第10話

 次に向かったのはスキルオーブの店。この調子じゃ暫く収支はマイナスだろう。


「そういえば、あん怪しいマネージャーにはいつ頃連絡すんの?」


 いつ、か。それは難しい話だ。

 ぶっちゃけ何時でもいい。なんなら連絡しなくてもいい。

 俺はあのスカウトマンに騙された感じを、未だに飲み込めていないのだ。


「また今度」


 なんとなく言葉尻を濁してみると、ジト目の姫小松と目が合った。


「……そもそもお前は中立じゃなかったか?」

「せやけど、こんなおいしい話。二度目はあらへんで」


彼女の言う言葉も最もである。プロデュースされる以上自由は少なくなるかもしれないけれど、金銭なり物品なりで融通を効かせてもらえるかもしれないし、上手くスポンサーでも付けば冒険の収益とは別に所属会社からの収入もあるかもしれない。

 俺は津田に見せられた動画以降時分では確認していないのだが、如月プロダクション的にも一応唾を付けておこうといった具合なのだとは思っている。

 

 少なくとも「ここにウン百万円ある。今すぐご契約を!!」といった感じでは無い事だけは確かだ。

 

 とはいえ姫小松は18歳にして学校にも行かず冒険者となった身である。何かしら金銭が絡んだ問題でも抱えていてもおかしくはないだろう。


「……じゃあ、買い物が終わるまでに此方側の要求をある程度固めておくか」


 そうして俺達はスキル屋へと足を踏み入れた。二日に一回のペースだから、通う頻度だけは一丁前だ。


 中に入れば「いらっしゃいませー」と、一昨日も対応してくれた女性の店員が現れた。今日は変な目で見られなかったらしい。

 いや、タクティカルファッションが主流の現代において時代錯誤も甚だしい装備の人間が変な目では見られ無い訳がない。言うなれば、変な奴にも慣れたというべきだろう。


「すみません、タンク系のオーブを見せてもらえますか?」


 前回教えて貰ったスキルは、挑発の他にあと二つ。名前は忘れてしまったが、パーティを組んでいないなら要らないだろと言われたのは覚えている。

 しかし俺はあれからソロを卒業したのだ。パーティの役に立つスキルは覚えていて損が無いはずである。


「はい! こちら『挑発』『アトラクト』『ライフプロテクト』となっております」


 そうそう、こんな名前だった。アトラクト……はちょっと分からんが、「ライフプロテクト」は名前的に姫小松が持っている「マナプロテクション」と似た性能だろうと想像がつく。


「仲間は魔法系のステータスなんですけど、その場合に持っていた方が良いスキルってありますかね?」


「でしたら「アトラクト」は如何でしょうか? 対象のモンスター一体を魔法のロープで縛り、使用者の方へ引き寄せるスキルです。少ないですがヘイト増大の効果がありますし、お客様のステータスによっては挑発よりもオススメのオーブとなっておりますよ。挑発と併用する事でヘイトの管理に幅が生まれる所も素敵だと思います」


 なるほど、姫小松はモンスターから狙われることも多かったし、ヘイトを稼ぐスキルは幾つあっても困るものでもない。それに、モンスターの方から来てくれるのなら「グラスバインド」との兼ね合いも良いだろう。


「因みに、ライフプロテクションの方は?」

「目に見えないバリアを張るスキルですね。攻撃を受ける事が前提の方でも、咄嗟の防御手段にも使える能力です。一応類似スキルにマナプロテクションという物もあるのですが、対象が時分だけになるという所が問題でマナの方が人気が高いですね。一応バリアの強度と持続、CT時間も違うのですが、微々たる差ですので」


 まあ、使い勝手の問題でマナプロテクションを持っていれば十分だという事か。それに最近の流行りはそもそも攻撃を受けない型だと毒島が言っていたし。

 パーティに一人居れば良いといった感じなのかもしれない。


「じゃあその二つを頂きます」

「あっ、ありがとうございます!!」


 まあ、俺は被弾上等でやっているから幾らでも欲しいスキルなのだが。

 

 ふと気になって姫小松の方を見ると、彼女は一つのオーブの前で首を傾げていた。


『チルフィート』説明を読む限りでは……一定時間、使用者の足跡に強力な氷結効果を付与し、足跡に触れた対象の俊敏基礎値を一定時間半分にする。また、対象の触れた箇所が濡れていた場合は即座に凍結状態となる。


「……居るか? それ」


 とはいえ俊敏の高い姫小松が走り回ると考えれば普通に強そうなスキルである。効果も歩数ではなく一定時間だし、移動速度が遅いよりは早い方が良いのだろうが。

 なんというか、似た効果を持つアイスアローの方が強そうに見えるというのが本音のところだ。


 値段を見てみると、15万円。あらやだお高い。


「それも含めて考えとんねんけど、判定が足跡なんやったら蹴りでも良えと思わへん?」

「まあ、そりゃあ。でも同士討ちが怖そうなスキルだな」


 言って、気づく。そういえば俺の俊敏は2なのだから、半分になったところで大したデメリットにもならなそうだという事に。

 

「すまん、さっきのは忘れてくれ。それよりも俺は凍結効果の方が気になるな。魔法以外でせっせと水をかける手間はさておき、その分効果も大きそうだし」


 気軽に買ってみろとは言えない値段である。備品はパーティの財布から経費という形でねん出するkと担っていたが、なにを隠そう俺達のパーティは極度の金欠中である。俺がサラリーマンの時に貯めた金も、大した当てにはならない。

 ……天井に開けた穴が大家にバレるのも時間の問題だろうし。


「いや、濡らすのに水である必要はあらへんやろ。単純に傷から出た血でも効果はあるやろうし、なにより、水の上を歩けそうって言うんは、めっちゃロマンあるやろ!?」


 さいで。

 さりとて出血の方は、なるほど確かに盲点だった。しかし水の上を歩けるのかと問われれば、それはバランス感覚にもよるとしか言えない。


「ええい!! 知ったこっちゃあらへん。ウチは買うで!!」


「ありがとうございます!!」と、俺の対応をしてくれた店員。手にはオーブの引換券が握られている。


 俺は彼女にライフプロテクトのスキルオーブを返して貰うと、代わりにチルフィートのオーブを頼む。


 レジで表示された金額は丁度20万円。

 今回は俺が立て替えておいて、後々パーティの共有資産が溜まってきたら、その中から回収するという流れになった。


 スキル屋がキャッスレス払いに対応してくれていた事が唯一の救いである。


「試し撃ちは冒険者協会の地下でどうぞ。受付で申請できる筈ですよ」


 おやおやそれはありがたい。前回は言ってくれなかったのに。それとも試すようなスキルじゃなかったからか。まあ、挑発なんて相手が居なければ意味がない物だし。

 ……いや、試し打ちって何だ? もしかして、今から俺は凍結の実験帯にされるのだろうか?


 俺はにこやかに笑いかける女性店員が怖くなり、逃げるようにして店を出た。



 

 結局その後、俺は姫小松から逃げることが出来ずにまんまと地下にまで連れてこられた。

 そもそも僅差といえ彼女には物攻で劣っているし、レベルにも差があったのだ。

 体格の差で勘違いしていたのだが、そもそも彼女が本気で俺の事を連れて行こうとするなら、俺に拒否権は無かったのである。

 その事を思い出したので本気の抵抗もしなかったが。


 それよりも、姫小松の方が物理攻撃力の数値が高いことを明確に知らされて、少しだけナーバスな気分になってしまった。


 という話しはさておき、場所は変わって冒険者協会地下一階。


 エレベーターから降りて更に目の前の重厚な扉を開けると、そこにはバスケットボールが出来そうな程広々とした施設が存在していた。ビルのサイズから考えると小さく思えてしまうが、地下の階層は二階三階下にも連なっているようだ。


 壁や天井は白く、凹凸のある形状をしている。説明によれば氷に強い素材で出来ているらしいが、ところどころ煤けたり剥がれかけていたりする所から鑑みるに、マナーの悪い利用者もそれなりにいるのだろう。


「じゃあ、まずは……どうするか?」

「血ぃ出せ言うたら出すん?」


 馬鹿め、どうせそんな事を言うと思って既にコンビニで二リットル入りの水を購入しておいたのだ。

 俺は黙ってそれをリュックサックから取り出すと、特に何の考えも無く、とりあえず500ml程地面に蒔いてみた。


「血が凍るかはモンスター相手にやってくれ。水ありと水なしの違いだろ」 


 そうこう言っている間に、水は地面の白い素材に吸い込まれて消えてしまった。


「まあ、氷に強い場所や言うとったし、清掃の面から考えても水はけは良えほうが……うん。一先ずん所はアンタ、ウチの足跡踏んでみい」


 何かしら入ったのだろうフォローを感じながら、俺は白い床に付いた白い跡を踏む。見えにくい事この上ないが、革のブーツ越しにも驚くほどの冷たさがあった。


 とはいえ靴底の高さのせいか、驚きはしても負傷するほどではない。


「どうだ? 動きは遅くなってるか?」

「分からへんわ。元が遅すぎて」


 こいつめ。

 しかし、言っていても仕方がない。スキルの説明欄には攻撃判定についてのせつめいがなかったという理由で、俺はブーツを脱ぎ靴下のまま足跡を踏む。


 やはり当然の権利のように冷たい。とはいえそれはどういう原理なのか、ブーツ越しの時と変わらないように思えた。


 魔法とはこういう物のことを呼ぶのか。なんとも不思議だが、この調子では裸足でも一緒だろう。


「変わらないな。動きも遅くなった気がしない」

 

 果たして俺の予想は当たり、素足で白い足跡を踏んでも冷たいだけ。皮が凍ってくっつくとか、そう言った事は無かった。


 動きも遅くなったと言われればそうかもしれない? といった具合で、俊敏が半分になったとはとても思えないのだ。


 俊敏上昇を使うと、違和感無く全く持って早い速度で歩ける。倍率は相も変わらず1.3倍くらいだ。


「せやろ思うとったわ」

「おい、想定内的な感じの言葉が聞こえたんだが」


 俺の疑問にも、姫小松はケロっとしていた。


「あんた俊敏が倍になれば移動速度も倍になる思うとったん?」


 ……違うのか? いや、違うんだろうな。数値上はたった2でしかない俺が、スキルを使って俊敏を32にあげても、上昇幅は1.3倍くらいでしかなかったのだ。


「まあ、どうせあんたには俊敏の数値なんて殆ど関係ない事やし、今は「俊敏は基礎数値の影響が思ったより低い」って覚えとったらええわ。ウチの俊敏は9もあるけど、俊敏上昇使うたあんたには負けるねんで」


 う、うわぁ、ここにきて姫小松が俊敏の低さに嘆いていた理由がなんとなくわかった気がする。


「まあ、レベルさえ50(上限)まで上げてしまえばスキル使わんくても百メートル五秒くらいで走れるんやけど」


 世界記録の更新もここまで来れば面白くないな。

 カンストでようやく倍というのはなんとも心もとないが、口ぶりからしてスキルを使えばもっと縮められそうだし。


「因みにあんたはレベルマックスまで上げても、俊敏上昇使うた今のあんたにすら足の速さじゃ勝てへんんで」


 俺、いくら何でも希望がなさすぎるだろ。そりゃあ俊敏の理解なんて低くて良いといわれる訳だ。


「なんだか、もうどうでも良くなってきたな。俊敏基礎値半分でもなんでもいいや」

「拗ねんなや、次は濡れとった場合行くで」


 俺は姫小松の指示に従って足を水で濡らすと、無駄話でCTの開けたチルフィートの足跡を踏みつける。


 するとどうだ。今まで地味だ地味だと思っていた能力がここにきて漸く15万円の価値を見せてくれた。


 なんと、俺の濡れた足がガッチガチに凍ったのである。


 スキーやらスケート用の靴を履いたみたいに足首が固定されてしまっているし。

 ……流石に冷たい。冷たいというか、痛い。


「なあ姫小松、これってどうやったら溶けるんだ?」

「効果時間終わったら溶けるんと違う? さっきも地面から白い跡が消えとったやろ?」


 そうか。暫くこのままか。


「因みに効果時間ってどれくらいだ?」

「20秒やから……あと半分くらい気張り」


 スキル屋で貰った説明用紙を見て、姫小松はそう言った。

 

 どうだろう、それまで凍ったままで大丈夫なのだろうか。もう感覚は無くなってしまったが、凍傷なんかにはなっていなければ良いのだけれど。


「やってくれたな姫小松。まあいいや、とにかく早いところバリアくれ」


 姫小松はここぞとばかりに昏い笑みをする。


「んん~? ライフプロテクト買わんかったん?」

「知ってるだろ!! 節約のために我慢したんだよ!!」


怒りが通じたのか。このアホガキも漸く手を光らせた。

「仕方があらへんなぁ。ほれ、マナプロテクション。今度パフェ奢りいや」

「……ああ、冷たかった。見ろ、こんなに赤くなってるじゃないか」


 霜焼けで変色した足を摩りながら、パフェはさっき食っただろなんて言い争っていたそんなさ中。



 貸切ったはずの地下演習場の扉が唐突に、吹き飛んだのかと勘違いするほどの速度であけ放たれて、


「よう、俺が久遠だ。今日からお前たちのプロデューサーになる」


 しゃがれた声の女が、名乗りを上げた。 





【あとがき】

 俊敏の実数値やその他数値に関して近況ノートで補足があります。

 一応知らなくても良いように作っているつもりですのが、ご興味のある方は是非。

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