第11話

 如月プロダクションがプロデューサー。如月 久遠その人は、スーツ姿にサンダルとレンズの赤いサングラスという奇抜な格好で現れた。


 肌は浅黒く、顔にも幾つか目立った傷がある。腰まで届きそうな髪を一本に纏めているところが、唯一の女性らしさにまで思えた。


 年齢は俺と同じくらいだろうか。全体的にカタギな人間には見えないけれど、そもそも冒険者自体がカタギではなかった。

 とはいえまさかプロデューサーまでもがそうだとは思うまい。


「えっと、如月さんが何の御用ですかね。まだ俺達は連絡もしていないんですけど」

「貴様らの事情なぞ知らん。俺は津田に引っ張り出されただけだ」


そう言って彼女は呆れたといった様子でポケットからタバコを取り出した。

 まさか、禁煙と嫌煙の叫ばれる現代で路上喫煙だと? なんて太い神経をしているんだ。


「では不幸な行き違いですね。お出口は後ろですよ」

「焦るな、娑婆増が」


娑婆増……30過ぎて……娑婆増。


ややショックを受けた俺をよそに、如月Pプロデューサーはタバコをぷかぷかと蒸かしている。


「諸々の手続きは会社とやれ。俺はちょいと口を出しに来ただけだ」

「口って言うても、そないな事プロデューサの仕事やあらへんやろ」


 姫小松のセリフに対してか。彼女は煙混じりの深いため息を吐き、威張るのは好きじゃあねぇが。と前置きをした。


「俺は元A級冒険者だ。少なくとも口を出せるだけの資格はあるだろ」

「……それがホンマなんやったら確かに資格は。ちゅうか、ウチらとしては頭下げてお願いしたいまであるわなぁ」


「……それで、A級冒険者様がどうしてまたプロデューサーなんかしてるんです?」

「出産。腹の子に響いても面白くねぇから辞めた」


 なんとも事務的にお答えなさられた。

 しかし、なんとなく如月女史の性格が分かった気がする。彼女が直接スカウトに来なかった理由も、同時に。


「早速だが仕事だ。貴様らのステータスを見せろ」

「いや、ウチ等はまだ契約するって言うてへんけど」

「ごちゃごちゃ言うな。俺から意見を貰えるだけありがたいと思え」


 そうして女史は姫小松からひったくる様にしてステータスの書かれた紙を何枚か取り上げた。


 実際にありがたいかどうかはさておき。

 地下まで俺を武力で連行してきた姫小松が、今度は自分自身も武力で遣り込められている光景は実に面白い。因果応報ここに極まれりって感じで。


「ここに来るまで、一応貴様らの戦闘動画も見たが、両方を鑑みた結果―――雑魚だな。二人共」


「ぐは」

「かは」


 俺達は絶大なダメージを食らった。相手がA級だからか、その言葉も随分鋭利に思えてしまう。


「勘違いするなよ。悪いのはステータスじゃなくて戦い方だ。

 互いの欠点を埋めあうような性能をしているからパーティとしては何とかなっているが、単品としてみたら三流未満も良いところ」


「今の貴様ら一人ずつじゃあ三階層以降は無理だろうな」


 本当に痛いところを突かれてしまった。


 とはいえ俺達はパーティなので。と、せめてもの抵抗をしてみようとも思ったが、その時如月女史が低い口角を僅かに上げた。 


「貴様らの性能に関しては大方理解した。俺に任せておけば二カ月以内にBランクのパーティにしてやろう」


 それが出来るなら……本当にすごいと思う。

 だから契約しろという意味が含まれていても、世辞抜きにそう言えた。


「一カ月や。大口叩いたんやからそれくらいやってもらわな」


しかし我らが姫小松は空気を読まなかった。恐らく、無理やりステータスを開示させられたことを根に持ってるのだろう。


 だが女史はそれにも眉目一つ歪めることなく言う。


「そう来なくては張り合いがない。私のプロデューサー生命に賭けて誓おう。貴様らを最速でBランクに叩き上げてやる」


 そう返す事がA級の条件だといわれれば、俺は途端に自信を失ってしまう。俺がフワっとなんとなくで目指していたS級という壁は、これ以上に高いのかと。

 しかしそれは同時にそれだけの自尊心に繋がるのだとも思い知らされた。


 既に大部分の税金は免除となり、これからの人生イージーモードの彼女にマネージャーへの拘りがあるのかは置いておいて。


 一カ月ならば、預けるにしてもドブに捨てるにしろ、掛けのチップとしては最低限だろう。


「後の事は津田に任せるとして……貴様ら普段は何時に集合している」

「9時ですね」

「5時だな」と、如月P。


 ツンボか? こいつ。それじゃあ4時起きになるだろ。


「返事が聞こえんな。不満なら特別に4時にしてやる」


 クソッ、体育会系が。3時起きじゃねぇか。


「それじゃあ明日は協会でウチの商品と落ち合え」


落ち合うという言葉を額面通りに受け取るなら、まさか人間以外と待ち合わせさせられる事もないだろう。そう思いたい。

 助っ人か、コーチか。とういうか女史自身は来なさそうな言い方だ。


 そんな事を考えている間に女史は踵を返してしまった。この会社、嵐みたいなやつらばっかりだ。


「返事ぃ!!」


 如月Pのドスの効いた声で怒鳴られ、俺達は力なくハイと返したのだった。




 眠い目を擦り朝4時の12分。

 活気の失せた冒険者協会の中に、姫小松の姿はなかった。


「なんだぁ? ジロジロ見やがって。ぶった斬られてぇのか!?」


 代わりと言っては何だが、協会の入口で仁王立ちをしていた危険人物に、上から下までねめつけられた。


 身長は俺と殆ど一緒。全体的に清楚な出で立ちだが一点、腰上で縛られたグレーメッシュの髪が、雰囲気とは相反して否応なしに目立ち目を惹かれてしまう。


 見るなというには、あまりにも派手過ぎる格好なのも悪い。


 現代日本の街中で袴って……


「えっと、へへ、お洒落だなと思って」

 

 わざわざ俺の懐にまで潜り込み見上げる様にしてメンチを切る似非清楚に向けて放った言葉。しかしそこに嘘はなかった。茶色の着物にクリーム色の袴、華美だが過度ではない柄がマッチしてね。うん、お洒落だ。

 嘘ではないが、さりとて当然その言葉には命乞いの意味も含まれていた。何というか、昨日嵐のように場を荒らして消えた何処かの鬼教官を思わせる鋭い瞳をしているのだ。

 この大正浪漫娘は。


 それに35歳のおっさんが10代そこらの若者に話しかけるだけで補導されかねない時代、手違いで怒らせてぶった斬られるのは御免だった。


「はっはーっ!! そうかそうか、なかなか見どころのあるやつだな、お前!!」

「うっす、あざっす」


 俺は賢いので頭の軽そうな娘は適当に持ち上げてあしらいつつ、受付でクエストを眺めて姫小松を待つことにした。

 そもそも遅刻なんてするんじゃねぇよという話ではあるのだが、それは俺にも同じ事が言えるので心の内に秘めておく。


問題があるとすれば、


「おっさん、何のクエスト受けんだ?」


 なんて具合で、さっきから浪漫に目を付けられてしまった事。


 数十秒前まではもっと懐疑心と猜疑心を全開にしてメンチまで切っていた筈の浪漫娘が、なぜだか行く先々に追従して来るのだ。


 まさか、一言褒めただけで疑いが晴れた訳でもあるまいに。


「すみません、三階層でおすすめの物を幾つかお願いします」


 とにかく現在の俺にできる事といえば、浪漫を無視して時間を潰す事。きっと姫小松が来たら助けてくれることだろう。


そんな事を考えつつ、受付嬢にステータスの記された紙を手渡した。


「おお!! 丁度三階層に行こうとしていたのだ!! おい娘、我輩のクエストも選んでいいぞ!!」

 

 どこまでも不遜な奴だ。娘って、お前もだろ。


 しかしそこは天下の受付嬢。困った冒険者の対応には慣れているのか、少々お待ちくださいと朗らかな笑みを浮かべて俺にクエストの入ったバインダーを見せてくれた。


「パーティの編成的にはこのあたりが良いと思いますよ」


 彼女が指さしたのは『ケイヴCタウド』という、いかにも関わってはいけない風体のモンスター。背景を黄色くして黒字で「猛獣注意」と書けば道路標識になっていてもおかしくはないドアップなクリーチャーの宣材写真が載っていた。


 湿り気を帯びて弛んだ顔。つぶらで離れた黒いマナコ。血管や棘で形作られた凹凸の激しい皮。耳まで裂けた大きな口。そして、喉の下で膨らむ大きな袋。


 蛙っぽいな。こいつ。


 個体情報の欄を見るに、その大きさは座ったままの状態で3Mにまで昇るらしい。

 Aアングリーバードもそうだが、どうしてそう大きくなろうとするのだろうか。

 

「まあ、これでいいです。あとは道中で倒しそうな敵の素材収集を幾つかお願いできますか」


 そうして集まったクエスト用紙は合計で五枚。


【討伐:「トイ・フェル」】


【納品:『王冠』:「Cケイヴタウド」】【納品:『鳴嚢メイノウ』:「Cタウド」】


【採取:『パッラストゥール』】【採取:『オルリデーア』】


「我輩も見た事がない奴ばかりだな」と、浪漫は割って入って乗り出して俺よりも一生懸命に依頼を見つめていた。


依頼の種類については「討伐」が殺すだけ。

「納品」が殺した上で対象の納品。

「採取」が殺害の必要がない対象の納品。という違いがあるらしい。


 ファンタジー作品では討伐の証明に対象の部位を回収するといった方法を用いられることもあるけれど、ドローンによる撮影とAIによって殺害の判定を下している為、冒険者がしなければならない事は無いとのこと。


 ただの撮影用ドローンにそんなハイテクな機能が付いていたとは思わなかった。


「なんや、もう依頼受けてもうたん?」


 聞き馴染みのある声に振り返ると、そこにはようやくやってきた姫小松の姿が。

 いつもの如く使い古されたローブに身を包み、しかしなぜだかカラフルなドローンを両手で抱えている。そのせいで喋らなかったら誰か分からなかったかもしれない。


「時短だ。そっちは遅刻……っていう感じでもなさそうだな」

「ほんま朝から大変やってんで、あの鬼教官。夜中の二時半に家まで来るわ、荷物は持たせるわ、忘れ物はするわで」


 姫小松はそういって溜息と共に地面へドローンを置く。


 重たくはなさそうだが、取り回しも良くはなさそうである。


「ほいで、そこな大正ロマンが"商品"とやらかいな」


 商品?

 そういえば昨日如月女史が冒険者協会で落ち合えと言っていた気もする。

 ……こいつだったか。いや、とぼけるのは止そう。俺はコイツじゃありませんようにと祈っていたのだから。


だが、とうの本人は目を丸くして首をかしげていた。


「如月 久遠、お前のボスだろ?」


 確かにプロダクションからすれば冒険者は商品とも呼べるが、ともあれ普段から商品と呼ばれている訳がない。そう思って俺が聞くと、浪漫はパァっと瞳を輝かせる。


「姉御の言ってた仲間ってお前らか!! そうかそうか、我輩は『七宝シッポウ 都凪ツナギ

 覚えておくんだな!!」


 そう名乗って彼女はガハハと豪快に笑った。


「呼びにくいからナギでええやろ……で、アンタの職業は何なん? 見たところ武器は持ってへんみたいやけど」


最もな姫小松の質問に。都凪嬢は腰に手をやって、


「うむ、重剣士だな。武器は何処かに行ったが!!」

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