第17話:桜井さん、立ち直る!
今俺が桜井さんに伝えたこの言葉は決して慰めの言葉なんかではなくて、俺の本心からの気持ちを伝えたつもりだ。そしてそれはネット活動を桜井さんよりも少し前に始めた先輩としてのアドバイスでもあったのだが……。
(……あぁ、そっか、そうだよなぁ……)
でもそれが桜井さんには今いちピンと来ていない様子だという事は……つまり今の桜井さんにとって何が必要なものかというのも俺にはわかった。
「うん、そうですよね。それじゃあ、もう一つだけ桜井さんに伝えておきたい事が出来たんですけど……良かったらそれも聞いてもらえますか?」
「え? は、はい……何の事ですか……?」
だから俺は今の桜井さんにとって“必要なもの”をしっかりと伝えてあげる事にした。そしてそれはメンタルがボロボロにやられてしまっていた中学生の俺にも伝えてあげたかった言葉でもあった。
「はい、俺はついさっき“世界観”についての話をしましたよね?」
「え……は、はい……その話は聞きましたけど……」
今の桜井さんにとって“必要なもの”というのは、つい先ほど話をした“世界観”についての続きにあった。
「どんな人であろうとも多かれ少なかれ、自分の心の中に“自分だけの世界観”を持っているものなんです。でも世の中に向けてその“世界観”を表現するなんて事は大抵の人には出来ないものなんですよ」
「……え?」
「例えば漫画家やイラストレーターを目指してみても全然上手く描けなくてすぐに諦めてしまう人は少なくないですよね。小説家を目指してみても1~2行だけ書いて諦める人だって数多くいます。そしてもちろん桜井さんが今やっているウーチューバーだったりVチューバーなどのインフルエンサーを目指してみても難しくてすぐに諦めてしまう人は多いと思います」
どんな人でも多かれ少なかれ自分の心の中には自分だけの“世界観”というのが広がっているものだ。そしてそういう世界観を世の中に向けて発信してみたいと思うのも世の常だ。
だって俺はそんな自分の持っていた“世界観”を世の中に向けて表現したくて如月サクを使ったオリジナルソングを作ってみたんだからさ。
でも俺みたいに実際にそんな自分だけの世界観を世の中に向けて表現しようと行動出来る人は極少数しかいないんだ。その理由は様々だと思うけど、一番大きな理由は今俺が言ったように途中で無理だと思って諦めてしまうからだ。
「……まぁそんなわけで、自分の持っている独自の世界観を世の中に向けて表現したいと考えている人達は沢山いますけど、でも結局それを世の中に向けて表現する事なく諦めてしまう人の方が圧倒的に多いんですよ」
「……」
いやそんなの当たり前だろと大抵の人は思うかもしれない。でも中学生の頃の俺はそんな当たり前の事には一切気がついていなかったんだ……中学生の頃の俺は自分で思っている以上に凄い事をやっていたという事にさ。
そして今の桜井さんもその事には全然気がついていないんだ。
「それなのに桜井さんは、まだまだ初心者かもしれませんけど、それでもVチューバーとして自分の世界観を世の中に表現し続けてきているんですよ? それは本当に立派な事だと思いますし、もちろん馬鹿になんてされる事では決してないはずです。だって桜井さんが今やっている事というのは……桜井さんが思っているよりも遥かに凄い事をやっているんですからね」
「……っ……」
だから俺は今の桜井さんはとても立派な事をしているという事をちゃんと目を見てしっかりと伝えてあげる事にした。
「俺は今の桜井さんの話を聞いて……Vチューバーとして頑張り続けている桜井さんの事を本当に素晴らしいクリエイターだと思いましたし、本当に尊敬もさせて貰いました。だからこそ桜井さんもまずは自分の事をしっかりと褒めてあげてください。だって桜井さんがすっごく頑張っているという事を一番知っているのは……桜井さん自身なんですからね?」
「……友瀬さん……」
俺は優しく微笑みながら桜井さんにそう言ってあげた。そしてこれこそが、中学生の頃の俺にも言ってあげたかった言葉でもあった。
―― 君は君が思っている以上に凄い人なんだよ。だからそんな自分の事をしっかりと自分自身で褒めてあげようよ。
中学生の頃の俺は自分がちゃんと頑張っているという事に気が付くのが遅かったために、しばらくの間はメンタルがボロボロな状態になってしまっていたんだ。
だからこそ昔の俺と同じようにメンタルをやられてしまっている桜井さんにはこの言葉をしっかりと伝えてあげたかった。
「……まぁという事で、桜井さんもまずは自分の事を“一人前のクリエイター”だと自覚する事こそがメンタル鬼強になるための第一歩だと思います。そしてそういうふうに思えるようになれれば、きっと荒らしなんかには負けない鋼のメンタルが持てるんじゃないですかね」
「……そう、ですね……」
俺が優しくそう伝えてみると桜井さんは小さく呟きながら顔を俯いてしまったのだが……でもそれからすぐに何かを決心したようで、桜井さんは暗かった表情から一変してやる気に満ちあふれた表情になりながら俺の顔を見つめてきた。
「……はい、そうですよね、自分に自信を持ててない事が一番駄目なんですよね……! わかりました、それじゃあまずはその……自分に自信を持つ事から始めてみようと思います!」
「桜井さん……はい、そうですね、是非とも頑張ってみてください。きっとその調子ならすぐに鬼強メンタルを持てるはずですよ、はは」
「は、はい! 出来る限り頑張ってみます! 本当に色々とアドバイスをして貰ってありがとうございます、友瀬さん!」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。あ、それでも……もし今後も悪意あるコメントや荒らしで困ってしまうという場合には開示請求などの法的手段を取るのも良いと思いますよ。そもそも悪質な荒らし行為って今は立派な犯罪行為なわけですし」
「法的手段ですか? あ、そういえば……つい先日もそのようなニュースが流れてましたね」
つい先日にも大手事務所に所属しているVTuberに対しての悪質な誹謗中傷を行っていた人に対して損害賠償を請求するというニュースが流れていた。これで悪質な荒らし行為をする人が少しでも減ってくれる事を祈るばかりだ。
「はい。なのでもしもそういう法的手段が必要になったらいつでも俺に言ってください。ネット関連に強い法律事務所は何件か紹介出来ますから」
「え……えぇっ!? そ、そんな法律関係のお知り合いまでいるんですか!? い、いやというか……と、友瀬さんって……一体何者なんですか?」
「はは、いや俺はただの一般人ですよ。そりゃあ、ちょっと前まではウーチューバーの裏方業務とかも相当やってたりしましたけどね」
俺はそんな事を言いながらつい一ヶ月ほど前まで働いていたあのグループの事を思い出していった。アイツらの心にも桜井さんのような謙遜する心をほんの僅かでも持ち合わせていたらなぁ……。
いやもうあのグループとは一切関係ないからどうでもいいんだけどさ。
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