第22話:桜井さんとの初めての打ち合わせ

 次の日のお昼過ぎ。


「ふぅ……」


 俺は一足早く先に駅前の喫茶店に到着していたので、俺はコーヒーを飲みながら桜井さんが到着するのをノンビリと待っている所だった。


「それにしても昨日は色々とビックリしたなぁ……」


 昨日はまさか隣に住んでいる女子大生が俺の最推しVTuberだったという衝撃的な事実を知ってかなりの動揺が走ってしまった。


(いやそもそもスズハちゃんの古参ファンを自称しているクセに声で気づけなかったというのも酷い話なんだよなぁ……)


 だから昨日は家に帰った後はもう二度とスズハちゃんのファンを名乗る事なんて出来ないってくらいにまで相当に落ち込んでしまったんだけど……。


「……ま、でもそんな日もあるって事でさ。あんまり気にしてもしょうがないよな」


 まぁでも、昨日は一日ぐっすりと寝て過ごしたおかげで今日の俺はそんな負の感情を全てリセット出来ていた。


 俺は割と気持ちの切り替えが得意な方なので、嫌な気持ちとか負の感情とかを翌日にまで持ち越すという事はあまりしないんだ。まぁそうなってしまった理由は完全にクルスドライブのせいなんだけどさ……。


 俺はこの数年間はクルスドライブの裏方として、毎日のように企業や同業者など沢山の人達と打ち合わせやら会議をしてきていた。その毎日誰かしらとやり取りをしないといけない状況がずっと続いていたおかげで、俺は気持ちの切り替えだとか感情のコントロールが割と簡単に行えるようになっているんだ。


(だって今日は気分が乗らないから打ち合わせに行きたくないなんて絶対に言えるわけないしさ……)


 それに俺が打ち合わせに行かなきゃ他のメンバーは誰も行くわけがないんだし、そもそもアイツらは企業や同業者の人達から送られてきたメールとかも余裕で全員無視するしな。そう思うとアイツらって本当に自分勝手過ぎだったよな……。


「あ、友瀬さん! お疲れさまです!」

「ん? あぁ、お疲れ様です、桜井さん」


 そんな感じでクルスドライブでやっていた仕事の一部を思い出していると、桜井さんが喫茶店の中にやってきた。どうやら待ち合わせの時間にちょうどなったようだ。


「ここ座っても大丈夫ですか?」

「あぁ、はい、大丈夫ですよ。どうぞどうぞ」

「はい、ありがとうございます! それじゃあ失礼しますね!」


 桜井さんはそう言って俺が座っているテーブル席の向かい側に座ってきた。そしてすぐに店員さんがテーブル前にやって来たので、桜井さんはそのまま急いでメニューを開きながら注文を始めていった。


 そして俺は桜井さんが注文している間は暇だったので、何となく桜井さんの服装をじっと眺めていく事にした。


 今日の桜井さんの服装はとても可愛らしいシックなワンピース姿だった。そしていつも通り綺麗に編み込んだヘアスタイルも今日の服装とバッチリと似合っている。うん、それにしてもやっぱりこの子ってめっちゃ可愛いよなぁ。


「あ、ひょっとしてお待たせしてしまいましたか?」

「……え? あ、あぁ、いや全然ですよ。俺もついさっき来たばかりですし」


 そんな感じで俺は桜井さんの姿をジーっと眺めていると、注文を終えた桜井さんが申し訳なさそうな表情をしながら俺にそんな事を尋ねてきた。


 どうやら俺が無言で桜井さんの姿を見てたから俺が怒ってるのかと勘違いさせてしまったようなので、俺は慌てて笑みを浮かべながらそう答えていった。


「あ、そうなんですね、それなら良かったです! それじゃあ改めまして……今回は色々とサポートを引き受けて下さって本当にありがとうございます! そしてこれからよろしくお願い致します!」

「えぇ、こちらこそよろしくお願いします」


 桜井さんはそう言いながら満面の笑みを俺に向けて浮かべてきてくれたので、俺も同じく笑みを浮かべ続けたままそう言ってあげた。


「ふふ、それにしても、まさか友瀬さんが私のチャンネルのリスナーさんだったなんて……こんな偶然もあるんですね!」

「はは、いや本当に凄い偶然ですよね! ……って、あ、いや、でも俺はずっと前からチャンネル登録もさせて貰ってたのに、それなのに今まで桜井さんが倉瀬スズハさんだって全然気が付かなくて本当にすいません……」


 やっぱりスズハちゃんのファンとしてはその事に気が付けなかったのは本当に申し訳ないと思ったので、俺はそう言いながら桜井さんに頭を下げて謝った。


「えっ!? あ……い、いえ、そんなの全然大丈夫ですよ! だっていつも私は地声で配信とか動画投稿なんてしてないんですし、友瀬さんが気がつかないのも当たり前ですよ! ま、まぁ最後の配信の時には流石に地声になってしまいましたけど……」

「あ、あぁ……」


 桜井さんが今言ったように、スズハちゃんは雑談配信の時にはいつも甘めの声色で配信を行っていた。もちろん歌ってみた系の動画だってスズハちゃんの地声は一切入ってない。


 だから唯一スズハちゃんの地声が聞けたタイミングというのは、一番最後の配信でスズハちゃんが泣いてしまった時が本当に唯一のタイミングだったんだけど……でもそれだけでスズハちゃんの正体が桜井さんだって気づくのは無理だよ。


 だってあの最後の配信の時には俺もスズハちゃんの事が心配すぎて、流石にその地声が桜井さんだって気づく暇なんてなかったからな……。


「……そうですね、桜井さんがそう言ってくれるなら本当に助かります! いや、それにしてもあれですよね、そう考えると桜井さんって色々な声色を持っているんですね。歌ってみた系の動画と雑談配信の時で全然声色違いますし、もちろん桜井さんの地声とも全然違いますしね」

「あはは、そうなんです! いや実は私って他の人よりも色々な声色に変えて喋ったり歌ったりするのが昔からすっごく得意なんです!」

「へぇ、それは凄い特技ですね! もしかして何かそういう専用の訓練とかされてきてたんですか?」

「専用の訓練ですか? うーん……あ、まぁやっぱりアレですかね。私は子供の頃から歌うのが好きだったので毎日のように歌を歌ってたっていうのと……あとは中学生の頃からボイストレーニングもずっと受けてきてたので、もしかしたらそれらが影響してるのかもしれません!」

「なるほど、そうなんですね! へぇ、ボイストレーニングかぁ……いやそれは凄い本格的ですね! ……って、あれ?」


 俺はその時とある事を思い出した。それは倉瀬スズハちゃんが配信をする時にいつもしていた自己紹介についてだ。


(そういえば……確かスズハちゃんっていつも自己紹介をする時に“現役JD”で“元アイドル”のVTuberだって言っていたよな……?)


 そして今現在、俺の目の前にいる倉瀬スズハちゃんこと桜井さんは現役の女子大生だ。あれ、という事はもしかして……?


「……あ、あの、こんな事を桜井さんに聞くのは大変失礼な事かもしれないんですけど……あの、もしかして桜井さんって……アイドルとかもやられてたんですか?」

「え? あ、はい! そうなんです! 実は高校生の頃に少しの間だったんですけど……その頃に地下アイドルとして活動させて貰ってました!」

「っ!? あ……そ、そうなんですね!」


(や、やっぱり……桜井さんって元アイドルだったのか!!)


 い、いや、確かに桜井さんはスラっとした体型で顔付きもとても可愛らしい女の子だったから、前々からアイドルやモデルさんとかをしているのかなって思ったりもしたんだけど……いやでもまさか本当に元アイドルだったとは!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る