第2話 3年間の鍛錬の成果
3年間、花魔術の研究に没頭した。
家庭教師の前では基本魔術についてご鞭撻を賜りながらも、花魔術については使えないふりをした。だからといって、他魔術もからっきしなのだが。
「ふん。3年もあの魔術師に従事してその程度か」
「父上」
「お前は失敗作だ。くそ、母親が良くなかったな。家柄とカラダしか取り柄が無く、早死にするような奴だったしな」
厭味ったらしい声の正体は父上だ。俺は一応、礼儀として頭を下げた。
怒りを感じないわけでは無い。だが反旗を翻したところで、碌な結果にはならない。今は雌伏の時だ。
この父――バロン・フォン=エスタドール伯爵も【劣等印使いの無双譚】では同情の余地なしの悪役が、家庭教師の魔術師に面倒くさそうに告げる。
「ご苦労。明日からは家庭教師に来なくていい。アレには時間をかけるだけ無駄だ」
「勤勉な子ですよ? もう少し様子を見ては……?」
「もう諦めておる。後妻を早めに入れて、次の子を産まなくてはな。最悪、養子を取る事も考えておる」
聞こえてるぞ、父上。まあ、別にいいけど。
家庭教師は厳しくとも、ちゃんと向き合ってくれるから好きだったのに。
だが丁度いい。花魔術の研鑽と、今後の計画を考える時間に割ける。
まずは花魔術強化の成果確認。
少し屋敷から離れた森に来ると、手ごろな岩を見つけたので早速試す。
「花よ、咲け」
俺の手に、種型の魔力が現れた。
一人でに種が岩へと浸透する。直後、岩は亀裂だらけになり、隙間から巨大な白い沈丁花が伸びた。
内部から岩を破壊した根は、続いて岩に絡みついて粉砕する。
根で突き破る基本花魔術、【破蕾】。
根で握り潰す基本花魔術、【根絡】。
鋼鉄くらいなら破壊できるようになった。
これで七魔族相手でも、不意打ちなら大きなダメージを与えられる。
また、咲く花の種類によって、応用が望める。
例えば【
「今日も監視は無し、と」
花魔術は、徹底して周りには隠匿している。下手に父に見られて、対策を講じられたら面倒だ。このエスタドールを潰す瞬間までは、実力を低く見誤らせておく必要がある。
このエスタドール家当主であるバロンは、原作ではかなりの人数を虐殺している。放ってはおけない。
「バロンだけじゃなく、そろそろ悪役達が暗躍し始める頃合いか……」
ここで、敵の全貌について簡単におさらいしておく。
まず、黒幕は【魔王】。昔に討伐され、封印されていた力が漏れ出したのが事の発端。漏れ出た力は【七魔族】という人外になり、魔王復活の為に動き出す。
魔王復活に際した、【七魔族】のアクションは2つだ。
1つ目――魔王の手駒とする人間の確保。
その為に国王を洗脳し、実質国を乗っ取った。更に【魔王】を【救神】と言い換え、宗教【
ただ、国王の洗脳対策に関しては腹案がある。とあるコネも作ったし。一旦後回し。
2つ目――魔王復活の器を手に入れる事。この器こそ、リリたんだった。
しかし、リリたんの救神への狂信ぶりは凄かった。魔王より怖かった。
そんなリリたんを救う方法などあるだろうか。いや、ないと思う。
主人公なら、持ち前のハーレム力で改心させられるかもしれない。
だが俺は悪役だし、前世でも女性を口説き落とすテクニックは会得してこなかった。
そうなると、この段階で殺しておくしかないってのか?
……無理だ。リリたんをこの手で殺すなんてできない。
かといって、リリたんを【
くそっ。
くそーっ! このままでいいのか!?
「しかし原作通りなら、俺とリリエルはそろそろ婚約だよな……って事はもうリリたんと結婚できる!?」
原作通りなら、
でも、結婚したらリリたんへ抱く夢が壊れる自信がある。悪女な闇リリたんを垣間見そうな気がする。
よし。闇リリたんを見ないように、婚約は断らせてもらう。
そして前世の思い出の中で生き続けてもらう。
その為の3年間だった。
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「突然だが、お前に婚約者を宛がう。リリエル・ニュムバイ=グロンゼルと言ってな。今日来る」
流石にフォークが止まった。突然過ぎるわ父上。婚約ってこんな簡単でいいの?
食事が喉通らないんだけど。
「貴様のような落ちこぼれにも、嫁がもらえるだけ感謝するといい。地方の三流貴族だが、あの美貌ならばエスタドール家の格は落ちん」
「……ありがとうございます」
と、受け流しておいた。今日も落ちこぼれ扱いに余念がない。
リリたんの美貌だけは同意だが、でも俺は知ってるんだよ。
既に七魔族と通じていて、野望の為にリリたんを手元に置こうとしているのも。
食後、俺はバロンの独り言を盗み聞きしていた。
『【巫女】を抑えておけば……七魔族の奴らに先手が取れるかもしれんな、ゆくゆくはこの国は俺のもの……ククク』
自室でこっそり喋ってるおつもりでしょうが、ばっちり野望が丸聞こえですよ。
仕組みは簡単。【
録音した声はいずれ使うまで、種にして隠しておく。
馬車の到着音がした。俺は窓越しに、馬車から降りてくる少女の姿を見た。
「リリ、たん……」
比喩でも何でもなく、胸が高鳴った。
肩までで切りそろえられた艶やかな黒髪。12歳の幼き顔に秘められた麗しき美貌。小さな体に反し、子供とは思えぬ二つの膨らみ。
「リリたん、リリたん」
あれは間違いない、リリたんだ。
嗚呼、生リリたんだ。
駄目だ、甘くて狂おしい欲求が抑えられねえ……。
「リリたんだああああああああ!! リリたんが3Dで動いてるうううう!!」
辛うじて部屋の中に避難したので、周りにはバレてないはず。
叫びを喉に閉じ込め、家を飛び出し、遂にリリたんの前に辿り着いた。
ああ、リリたんが手を伸ばせば届く距離まで……だから落ち着け。
落ち着け俺。丁重に断るんだろ?
このままではリリたんに殺される原作ルート確定だぞ。
だから意を決して、俺は婚約解消の言葉を出そうとした。
「あ、握手していいっすか? ツーショットいいっすか? あと、『はわわ』言ってもらっていいっすか?」
「……」
やべ。
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