第一話 目が合って

扉を開けた音で気づいたのだろう。

緩慢な動作ではあったが、確かにこちらを見た。

そして目を見開き、何かを言おうと──

したところで荒ぶるカーテンが彼女の顔に直撃した。

それはまるでしなやかな鞭のように。

彼女の顔を何回も。


「わ、わあああああっ!大丈夫!?え、ほんとに大丈夫……?」


俺は慌てて駆け寄り窓を閉める。

これで落ち着くだろう。

ふっと息をつき、先ほどの彼女を見遣る。


「コフュー……コフュー……」

「ああまずいカーテンが絡まってダースベイダーみたいな呼吸の仕方をしてる!」


どうしてそうなる!?

自分で言いながら意味がよく分からないよ!?

さっきの荒ぶっていたカーテンとそれとは別のカーテンが複雑に絡み合って彼女を締め上げていた。


なんでそうなるかなぁ!?


「私も、わかんない……!」


だよね!

すみません!

今すぐ解かせていただきます!



あれからなんとかカーテンを解き、2人で教室で一息ついていた。


「はぁ……えらい目にあった……」


憔悴しきった様子の彼女の呟きに、心の中で同意する。

あそこまで酷いことになるのは、不運というか、なんというか。

日頃の行いが酷いんじゃないか?この人……。


「それは流石に失礼じゃない……?」


え……?


「ん……?」


今俺本当に喋ってなかったよね?

さっきは口に出してたかなって思って言わなかったけれども。

なにか能力でもあったり?

まさか心が読めるとか?

いやいやそんなわけないよね。

いやでもなんかすっげぇ涙目だな。

やっちゃった〜みたいな?

ああそんな軽いものではない感じ?

あらそう。頷いてくれると分かりやすいね。

完全に会話できちゃってるけど、やっぱり俺声に出してないよね?

うんありがとう。


じゃあ今俺らは他に誰もいない教室の中で2人きりで黙って見つめあっているんだよね?


ああお辞めください、困りますお客様。

俺の頭に衝撃を与えて記憶を失わせようとするのはお辞めください。

グフッ、思考に、ガッ、ダイレク、ッt、に影響ッ、するから、ッsサ。

や、ドッ、やめ、シッ、や__


「辞めよう!俺もセクハラ?したのは謝る!だから!暴力は辞めよう!?」



奥歯がガクガクします。


「さて……秘密に驚きすぎて、奥歯がガクガクしてるんだけどさぁ」

「まさか記憶の消去に一部成功してる……?」

「ん?何か言った?」

「うん、この能力が自分のもので良かったと再確認してるとこ」


ふーん?

まぁ、話を続けようか。

とは言え何から聞こうか……。

じゃあ順番通りに心の中で聞いていくから答えてね?


「了解?」


Q.今から質問するけど大丈夫?


「あんまり大丈夫ではないけど……」


Q.緊張してる?(笑)


「その(笑)はなに?なんかムカつくんですけど……緊張は勿論してる……よね」


Q.こういう経験は?


「バレた経験?ないなぁ。じゃないとここまで取り乱さないね」


Q.じゃあ経験ないんだ(笑)


「だからその(笑)なんなの?」


Q.じゃあ……その能力に名前はある?


「あー……考えたことなかったな」

「そうだよね名前考えてたらただの厨二病だもんねw」

「わざわざ声に出して言う必要ある???」


しかしまあこのままだと不便なのも事実。

その為にこの質問してんだし。

こういうのは本人がつけた方が良いと思うんだけど。


「……『THE SYMPATHY』とか?」


スタンド使いのネーミングセンス……?

字面だけだとSPY FAMILYだけどね!

……辞めとこうか。


「はい……」


顔を伏せて耳まで赤くしている。

この瞬間だけは能力なくても心読めるな。


「まぁ無難に『読心』とか『読心術』とかかな」

「うん……それで……」


その声はまるで蚊の鳴くような声だった。



Q.『読心』の発動条件とかってある?


「この質問の形式に何か思い入れでもあるの……?発動条件は『目を合わせること』だと思う」


Q.能力はいつから?


「物心ついた時から、かな」


Q.どんな風に見えてる?


「こう、心に直接 “くる”というか……ごめんうまい言葉が見つからないや」


Q.何故そんな能力が?


「さぁ……家族も『読心術』があるから遺伝なのかな」


Q.ご家族にも?


「うん。だからこそこうやってうまく生活できてるというか、今までバレずにいたというか」


目を逸らし考える。

なるほど確かに能力を持つことで生まれる悩みもあるだろう。

それは俺にとっては想像して余りあるレベルのものだろうが……。

かつて似たような経験をしているであろう人間が近くにいるというのは、そうだな、何とも有難いものなんだろう。

聞きたいことはこんなもんかな……。

目を戻すと、なにやら彼女がもじもじしていた。


「いや、その、こうも露骨に目を逸らされると気まずさMAXというか……」

「あ、ああ!ごめん!不愉快だったかな、その、何というか、1人で考えたいことがあって……質問も不躾なことを聞いたかな、ごめん、ほんと、人と喋るのに慣れてなくて…面白い喋りとか全然出来ないし……」

「いやいや大丈夫!思ってたより面白かったというか、ほら、ずっと下みてて何考えてるのか分からないとこあったし、」

「えっ……?」

「え、あっ……」


……。

向こうから目を逸らすのか。

俺……僕は決心する。

いいだろう……。

イメージを固めろ。

僕は彼女に近づき、顔を合わせにいく。

……前髪が邪魔だな、今度切ろう。


「やめ、やめろぉ!」

「見えますか?ゴリゴリと削れていく僕のHPバーが」

「ごめんなさい、ごめんなさい!というか器用ですね!そんなことできるんだ初めて知りました!!」


理解らせたな……。

そう確信した後、段々と冷静になってきた。

うおっ……!

俺は慌てて目を逸らし、距離を取る。

か、顔近かった。びっくりした。

彼女は俺のそんな様子をまるで気にせず口を開いた。


「いやでもほら、初めて目があった時も凄く色々あったし、面白いのはほんとだと思うし……」


初めて目があった時……。

初めて目があった時……?

それは、教室の扉を開けた時のことを言っているのだろう。

思い返す。理性はやめろと言っている。

だが思い返す。思い返してしまう。


あの時俺はすごく……ポエミーなことを言ってなかったか……?


「……」

「え…、あっ……」


この瞬間、僕らは今までで一番自然に目を通わせた。

彼女は目を逸らすことすらできないようだった。


「明日から不登校になります」


「HPバーが爆発したぁぁああああ!!」


「探さないでください」

「謝るから待って!あとHPバーも一緒に走り去っていったんだけど!どういうこと!??」



僕はそのまま教室を後にした。

いつの間にか外は暗くなり始めていて、野球部もすっかり帰り支度を済ませているところだった。

その様子を見ているとちょっとは落ち着いて、今日起きた不思議な体験を思い出す。

今日のことがたとえ俺だけが覚えている夢だとしても。

俺は今日のことを忘れないんだろうな。

結局忘れ物は取れずじまいだったな……。


「それにしても」


星が見え始め、夜空と夕焼けが混じった空を見る。

思い返すはあの瞳。

まるでこの空を写したようだった。


「綺麗だったなぁ……」

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