第12話

 なんて会話しつつ、俺達は七宝シッポウ用のレンタル武器を申請して三人でダンジョンに入った。


 担いだ武器はまるで幅が広いだけの鉄の塊。切れ味で切ると言うよりも、叩き潰すと言った代物だ。

 刃は両に付いていているが、親の敵と見まごう程に潰れている。

 

 俺は漆黒の剣士が持つドラゴンキラーみたいで格好良いと思っていたのだが、


 ―――本当に思っていただけになるとは思いもよらなかった。


 どこからか現れた石型のモンスター相手には手も足も出ているものの、まるで歯が立たない浪漫少女に。


 俺達はただ、口をポカンと開けていたのだった。


 聞けば七宝という少女。

 生命と俊敏、そして精神が全て10なのだとか。

 代わりに他が1となり、あまった3がまるで在庫処分の様に物攻へ割り振られている。


 もう、訳が分からない。

 

 姫小松は、まだ良かった。魔攻という分かりやすく強いステータスが明確に高かったので、他のステータスを腐らせてでもアタッカーとして起用が出来たのだ。


 でも、こいつは違う。

 高い数値が全て補助系なのである。


 じゃあ回復やらバフやらが得意かと問われると、それもノーだ。

 ネックとなるのは味方への補助が得意な精神ステータスと、自らへの補助が得意な俊敏生命ステータスとが彼女の中で自己矛盾を生んでいるという事。それに尽きる。


 どうせ腐るなら、腐る数値は少なければ少ないだけ良い。

 そういう消去法で彼女はなんとなく前衛を努め、低い攻撃力を補うために大きな剣を持った重剣士をやっているのだ。


 軽さに特化していれば役割はハッキリとするし、嵌ったときの上振れも狙える。

 しかし相性の悪い相手とは今「以上」に無理な戦いを強いられただろう。


 長所で短所を帳消しにしているというよりもその逆。余りある短所が長所と掛け合わさって大きなマイナスを産んでいる。そんな具合。


 分かる。ああ、分かる。

 短所よりも長所を伸ばすべきという声は痛いくらいに聞こえてくるのだ。


 しかし浪漫においてはもはや何を長所と定義付けるか。それすらも難しい。


 

 ―――さて、煮ても焼いても揚げても食えないこの少女。

 実は一つ、有用なスキルを持っていた。


 その名も【諸刃の剣】


 効果は物防の基礎値を減らして、物攻の基礎値を上げるという漢気んk溢れた素晴らしいスキルだ。


 物理防御が1とか言うカスい数値なら、どれだけ減っても構わねぇという若干姑息な使い方は俺も思いついたが。


 姫小松曰く、素のステータスではありえないけれど、スキルの効果によってなら、ステータスの数値は0を下回る事ができるのだとか。


 なるほど悪いことはできないものだと俺は思わず感心してしまった。



「……たまたま我輩と相性が悪かっただけだ」


 姫小松の放ったアイスアロー一発で砕け散ったなんとかロックの隣で、七宝はそう言った。


 今の彼女が有利を取れる相手がどれだけ居るのかという話はさておき、まあ、相性が悪かった事は認めよう。


 しかし、現状俺達のパーティで不足しているのは物理系の高火力アタッカーだ。


 後衛の姫小松ですら物攻はたったの4。前衛である俺に関しては3しかない。


 だからこそ重剣士がやって来たと聞いて一時期は大層喜びパーティへ入ってもらったのだが。

 蓋を開けてみればびっくり、俺と変わらない物攻をしているときた。


 こんなもの、パッケージ詐欺だ。クーリングオフは出来るんだろうな如月女史。

 というか、こんな調子のまま一ヶ月でBランクになれるんだろうな……


「幸い自分の怪我は自分で治せるみたいやし、生命力も高い。アンタがヘイト持っとったらそうそう死なへんやろ」


 との事で、俺達は不安を残した儘ではあるものの早々に二階層へと歩を進めた。


 その間金ウリ暴との接敵は無し。あの日は本当に運が良かったのだと、俺は姫小松が持ってきたドローンの飛ぶ空を仰いだ。




二階層に降りて最初に思ったことは、ダンジョンの内部というのは本当に時間が固定されているんだ。という事だった。

夕日というのは案外朝日とは別物で、なんだかもの悲しい気分になってしまう。

 

 まさか寝起きで見る空が夕日になるとは思っていなかったが、幸いにして今回はAバードの出待ちも無く、順当に「カミツキ草」の群生地にまでやってくることが出来た。


 防御力と生命力が高いだけの雑魚をサンドバックにして、パーティとしての戦い方を身に付けておこうという算段だ。なんだか自分で言っていて辛くなる。


「死んで我輩の血肉になれ!!」


 唐突に聞こえた声に思わず顔を向けると、浪漫少女が大きな剣を手にカミツキ草へ飛び掛かっている所だった。


 楽しそうに飛び出した凪ではあるが。果たして、彼女はそのまま噛みつき草に食われて沈みに落ちる。


「『マナプロテクション』あいつほんま何してんの?」


 辛辣な物言いだったが、俺とて同じ気持ちでいっぱいだ。

 薄く淡い青色のバリアに包まれた少女はそのままカミツキ草に上半身を噛み付かれ、彼女はなんだかんだと騒いでいる。


 バリアと無駄に高い生命力があるのだ。死にはしないだろう。


 前回の冒険と買い物で増えたスキルは合計で四つ。

 手始めに、俺はスキル屋で手に入れた念願の『アトラクト』を発動した。


 すると腕にロープの束が発現し、俺の想像した通りの軌道で戯れていたカミツキ草と七宝に絡みつく。ロープを掴み、しっかりと繋がっているかを確かめるために引っ張れば、二匹は勢いよく此方へ飛んできた。


「いや、ちょっとしか引いてないだろ!!」


 そんな苦情はお構いなしに、二人は今更物理法則に則って俺の上から振り落ちる。


「うぉぉぉ……『突破』ぁぁ!!」


 しかし俺は機転を利かせて金ウリ暴から拝借したスキルを発動。

 すさまじい勢いで拡大する背景と背中の後ろに落ちた二匹を眺め、ようやく自分が瞬間移動的な、縮地的なスキルを発動したのだと気が付いた。


 七宝はというと、ふぎゅ。と間の抜けた音と共に地面へ激突。カミツキ草共々、仲良く姫小松に焼かれていた。


 といった感じで俺はスキルの体験を終えたのである。


「我輩は味方だぁぁぁ!!!」


 そんな声を背に、俺は二つのスキルの説明書に目を通す。


『アトラクト』

 CT: 30秒

 持続:5秒


 ロープを生成して任意の対象を捕える事が出来る。

 捕えられた対象はアトラクトの持続時間が終了するまで受ける重力と空気抵抗力が7分1になる。


 

 なるほど、少ししか引っ張って居ないのに勢いよくやってきた理由はこれか。

 七分の一なら月よりも重力は低いし、そりゃあ簡単に飛んでくるだろう。


『突破』

 CT: 50秒

 持続:0.1秒 


基礎物理防御力の(1/10)メートルをスキルの持続時間で移動し、その後乾性を0にする。

 スキル持続時間中は全ての非ダメージと弱体化デバフを無効化する。

(移動が出来ない状態での使用は不可)



 ……強くないか?

 いや、強すぎないか?


 陸上選手のトップスピードを無敵付きで享受できる。しかも突破と口に出すだけで。

 そうなった時に、「とっぱ」という短くて言いやすい言葉なのも、咄嗟に出しやすくてありがたい。


 移動が出来ないというのがどういう状況なのかという検証は必要だが、流石はレアモンスターからドロップしたスキルといった所だろうか。


「なんや出来そうなことが一気に増えたやん」


 カミツキ草を倒し終えた姫小松が腕を頭の後ろで組みつつやってきた。彼女も腕輪から指輪に装備を変えて動きやすくなったのだろう。


「そういうお前はどうなんだ? どうせ使いたくてウズウズしてるんだろ?」

「分かってまうか。まぁ、竜の息吹に関しては攻撃力が高いだけで使い勝手ん悪いスキルっていう感じやで」


 所謂、詠唱が長い系という事だろう。Aバードもビームを出す際は事前の動作に時間が掛かっていたし。

 もしかしたら階層が低くなればなるほどドロップするスキルが良いものになるとは限らないのかもしれない。


それよりも、昨日の買い物で手に入れたスキルの方が気になっているのだろう。


「それで、浪漫はどうだ?」


 自分でも適当な質問だと思ったが、姫小松は大きくうなずいて口を開く。


「弱い。後ろに下げて回復に専念させてもええんやけど……」


 そこまで言って彼女は眉目を下げながら後ろを振り返った。

 十数メートル先には、当然のようにカミツキ草に食われた七宝が叫んでいる。


「敵に向かって突っ込む癖は治らなそうやわ」

「……みたいだな」


 敵を倒せるならそれでも良いが、彼女の場合は攻撃力も低く、そして頭も弱い。

 天性の勘が働いているのか重症には至らないものの、なぜか攻撃されることに対する恐怖も薄いらしい。


「がぁぁぁ!! お前口の中が弱いのか!!」


七宝は草の汁を全身に浴びつつ、大剣の貫通した捕虫器関から這い出て声を上げた。


 なにより、それで割と何とかなるのだから始末に負えない。

具体的に言えば、いつかあっさりぽっくり死んでしまいそうな所が恐ろしいのだ。


「ふいー、見てたか? 我輩もなかなか強いだろ?」


 浪漫はガハハと笑いながら、自らに白い光を当てる。


「コンビニでも買える『ファーストエイド』で、まさか裂けた腹を直せるとはなぁ」


 と姫小松は顎に手を置いて感慨深そうに言った。

 どうやら傷の治療といったスキルにおいて参照されるのは精神ステータスらしく、七宝はその余りある精神力で単なる初級回復スキルのポテンシャルをかなり引き出しているらしい。


 まあ、結局CTや詠唱やらの兼ね合いで戦闘が終わるまで使えないそうだが。それも彼女が後ろに下がれば解決するような気もする。


「ほな、本命。ロックンロールと行こか」


 唐突にロックに目覚めたわけではない。Aバードよりも対処が難しいと思っていた、斜面を転がる三メートル級モンスターの正式名称である。

 どうにも姫小松は予てからその対処を考えていたらしい。


 昨日俺がカフェでオムライスを食べている間にも彼女はインターネットで大岩モンスターの使用スキルを調べていたのだとか。


 結果、思いついたのが「チルフィート」。


 俊敏の「実数値」はその特性上、下げるのが難しいのだが、大岩のモンスターは俊敏の「基礎値」を参照して転がるというスキルを持っているらしく。


 基礎値を半分にするチルフィートとの相性が非常に悪い。いや、姫小松支店では良いという理屈だ。


 準備は簡単、丘の上にいるロックンロールを見つけたらチルフィートを起動してアイスアローを放つ。


 するとゴゴゴゴと砂煙を上げながら真っすぐ向かって転がり落ちて来るので、横へ歩いていく。そうして足跡で白線を引いて適当なところで攻撃を避ければ勝手に速度を半分に落としてくれるので、後は俺がアトラクトを起動する。


 そこからは三人集まって綱引大会だ。


 だが俺達は見逃していた。

 

 目測で一トンは優に超える大岩は、たかだかその速度が半分になり重さが七分の一になったとしても。たった三人で止める事が出来るエネルギーには収まらないのだと。


 幸いアトラクトは強制的に解除ができたため大事には至らなかったが、それでも俺達はロープに引っ張られて軽く空を飛んだのだった。

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