【第2話】私の従者は王子様!?
【リゥル・ラウラース】
この国の第一王女。
アルテア公爵家当主のジュリオと婚約を結び、女王への道を順風満帆に歩んでいたが、かつて国中に騒乱の渦を巻き起こした大罪人・アイゼンと、国王の妃・フローラとの間に産まれた不義の娘だということが発覚してしまい、これに激怒した国王により処刑を言い渡されてしまう。
【エリエ】
リゥルの侍女。
幼き頃よりリゥルとは姉妹のように育てられてきた間柄。
誰しもに見捨てられたリゥルに対し、唯一寄り添うことを決めた人物。
【ジュリオ・アルテア】
アルテア公爵家の若き当主。
政治家として天賦の才に恵まれながら、無類の努力家でもある好青年。
国王からの信任も厚く、若輩でありながらも既に貴族院の中で確固とした地位を築き上げている。
リゥル第一王女と婚約関係にあったが、罪人となったリゥルに対して容赦なく婚姻関係の破談を言い渡した。
水気の滴る唇がランプの灯火を艶やかに反射し、その眩しさに目を細めて見惚れてしまう。
「しかし、いったい何処から脱出したものか……」
先程、あの柔らかな感触が自身の唇に押し当てられていたということを再認識する度に、頭の中が浮ついたようにぽわぽわしてしまう。
「さすがに正門を堂々とくぐり抜けられるほど甘くはないだろうし…。だとすれば裏口に向かうか、もしくは塀を乗り越えるか――」
己の唇を指でなぞりあげれば、かすかな生暖かさがそこにはまだ残っているように感じられ、その熱を指で何度も擦り上げてしまう。
「いや、衛兵が倒れていることがバレてしまっているのなら、裏口も含め正規の通路は全て封鎖されていると考えたほうがいいか…。最悪の状況を想定すれば、姫様の身を背負って塀を登ることすら難しいかもしれない……」
唇の隙間から流し込まれた彼女の熱を帯びた吐息がそのまま頭の奥まで這い上がってきて、そこでじんわりと停滞してしまっているような気がしている。
熱に浮かされた脳は思考回路がまともに稼働しておらず、そんな状態で、目の前で肩を組んで思索に耽るエリエの横顔を眺めているだけで、なんだかすごく気分が良いのです。
「申し訳ありませんが、姫様…、最悪の場合、兵士達の封鎖を正面突破することになるやもしれませんが、何卒お覚悟のほどを――、姫様……?」
昔から可愛らしい娘だと思っていたし、わたくしの元で一生を過ごすのがもったいないとさえ思っていたのだけれど、今改めてその顔をじっくりと眺めてみると、可愛らしさの中にどことなく凜々しさを感じることに気がついて――
「姫様…?姫様っ!?大丈夫ですか!?姫様っ!?」
「…っ!?あ、はい…っ、大丈夫、ですよ…?」
いやいや…、わたくしとしたことが、何を見惚れてしまっているのですか。
さっきは思わず取り乱してしまって、エリエのされるがまま、言われるがままになってしまいましたが、よくよく考え直してみれば、彼女はわたくしのお付きで、しかも女性同士ですのよ?
そんな――、エリエと、そんな関係になるだなんて――、よくよく考えずとも、ありえませんわ!
「えぇっと…、それで、脱出の計画を練っていたのでしたわよね…」
「はい、ですが…、現状を鑑みれば、援軍に来た兵士達と一戦交えることは避けられないかと――」
というよりも、エリエの方がそもそも本気でわたくしのことを――なんていうのも、冷静に考えてみれば疑問が残ります。
今までそんな素振りを見せたことなどありませんでしたし、もしかすると、死を受け入れて自暴自棄となっていたわたくしを見かねて、そういった行動に出たという可能性も十分にありますし。
「わたしがいる以上、姫様にはかすり傷ひとつ負わせるつもりはございませんが…、えっと、その――、姫様の御前で戦いを行うなどという不敬を働いてしまうことは、残念ながら避けられそうにありません……」
ええ、きっとそうです。
そうに違いありません。
エリエはわたくしを元気づけようとした。そこに主従の関係を越えた”何か”など決してありはしなかった。
そうです。そうなのです。そうじゃなければ困ります。
「姫様の視界に、敵のものとはいえ血が流れる様を入れてしまうなど、従者としてあるまじき失態とはなってしまいますが、そのことに関してましては平にご容赦をと――、今から許しを請わせて頂きたいのです…」
そんなエリエが恥を忍んで優しく尽くしてくれたのですから、わたくしも、そのことに関しては一切触れずに置くというのが主人としての優しさというものでしょう。
ええ、ですから、先程の一悶着など無かったかのように振る舞い、清く明るく美しく――、いつものわたくしの姿を見せ付けてさしあげることこそ、主人としての務めでありましょう。
「その節をどうか――、姫様の御前で、戦闘を行うこと…、どうかお許しくださいませ――」
だとすれば、まずは身だしなみから――
って、わたくし、なんて酷い格好をしているのでしょうか。
「どうか――、何卒――っ」
衣服の至る所に黒い汚れが走り――、いえ、それどころか、これまだ寝間着のままじゃないですか!?
それに、身体中から漂ってくるこの不快な匂いは――
「姫、様…っ」
な、なんてこと――
わたくし、お風呂も入らずに、こんな汚らわしい身体のままで、エリエの前に――
「…っ!?」
「姫、様…?何故急に距離を取るのです…?」
いや…、いやだ……、こんな汚らわしいこの身を、エリエに見られたくない――、嗅ぎ取られたくない――
「い、いや――、わ、わたくし…っ、臭くは、ないですか――」
「いえ、全然そんなことはないですが…?」
「だ、だって――、しょうがないのよっ!?この牢、お風呂すらないんですからっ!?だから、こんな――、だから……っ、しょうがないんですのよっ!?」
ああ、やだ…、見ないでエリエ。
こんな汚れてしまった無様な姿を、目に焼き付けないでくださいませ――、エリエ。
「いえ、あの…、普通は牢に入浴施設なんて設置しませんし……、それに――、戦場だと1週間以上まともに身体を拭うことすら出来ないなんて状況も、ザラにあることですので――」
「え、エリエ――、ちょっと、お願いしていいかしら?」
「え…、あ、はい…、何なりとおっしゃってくださいませ」
「……、逃げる前に――、お風呂入ってきちゃ…、ダメ?」
「ダメです」
うぅぅ…、エリエのいじわる。
「はぁ…、なんだか緊張している自分が馬鹿みたいに思えてきましたよ――」
「だって……、だってぇ…っ」
「ふふ、でも――」
「何がおかしいのですか!わたくしは真面目に――」
「お元気になられたようで何よりです、姫様――」
「――、え?」
そうやってふわっとした微笑を浮かべるエリエの顔がやけに綺麗で――
「いつもの笑みが戻られたようで――、姫様にはやはり笑顔が似合います」
その言葉に導かれるままに触れた自身の頬がにへらっと緩んでいたことに、今初めて気がついたのでした。
「――――っ」
「ひ、姫様…っ!?」
そして、そんな事実を受けて、瞼からつつーっと一筋の涙が零れていってしまう。
「姫様っ!?も、申し訳ありませんっ!何かお気に障るようなことを――、言ったのかもしれません…っ、本当に申し訳ありませんっ!死んで侘び――ることは、今は出来ませんが…っ、わたしに出来ることならば、何でも――」
「――――」
「っ!?姫、様…っ!?」
エリエの胸の中へ、倒れ込むように顔を預ける。
そのまま、恥も外聞も、王家としてのプライドも、主人としての矜持も、その一切をかなぐり捨てて、わたくしは子供のように泣き出してしまいました。
「姫、様……」
お慕いしていた殿方に手を払いのけられたこと――、そして、それだけに留まらず、誇りを抱いていた王族の位を失ったこと、敬愛するお母上様が処刑されること、尊敬していたお父上様に見放されたこと、臣下である貴族達にも見捨てられたこと、国中から忌み嫌われている大罪人の血が自身の体内に流れていること――、これまで必死に心の奥底へと押し留めていた…、ありとあらゆる悲しみが胸の内から溢れ出て、雫となって際限なくこぼれていく――
「大丈夫です、姫様…、わたしだけは――、例え世界中の全てが敵にまわったとしても――、わたしだけは、姫様の味方です――」
ああ…、こうやってわたくしの頭を優しく撫でてくれたのは、ユナおばさまに次いで2人目です。
子供の頃、泣き喚くわたくしをそっと抱き締めて撫で付けてくれた乳母の柔らかな手の感触を思い起こしながら、そんな彼女の娘の胸に、あの頃と同じように甘えるように抱きついて、恥も外聞も無く童のように泣き喚いてしまいました。
「大丈夫…、大丈夫だから…っ、わたしはいつまでも…、”リルちゃん”といっしょだから――」
「姫様、落ち着きましたか?」
「――、うん」
「では、そろそろ脱出を――」
「…っ!?やだぁ!もうちょっと!もうちょっと、だけ…っ!」
そうやって駄々っ子のように甘え続けていられるような状況ではないと、そんなことは分かっていながらも、それでも、エリエの胸の暖かみから離れることが出来ない。
「――、いえ、申し訳ありませんが、時間切れです――」
「――、エリエ…?」
「敵の援軍が到着したようです――」
名残惜しむように一度だけぎゅっと抱き締めてくれた後、その身を離してそのまま牢の外へと歩いていってしまうエリエ。
そんな彼女の身に追いすがるように牢を出ようとすると――
「なっ!?ここもやられてるっ!?だとすれば、相手は複数人の可能性が高いぞっ!?心してかかれっ!」
そのさらに奥から、複数の男性の声と、そして、甲冑の鉄片が擦れ合うガシャガシャという音とが、通路の壁を伝いながら響き渡ってきた。
反射的にそのまま牢の中へと身を隠す。
「…ッ!?賊は貴様かッ!?おとなしくすれば命までは取らん!神妙にお縄につ――、え?」
いくらエリエと言えども複数の兵士を一度に相手にするのは厳しいだろう。
何か、何かわたくしに出来ることは――
「え、エリエ騎士隊長――ッ!?」
「おや?わたしのことをご存じでしたか。宮仕えの方々とは管轄違い故、わたしの顔を知っている人間も少ないのかと思っていましたが」
「――ッ!?ひ、ひぃ…っ!?こ、ころされ…っ、あ、ぁ…っ!?」
しかし、大仰な台詞を吐いてエリエの前に姿を現した男は、次の瞬間には呂律の定まらない怯えた声を無様にも晒してしまっていた。
「お、おい…っ!?何をしているっ!?たかが女1人だろう?2人でかかればどうってこと――」
「む、むりだっ!こ、この女は――バケモノ…っ、ぅ、ぁ……っ、に、逃げよう…っ、に、逃げて――、助けを…っ、ぁ、ぁぁ…っ」
エリエと一緒に行動していた際に、こういう光景はたまに目にすることはあったとはいえ、まさかこんな重要な局面ですら尻尾を巻いて逃げ出そうとするなんて――、宮中の兵士の質も落ちぶれてしまったものだ。
と、この状況を考えれば喜ばしいことではあるものの、その一方で、元王族としては嘆かわしいことでもあった。
「16歳のか弱い乙女に向かってバケモノなどと――失礼な方ですね」
「ひっ!?あ…っ、ああぁ…っ!?」
「お、おいっ!?く、くるぞ…っ!?さっさと立って、槍を持ち直せっ!?」
でも、それも致し方ないのかもしれない。
「まぁ、その失礼な物言いに関しては、不問といたしましょう」
「ぁ、ぁ…っ!?ぁ、ぁ…っ」
だって、彼女は――
「でも、わたし…、今ちょっと不機嫌なんですよ――」
わたくしの従者、エリエは――
「せっかく姫様がわたしの胸の中で子供のように甘えてくれてたのに――、これまでのわたしの人生の中で、最高に幸せな瞬間を迎えていたのに――」
そんな彼女の、二つ名は――
「――、そんな美しき乙女の園に…、邪魔なネズミが入り込んで来てしまいまして――」
「ひ、ぃ…っ!?」
血塗られた戦乙女《BradleyValkyrja》。
かつて絶体絶命に追い込まれていた西方戦線をたった一人の力で押し返した、我が国きっての英雄なのだから――
「…ッ!?姫様ッ!耳を塞いでッ!」
エリエにそう叫ばれるままに、すぐさま両耳を塞ぐ。
それとほぼ同時に、地下牢の狭い空間を、2回の甲高い号砲が駆け巡る。
遅れて、それが銃声であることに気がつくと、すぐさま牢から顔を出して、外の様子を窺う。
「エリエ…っ!?」
「わたしは大丈夫ですっ!今のうちに逃げますよっ!」
そうやって手を引かれて、埃とカビに塗れた牢の中から引き出され、壁に並んだわずかなランプの光を頼りに、薄暗い廊下をエリエと共に走って行く。
足を押さえて呻きながら倒れ込んでいる兵士達の姿を横目で見ながら――
「あの方たちは…っ、無事なんですの?」
薄暗い地下牢から出た先は、僅かな月明かりと星明かりとが窓からうっすらと差し込む、薄暗い夜闇に包まれていた。
「足を撃っただけです。命に別状はないかと。まぁ、数ヶ月はまともに歩くこともできないでしょうが…」
夜空のかすかな光と、壁にかけられた蝋燭の光を頼りに、宮中の廊下をエリエの手に引かれるままに走り抜けてゆく。
「そう、ですか…。あの、出来れば…、命までは――」
こうしていると、幼き頃にエリエと共に色んな場所を駆け回っていたときの記憶が蘇ってきます。
あの頃はよく2人で宮殿の外へと抜け出しては、異国の店が多く建ち並ぶ市場や、様々な花が咲き乱れる郊外の丘まで出向いたものです。
「はい…、まぁ、善処はいたしますが…、親衛隊が相手ともなれば、それも難しいかもしれません…」
あのときは、渋るエリエの手を引いて、前を走るのはわたくしの役目でしたのに、今ではこうやってエリエの手に引かれて、そのセミロングの赤い髪がふわりと翻るのを、斜め後ろからぼんやりと眺めている。
「さすがに親衛隊はこの状況で王族の護衛から離れたりはしないとは思いたいですが――、それに、騎士団が動くなんてことになっていれば、さらに厄介なことになるかもしれません――」
昔は男の子みたいに短く切り揃えていた赤髪が、今では風に吹かれて舞うように、美しくなびいている。
「ともかく、敵が兵を集める前に、一刻も早く脱出しましょう――」
あぁ、この子が髪を伸ばし始めたのはいつ頃だったかしら――
こんなにも可愛らしい――、美しい――、愛らしい――、そんな彼女になったのは、いつ頃だったかしら――
「…っ!?止まってくださいっ!」
「うぷっ!?」
そうやってエリエの綺麗な髪に見惚れていたら、その中へと鼻先から勢いよく突っ込んでしまいました。
「裏門はしっかりと封鎖されているようです。5、6、7――、この人数が相手だと突破も難しいですね…」
ま、まったく…、わたくしはこんな危機的状況の真っ只中だというのに、何を考えているのかしら。
しゃんとしなさい、しゃんと!
「別の裏口に回り込むのはどうです?ここからだと東側の裏口が近いはずですわよね?」
「いえ――」
エリエはわたくしのためにこんなにも真面目な顔をして頑張ってくれているのに――
「宮中の兵士がやけに少ないと疑問に思っていましたが、敵側はおそらく出入り口を全て封鎖することで、我々を宮殿内に閉じ込めることが狙いのようです」
こんなにも、凜々しい顔で、わたくしのために脱出の策を練っていてくれているのに――
「今頃東側も含め、全ての出入り口にくまなく兵士が配備されていることでしょう。まさに袋のネズミといったところですね」
こんなにも…、凜々しいお顔、で――
「かくなる上は――、姫様、こちらへ…っ!」
あぁ、エリエ…、なんて美しいお顔をしているのかしら。
宝物庫に保管されている東方絵画に、とある女傑が民衆の前でマントを翻す様を描いた作品があるのだけれど、あの神々しさにも負けず劣らずの――、いえ、ひょっとするとあれ以上の美しさがアナタのそのお顔には――
「姫様っ!?しっかりしてくださいっ!?」
「…っ!?は、はい…っ、だ、大丈夫です…っ」
だから、わたくしはさっきから一体何を考えているの!?
これじゃあ…、これじゃあ、まるで、わたくしが…、エリエのことを――、みたいじゃないですか!?
「これから東塔に向かいます!あそこなら外に近いですから――きっと、大丈夫ですので…っ」
そもそも、わたくしには公爵様という心に決めたお方が――、先日こっぴどくフラれてしまいましたけれども……。
「では、姫様…っ、もう少しだけご辛抱ください…っ」
いや、だから、それ以前に、今はそういうことに頭を悩ませているような状況ではありませんわ。
しゃんとしなさい、リゥル。
従者であり、しかも年下でもあるエリエに、いつまでも甘えっぱなしじゃ格好が付きませんわ。
「え、エリエ……っ?こ、これは…、どういうことです、の…?」
主人として、年上として、そして栄えある元王族の身として、堂々とエリエを導いていこうと心に決めた矢先、わたくしはぶるぶると身体を震わせながら、エリエの肩に情けなくしがみついていました。
「ここから、飛び降ります――」
「アナタ――っ、頭おかしいの!?ここ4階ですわよねっ!?脱出って…、宮殿の外にじゃなくて、天界にでも逃げるつもりでしたのっ!?」
宮殿の東端、そこに鎮座する見張り塔の屋上から、塀の外に広がる夜の街並みを見下ろしながら、わたくしは隣の少女の発言にその正気を疑いつつも、そんな彼女の身体にべったりと張り付いていました。
「ぷっ、ふふ…っ、そのような冗談を吐ける余裕があるのでしたら、問題はないでしょう…。では、捕まってください――」
「問題しかありませんからっ!?無理ですっ!無理ですっ!こんなところから飛び降りるなんて、無理――」
「いえ、無理なんてことはありません、姫様――」
少しだけ強い夜風に髪を攫われながらも、ちょっとだけ楽しげな笑みを浮かべるエリエ。
「わたしがお側に仕える限り、姫様の身を危険に晒すようなことは決してありません。この身は、御身を守るために――、いや、姫様を幸せにするために在るのですから――」
その笑顔に見覚えがあって…、ふと記憶の奥底からその思い出を探り当てようとする――
「では、姫様――、しっかり捕まっててください――」
でも、懸命に掘り起こすまでもなく、その思い出は、今でも鮮明に脳裏へと深く深く刻み込まれていたのだ。
『ジュリオ様との初デート、これで上手くいくかしら――』
幼き頃の思い出、あれは…、10年前頃だったか。
『ジュリオ様、この景色を気に入ってくれるかしら――』
公爵(ジュリオ)様との初デートの予行演習として、エリエと2人で宮殿を抜け出して郊外の丘へと赴き、そこから眺めた夕焼けに染め上がる地平線。
『ねぇ、エリエ。アナタはどう思う?』
橙色に染まった彼女の横顔を覗き見ながら、わたくしはそう問うていた。
『はいっ!ジュリオ様も、きっと喜んでくれるはずです――』
そして、こちらへと振り向いた彼女の顔が――
『だって――、わたし、こんなにも楽しいんだもんっ!』
わたくしの身体をふわりと抱きかかえて夜の街へ飛び込んでゆく、そんな彼女の溢れんばかりの楽しげな笑顔と重なっていた――
「あははははは――っ」
夜の街の”上”を、わたくし達は流れていく。
「何を笑っているのですか、姫様――」
それはまるで、星空の海を、羽を広げて走っているかのように――
「だって――、こんなにも、楽しいんだもんっ!」
城下の家々の屋根の上で、ダンスでも舞うかのようにステップを踏んでゆくエリエは、そう、まるで王子様――
「今がどういう状況なのか、理解できていらっしゃるのですか!?もうわたし達は国中から追われるお尋ね者ですよっ!?」
そして、そんな彼女の腕の中で優しく抱きかかえられているわたくしは、国よりその身を追われた、アナタだけのお姫様――
「そういうアナタだって、笑ってるじゃないのっ!?」
上空の星の光と、大地の街の光とが、瞬く間に前から後ろへと流れていく――
「えぇ!?笑ってなんて、いませんよ…っ!?」
そこはまるで、おとぎ話の世界のようで――
「笑ってるよ!あのときみたいに、笑ってくれてるよっ!」
まるで、あの星空の向こうまで走っていけそうで――
「だから――、笑ってなんていないですから…っ!?」
だから――
「エリエ――っ」
「なんですか、姫様っ!?」
「もっと、もっと――、遠くまで――、わたくしを、連れていって!」
「はい…っ、はいっ!仰せの、ままにっ!」
「あの、星空に…っ、手が届くまで…っ!わたくしを、どこまでも…っ、連れていって!」
夜空の向こうでひときわ強くまたたく星の輝きに、わたくしはきゅっと手を伸ばしました――
【あとがき】
今回はどことなくメルヘンチックな締め方となりました。
こういうおとぎ話チックなテイストで書くことはあまり無いので、ちょっとだけ苦労したという話。
反響次第で続編書く意欲も増します。
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