消しゴムは拾ってくれない

〆サケ

プロローグ

俺が落としたって、誰も消しゴムは拾わない。


これは一つの真理だ。

俺が高校1年間で得た悟りである。

まぁ皆んなも考えた事はあるだろう。

誰しも想像した事はあるはずだ。

消しゴムを落としてしまった時、俺も隣の女子も拾おうとして手がふれてしまって、あっ…、みたいなっ!

そういう事を妄想してしまった事があったとしてもいいはずだ。

それを新たな高校生活に夢見たっていいはずだ。

そして一年。


「あっ……」

「……」

「す、すいません……」


これである。

俺が落として変な声を上げ、それに構わずノートをとる女子。

わざわざ立って拾いに行く俺。

なんで俺も謝ってるのか意味がわからない。

多分向こうもわかってない。

ただ、俺が消しゴムを落とそうが落とさまいが、隣の女子はなんの関心も持たないし、それが当たり前である。

それだけは共通でわかっているのだ。

なんて惨め。

なんて醜い。

これが俺の望んだ高校生活だったのだろうか。

いやそうではない。

反語。

まるでノートの端に落書きするように、意味のないことをつらつらと。


授業はまるで聞いちゃいない。



高校2年の春。

俺は席替えで念願の窓際最後列を手に入れた。

先生から最も遠い場所である。

しかしながら、俺にはあまり喜べない状況でもあった。

隣に女子がきたのである。

そう女子。

女子かぁ……。

しんどいな……。

この頃にはもう悟りを得ていた俺は、隣に女子がいる事をただしんどい事としか認識していなかった。

だってペアワークとかいう、ただの先生の自己満足でしかない試みによって強制的に女子と組まされる事がある。

まともに話したことのない女子と。

まともに話せない俺が、である。

容易に想像できるであろう。

その先の地獄が。

多くは語らない。

が、これだけは覚えておいてほしい。

もし同志がいるのならば、きっと俺らは戦友でもあるはずだ。

脳内で戦友を得た俺は少し励まされ、普段ではありえない事をした。

きっとクラスが変わった事もあるのだろう。

まだやり直せるとでも勘違いしたのだ。


「こ、こんにちは」


そうして俺は自分から話しかけた。

その時歴史は動いたのである。

それが俺にどう影響を与えるのか、それは神のみぞ知る…。


「……」


無視。

目をこちらにさえ向けない圧倒的無視。

はい終わり。

神じゃなくても分かる。

これは終わりです。

俺になんの影響も与えず、そして彼女にもなんの影響もないのだろう。

悟っても尚突きつけられた現実に俺はしばし絶句した。

やっぱつれぇわ。

なんだよ、言えたじゃねぇか……。

俺のイマジナリー戦友が慰める。

はは、戦友は優しいなぁ。ははは。



放課後。

忘れ物をした俺は学校に戻っていた。

凄くめんどくさかったが、今日は金曜日、忘れ物が月曜日に提出する課題なのでわざわざ取りに来た。

陽は沈み始めていて、校庭で練習している野球部の白いユニフォームはオレンジ色に染まっていた。

掛け声と共に走り込みをしている様子を横目に、俺は教室へと戻る。

幸い鍵はかかっていなさそうだった。

扉を開ける。


瞬間にぶわり、と風が吹く。

教室の窓が空いていたのだろう、空気の通り道ができたのだ。

そして俺は見る。

靡くカーテンの奥で、机に座って頬杖をついて外を眺める女子の姿を。

どこか物憂げな表情は儚い印象も漂わせていて、触れては壊れてしまいそうで。

俺は思わず息を呑んだ。

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