第16話
その日、山口の秋芳ダンジョンの三階層で、新たなフロアボスが見つかった。
そういったモノは往々にして素直な道順では見つからない隠された場所に存在しており、初めて発見したパーティは大きな関心を向けられる注目の対象となる事でも知られていた。
実利以上に名誉な事で、所謂新規マップを探す専門のパーティも存在するくらいだ。
とは言え、そういった報告は現在に至るまでも幾度となく有り、左程珍しくはない。事実として日本で最難関と言われるダンジョンでは今でも新たな道やフロアが見つかっている。
問題は、その時に"彼ら"の攻撃を避ける事が出来たドローンがたったの一台だったという事。
普段なら幾つかのドローンによって、冒険者協会を含めた複数のアカウントから配信される習わしの光景が。分散される筈だった視聴者が、たった一つのアカウントに集まった。
結果、無所属の新人冒険者パーティとしては破格の、同時視聴人数「一万人」を突破する事となる。
……だが何よりの問題は、今回新たなボスを見つけたのが冒険者登録から三日目の新人を中心として結成された名も無き新星パーティであったという事。
しかもその内の二人は丁度昨日に二階層の巡回ボスを倒しており、聞くところによれば、無名だがプロダクションからの勧誘も受けていたらしい。
当然一度に所属できる事務所は一ケ所であり、横入引き抜きはマナー違反とされている。
大手の事務所は仕方がないと涙を飲んだが。
マナー違反でもその時点で引き抜いておけば良かったと後悔をするのは、彼らが結成一ヶ月以内にBランクへ昇格した後の事だった。
さりとて大手の事務所がその事を知るのは少し先の話。
そして、引く手数多の選り取り見取りだったという事が当の本人達の耳に入るのは、更にその後の話だった……
◇
洞穴とは違いレンガ造りの空間。
約25メートルの四方系の広大なフロアは見た目よりも頑丈で、足元ぐらつく事もない。
その中央には見上げても見上げたりない不気味なまでの大きさをした巨大なカエル。
ファンシーでキュートな雨蛙というよりはガマやイボガエルに近かった。
棘が生え揃った深緑色の皮、憎たらしい悪辣な老人の様に歪み弛んだ顔。
小さくて距離の離れたおめめ。耳まで裂けた大きな口。
そして、喉の下で膨らむ大きな袋。
間違いなく俺が依頼を受けた『
勝てる訳がない。
話しが違うと叫んでも良かったが、連戦の疲れからか出たのは乾いた笑いだった。
逃げ場はないのだから俺に与えられた選択肢は戦うか諦めるかの実質一択である。ならばゴチャゴチャと考えるのも面倒だ。
「おい! せめて俺を治してから前に出てくれよ!」
精神ステータスがこの中で最も高いのにタウドへ向かい走っている七宝に言ってみたが、
「あぁん? んなもん自分に使っちまったぞ!」
と、実に景気の良い答えが返ってきた。CTが開けるまでお預けらしい。
離れて見たからこそ気が付いたことだが、彼女の手には俺がくれてやった解体用のナイフとは別の短剣が握られている。
確か姫小松が持っていた物だが、七宝とて流石に一本のナイフではあの物量を裁ききれなかったという事か。
『挑発』
それを使用した途端、こじんまりとした真っ黒い瞳と視線が交差する。盾を構えると、後ろの方から光球が飛来してタウドの顔面で小さな爆発を起こした。
同時に横から七宝が二刀流のナイフでタウドの足を切り刻む。一太刀毎に肌を切り裂き血を浴びているけれど、やはり銃刀法でも取り締まれない様な解体用ナイフでは刀身も重さも切れ味も何もかもが足りていないように思えてならない。
この時ばかりは七宝に大剣を捨てさせた事が惜しくなったが、そもそも捨てさせなければ今ここに俺達は居なかっただろう。
爆炎鳴りやまぬ中、タウドに近づくべきか姫小松を守りながら様子を見守っているかという是非を考えていると。
煙幕の中から巨大で赤い何かが飛来した。
「ッッ!?」
俺は反応すら出来なかったが、運よく盾に当たってくれたおかげでバランスを崩すだけに留まる。考え事をしている間に食らった一撃の割にはマシだったが、心臓は疲労以外の要因で大きく跳ね続けていた。
だがいつまでもびっくりしている暇は無いので、せめて後ろに被害が行かぬよう七宝とタウドを挟み向かい合う場所へ走る。
「姫小松!!……」
「分かっとる!!」
正に阿吽の呼吸以心伝心。
目と考える頭があれば誰でも同じ事をしただろうという予想はさておき、彼女は視界を遮るラピッドファイヤーの連射をやめて大きな氷の矢を生成し始めた。
まあ、俺のヘイト管理に関しては信用に足らないし、避けにくい攻撃を持った敵を相手にするならキャンセルを強要された時の被害を小さくする為にもコンパクトな詠唱時間を持つ魔法を使うよな。
そんな風に考え事をしていると、隙を縫うようにして再び赤い何かが飛んで来る。
しかし今度はハッキリと見えた。
あれは、タウドの舌だ。
さりとて見えるのと完璧な対処が出来るのとは別の話。
走行中だったという事もあり、俺はまたしても盾を弾かれてバランスを崩した。
おっとっと危ない危ない。なんて安堵も塚の間、俺は跳躍したタウドの体当たりを食らい馬鹿みたいに吹っ飛ばされた。
数メートルは横にある壁に激突する最中。俺の視界はさながら冷蔵庫にあるものを全てミキサーに放り込んで混ぜられているかの如く。
シュルシュルと収納される真っ赤な舌を眺めながら、漸く俺は姫小松の『マナプロテクション』に守られたのだと気が付いた。
結果的には助かったのだが、青いバリアが消滅してしまった所を見るに次は無い感じだ。
そうこうしていると、タウドの体が小さく震えた。
俺は嫌な予感がして壁から離れたが、轟音が聞こえて振り返ると先ほどまで俺が居た場所には、タウドの口から散水車以上の水ビームが放たれて岩が弾けている。
それはおよそ3秒ほど続いたが、その間タウドは白目を向いて硬直していた。
見えないから、硬直かは分からないけれど途中で動くことは出来ないらしい。
分かる事といえば、食らえば俺でも死ぬだろうという事。
俺が死ぬなら俺以外が食らっても当然死ぬ。
おや? ならば七宝辺りにでもヘイトを持ってもらって俺は攻撃に参加するというのはどうだろうか。どうせ死ぬなら回避できる可能性がある方がいいはずだ。
……いや、駄目だ。俺の片手剣はトイフェルに襲われた場所で置き去りになっているんだった。
今となっては解体用ナイフも七宝に渡してしまったし、当然盾ではダメージを与えられない。一応盾の下部から出る槍みたいな物はあるけれど、左手だし使いにくい場所から出ているし無駄に長いしで主たる攻撃手段にはならんだろう。
そう結論付けたあたりで件の七宝が叫んだ。
「盾使い!! 我輩の代わりに頼むぜ!!」
何を頼まれたか。
当然攻撃を受ける役だ。
しかし代わりに『ファーストエイド』を使って貰えた。
体がポカポカと暖かくなり、全身の痛みが和らいでいく。
失った血も傷も未だ生々しく俺の体を蝕んだままで万全とは行かないけれど、頑張れないことはない。
「控えめに言って最高」
だが同時に、タウドも黒目を取り戻し再び俺に向かい凄まじい速度で一直線に舌を伸ばした。
……とはいえ、何度も見ていれば流石に見慣れてくるというもの。
なにより今の俺は割と頑張れる状態だった。
だからその時始めてタウドの基本技を正確に盾でガードができた事は、偶然ではなく必然だと言って退けられる。
「第二ラウンド開始。っていう感じか?」
一手目は姫小松が放ったアイスアローで始まった。
長さは凡そ50センチメートル、鏃に関しては握り拳程もある巨大な矢が、退化したタウドの小さな腕を貫通して脇腹に突き刺さる。
血渋きが舞い、始めてタウドが叫んだ。脳を震わす様な低い音に俺は思わず盾を構えたが、タウドの視界には俺なんぞ映ってはいないらしい。恐らく挑発の効果が解けたか、挑発によって増加した俺のヘイトを姫小松が攻撃する事で追い越したか。
とにかくソイツは姫小松の方に向き直り、ノソノソと歩を進める。
確かに痛そうだが、体の大きさに対しては小さなダメージに思えるのはどうしてだろうか。七宝が執拗に攻撃していた足の方がよっぽど痛々しい傷跡になっているだろうに。
腕が弱点なのか?
もしくは脇腹?
俺はとりあえずタウドの背中を盾の角で殴ってみるけれど、分厚いくせに撓んだ皮に阻まれてまるでダメージが入らなかった。
続いて革のブーツで蹴ってみるも、結果は同じ。
散々殴るけるの殴打を繰り返したが、結局最もダメージを与えることが出来たのは盾の下部から出る槍っぽい突き刺しだった。
衝撃は殺されるし、切り裂きも出血は見込めるが浅ければ皮に阻まれて然したるダメージにはならない。
こいつの全身が分厚い鳥の皮だと仮定するなら、アイスアローや槍の様な一点突破の攻撃が最も効くのという事も頷ける。
そう考えて俺は突如巡ってきた
どれだけレバーを引っ張っても、先端が伸びきった儘にウンともスンとも答えない物言わぬ槍と化したのだ。
くっそ邪魔な状態で止まりやがって!!
そして、タウドは先ほど俺にしてみせたみたいに跳躍し、姫小松に襲い掛かった。
「避けろ!!」
その言葉に呼応したかは分からないけれど、姫小松は用意していたアイスアローを中断してタウドと直角になるよう走り、滑り込む形で攻撃を避けることに成功。
「「あっ!!」」
俺と七宝の声がハモったのはその時。
巨体の着地と同時に地面が縦に揺れて、回避に一杯一杯だった姫小松はすっ転んでしまったのだ。
七宝はカバーに入るため唐突に走りだせたらしいが、俺は眺めている事しか出来ない。
しかも、タウドは再び大きくジャンプをして、転んだ彼女に追撃を加えようとしていた。
一昨日あったばかりの少女が、今俺の前で死のうとしていた。
横入りの件を告発するぞと脅してきた少女が。俺の金でパフェをかっ食らった少女が。基本的に俺の事を肉壁としか思っていない少女が。
「碌な思い出がねぇ!!」
言って、俺はアトラクトで姫小松を引き寄せた。
彼女は一直線に俺の方へ飛んでくる最中、「構えや!」と言う。
向けられた足が白く輝いていたので、俺は咄嗟に盾を構える。
いつチルフィートを使ったのだろう。
まさか、転んだ後ではないと思うけれど。
考えを巡らせる間も無く姫小松は俺の盾に着地。そのまま重力が七分の一、月面よりももっと軽くなったのを良い事に、盾を踏み台にして今度は自分からタウドの方へと飛び込んでいった。
「おぉぉ?? どしたん穴だらけやで背中!!」
気遣うつもりなんて端から無いような喜色満面の声色で叫ぶ姫小松。
当然性格の悪いサイコパスだからして、彼女は俺が必死こいて穴を開けたタウドの背中に、思い切り蹴りをかました。
傷口から流れる血液が凍り、続いて傷口までもが凍り付いていくと、今度は切り裂くようなタウドの声が上がり、俺達の耳を劈いた。
だが、俺は聞き逃さなかった。金属を擦り合わせたみたいな音に交じり、何か、コロンと小気味の良い音が鳴った事を。
耳を塞ぎながら音源である足元を見下ろせば。そこには、
長さ80センチメートル程。鋭い刃先の付いた槍にも似た無骨な棒が落っこちていた。
紛う事なき盾の下部から突き出された槍。
一時はそこそこの活躍を見せたけれど、先ほどまで残骸と化していた付随付属品のサブウェポンが、足元で今や槍として、単品で転がっていたのである!!
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