別人の“わたし”として活動する事が出来ると知って……これなら“桜井涼葉”に注目の目が集まる訳じゃないので、いつもみたいに物凄く緊張をしてしまうなんて事もなく、私のしたい活動が出来るんじゃないかと思って、それでVチューバーを始めてみたんです!」


 そう言うと桜井さんは目を閉じながらVチューバーを始めた頃の話を俺にしてくれた。


「まぁそれでも、やっぱり最初の頃は緊張もしてしまったんですけど……でも少しずつVチューバーとして活動していくうちに“倉瀬スズハ”ちゃんを応援しくれるファンが出来てきたんです。そしてそんなファンの皆さんのおかげでようやく私は“桜井涼葉”じゃなくて“倉瀬スズハ”なんだってちゃんと思えるようになって、それで最終的に緊張する事もなく“倉瀬スズハ”として楽しく活動する事が出来るようになったんです」

「あぁ、なるほど。それなら桜井さんにとってもVチューバーを初めてみて良い結果になったようですね!」

「はい、そうなんです! いや、まぁでも前回配信をした時にはまだまだ自分に足りない物が沢山あるというのを痛感してしまいましたけどね、あはは……」


 桜井さんはそう言ってちょっとだけ影を落とした笑みを浮かべていった。やっぱり前回の荒らしの件はまだ完全には立ち直れていないようだ。


「ま、まぁあの荒らしの件に関しては桜井さんには落ち度はないから気にしなくて良いですよ。それじゃあ話を少し変えて桜井さ……じゃなくて、倉瀬スズハさんとして今後何かやりたい事や叶えたい夢みたいなのはあったりするんですか?」

「え? 私のやりたい事や叶えたい夢……ですか?」


 という事で俺は桜井さんに向けて明るい話題を尋ねてみる事にした。


「うーん、まぁやっぱり昔から歌うのが好きだったので、やりたい事としてはこれからも沢山の人に私の歌を聞いてもらえたら嬉しいなって思っています。そのためにもチャンネル登録者数を増やしてスズハちゃんの事を知ってくれている人を増やしていきたいですね!」

「はは、それはとても良い夢ですね!」

「あはは、ありがとうございます! あ、あとはもう一つ……これは流石に夢としては無茶だろうなって思ってはいるんですけど……」

「え? 他にも何か叶えたい夢がある感じですかね?」


 そういうと桜井さんは急に恥ずかしそうにもじもじとしだしていった。


「は、はい……えっと、その、今は人気曲のカバーした動画をメインで投稿しているんですけど……でもやっぱりいつかは私だけのオリジナルソングを投稿したいなって思っているんです。まぁでも自分で作詞作曲なんて出来ないので、もっともっと有名になってお金を稼げたら……その時は好きな作曲家さんにお金を払って依頼をしたいなと思うんですけど……」

「……なるほど、オリジナルソングですか」

「はい。いやまぁでも……流石にチャンネル登録者数がまだ一万人にすら到達出来ていない私が持つには高望みな夢ですよね、あはは……」

「……いや、そんな事はないですよ」

「あはは……って、え?」


 桜井さんは自分の持っている夢が高望みすぎると言いながら自虐的に笑ってきた。でも俺はそんな桜井さんのとてつもなく大きな夢の話を聞いて……俺の心の中にはとある感情が芽生え始めていた。


「それとおそらくなんですけど桜井さんは自分の凄さに気がついていないと思うので……とりあえずその事について俺の方から言わせて貰っても良いですか?」

「え、す、凄い事……? あ、は、はい……?」

「はい、ありがとうございます。それじゃあ……桜井さんはウーチューブチャンネルを完全なる初心者からスタートして、たったの数ヶ月でチャンネル登録者数を五千人まで増やしたと思うんですけど……これってかなり凄い事なんですよ!」

「……え?」

「しかも今は桜井さんの配信って毎回同接で100人くらい集まってくれてるんですよ? これも初心者の個人勢Vチューバーだと考えたら普通に……いや相当に凄い事をしてるんですよ!」

「え……えっ?」


 しかもこれの何が凄いのかって言うと、桜井さんは企業やグループに属したVチューバーではなく個人系のVチューバーなんだ。つまりこれまでの桜井さんのウーチューブ活動は全部桜井さん一人の力だけでやってきたという事だ。


 しかも桜井さんのやってるウーチューブの内容も歌ってみた動画と雑談配信の二つだけのコンテンツしかないのに、たったの数ヶ月でここまでのファンを集めるというのは……ウーチューバーやVチューバーがとても飽和しているこの令和の時代では相当に難しい事なんだ。


「い、いや……でも私が知ってる配信者の方々なんて皆チャンネル登録者数は十万人や百万人なんて余裕で超えてますし、配信をしたら同接数なんて四桁、五桁は当たり前に集まったりしてますよ? そんな凄すぎる人達が沢山いるって考えたら……私なんてまだまだ何も凄い事なんてしていませんよ……」

「あはは、そりゃあ確かに超人気のウーチューバーやVチューバーだったら常時同接一万人越えとかざらに居ますよね。でもそういう人達ってウーチューブ全体で考えたらほんの一握りしか辿り着けない世界ですし、なんなら今から初心者がウーチューブを始めてみたとしても……それから数ヶ月経っても同接が二桁にいかないなんていうのも当たり前の世界なんですよ? そんな弱肉強食な世界の中で桜井さんはしっかりと同接を三桁まで伸ばしているってのは……いやこれは本当に本当に本当に凄い事なんですよ!」

「え、そ、そうなんですか? で、でも、私はそこまで特別な事なんて何もやってないはずなんですけど……」


 俺がそう言うと桜井さんは本当にビックリしたような表情になりながらそう返事を返して来た。どうやら桜井さんは自分がやっていた事の凄さに気がついていなかったようだ。


「はは、そんな事はないですよ。桜井さんがここまでVチューバーとして凄い活動が出来てきたのはおそらくなんですけど……桜井さんが子供の時から頑張って歌の練習をしてきた事や、高校生時代には頑張ってアイドル活動をしてきた経験が全部活きているんだと思いますよ」


 つまり今まで桜井さんが頑張ってきた事の全てが経験として活き、そして大学生になって始めたVチューバーの活動に全て繋がったんだと思う。俺は今までの桜井さんの話を聞いてそう思った。


「そ、そうなんですか……それじゃあ私の今までの頑張りは……全部無駄ではなかったって事なんですかね……」

「はい、それは絶対にそうですよ。桜井さんが今まで頑張ってきた事が無駄だったなんて事は絶対にありませんよ」

「……そっか。はい、それなら……良かったです……」


 俺がそう言うと桜井さんは感慨深い表情になりながらそう一言ポツリと呟いていた。


「はい、だからさっき俺に教えてくれた桜井さんの目標や夢というのも、今まで通りこれからもずっと頑張っていけばいつかは絶対に叶うと思います。でも……」

「……え? で、でも……?」

「はい、でもこれからもずっと頑張り続けるというのは……やっぱり桜井さん一人だけの力ではとても難しいと思うんです。先日も桜井さん一人だけでは悪質な荒らし被害に対応をするのはとても大変そうでしたし、それにきっとこれからも大変な事というのは沢山出てくると思うんです」

「そ、それは……はい、そうかもしれませんね……」

「はい、ですよね。だから改めて俺から桜井さんにお願いがあるんですけど、良かったら俺に桜井さんの……いや、倉瀬スズハさんのサポートをさせて貰えませんか?」

「……え?」


 という事で俺は改めて真剣な態度を取りながら桜井さんに向けてそうお願いをした。俺は桜井さんのサポートを全力でしてみたいと……そう考えていた。


「え、えっと……い、いやそれはもう既にモデレーターをお願いさせて貰ってると思うんですけど……?」

「え? あぁいや、そうではなくてですね……倉瀬スズハさんのチャンネルのモデレーター以外にも色々とサポートさせて欲しいんです! 例えば動画編集に広報活動、誹謗中傷対策とかの裏方作業って今まで全部桜井さんが一人でやってきたと思うんですけど……その裏方作業を俺にも手伝わせて欲しいんです!」

「え……えぇっ!? そ、そんな……い、いいんですか!?」


 俺は本気の目つきで桜井さんにそうお願いをしてみると、桜井さんはかなりビックリした様子になりながら俺の顔を見つめてきた。

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