第3話 ※奢りました

昼下がりのカフェ。

少し奥まった席に案内され、周りを見てみる。

客足のピークはもう過ぎたのか、店内は閑散としていて周りから見られている心配はなさそうである。

友達にこんな場面見られたらどう弁解すべきか、ってそもそも友達いねぇわ!

ふふ、ふふふふふ……。


「悲しいね……」

「この心を読むなら触れないのが美徳だと思うの……」

「ごめんなさい……?」


別に好きに読むのは構わないけどね。

見られたくないときは目線を逸らすし。


「取り敢えず……自己紹介からしようか」

「ここまで関わったらしょうがない、か」

「え、何?嫌々なの?もしそうなら普通にムカつきますけど?」


いやそういうわけじゃないんですけどね?

ただめちゃくちゃ緊張してるっていうだけなんですけどね?

まずこうして2人きりってだけで手汗すごいのよ。見て?これ。ホラーゲームやってる時のコントローラーを握ってる手と一緒くらい手汗出てるよ。

ベッタベタよベッタベタ。

ふぅ〜……。

目を逸らすのをやめ、俺も覚悟を決める。

意を決すとはこういうことを言うのだろう。

……ふと、率直に今思ったことが口からついて出る。


「なんだかこうしてみるとお見合いみたいだね」




ごめんて。




奥歯がガクガクします。


「君は何?いらないセリフを言わないと死ぬの?バカなの?」

「いやほら、ね?結局読まれる心ならいっそ言ってしまった方がって。ね?」

「ね?じゃないよ全く」

「……」

「……」


会話の一区切り。

ただ単純に今話してた話題が終わったというだけなのだが、この間が今は酷く気まずい。

これが少しでも気心の知れた間柄であったならばまた別であったのだろうが。

出会ってから二日目ともなるとそうもいかない。

どうしよっかな……。

こういう時、他の人だったならどうしたのだろうか。

少なくとも自分は一個前の話題を引っ張り出すことで、この間をなんとかしようとした。

結構普通の回答だと思う。

悪くない、当たり前の行動をしたという自信がある。

ただ一つ、失念してたとすれば。


「桐谷梓ですけど!?」「楠秀吾で、す……?」


「……」

「な、なんて言いました……?」


俺のこの思考と全く同じように彼女も回答を導き出す可能性がある、ということ。

視線は外していたから盗聴の心配はなかったはずなのだが……。

でも完全に同じタイミングで喋るとは思わないじゃん?

そしてなぜか向こうがキレ気味に、まぁまぁな声量で言うとは思わないじゃんね?

そのせいで彼女の名前を聞き取れてなかったとしても俺は悪くない。

うん悪くない。

彼女が俯いてプルプルし始めてんのも俺は全くもって悪くない。


「きりや、あずさ……」


蚊の鳴くような声だった。


「すぅー……。楠秀吾です。でした」


改まって自分の名前を告げると言うのは確かに気恥ずかしいものだな、としみじみ感じた。

俺も前見れないもん。俯いたまま復帰できないよ。

でしたってなんだよ。

俺は自分の名前が変わったことのある人間なのですか?

楠秀吾は数ある名前の一つに過ぎない的な?

……何言ってんだろう。

俺が一種の賢者タイムに入りかけていた時、彼女──桐谷さんの方に動きがあった。


「じゃ、じゃあこれ私のメールアドレスなんで……」

「あ、どうも……」


見れば彼女が懐から取り出したスマホが文字列を表示していた。

それをメモしつつ礼を言う。

つまりこれはメアドを交換していて、つまりこれを使えばあら不思議、桐谷さんと連絡が取り放題。

?????????

いきなり何してんだこの女???

自己紹介にあんだけ時間かけたのに?

なんでメアド交換するというハードルがメチャクチャ高いとこはそんな易々と超えられるんですか?

陽キャなのか?

まさかこの人陽キャなのか?

いや雰囲気的にそうではないかと思っていたけれど。

この人あれか、恥ずかしいことに対する耐性が全くと言っていいほどないだけで。

ノリ自体は陽キャのそれなんだな。

オッケー把握。

桐谷さんへの理解度が高まった気がする。

これからも付き合っていくなら重要だろう。

覚えとかないと。


「じゃぁこんなとこで……?」


そこでこっち見ないで〜、俺もこういう時の終わり方なんて分かんないんだから。

あ、奢ろうか?一応誘ったのは俺なんだし。

あ、大丈夫?


「いや……たかだかコーヒー一杯おごられた程度でドヤ顔されたくないし」


おし、喧嘩だ。

先に表に出てなさい。

勘定済ませとくから。


残念ながらそんな程度でドヤ顔できるほど、自分の金に執着はない。

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