第二章

第20話:桜井さんと連絡先を交換する

 それはあまりにも奇跡的すぎる出会いだった。


(いやまさかお隣に住んでいる女子大生の正体が俺の一番推してる新人VTuberだなんて誰が想像出来るんだよ!)


 そりゃあ雑談配信の時のスズハちゃんは結構甘めのボイスで雑談してるし、当然配信中は地声とは違う声でやってるのはわかっていたんだけど……でもお隣さんの桜井さんがスズハちゃんだったなんてわからんって!


「い、いや、だって……え? ほ、本当に桜井さんが……あの倉瀬スズハちゃんなんですかっ!?」

「は、はい、そうですけど……?」


 という事で俺は確認のためにもう一度桜井さんにそう尋ねてみた。すると桜井さんはきょとんとした表情で俺の事を見つめてきだした。


「でもどうしたんですか友瀬さん? そんなに慌てた感じで……あ、もしかして友瀬さんって私のチャンネルを見た事がある感じなんですかね?」

「え……えっ!? あ、いや、その、えっと……」


(ス、スズハちゃんのチャンネルを見た事があるのかだって……?)


 いやそんなのめっちゃ見た事あるよ! 今までの動画も配信も全部視聴しているし、もちろんチャンネル登録だってしている! いやなんならスズハちゃんのチャンネル登録者数がまだ一桁だった頃からチャンネル登録をしている古参勢でもあるし……! でもスズハちゃんが桜井さんだった事に気づけなかった時点で俺にはスズハちゃんのファンを名乗る資格がねぇよなぁ……。


「え、えぇっと、その……い、いや……じ、実は俺、スズハちゃ……じゃなくて、倉瀬スズハさんのリスナーでして……チャンネル登録も昔からさせて貰っているんですよね……あ、あはは……」

「え……えぇっ!? そうなんですか!? それはとっても嬉しい限りです! 私のような始めたばかりのチャンネルを見に来てくれて本当にありがとうございます!」

「い、いえそんなの全然こちらこそです……! って……あっ!?」


(い、いやちょっと待てよ? この状況ってなんか俺がめっちゃヤバいヤツにしか見えなくないか……??)


 この状況って桜井さん目線からしたらさ……いや俺ってスズハちゃんの事をストーカーしてお隣さんにやってきたクソ厄介オタクにしか見えなくねぇか!?


「あ……い、いや、違いますからねっ! 俺は桜井さんの正体が倉瀬スズハさんだったなんて全然知らなかったんです! だ、だからその俺は倉瀬スズハさんのストーカー行為をしていたとかそういう訳では決してなくて……ほ、本当に偶然なんです!」


 という事で俺は焦りながらも弁明を始めていった。でも桜井さんはきょとんとした顔をしながら俺にこう言ってきた。


「え? あ、あぁはい、それはもちろん私も理解していますよ」

「だ、だからその……って、えっ? し、信じて貰えるんですか……?」

「はは、いやだって友瀬さんの方が先にこのマンションに住んでいたじゃないですか! だから友瀬さんがそういう行為をされている訳じゃ無い事も理解してますよ」

「え……あ、そ、そっか」


 そう言えば俺の方がこのマンションに先に住んでいるんだった。桜井さんはこのマンションには一年くらい前にやってきたばかりだ。


「でもお隣さんがまさか私のチャンネルを視聴してくれているリスナーさんだなんて……ふふ、こんな嬉しい偶然もあるものなんですね! 初めて倉瀬スズハちゃんのファンにお会い出来たのですっごく嬉しいです!」

「え、あ、はい! 本当にいつも楽しく見させて貰ってます! 俺もすっごく嬉しいです!」


 そう言って桜井さんはいつもの天真爛漫な笑顔を俺に見せてきてくれた。もうこんな素敵な笑顔を見せ付けられてしまっては一生推すしかないじゃないか!


「あ、それじゃあこれから友瀬さんにはモデレーターを引き受けて下さるという事で、詳しく打ち合わせとかをした方が良いですよね?」

「え? あ、あぁ、確かにそうですね!」


(確かに桜井さんの言う通りこれは事前に打ち合わせをした方が良さそうだな……!)


 それに桜井さんは俺に色々とアドバイスが欲しいと言ってきてくれていた。最推しのスズハちゃんに対して中途半端なアドバイスをする訳にもいかないし、ここは事前に話し合っておく必要がありそうだ。


「はい、わかりました。それじゃあ友瀬さんってこの後とか良かったらお時間ありますか? もし大丈夫そうなら一旦近くの喫茶店かどこかに入って詳しく打ち合わせをしませんか?」

「は、はい、わかりました! あ、で、でも……出来れば詳しい話についてはまた後日でお願いできませんか……?」

「あ、はい、それはもちろん大丈夫ですよ! もしかして今日は何か予定がある感じですか?」

「え? あ、はい、いやちょっと……実はこの後は……虫歯の治療のためにすぐに歯医者に行かないといけないんで、ちょっと時間が取れないんですよね……!」


 嘘である。この男、最推しの女の子を目の前にしてしまいあまりにも緊張しすぎているので……その緊張を解すためにも時間が欲しくて咄嗟に変な嘘をついたのである。


(い、いや流石にこれは苦しすぎな嘘だよな……)


 流石にこんな苦しすぎる嘘は桜井さんにもバレると思ったんだけど、でも……。


「あ、この後は歯医者さんに行く予定があるんですね! いや虫歯って早く治療しないと痛くて本当に辛いですよね……はい、わかりました! それじゃあ打ち合わせに関してはまた後日に改めましょう!」

「え? あ、は、はい! よろしくお願いします!」


 でも桜井さんは疑うような態度は一切せずに俺の咄嗟についた嘘を完全に信じてくれていた。というか桜井さんはとても心配そうな表情で俺の事を見てきてくれた。


(い、いや流石にこれは心苦しいって……!!)


 そんなあまりにも優しすぎる桜井さんの気遣いを受けてしまい、俺は居た堪れない気持ちになりながらも桜井さんの優しさを素直に受け取る事にした。


「い、いやでもそんな酷い虫歯じゃないので大丈夫ですよ! そんな心配しないで大丈夫です!」

「あぁ、それなら良かったです……酷い虫歯だとしばらくの間は美味しくご飯を食べられなくて辛いですもんね! あ、それじゃあ友瀬さんの歯の治療が終わってから改めて御馳走させて貰いますね!」

「え……? あ、は、はい……わかりました……?」


 俺は心の中で桜井さんに対して申し訳ない気持ちになりながら嘘を重ねていっていると、唐突に桜井さんはそんな事を言ってきた。


 そういえば結局“御馳走”って何の事なのか俺にはサッパリだったんだけど、まぁでも今はとりあえず俺は桜井さんの言葉に頷いておいた。


「それじゃあ打ち合わせの件ですけど、改めていつにしましょうか? 私は学生なので友瀬さんの空いてる日にちに合わせますよ!」

「あ、そうですね、それじゃあ……まぁお互いに早く打ち合わせをした方が良いと思いますし、早速ですけど明日とかはどうでしょうか?」

「はい、明日ですね、私は大丈夫です! それじゃあ明日のお昼過ぎに改めてお会いするという事で大丈夫ですか?」

「あ、はい、それで俺の方も大丈夫です。それじゃあ明日の13時頃に駅前にある喫茶店集合にしましょうか?」

「はい、わかりました! それじゃあそれでお願いします! あ、それと……もし大丈夫なようでしたらLIMEの交換とかってお願いできますか?」

「え……!?」


 “LIME”とはスマホで使える無料の連絡アプリの事だ。連絡先を交換した相手と無料でいつでもチャットや通話が出来るので、LIMEは連絡手段として非常に良く使用されているアプリだった。


「あ……は、はい、もちろん大丈夫です! それじゃあQRコード見せるので連絡先に登録しておいて貰えますか?」

「はい、わかりました!」


 そう言って俺は急いでスマホを取り出し、LIMEのQRコードを開いて桜井さんに見せていった。すると桜井さんはそのQRコードを読み取ってすぐに連絡先に登録してくれた。


「はい、連絡先に登録しました! 試しに友瀬さんにチャット送ってみますね!」

「あ、はい、わかりました!」


―― ぴこんっ♪


 そう言うとしばらくしてから俺のスマホから通知音が鳴ったので、俺は早速LIMEのチャット欄を確認してみた。


―― 友瀬さん、よろしくお願いしますっ!

―― ぴこんっ♪(ぺこりとお辞儀をしている可愛いらしいクマのスタンプ)


 するとLIMEに桜井さんから可愛らしいスタンプ付きで挨拶のチャットが送られてきていた。とても可愛らしいクマのスタンプだったので、ちょっとだけほんわかとしてしまった。


「はい、俺の方に桜井さんのチャットが届きましたよ。それじゃあこっちも連絡先に登録させて貰いますね」

「はい、わかりました!」


 という事で俺達は無事にLIMEの連絡先を交換する事が出来た。でも最推しの女の子の連絡先が俺の連絡先に入っているというのは……何だかとても不思議な気分になるな。


「それじゃあ改めてよろしくお願いしますね、友瀬さん!」

「は、はい、こちらこそです! それじゃあ今日はここで解散という事で大丈夫ですかね?」

「あ、はい、それで大丈夫です! それじゃあ友瀬さんは歯医者さんの治療を頑張ってきてくださいね!」

「え……? あ、は、はい……ありがとうございます、あはは……」


 桜井さんはそう言いながら両手をグっとガッツポーズにしながら俺を勇気づけてきてくれた。そんな桜井さんの様子はとても可愛らしいのだけれど……でもこんなにも優しい女の子に対して変な嘘をついてしまった事が何だか非常に申し訳なく思うよ……。


「それじゃあ明日は13時に駅前の喫茶店集合でお願いしますね! もし急遽無理になってしまったらLIMEの方に連絡してください!」

「はい、わかりました。桜井さんの方も無理になったらいつでも連絡してくださいね」

「はい、わかりました!」


 という事で俺はスズハちゃ……じゃなくて、桜井さんと詳しい話をするために、明日のお昼にもう一度会う事を約束して今日はこのまま解散する事となった。

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