ラスボス悪女に殺される悪役に転生したけど、推しなんで幸せにしてもいいですか?〜弱小属性【花魔術】を極めたら原作主人公より最強になったけど、元悪女が最高の嫁になってデレてくるからどうでもいい~

かずなし のなめ@「AI転生」2巻発売中

第1話 転生先はラスボス悪女に殺される雑魚悪役

「つまり、あと6年で俺はリリエルに殺される、のか……」


 9歳の誕生日に俺は溜息をついた。転生前の記憶がよみがえったからである。

 しかも転生前、この世界をラノベ【劣等印使いの無双譚】で読んだことがあると来た。

 そして序盤で雑に殺される悪役、シオンである事にもすぐ気付いた。

 

「寄りにもよってシオンとか! あの序盤で殺される奴とか! いい事なんもねえじゃねえか!」

 

 他に転生先は無かったんですかね。

 自殺したら地獄に落ちるとは言うけど、これは流石に酷過ぎませんかね。


「このままじゃ主人公にボロボロにされて、リリエルに用済みと介錯されるアホらしい人生確定じゃねえか!」


 2016年にラノベ初刊が発売され、2020年にアニメにもなった【劣等印使いの無双譚】。日本から転生した高校生がチートで敵をばっさばっさ倒し、ついでに女の子もばっさばっさハーレムに加えていくタイプの話だ。


 作中でシオンはよくある貴族で、主人公にプライドを傷つけられたと逆恨みして「ざまぁ」される。で、傷心状態の所、リリエルに魔物へと変貌させられ、自我を失って暴れてる所を主人公に無力化される。そして用済みとばかりに、リリエルに非業な殺され方をされ――というのが一巻の終わりの話だ。勘弁してくれ。

 そう、このリリエルという少女が問題なのだ。


 リリエルも、この作品のヒロインだ。

 ……少なくとも、【劣等印使いの無双譚】のラス前の巻までは。


「しかし……見方を変えれば、生リリを見れるのか……!」

 

 リリ

 リリエルたん。つまりリリたん。

 転生前の俺は、彼女が命よりも大事な推しの娘だった。

 

 仕方ないでしょ!?

 聖母とロリを両立した顔立ち、艶やかな黒髪、男のバブみを引き出す巨乳、献身的に尽くしてくれる聖女っぷり、極めつけには「はわわ」が似合う立ち振る舞いをしてくるんだよ!?

 だから【劣等印使いの無双譚】のラノベは、リリたん狙いで買ってた。挿絵のイラストも超好みな絵柄なので、特典狙いで店も選んで買ってた。

 

 シオンの婚約者だったリリたんは、毎日暴力を受けていた。そこから救い出してくれた主人公に好意を持つ。ただ、シオンに虐められていた頃の癖が抜けず、メイドのように主人公の身の周りを世話する、ママのようなヒロイン像を確立していた。

 ……これ以上語ると早口になっちゃうから抑えとく。


 「なんていい子なんだ!」ってラノベ読むたびに感動してた。

 登場するだけで、俺の疲れを癒してくれる天使だった。

 疲れた時とか、「はわわ……でも、よしよし、今日もよく頑張りましたね」と膝枕とおっぱいで癒してくれるリリたんを妄想しながら、オギャってバブってママってた。

 リリたんになら、殺されてもいい。

 それくらい、好きだったのに……。


「いや、見ない方がいいかもしれない。リリたんなんていなかったんや」

 

 ただし、リリたんのヒロインとしての立ち振る舞いは

 主人公へ抱いていたように見えた恋心も、全て計算ずく。その後主人公に惚れ直すとかそんな展開も無い。絶対悪の少女だった。


 リリたんは、本当は【魔王】を崇拝してた狂信者だった。

 そしてリリたんそのものが、ラスボス【魔王】になってしまった。

 「穢れた世界を洗い直すためには、クズな人間どもを一度滅ぼさねばならぬ」とか普通に言う悪女っぷりを発揮しちゃってた。


 ついでに用済みのシオンを悪役面でグチャグチャにしてたシーンも描かれてたし。シオンの妻だったのは、「その方が動くのに、単純に都合がよかったから」との事。

 

 正体を現したのが、ラス前の9巻目だった。最終10巻目なんて読める訳が無い。

 一応、ネタバレサイトで大体の展開は知った。【魔王】となったリリたんは殺され、めでたしめでたしというエンディングだった。

 「もしかしてリリたん、何か事情があったのでは?」的な展開も無かったらしい。ネタバレサイトのコメント欄にあった「リリエルとかいうビッチww」「糞女」「リリ豚」という罵声で、俺の心はオーバーキルだった。


 俺は正体を現したリリたんを【闇リリたん】と呼んで別人としている。そうだ。闇リリたんなんていなかったんや。

 嗚呼、あのショックを思い出すだけで死にたくなる……。勿論自殺した原因はこれじゃないけどね。

 

 と、初恋の失恋話は終わり。

 今の俺はシオンだ。このままじゃ、リリたんに殺される。一度自殺した身だし、死ぬのはどうでもいい。でもあの最期はヤダ。


 でも原作を知っているからこそ、立ち振る舞いようはある。

 だがそもそもの問題として、シオンに決定的に足りないものがある。


「戦闘力を身に着けねえとな……」


 このシオンだが、残念ながら弱い。雑魚過ぎる。

 「僕の最強魔術で灰燼と化せ! 火球ファイアボール!」と豪語し、弱弱しい火の粉を出現させて「……え、これが最強魔術?」と主人公に呆れられる役回りだし。


 では、どうやって強くなるか?

 劇中でシオンは【花魔術】を使っていた。アニメ実況のコメント欄でも「草じゃなくて花www」とか揶揄されてたっけ。

 魔術現象の根源であり、血液の如く体内で循環する【魔力】の相性から考えれば、シオンには【花】の魔術は最適だ。ただし戦闘に関しては実用性は低い。まあ、奇襲には使えるかなってくらい。メインヒロインを花粉で眠らせてグヘヘしたりしてたし。

 

 ……と、どうしようもない引き立て役に見えるが、シオンを9年も生きてきた身として、流石に思う所がある。

 

「しかし、シオンは本当に花が好きだったんだよな……」

 

 部屋の隠し場所に、花の図鑑。

 ノートの隙間に、枯れた押し花。

 こんな方法でしか、花に触れられない環境。


 シオンは、花が好きだった。

 でも表立って、花を好きと言えなかった。


 何故なら、「花が好き」という個性は、男らしくないから。そんな理由で、名家の嫡子に相応しい【教育暴力】を振るわれてきた。

 ……好きなものを否定されることが、9歳の子供の心をどれ程歪めるかなんて大人達は理解しないまま。

 

 「ボクに相応しい花(※メインヒロイン)を摘もうというのかい?」が決め台詞なナルシスト気質だったのは、幼少期に認められなかったが故の自己承認力の欠如に要因があるっぽい。

 

「花よ、咲け」


 試しに壁に【花】の魔力を与え、小さな花を出現させる。

 できる事はこれだけだ。後は睡眠効果などの花粉を巻き散らす事くらいだ。やはり実戦向きとは思えない。

 【花】に魔力色が近い【土】の魔術辺りから研鑽を積むしかないか……。


「ん? 壁にヒビ入ってる?」


 花の根本、壁を見ると僅かに亀裂が走っていた。

 壁の中へ伸びた根が、壁石を少し掻き分けたせいだろうか。

 いや、こんな力が花にはあるのか?

 

「前世で聞いた事があるな……街並みはそのままで、人間だけが跡形もなくなって何百年経ったら、雑草やツタで埋め尽くされるシミュレーションの話」


 人類の管理を外れると、あらゆる文明が自然に回帰するという、大きなプロセスが存在するらしい。中でも地面の奥底から這い上がる植物は、アスファルトとコンクリートを砕き、ビルに絡みつき、街を自然の彼方へと沈めていた。

 これは仮想実験の空論なんかじゃない。実際、大事故等で人が住めなくなったゴーストタウンでは、長い時を経て家が絡まった蔦に壊されている。勿論他にも要因はあるけどね。


 って事で植物は、実は最強の力を秘めている。

 花は植物だ。故に、可能性を夢見てもいいんじゃないか? そもそも、【草】や【木】に応用できないとも限らんし。

 

 その時、俺の手元で本が落ちた。世界中の花が記載された図鑑だ。

 開いたページに、一瞬俺の意識は吸い込まれた。魔力を養分に成長する花が乗っていたからだ。

 

「【吸魔花アルラウネ】……」


 これを魔術で再現できれば、強いのでは? 序盤で死ぬ悪役には惜しいポテンシャルがあったのでは?

 【花】の魔術、意外と使い道あるか? 掘り下げてみるか?

 

 俺は自然と【花】の魔術を再度試していた。

 文明さえ破壊する自然の底力。異世界における、摩訶不思議な植物達。

 これらを組み合わせれば、俺は原作のみじめな死に方を回避できるかもしれない。


 こうして、俺は花魔術の鍛錬に時間を費やすことにした。

 

「待ってろリリたん……俺は君に会……じゃなかった、君には殺されない」


 ただ、心のどこかで引っかかる。

 リリたんが悪女になるルートを回避できないだろうか、と。

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