第13話

「作戦変更や。誰があんなアホ質量と綱引きなんてすんねん」


 作戦の立案者はご立腹だった。

 それはそれは天地開闢以降稀に見る美しいまでの逆切れである。


「我輩は無理だと思っていたぞ」

「はいそこウルサイ」


 俺はシュンとなった七宝を慰める。

 一緒に地面で三角座りをさせられているよしみだ。大丈夫、俺も無理だとは思っていた。


「そもそも倒す必要なんてあるか?」

「……あらへんけど、その階層に倒せへんモンスターが居るまま下に行っても通用はせえへんやろ。相性が悪い敵も倒してかな、毎度逃げられるわけや無いし」


 まあ、今後の事を考えてという事なら俺もこれ以上は追求すまい。どうせロックンロールは周囲にも何匹かいるし。何度も試せるなら試すべきだ。

 案の有無は置いておいて。


「って言うんは建前で、「ロックンロール」はステージのギミックと化したモンスターやからか、誰も倒そうとしとらへん。うち等が倒したら動画的には美味しいやろ」


 そう言って姫小松は上空のドローンに向かって小さく手を振った。彼女が女史から夜のうちに渡されたという機体だろう。


「そうは言っても、どうやって倒す? 今現在試すことが出来るデバフは全部使っただろ」


 彼女は大きく頷き、俺の言葉を肯定した。


「せやからデバフでどうにかするんは辞めて、別の方法を試す」

「Aバードが落とした竜の息吹で近づかれる前に削り切るとか?」

「よう分かっとるやん。でも、それだけやあらへんで……」


 ニヤリと笑う姫小松を見て、俺の背中には何か冷たい物が走った。



 ◇


 それから実に数分後。掌から真っ赤な極太ビームを放つ姫小松の隣で、俺は。

 目の前に迫るロックンロールを突っ立って眺めている。


 丘の下から見上げる岩のモンスターは実物の三メートルよりも幾ばくか大きく見えた。

 俺の体には姫小松の与えてくれた「マナプロテクション」が頼りなく纏わりついているだけで、後は特別な装置も装備も何もない。


 因みに今回に関しては既にアトラクトを使用済みであり、空気抵抗を失ったロックンロールはもう何が何だか分からない勢いで斜面を転がり落ちていた。


 巻き込まれたカルストの岩は内部から破裂したかの様に砂となり、後ろにはきっと草木も残っていないのだろう。


 黄昏の夕焼けに染まるこの大地で、俺はまさに命を投げ出そうとしている。


 ―――なんて訳では当然なく。あのサイコパスによれば確かな勝算があるらしい。

 

 質量の化け物を相手に綱引きを挑む奴の言葉が信用に足るかはさておき、俺は漫然と盾を構える。

 こんな事になるならもっと大きな盾を買っておくべきだった。なんていう後悔も既に遅い。


 岩は弾け地面は抉れ、今も尚スピードが上がっているけれど、姫小松からは多分死にはしないだろうとお墨付きを貰った。

 七宝からはクシャっとなった感じのお守りも貰ったし、万が一の際には直ぐに治療をして貰う約束も取り付けた。


 既に姫小松は竜の息吹を終えて横へ移動している。後は俺がビビらなければ良い。


 目の前に広がる絶望的な光景から少しだけ視線を外し、その奥に見える夕日を眺める。

 嗚呼、奇麗だなんて考えていたのが悪かったのか。それとも事前になんとなく俊敏上昇スキルを使ったのが良くなかったのか。或いは夕日の眩しさに目がくらんだのか。


 兎も角俺はビビらなかった訳だが、その代わりにスキルの発動するタイミングが分からなくなってしまった。


 ふと我に返り盾を構えて事前の打合せ通り『突破』を使用する。

 だがそのタイミングはどうやら少し早かったらしい。


 凄まじい速度で周囲の光景が引き延ばされ、目の前にロックンロールが現れた。


 俺は咄嗟にこれでもかと体制を低くして盾を斜め上に突き出す。


 直後俺の体は直線距離でブラジルへと旅立つ。否、一瞬のうちに体が地面に十数センチも沈み込み、しかもそのまま後ろへ押し出され始めた。


 このままでは、こう……グシャっとなってしまう。


 逡巡の最中、俺はランプシールドの籠手内部にあるトリガーを引っ張った。

 毒島の店の地面に穴をあけた細工は、今度もしっかりとカルスト台地に根をはやす。


 正に急停止、いや、救世主。

 

 そしてもう一度俺の体にこの世の全てと紛う圧力をかけると、大岩のモンスターはスキージャンプよろしく天高くに舞い上がった。


 重力は七分の一。空気抵抗も七分の一。それはそれは、凄まじい勢いだったのだろう。俺は岩の勢いに負けて膝から崩れた為見えなかったが。


 さりとて最後の射出された角度は、スキージャンプと呼ぶには少々上向きが過ぎたかもしれない。

 悪いな。なんかこう、グシャっとなってくれ。


 俺は訳も分からず叫んだ。

直後、本当に俺自身がロックンロール転がり落ちるとも思わずに。


 土煙に塗れ斜面を転がりながら最後に見た光景は、ゆっくりと上昇していた筈の大岩が一機のドローンを壊すところ。

 そして、今更になって重力を思い出したロックンロールが隕石の様に地面へ吸い込まれる光景だった。

  

「ルルルルロッックンローーォォ!!!」




「まったく最高だったぜ!! なぁ、我輩でもやってくれよぉ!!」

「死ぬで」


 瞳を爛爛煌煌と輝かしながら『ファーストエイド』を掛けてくれる七宝の無茶をあしらいつつ、俺は砕けた大岩の中で小さなオーブを拾い上げた。


 傍らには人間の赤ちゃん程の大きさをした、というか。人間の赤ちゃんみたいな体をしたグロテスクな生き物。

 体や節は割としっかり昆虫なので俺は昆虫だと言い張っているが、青色の体液を周囲にまき散らし腹を切り開かれているため、配信では是非ともモザイクを掛けてほしいところだ。


 なぜこんなモノが落ちているかというと、それはもう、ロックンロールの正体がコイツだったからだとしか言いようが無い。


 俺としても驚いているのだ。

 地面に叩き落されて現れたのがグロ生き物だという事に。

 更に言えば俺が丘の下から帰って来た時には既に殺されていたことにも。


 岩を纏っている事はフンコロガシの延長線と考えればそこまで不思議もないのだが、中に居るのがコレなのは納得がいかない。

 なぜ人間の赤ちゃんの体なのか、なぜ頭は虫なのか。そもそもこいつは成体なのか。

 

 様々な疑問が胸中を巡るが、考えても仕方がないので後で職員さんにでも聞くこととする。


「ほな、次は三階やな」


 二階層でももう結構膨大なカロリーを消費したというのに、この小さいのはどれだけ元気なのだろうか。

 ……今回に関しては俺の負担が大きかっただけだけれど。


 重い足を引きずって、35歳のおっさんは近場にあるというモノリスを目指した。


 場所的には丘を二つか三つ超えた辺り。全然近場じゃないかという不満の声は若者二人によって棄却される。


 例によって丘の中にポッカリと開いた洞穴の中に入り特大の結晶に触れると、俺達は別の場所に飛ばされた。


「んあぁ? 何も見えなくなったぞ!!」


 出現した所は何も見えない真っ暗な空間。七宝の張り上げた声は、どこかへ反響するに従って徐々に小さくなり、最後には低く呻る風切り音に混じって消えてしまった。


「ちょっと待ちいな。ランタン、ランタンっと」


 そうして俺の背を姫小松。暫く待っていると、よっしゃ、という鳴き声と共に周囲が明るくなった。


 どうやら俺達が居たのは洞窟の中だったらしい。

 

 天井こそ高くないが、広さは中々のもの。どちらかといえば下よりも奥に広い平坦な洞窟だ。


 周囲を取り囲む岩肌は荒く非ず、氷柱ツララの様な細長い材質で構成されている。正に鍾乳洞と呼ぶべき洞穴だ。


 よく見れば地面や天井からも細長く鋭利な鍾乳石が生えており、危険なことこの上なく、そしてそれゆえに美しい光景である。


「我輩に持たせてくれ」


 という馬鹿を後ろに追いやり、姫小松は当然のごとく俺にランタンを差し出した。


 まあ、防御力が最も高い俺が先陣を切るのは当然か。

 

「あんたには殿を任せるわ」


 すると不思議、ただのビリケツが途端に格好よく思えてしまう。

 ランタンを取り上げられて不満を垂らしていた七宝も、それならばと素直に歩き始めた。

 

「ネットの情報やねんけど、なんや三階層から下は次の階層まで行くんにボスを倒さなアカンみたいやで」


 後ろから聞こえてきた声によって想起されたのは、「Cケイヴタウド」という蛙っぽいモンスターだ。

 タウドがボスだとすれば、俺達はあれを倒さない限り四階層には行けないという事なのだろう。


「アンタに任せたらどうせまたWバッファローみたく依頼を解約せなアカンくなるやろ。ウチに依頼用紙よこしい」


 いつぞやの如月女史と同じように俺から紙をひったくり、姫小松は依頼を次々捲っていく。



「我輩の相手はどれだ?」

「あんまりくっ付きいなや、影になって読めへんやろ」


 そんな楽しそうな会話の二人を他所に、俺は一人除け者にされた気分で前を向いていた。当然先陣なのだから俺が最も前を軽快するべきなのは確かだが、お前たちもお前たちで何かしら仕事をしろと言いたくなる。


 いかんいかん、疲労で気が短くなってきた。


 三階層に入ったばかりで他のことに現を抜かす訳にはいかないのだ。

 俺は再度気を引き締めてより一層周囲の警戒に当たる。


 すると直ぐに、壁際から生えるキノコを見つけた。

 全体的に白く、そして大きな傘の丸い個体だ。


 確かあれは依頼の何処かに載っていた、「パッラストゥール」という奴では無かっただろうか?


 こんな所で採集依頼がこなせるとは僥倖である。周囲が安全な内に瓶詰めにしてしまおう。そう思って少し列から離れると、俺はそのキノコを回収するために軸へと手を伸ばす。


「あ、アカンで!!」


 説明書を呼んでいた姫小松が声を上げた時には既に遅く、俺はパッラストゥールから飛び出した煙にも似た胞子を、全身に浴びてしまったのだった。

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