第15話

『竜の息吹』は既に小空間の入口へ向かって放たれていた。息吹という割に掌から発射された極太ビームの幅は三メートル以上で、青化した炎だ。地面には、ビームに触れて黒焦げになったコウモリっぽい何かが何十、何百と積み重なっていく。


 だが奴等は屋根の上から来ているらしく一掃は出来ない。今は後ろから押された個体が死んでいっているだけだ。


「CT一分。破格に短いけど、使いどころ無さすぎるわ」


 その言葉を最後にビームは消え、モンスターが内部へと侵入してきた。それは写真で見た通り羽の生えた全体的に紫色の小さいおっさんだった。体長はおよそ20センチ。


 それが百や二百では足りないくらい一斉に現れたとなれば、例え最前線に出るべきタンクが硬直してしまったとしても責めることは出来ないだろう。


 元よりソナーで接近を予測していた姫小松は兎も角、しかし俺七宝までもが咄嗟に動くことが出来るとは思いもよらなかった。


「クソっ」


 俺も走り出すが、既に群れから抜けた姫小松と、今に抜けんとする浪漫少女には数歩遅れている。

何よりの問題はランタンを持っているのが先頭を走る姫小松だという事。

 そして、小さいおっさん全員が自身の体長と同じ位の先端が三股になった鋭い槍を持っているという事。


 今のところはトイ・フェルも小空間に入ろうとする勢力と出ようとする勢力とがぶつかって入口にて立往生してくれているが、そんなゴールデンウィーク初日の高速道路みたいな混雑も時機に解消されてしまうだろう。


 そんな事を考えながら、顔にへばり付いたであろう小さいおっさんを引き剥がして闇に捨てる。額からは、いや、既に全身からも鈍い痛みが訴えられていた。

 きっと通り魔のオッサンにでもトライデントを突き刺されたのだろう。


 だが不思議や不思議。タンク、つまり敵からヘイトを集めるのが仕事の俺だが、何の因果かこんな状況に最適のスキルを持っていたのである。


「『突破』突破突破ぁぁ!!」


 当然一度しか使用することはできないが、俺は混雑でもはや前も見えなくなってしまった闇の世界から脱出することが出来た。

 と同時に、傷口を執拗に攻撃していたトイ・フェル共も引きはがすことに成功。


 前を見れば、姫小松は凡そ十メートル先で光っている。

 ランタン? いや、その光は突如数を増やし……


「馬っ鹿! お前本当に馬鹿!! サイコパス!!」


 飛来した赤い光球、ラピッドファイヤーは俺の頬を掠め、背後で小さな爆発を引き起こした。


 おかげで俺は微かながらも追い風を得て加速する。"こんな状況"でもなければ喜んでいたかもしれないし楽しんでいたかもしれないが、こんな状況も未来も今である。


「マジでサンキュー愛してる。もっと撃ってくれ」 

「アホウ、連射中は走るんが遅なってまうんや」


使えねぇ。が、文句を言っても仕方がないか。


 小空間でおっさんに集られて圧死するという最悪の事態からは一時的に脱却する事が出来たけれど、とはいえ。


 そう。とはいえ、これからの行動選択によっては最悪の事態は再び俺達の前にコンニチハしてくるのだ。

 

 例えば、俊敏の足りないタンクの足が絡まるとか。

 例えば、貧弱な魔法使いがランタンを落とすとか。

例えば、先ほどから細くなりつつある道が行き止まりになるとか。

トイ・フェルを蒔く事が出来ればそれが最善だが、それが出来る確証も、それまでに先の例えが襲い掛からないという保証もない。いくら飛ぶことに適した形状じゃない鈍足のおっさんが相手とはいえ、早々に賭けに出たくなかった。


「わ、我輩が尻尾を巻いて逃げるだけ? 何か出来ないのか!?」


 勿論七宝のご要望通り倒すという手はある。

 尻尾と七宝を掛けているのかな? なんて言っている場合では決してない。


「祈りぃや。今出来るんはそれだけや」


 幸い此方には対多数戦の要である魔法使いも居るのだ。消耗の少ない内に攻勢へ出るのも悪くない。

 ああ悪くない。俺の脳裏にはフワフワとした何となくの作戦が出来つつあった。


「いいや、あるぜあるぜ取って置きの案が……二人が俺の指示に従ってくれるならという前提はあるがな」

「その言い分からして、なんやけったいな事考えとんな?」


 図星だった。まあ、思っていても言わないが。


「我輩は乗ったぞ!! そろそろ髪の毛に絡まった阿呆共をぶっ倒したかったんだ!!」

「……分かった分かった。ウチも乗るから、指示してみいや」


 まさか、本当に乗ってくるとは。

 期待していなかったから適当だったが、そうとなれば即興だろうと何だろうと形にせねばならない。


 とにかく、俺達ではトイ・フェルを各個撃破するなんて不可能。時間がいくらあっても足りない。だから姫小松に纏めて吹き飛ばしてもらう必要がある。

 ラピッドファイヤーも良いが、見る限りでは足止め以上の効果を持っていない気がしてならなかった。それなのに使用者の足も遅くなる。却下だ。


 ではアイスアローは? 

 駄目だ、一点突破の攻撃がラピッドファイヤー以上の効果を齎すとは到底思えない。


 チルフィート?

 効果の発現条件が「触れる」なのに飛んでいる奴に使うわけないだろ。


 ……やはり、竜の息吹しか無いか。

 灰燼に帰すオーバーキルで無くとも良いのだが。


「姫小松、竜の息吹の詠唱時間は?」

「……5秒。使うたら最後、串刺しにされてもまだ発動できへんで」


 確かに長い。だがソレの抽出方法に関しては、昨日カミツキ草を見た時から思いついていた。


「よし姫小松、ラピッドファイヤーをばら撒いておっさんを足止めしろ」

「はいよ。対象志遠、爆破しまーす」

「そのおっさん味方ッッ!!!」


 サイコパスのガキが発した光球は俺の頭上を通り過ぎ、トイ・フェルに当たって次々と炸裂する。

 多分、俺の顔を狙って外れただけだ。あいつはいつか痛い目を見てほしい。


「七宝、遅くなった姫小松をカバー!! 近づいてくるトイ・フェルを殺せ。無理なら肉盾ぇェ!!」

「委細承知、ぶっ殺すぜ!!」


 これで俺は追い風を受けながら、おっさん達を引き離す事が出来る。

 そして『俊敏上昇(小)』を使用して、すぐに七宝を追い越した。


 下がってきた姫小松には一瞥だけくれてやる。今や俺がトップスピード、正にゴボウ抜きだ。


「お? 裏切るんか?」

「……先に気が付いたのはお前だろ」


あの不快な草の蔓で高い高いをされ、慌てていた姫小松は何をしていたか。


 ――そう、ラピッドファイヤーを連打したのだ。

 極めて短いとはいえ、詠唱時間の存在する魔法を。


 そもそもラピッドファイヤーの連射と全力ダッシュが何故共存出来ないかといえば、詠唱中は移動が出来ないという仕様が悪さをしていた。つまり姫小松はダッシュと魔法を交互にしていたわけだ。そりゃあ遅くもなるだろう。


 だが、カミツキ草の蔓に捕らわれ移動させられていた時は連打が出来た。


 何故か?


 ここからは俺の妄想という名の仮説になるが、詠唱中の移動不可という条件。正しくは頭に「自主的な」という単語が付くのではないかと考えることが出来る。


 俺はその時に有用な使い方があるのか? なんて聞いたけれど、まさか俺自身がその使い方を考える事になるとは思っていなかった。


「姫小松詠唱!! 七宝合図で壁に飛べ!!」


 何の詠唱をするかなんて、彼女も分かっているだろう。……いやマジで分かってるよな? ここ一番で馬鹿技なんて撃つなよ? フリじゃないからな?


 そんな俺の不安もどこへやら。

 振り返って確認すると、姫小松の手には青い繊維状の光が刻々と集まってきていた。当然立ち止まる事になるので目の前には集団恐怖症なら卒倒する程大量の小さいおっさんがワラワラと飛び迫る。


 とうとう俊敏上昇の効果も切れ、俺の走る速度も遅くなり始めてしまった。

 

 ――もはや減速の理由が過労か老化かも分からぬが。果たして、時も満ちた。


『アトラクト』


 俺の腕にロープが巻きつき、同時に十数メートル後方の姫小松へと飛んでいく。


 俺をロックロックと正面衝突させたり、俺を縛ったり俺の頬や頭上を掠める魔法を撃ったりと。少々"おいた"の過ぎる姫小松にお灸を据えてやろうという考えがほんの少しも無かったとは言わない。

 

 1ミリ。いや、1センチ……1メートル? まあ、それ位は含まれている。


「今まで俺に与えてきた苦痛、これでチャラにしてやんよ」

「……分割払いでもええんやで?」


 脇から腹、腰までグルグル巻きにされた姫小松は良い笑顔でそういった。馬鹿め、お子様用のカードは一括払いしか出来ない事を知らんのか。


『詠唱「竜の息吹」:1秒経過』

 

 縄を両手で握りしめ、綱引きの要領でロープを手繰り寄せる。


 姫小松は「どぅわッ!!」っと面白い声を出したが、その間も詠唱は保たれたままだった。詠唱と言っても結局は前隙みたいなもので、別に呪文を唱える必要は無いらしい。


「レディーの扱い方も知らへんのか!?」


 どれだけ憎まれ口を叩かれても地面を後ろに向かって滑るという若干滑稽な光景を繰り広げているからして、ダメージはない。後で散々馬鹿にしてやろう。


 姫小松との距離が凡そ2メートルを切った時、俺は進行方向を向いた。


「歯ぁ食いしばれや!!」


 そして今度は縄を肩にかけ、見様見真似だが似非背負い投げの要領で姫小松を投げ飛ばす。


 角度はおよそ地面から20度。本当は45度で投げたかったけれど、地面も横幅も狭くなっているのでご愛敬。


『詠唱「竜の息吹」:2秒経過』


 元より体重の軽いだろう子供を、重力と空気抵抗が七分の一の状態で投げ飛ばしたらどうなるか。

 

答え、吹っ飛ぶ。

それはもう、先ほど目の前にまでトイ・フェルが迫って来ていたとは思えない位には距離が作れる。


 ――と思っていたが、姫小松は10メートル程前方で体を捻り、進行方向に足の裏を突き出した。

 どうやら壁にまで行き着いたらしい。

 いやはや本当に判断が早くて良かった。もう少しで追い詰められるところ……


 既に追い詰められてるじゃねぇか!!


 俺はトイ・フェルに追い立てられながら走り出し、姫小松がゆっくりフワフワたっぷり時間を使ってハッピーに着地した事を確認してからアトラクトを解除した。


 おっさんでも尻に火が付く、というか尻にトライデントを突き立てられればどれだけ体力が限界でも馬車馬が如く元気に走れるというもの。


『詠唱「竜の息吹」:3秒経過』

 

「殺す、絶対に殺すお前等」そう念じながら俺は遮二無二足を回転させる。


「人気者だな!! 盾使い!!」


 律儀に殿を勤めていた七宝と合流した。


 互いに体中におっさんが纏わり付き突き刺されている状況。

 だが最もおっさんの俺は痛み以前に体力が限界である。


 汗は滝の様に流れ、息は上がり、横っ腹はツリそうで、痛い。


 幸いどんどんと道が細くなるおかげでトイ・フェルも必然的に整列しなければならなくなり、その分俺達へ攻撃する個体も減っている。気がする。


 こんな事になるなら、こいつには大剣じゃなくて短剣でも持たせるべきだった。


 短剣……?


「やるよ」


 ふと思いつき、解体用のナイフを七宝に放ると、彼女は重たそうな両手剣を捨ててナイスキャッチをして見せた。



 そうこうしていると、前方で立ち止まっている姫小松と合流した。

 つまり、横に倒した円錐の頂点みたいなこの場所が終着点。袋小路のどん詰まりという訳である。

 何の因果か、先ほど食事をしていた所に酷似した場所だ。


「攻撃受けたら詠唱キャンセルされるから」


 姫小松はそう言って俺達に向かって可愛く、ぷりちーなウィンクをして見せた。


ここまで来れば後は全て姫小松が解決してくれると思っていたけれど、まだまだ介護が必要らしい。


「ッッ先に言っておけ!!!!」 


『詠唱「竜の息吹」:4秒経過』



 俺は来た道を戻りながら叫び、玩具みたいなスローナイフを生成した。


 三秒しか持続しないガラクタではあるが、解体用のナイフは俺よりもうまく使えるであろう人間に渡してしまったため仕方がない。


 後ろで七宝が姫小松を守ってくれていると信じながら、目の前一杯に迫りくるトイフェルの闇に向かってナイフを振る。


 まるで斬ったという手ごたえは無かったが、諦める事は許されない。

 ただ、ヤケクソにナイフを振り回す。


 開いた口で、挑発スキルを使用したが、対象は一匹だけ。この大群にはまるで効果が無かった。

 グラスバインドも同様、別に手では無くても触れさえすれば発動できるという事は新たに知れたけれど、百二百の軍勢には焼け石の前でダンスをしているみたいな無力感しかないが。


 通りすがりの悪魔。文字通りの通り魔には、去年の俺の誕生日ケーキみたいに全身の至る所にトライデントを突き立てられたている。もはや出血していない場所を探す方が難しいだろう。


 血の入った目でも閉じない。肌を割かれても動きは辞めない。肉を抉られた腕も構わず盾で薙いだ。

 汗は血と、血汗は骸と、混ざって泥の如し手で、それでもナイフを握って振るう。


「対象おっさん、殲滅するで」


 俺が対処したトイフェルは微々たるものだった。つまり姫小松の言葉は同時に七宝の活躍を表している。


『突破』


 最初はおっさんの群れに突っ込む為に使用したスキルを、今度はおっさんから逃げるために発動した。

 今度ばかりは姫小松も俺という名のおっさんを避けて攻撃することはできないだろうから、巻き添えを食らわないという意味合いの方が強いかもしれないけれど。


『竜の息吹』


咄嗟に退避と叫んだが、久しぶりに開けた目で辺りを確認すると、七宝は既に姫小松の後ろにいた。足元で惨めに転がっている俺と目が合うや否や、楽しそうにブイサインを送って来やがった。


放たれた高温の光が鼻先で煌々と輝いている。またギリギリの場所だ。


 ……絶対に今回も俺を殺すつもりで撃ちやがったな。


 とはいえ一息付き強烈に香ばしい香りを楽しんでいると、段々と光も収まってきた。


そして、姫小松と七宝が同時に声を上げたのも、そのタイミングだった。

「アカン、倒しきれへんわ」


 思わず体を起こし先を見る。

 地面には大量の残骸が山になっているので効果はあったのだろうが、更にその向こうからは先程と変わらないだけのトイ・フェルが迫って来ていた。


 なんとなく、怒っている気がする。


 振り返ると、口をポカンと開けた七宝と苦笑いの姫小松が平べったい壁を背に固まっている姿が目に入った。

 

 ……平べったい、壁。

 鍾乳石で出来た洞窟にしては、不自然な程に。

 

 よくよく見てみれば薄いけれど複雑な紋様が左右対称に描かれている。

 

「……おい、後ろにあるのって。扉じゃないか?」

 俺の言葉にハッと息を吹き返した二人は勢いよく背の壁を見やる。角度が変わったことで分かったが、中央には一対の輪っか状をした取手が付いていた。

  

「ッヒラけや駆け込み押し込み今直ぐに!!」


 扉に体当たりする様にして叫ぶ姫小松とは対照的に、七宝はそんな彼女をニヘラと笑う。


「横開きだぜ」


 そんな訳あるか。


「お前の家じゃないんだぞ」

「ええからアンタも手伝いや!!」


 折角突っ込みをしてやったのに、関西代表の姫小松は気に食わなかったらしく俺をねめつけた。

 未だ横開きだと勘違いしている七宝の方は諦めて姫小松の方を上から押すと、隙間から砂が落ちて扉がゆっくりと開き始めた。


 なんとなくトイ・フェルを見ると、何匹かは同胞の死体を踏み越えて接近しつつあった。


 そんな時、ガコっという音と共に唐突に扉を押す手が空ぶり、体が回転した。


「はっはーやっぱり横開きだったぜ!!」


 どうやら一度奥に倒す事で何か挟まっていた物が取れたという事らしい。


 俺と姫小松は七宝を巻き込む形で転がるように中へ入ると、そのまま地面に倒れ伏した。


 直後、後方で扉が勢いよく閉まる音がしたけれど、多分よくある内側からは開かなくなるギミックだと思う。


 しかし、そんな事を気にする暇なんて無かった。何せ俺達の前方には、凡そ5メートルを優に越す。

 化け物みたいなヒキガエルが鎮座していたのだから。


「……依頼書より大きない?」

「大きいな。連戦の割には」

「関係ねぇ、ぶっ殺したら死ぬだろうぜ!!」


 はっはー!! と豪快に笑いながら飛び出した七宝を追いかけて、俺達は再び走り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る