第3話 悪女になりそうなあの子へ、ネタバレします。

「お前、何を恥さらしな事を……」


 流石に今回は父上が正しい。

 まあ、いきなり「貴方とは婚約できません!」と無下にするのもどうかと思う。


 しかし12歳リリたん、天使やんけ。真正面から見れねえよ……。

 清楚の権化が奇麗な服着てるようなものだ。

 リリたんリリたんリリたんリリたん。

 おっと、冷静になれ。俺。

 

「いえ失礼。ゴホン。初めまして、リリエルさん。私がシオン・ピピオン=エスタドールです。月より綺麗な貴方を一目見た時からフォーリンラブでした。握手もツーショットも『はわわ』も貴方のペースで構いません。どうか百合の花も恥じらう美貌で、しがない私の人生に幸福を……」


 やっちまった。早口が似合う気持ち悪い長文になっちまった。

 だってしょうがないじゃん! 推しの子が生で前にいるんだよ!?


「……はじめまして」


 独り言のように、リリたんが死んだ魚の眼で挨拶した。

 む? 「はわわ、初めまして……! ふ、不束者ですがよろしくお願いします!」とかいいそうだがな。


 ……じゃなくて!

 彼女の左手の甲に、紋章が薄らと見えた。ここも原作通りだ。

 【魔巫印】。ただし非活性の今は、意識して見なければ気付かない。

 これが彼女の巫女たる所以だ。魔王の力を引き出すことが出来る。

 

 最終巻をしっかり読んでないから、闇リリたんに何が出来るかまでは把握してないが、主人公が唯一手を焼いたのが彼女という事を考えると、警戒しすぎてし過ぎる事はない。大体、ラスボスだぞ? この子。

 とりあえず、俺は【魔吸花アルラウネ】をいつでも発動できるようにしておく。【魔巫印】の魔力を吸い切るなんて無理だが、魔術をキャンセルさせる事くらいはできるはずだ。

 

「リリエルさん。食事の用意はもう少々待ってくれ。その間、このシオンで退屈であれば、家の物に伝えてくれ」


 広間へ案内するなり、バロンが俺への嫌味を言いやがった。あの野郎、婚約させる気本当にあんのか。

 

 二人きりになった俺とリリたん。暫し沈黙の空間。

 まずいな。口を開けば俺のリリオタっぷりが暴露されちまう。かといってリリたんから何か話してきそうな雰囲気でもない。


「リリエルさん。庭を散歩しませんか」

「……」

「お家からはどれくらいの距離がありましたか」

「……」

「喉乾いてませんか。あ、リリたんの好きなのはハーブティーでしたね」

「……」


 あ、やべ。リリたんって言っちゃった。

 でもセーフ。全くリリたん反応してないから。

 ずっと闇を映しているような目をしている。乾いてて、空っぽな、凍り付いた目だ。


 目の前で、手を振ってみる。


「リリエルさーん」


 盲目じゃないか? と不安になるくらい、無反応だった。

 よく見ると、唇が動いている。何かを呟いている。


 ――大丈夫……私は【救神】様に……選ばれた。お母さん……スノウ……【救神】様が……救ってくれるから。


 スノウという双子の妹がいるのは知ってる。ただ、幼少期に亡くなったようだ。

 小説には一文字も登場しない、裏設定だけど。

  

=====================================================


 結局、婚約破棄の話も出来ないまま夜になった。

 しかし、リリたんの様子が変だ。


 生まれながらにして彼女は【救神】=【魔王】を崇拝している物だと思っていた。闇堕ちの背景もない絶対悪として描かれていたからだ。

 

 ……本当は同情の余地とか、悪女になった背景があったんじゃないか?

 小説の文章やアニメの絵では描写されなかった、壮絶な現実って奴が。

 

「あれ?」


 家中に張り巡らせている花魔術の根から反応があった。

 バロンとリリたんが、夜中に外出した。

 

 俺も跡をつける。

 森の中に入った二人は、先に待っていた一人と合流する。茂みに隠れ、夜闇で目を凝らし、その正体を観察する。

 

「これはこれは。バロン氏に、リリエルさん」

「ゴーマ。彼女は大丈夫なのか? 今日、ずっと仏頂面だったぞ?」


 うお、重要人物。七魔族の一人、【傲慢のゴーマ】じゃねえか。

 魔族とはいえ、人間の青年に変装している。魔族として人間に近づけば、返ってくるのは敵意だけだ。だから人間社会に潜伏する時は、変装魔術で人間に化けるのだ。

 バロンもリリたんも、目前の青年が魔族だと知らない。

 

 なのに、全て知ったような憎たらしい顔で、バロンが溜息をつく。

 

「リリエル。今日の態度は困るな。シオンは君が巫女であることを知らない。あの出来損ないの事だ、君の正体になど気にも留めないだろうが、もう少し婚約者らしく振る舞ってもらわないと」


 知ってますけど、何か?

 「ごめんなさい」と変わらず無感情でリリたんが呟くと、ゴーマが困った様子を見せる。


「【救神】はお怒りですよ」

「待って」


 去り行く母に縋る様に、リリたんがゴーマに迫る。

 さっきまで人形のようにのっぺりとしていた顔が、焦燥の感情でいっぱいになる。


「私の母も、妹も残酷に殺したこんな世の中で、信じられるのは救神様だけです! 救神様だけが私に残された善なんです!! 私、ちゃんとやります! ああ、救神様、救神様!」


 左手甲の【魔巫印】を満月へ掲げた。

 その中に眠るのが、救済の神と信じて。


「こんな穢れ切った世界を、奇麗にする為、救神様を復活させます!」


 嗚呼、あれは闇リリたんだ。

 もう【救神】しか見ていない。

 

「用があって、俺は先に戻る。明日からは、ちゃんと息子の婚約者として振る舞ってくれよ」

 

 悪態をつきながらバロンが帰った後で、ぽん、とゴーマがリリたんの肩を叩く。

 

「そうだ、リリエル。君は選ばれた存在なのだよ」

「はい」

「救神は君と共にある。穢れ切った人類を浄化し切ってこそ、母と妹も御許へ逝くことが出来る」

「……はい」


 ……そうか。そうだったのか。

 これが、リリたんが闇に染まり、【魔王】になる始まりだったのか。


 まず、リリたんに【救神】への道に引きずり込んだのは、ゴーマだった。 

 母と妹を殺したとか言ってる所を見ると、彼女は世界に恨みがあったのだろう。

 その恨みに、悪魔が寄り添ってしまった。行き場の無い憎悪の爆弾を、薄情な社会へ投げる術を教えてしまった。


 ……でも、?

 そして、宿?


 この時、俺の至上命題はやっとシフト出来た。

 悪女を見ないようにするのではなく、悪女にさせない、と。


 成し遂げて見せる。

 リリたんが幸せになる、たった一つの冴えたやり方って奴を。


 

「【吸魔花アルラウネ】、【吸血花アマリリス】同時発動」



 右手に【吸魔花アルラウネ】の種。

 左手に【吸血花アマリリス】の種。

 狙うは、ゴーマの首筋。

 俺は、飛び出した。

 

「リリエルさん――」


 茂みから出てきた俺を目で追うリリたん。


「――今から残酷なネタバレをするよ」

「何だ貴さ……ぐ、わああああ!?」


 ゴーマが叫んだ時には手遅れ。【吸魔花アルラウネ】はゴーマを苗代にして咲き誇る。

 人を騙る魔術が、魔力ごと養分となっていく。


「魔族は【吸魔花アルラウネ】でも吸い切れない魔力を持っているんだな……しかし、変装用の魔力ぐらいは養分に出来る」

「な、何を……した」

「人間の変装解いてやるってんだよ」


 そう言い終えた時には、ゴーマは人間の変装を維持できなくなっていた。

 紫色の肌。禍々しい二角。人ならざる姿が、満月の下に晒された。


「その角は一体……! 肌の色も! 魔族って何……!?」


 驚愕するリリたんを見て、遂にゴーマも理解したようだ。

 自分が人間ではないという事実が明るみに出た事を。

 

「リリエル。君は救神が世界を浄化する。そんな風に唆されたんだね。でもその正体は、魔王だ」

「魔王!? 何故魔王様の事を……あっ」


 これは嬉しい誤算。ゴーマの口から【魔王】が出た。

 自分を救ってくれるのは【救神】だと信じていたリリたんには、決定的だった。


「えっ、魔王……? 救神を降臨させて世界を救うって……」

「これが真実ネタバレだ、リリエルさん。君は悪魔に誑かされただけだ」

「き、貴様よくも!!」


 本性を露わにしたゴーマが襲い掛かってきた。

 全てを凍てつかす氷結魔術か? 全てを潰す魔族の膂力か?

 真正面から戦って勝てるとは思わないさ。俺は序盤で死ぬ悪役だ。だから卑怯にも、不意打ちさせてもらう。


「花よ、咲け――【破蕾】」

「ぐ、ぶ、ばああああああああああ!?」


 仕込んでいたもう一つの種が開花した。

 ゴーマの全身から幾つもの根が飛び出す。ゴーマの肉体を破壊しつくした根には、たっぷりと黒い血が着いている。

 だが、ボロ雑巾になった肉体にも関わらず、減らず口は消えない。


「舐めるな、まだ、俺達、魔王様の忠実なるしもべ、はぁ……!」

「流石は魔族。内部をズタズタにされても死なないのか。大した生命力だよ」

「俺には回復魔術もある……残念だったな」


 原作で知ってる。

 でもそんな隙は与えない。これで詰みだ。

 

「お前を突き破った根。その上では、何が咲いていると思う?」

「何だと?」


 ゴーマが真上を見上げた時には、既に俺のとっておきたる黒い花は咲いていた。

 張られた根から、ありったけの血を吸っている。紫の肌が、どこか色褪せていく。


「答えは【吸血花アマリリス】。宿主の血を全て吸い、血と同色の花を咲かせる。魔族の血は黒色だったな」

「馬鹿な……この……七魔族の……ゴーマが……魔王、様ぁぁぁぁ……!」


 血を失ったゴーマは倒れて、そのまま消えた。

 魔族はやられると消える。あくまで魔王の力が受肉しているに過ぎないから。


「えっ」


 魔族が散る残滓が、たんぽぽの綿毛のように少女を飾る。

 その最中、茫然と一部始終を見ていたリリたんが、遂に崩れた。


「えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ、えっ」


 一つの心が、決壊する声が聞こえた。呼吸さえままならない。

 仕方ないだろう。

 何せ、不幸を帳消しにしてくれる筈の神は、ただの虚構だとネタバレされてしまったのだから。

 

「リリエルさん」


 俺はそんな彼女と目線を合わせる。

 彼女が、俺と見つめ合うまで待つ。

 ずっと待つ。何分だって、何時間だって、何日だって。


「よし、やっと見てくれた」


 俺は、これから一人の少女を救う。

 絶対悪のラスボスに成り果てるという、残酷な【原作末路】から。


「少し、話をしませんか」



 ……なんて主人公みたいな事はごめん、考えてない。

 

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